『私の悩みは――、悩みというか願いかな…手紙を2通出したい』
悟と美々子たちに出したかった。伝えたいことがまだあった。
「わかりました。手紙なら便箋を選べます。普通の、ちょっといいの、さらにいいのの3つから選択可能です。それぞれ10円、20円、100円で送料が84円別途掛かります」
『便箋代もかかるのかい?ボリすぎでは?』
「人件費上乗せしましょうか?」
『普通ので』
「188円です」
『こんな体で持ち合わせがないんだけど。それに自販機の下も見たことないし』
「あぁ、それなら2週間僕の手伝いをしてくれたら無料にしてあげますよ」
『じゃあそれでお願いするよ』
2週間少年を手伝った後、手紙を2通代筆してもらい、投函する約束になった。
夏油は自身が死んだあとこんなことになるとは全く想定していなかった。呪霊が見えるため常に視界はエログロ有のホラーゲームさながらであったし、それで自身の世界は完結していた。
死んだ後、高専に佇んでいた。職員に見つかり身構えたが、向こうは自分を認識していないようで、顔の前で手を振っても反応がなかった。視界には相変わらず呪霊が映ったが、それと合わせて自分のような存在、所謂幽霊がいることを知った。
呪霊のようにその土地に縛られることはないようで自由に動けたことは幸いだった。
次第に幽霊のなかでも友好的なもの、そうではないものがあるとわかった。幽霊になると生前は見えなかった者でも呪霊が見えるようになることも教えてもらった。
時々話す幽霊からその話は流れてきた。「幽霊専門で悩みを解決してくれる人がいる」。高専に襲撃を掛ける前に身の回りの整理はしておいたはずだが、こうして時間を置くとあれしておけばよかった、これしておけばよかったと思うことが出てくる。それがどうにかなるのであればとその話に飛びついた。
手紙の対価として少年の近くにいるといくつかわかったことがある。
同じ幽霊でも死に方や最後に思っていたことによって状態が変わる。自殺や恨みを抱えた幽霊はその場に留まっていることが多い。逆に自身の子について後ろから見守っている者もいる。
また、少年のアドバイスにより欠損していた手は自身のイメージによって欠損をする前の姿に変化させることができた。太陽に翳すと透ける手が何とも物悲しかった。
少年は幽霊は見えるが呪霊は見えない。
その代わりに、幽霊から聞いて、うまく呪霊を避けているようだった。
「じゅれい?なんですかそれ?」
『おや、知らないのかい?君がこの前美和さんからいつもの道を通らないように言われただろう。その道にいた、所謂化け物みたいなものだよ』
「へーそんなのいるんですね」
『反応薄いね』
「自分が遭遇しないならいいかなと。「危うきに近づかず」ですよ」
『その幽霊が見える能力を他の人のために使おうとは思わないのかい?』
「いやですよ、一歩間違えると精神病棟待ったなしじゃないですか」
少年は案外薄情者だ。
少年はうまく周囲の人間に溶け込んでいた。
幽霊といっても様々だ。普通の人間のような者、頭半分がない者、手足が欠損している者。
呪霊のようなグロテスクさとはまた一味違うグロさがある。
少年は慣れているのかそんな者を見ても顔色一つ変えない。幽霊と話す時にはスマホを耳にあてて通話しているように装っている。
授業中に教師に当てられた少年に出来心で嘘を教えたら、約束の期間が2週間+1日になったのと、次やったら手紙の内容を誘拐犯の脅迫文みたいに定規を使って書くという宣言に二度としないと誓った。
ずっとついていると少年に興味が出て聞いてみた。
『…君は幽霊が見えない人になんとも思わないのかい?』
「夏油さんは地方病って知ってます?ウィキペディア三大文学の一つとして有名なんですけど」
急に話が飛ぶのはこの少年の癖なのかもしれない。
『知らないな』
「山梨の長年原因不明の感染症というか寄生虫の事なんですけど、当時ドイツから輸入したすごく高い顕微鏡を使ってようやく寄生虫が原因とわかって対策が取れたんですよ。
肉眼で見えないので顕微鏡がなかったらもっと被害が出ていたかもしれない。
ある意味人類は新しい目を得たわけです。いまではもっと進歩してインフルエンザの菌さえ見えるようになりました。
1000年も前だと風邪も加持祈祷で治しました。癌もなかった。癌で死ぬ前に別の病気で死んでたからです。今ではちゃんと効果がある薬が処方されます」
『――結局のところ、何が言いたいんだい?』
「ものの見え方なんて如何様にも変わるんですよ。時代とその進歩によって。夏油さんが生前見えていた呪霊は僕には見えない。その代わり僕には生前の夏油さんが見えなかった幽霊が見える。僕と生前の夏油さんでは掛けているレンズが違うんですよ。
そのレンズは突然変わることもある。自身のレンズが取れるかもしれない。もしかするといつかそのレンズが普及して誰でも見えるようになるかもしれない。そんなことを恨んでも嘆いても仕方ないと思いませんか?」
それもそうかもしれないと夏油は思った。実際死んで幽霊になった者は呪霊も幽霊も見えるようになった。
少年の話し方はいつものように淀みなく滔々としている。
その流れで気になっていることも聞いてみた。
『君、この一軒家に一人で住んでるけど、親御さんは?』
「あぁ、それぞれ愛人のところで暮らしてます」
『――は?君まだ中学生だろう、そんな子ひとりにしておいて愛人って…』
「別にいいんじゃないですか?学校の面談の時には業務連絡入れておくと来てくれてますし」
その言葉に絶句する。
「そういえば夏油さんはメンインブラックって映画見たことありますか?」
また少年の話が飛ぶ。話を進めるため首を縦に振った。
「あの映画では終盤猫の首輪についている宝石のようなものがキーになってくるんです。その宝石の中には銀河があった。もしかすると僕たちもそんな存在なのかもしれない」
『…ごめんね、意味がわからない』
「簡単ですよ。僕たちが科学だ神の采配だと言っているものが、誰かにとってはビー玉の中の出来事でしかないのかもしれない。
例え人類が核爆弾やらで攻撃し合ってめちゃくちゃになってもそれは銀河や地球自体にとってもただの日常の一コマなんですよ。それこそ僕たちが自由研究で蟻の巣を観察しているような取留めのないようなことです。もっというなら事故で人が死のうが刺されようが地球には痛くも痒くもないし、自分がいなくとも明日は勝手に続いてしまう」
『で、君の言いたいことは?』
「「明日死ぬかもしれないなら好きに生きてもいい」。
僕は幸運にも家族がいないと寂しさを感じる人間ではない。そして両親は血縁上は家族ではあるけれど、また別の人間で別の人格と思考を持ちそれに従って動いている。ある意味利害の一致です」
掛ける言葉も見つからずため息を漏らした。
『…でも、その年齢で一人暮らしなんて…何かあったらどうするんだい?』
「僕が出会った幽霊の中には一人暮らしで湯船で亡くなってスープになった人もいます」
『スープ』
「ご遺体を見た人は吐きそうになって憐みますが、本人にしてみれば御飯食べてお酒も飲んで、ゆっくり湯船にも浸かってのんびりしているときに亡くなって、大変満足されていました」
『満足』
「死んだあとの遺体が綺麗かどうかを気にするのは生きている人間だけですよ。逆に綺麗な体で死んだけれど、最後に看取った家族から恨み辛みを言われ、幽霊になった後で嘆く者もいます。
どちらもどうせすぐに火葬されて骨になる。その間の状態なんて些細なことです」
「差出人は夏油傑でいいですか?」
『――いや、嘘だと思われるかもしれないから…そうだな…「親友より」で……いや、「元親友より」にして』
「わかりました」
少年の少し癖のある丸い字が既に書いてしまった単語の前に4画の漢字を付け加えた。
『宛先は…「五条悟様」で』
「はい」
住所は高専の住所を伝えた。
内容はまた別の日にと言われ、これまでの経緯と美々子たちの保護について書こうかと考えていた。
内容についてずっと迷っている。高専連中に美々子たちを任せていいのか。しかし悟になら任せられるのかもしれないし賭けてみる価値はあると思った。