男の三節棍が薙ぐたび呪霊の肉片が壁に飛び散る。肉の塊は重力に従いすぐに床に落ちるが、液体は名残惜しそうに糸を引いた。時折こちらの方に向かってくる呪霊を切り捨てつつそれを眺める。相討ちしてくれたらいいのになという言葉は胸に留めておいた。
獄門彊を開けているのが偽者に変わるとどこか緊迫感が増す。念の為距離を取らざるを得ない。
男も封印されるのは流石に困るらしい。男の苛立ちが頂点に達したのか、獄門彊に向かって走る。耳を聾する轟音が木霊し、砂塵と化したコンクリートが視界を奪った。不愉快さを感じ手で扇ぐ。天井の大きな穴から獄門彊を蹴り飛ばしたらしい。床には大きく抉れた跡だけが残されている。
『……あれ反則じゃない?』
「ルールがないので判断できません」
少年の言葉にもどこか納得できない。
破砕音や殴打音が鼓膜を揺らす中、映画館に足を踏み入れた時のような甘い香りが漂ってきた。
「――― デキタテノポップコーンハイカガ?」
「いりません」
「なーんでそんなノリ悪いんだよ。傑ならノッてくれるのに!」
悟のその言葉に少年は怪訝な顔でこちらを見てくる。必死に首を横に振った。怪我を負っていた美々子たちを安全地帯に連れて行くよう頼んだが、その帰りにどこからか拾ってきたらしい。
「どこで拾ってきたんですかそれ」
「欲しいなら取ってきたら?…ってかなにこの状況」
そう言いながらポップコーンを貪る。
「伏黒さんが「雑魚は引っ込んどけ」とおっしゃっていたので低みの見物をキメていたのですが」
「”高み”じゃないところが青らしいね」
「伏黒さんの拳が掠っただけで瀕死になる自信があるので」
偽者が男の打撃を躱しながら叫ぶ。
「なぜのうのうと生きている非術師の為に術師が身を削る必要がある!?あんな醜悪な生き物になぜ尽くす!?」
「”醜悪”?」
ぽろりと言葉を溢した少年を偽者は強く睨み付けた。
「外回りと称してラブホやビジホでデイユースを利用する会社員不倫カップルとかですかね」
『そういうことじゃない』
悟が腹を抱えて笑う。はずみで食べていたポップコーンが気管に入ったのか咽ていた。
「別にいいんじゃないんですか。呪術師かどうかは別にして生来人間は醜い生き物です。それに誠実さを求めるほうがどうかしてる」
偽者は少年を糾弾するのは無理だと判断したのか男との戦いに専念しだした。賢明な判断だ。
「随分冷めてんね」
「むしろ愛とか情とか形のないものを信じることができる人が羨ましいですね。……そう言えば単なる興味なんですが、五条さんさっきのビームみたいなやつ、小さくできますか」
「?、できるけどどれくらい?」
「イメージは魔貫光殺砲」
「!!!OK!やる!!!」
『なんでそれでやる気を出すんだ』
「魔貫光殺砲だからなんかぐるぐるしてるやつもいるよね!!!」
「別にそこは無くていいんですけど。ただウォータージェットみたいに集中させたら貫通力が現状のものより飛躍的に上昇するんじゃないかと思いまして」
「いやいやいやいやそこは拘るべきでしょ、ライトセーバーとかと並ぶ男のロマンじゃん!僕片腕失ったらコブラと同じサイコガンつけてもらう予定だし。まぁそんなことないだろうけど。あー、どうしよっかなー。これをこうして、いやそれだと……あっ」
悟が捏ね繰りまわしていた術式が手から滑り落ちる。それは眩い光を放ち男たちの方向に向かっていった。魔貫光殺砲というよりかめはめ波に近い。
「――――!!、ッ!」
『あー、惜しい』
「ごめーん、わざとじゃないから許して」
「誰が許すか」
「―――伏黒さん!」
「!」
男は少年の声に弾かれるように偽者の攻撃を避けた。
1度失敗したがそれでも諦めていないらしく、悟は再び捏ね始めた。
「魔貫光…いや違うな、魔か…これもちょっと違うか……魔貫光殺砲!!!おぉ!それっぽいものできた!ヤッバ!!超カッコイー!!!やっぱ僕って天才!!」
「テメェわざとだろ」
「あ、バレた?もう飽きちゃったしサクッと領域展開して終わらせていい?」
「領域…?」
「術式を付与した生得領域を呪力で周囲に構築して…って言ってもわかんないか……つまり自分が思い描く世界を結界の中に現実に創り出す必殺技みたいなもの」
「オレがやるっつってんだろ!」
「自信過剰でしょ」
「ウッセェ!!!黙れ!!!……あっ」
「あっ」『あっ』
男の足が偽者の脊髄を捉えた。強かに打ち据える。偽者の身体から一気に力が抜け、地面に転がる。首は奇妙にねじ曲がりどれほどの力を受けたのか窺えた。
「……マァ、いいだろ」
『いいわけあるか!私の身体が!…』
「頭と身体が繋がっていてよかったじゃないですか」
到底慰めとは思えない言葉を少年が掛けてくる。
横たわる偽者に少年が近づく。脈の確認でもするのだろうか。どう考えても死んでいる。首の骨が折れ頭が不自然な角度に傾いていた。
「念には念を入れるべきだと思いませんか」
止める気は疾うに失せている。
『ここには私以外まともな奴はいないのか』
「えっ?」
『……えっ?』
聞こえていなかったかと思いもう一度言うが少年の反応は変わらない。
微妙な空気が流れた。
「――――っ!」
地に伏せていたはずの偽者が少年の肩を掴む。眼を大きく見開き、歯茎を露わにしたその笑みは自分の顔にも関わらず他人のように思えた。