びっくりするほどユートピア:
全裸になってから白目をむき、両手で尻をパンパンと音が出るほど強めに叩き、ハイテンションで「びっくりするほどユートピア」と何度も連呼して言いながらベッドから昇り降りすれば元気が出るという運動方法。
オカルト板で最後の部分が「これを10分程続けると妙な脱力感に襲われ、霊が逃げていく」と改変され広まった。
奥多摩:東京の最西部にある秘境。熊も鹿も猿も出る。都心から電車で約100分で着くが都内でも有数の花粉の発生地のため春は近寄らない方がいい。
都心から電車に揺られ、終点である駅はログハウスを彷彿とさせる外観をしている。その駅で少年は降りた。同じように降りていく者の多くはこれから山登りでもするのか大きなリュックを抱えている。
こんな辺鄙なところまでわざわざ来たのには理由があった。
少年が襲撃事件を起こした後、現れた悟は「青くんに出頭命令がでてまーす!」と言ってきたためだ。術師ではないためか家まで迎えの車は来ず、高専の最寄り駅まで電車で来いという待遇だったことに夏油は心の中でぷんすかしていた。
駅前は閑散としており、商業施設どころかコンビニもない。かろうじて自販機や待合室があるため少年はそこのベンチに腰掛けた。天井の隅には蜘蛛の巣が張っている。
「奥多摩の先って人が住めるんですか?」
『実は住めるんだよね。高専は学生用と教職員用の寮があるし案外住めば都だよ。事故ったら病院に運ばれるまで2時間かかるけど』
「環境が人を強くするのかもしれませんね」
『そうだね。おかげで姉妹校である京都校と戦ったときは負けなしだったよ』
「姉妹高と戦うって、…夏油さんって不良だったんですか?」
『まさか!真面目だったさ!…間違えて高専の車吹き飛ばして廃車にしたことがあるくらいで。寒い日で山中でのことだったから燃えてる車で暖を取ったんだ』
「ミスターディスカバリーチャンネルじゃないですか」
『完全に馬鹿にしてるよね?』
「どちらかというと褒めてます」
『褒めてる要素が見当たらないんだけど』
「ジェネレーションギャップかもしれません」
電車の便の都合で少々早く着きすぎたが、少年は散歩や観光をするでもなく、タブレット端末を取り出した。昨日見ていたドラマの続きを観るらしい。
『そういえば
「あと約22時間残ってます」
『今のうちに見せる映画かドラマ探しておこうかな。クソ映画じゃなくてもいいからあいつが苦手そうなのなんかない?』
「五等分の花嫁っていうやつどうですか?」
『サスペンスもの?』
「一気に血腥くなりましたね」
『金田一少年の事件簿とかのサブタイトルとかでありそうじゃない?』
「とある田舎の5つの家に次の日結婚する予定だった花嫁のパーツがそれぞれ送り付けられて、ってところでしょうか」
『そうそう。きっと犯人は花嫁に学生の頃いじめられて亡くなった、女子生徒の腹違いの姉で、今は5つの家の1つに嫁いでる』
「実は女子生徒の死因は花嫁と同級生による他殺で、その事実を隠ぺいした5つの家の人間に姉が次々と復讐していくんですね」
『で、最後は復讐を遂げた後、燃え盛り崩れ落ちる屋敷の中でひとり死んでいく。そういう話なら私も見たいな』
「残念ながら五等分の花嫁はラブコメです。もう金田一を見た方が早くないですか?」
『それはそう』
そんな会話をしていると高専の車が駅にやってくる。運転席に座っている男に少年が話しかけると無言で顎で乗るように指図してくる。更には少年に伺いもせず車内でタバコを吸い始め、夏油は額に青筋を立てた。
『―――こいつパチっていい?』
「僕が車を降りてからにしてください」
車が高専の駐車場に車を止め少年が車外に出たことを確認した後、夏油は運転手の脳に指を突っ込んでパチった。運転手はぐるりと白目をむき首を前に垂らす。細くだが息をしているのを確認すると少年のもとに戻る。
高専の地図は夏油の頭に入っているため、少年を先導しながらどこに何があるかなどを説明をする。
『あっ、ここ!見て!ここが私の死んだ場所!』
「そんなアナザースカイみたいに言われても困るんですけど」
その他にも「生徒だった時に罰としてここの外周を走らされた」とか「こっちの建物は私が高専を襲撃したときに半壊させたんだけどもう建て直したんだね、懐かしいなぁ」などと言っているうちに目的地に着いた。
入口で待っていたらしい五条が少年に尋ねる。
「どこ行ってたの?迎えにやった職員は?」
「体調不良のため車で休憩されてます。その代わり夏油さんがツアーガイドしてくれているので問題ありません」
「ガイドって言ったって見るようなところ何もなくない?傑、どこ案内したの?」
「ご自身が死んだ場所を見せてくれました」
「」
五条の絶句した様子を見て夏油は腹を抱えて笑った。
少年が書き直した報告書を五条が夜蛾に提出した際、口頭で少年の特殊すぎる事情も伝えたため夜蛾は頭を抱えた。夜蛾はその報告書を己のところに留めておく代わりに監視を付けることを決めた。
まだ救いは少年自身に一切の戦闘能力も意思もないという点であったが、少年が自分の親に襲撃事件を起こしたため夜蛾の不安はさらに高まる。
夜蛾が五条から伝え聞いた話では、幽霊となっている夏油は襲撃事件の際、少年を止めるどころか「いけいけいけいけ!!!!GOGOGOGO!!!」と野球の三塁ベースコーチさながらの発破をかけていたらしく不安要素しかない。
そのため夜蛾が少年に会うことを決めたのは自然なことであった。
「この人が高専の夜蛾学長でーす。僕の上司ね」
「五条さんって本当に教師だったんですね」
「最初っから言ってんじゃん!!」
報告書に書かれている文字から夜蛾は少年のことを神経質そうだと判断したが、実際接してみると恵とも七海とも違うタイプだ。恵も七海も地に足がついているが、少年の場合はどこかぼんやりと掴みどころがないように感じた。
面談の目的は少年の渋谷での詳細の聞き取りだったが、その前に五条から聞いた夏油のポルターガイストの話になる。
「――――つまり先日上層部の祟り騒ぎは傑が起こしたということか」
「夏油さんがどこかに練習に行かれているのは知ってたんですが、上層部の方で練習していたんですね。「祟り騒ぎ」ということは大きな影響があったんですか?」
「そうだよー、封印していた呪霊の封印が解けたりとか突然死とかもあったけど、一番大変だったのは呪術界でも指折りの家所属の呪術師のTwitterの裏アカウントっていうの?それが色んなとこに流出したことかな。それで、高専の情報部が1週間ぐらい泊まり込みでさぁ。補助監督もその対応に駆り出されたせいでこっちの任務に支障が出たし踏んだり蹴ったりだったよ」
「あ、それは僕です」
「え」
「夏油さんじゃなくて僕がやりました」
「犯人じゃん…!」
「そうですね」
「なぜそんなことをした」
「夏油さんたちが暇だっていうので」
「……暇つぶしで禪院家に賠償金払わせるとは」
「呪術界にはネット上の情報統制能力があると踏んでたんですが意外ですね」
「そりゃあ一般人の投稿とかなら秒でどうにかできるよ。でも今回はあちこちで大炎上した上、当の呪術師の性格も最悪で人の記憶に残りやすい恰好と腐った態度で一般人にも覚えられてたっぽくて目撃情報とか言ってたこととかがちらほら投稿されてさぁ」
「身から出た錆ですね」
「でもよくあんな内容考えたね。”渋谷ハロウィン事件の真実!!!暗躍する秘密組織の実態!”なんて安っぽいタイトルまで付けてさ」
「もっと俗物的で猥褻なタイトルにするか、陰謀論者たちにも受けるよういくつかパターンを考えておけばよかったです」
「そんなの信じる奴がいるわけないだろう」
「そう思います?陰謀論の今の流行は”政府はワクチンに入れてあるマイクロチップにより人々を管理する”らしいですよ。ネット検索で発見できる程度の話なので陰謀とも言えるかどうかも怪しいですけど。
話は戻りますが賠償金の理由はなんですか?流出程度なら大した金額にはならないと思うんですが」
「流出した内容がナルシストじみた自撮りとかAV女優にキモイDM送りつけてるぐらいなら問題なかったんだけどね。呪術界のこととか家とか任務の話とかももろもろの流出で社会秩序を脅かしたってことでその術師が所属する禪院家に数十億単位の賠償金支払い命令が出ちゃったんだよ」
「へぇ、そうですか。大変ですね」
「…自身が起こしたことが原因で莫大な損害が出たがどう思う?」
「「個人の狂気は稀だが集団の狂気は普通である」と言いますし自然なことなのではないでしょうか?」
「」
「――――学長!これが青くんです!」
夏油はこのやり取りを見てにやにやしていた。そうだ悟も学長も少年のことで困れば、いや苦しめばいい。そう夏油は思っていた。
「流出の詳細については後で聞くとして、傑の祟りを鎮める方法はあるか?」
『えー!まだやりたりないんだけど。練習段階だし』
「もうちょっと練習したいそうです」
「もっと穏便な練習方法はないのか」
『練習もそうだけど気晴らしも含んでるからなあ』
「気晴らしが主な理由ならもっと後々までダメージが残る方がいいんじゃないですか?」
「なに言ってる。やめろと言っているんだ」
『しょうがないな……じゃあ、全力の「びっくりするほどユートピア」最近見てないから見たいかも。あ、でもそれで納得するわけじゃないから。一旦ストップする条件ってことで』
「全力で「びっくりするほどユートピア」をしてくれたら一旦ストップしてもいいそうです」
「「びっくりするほどユートピア」……マジで言ってる?」
呪術師や補助監督であればびっくりするほどユートピアを一度は目にしたことがある。簡単に言うとネットで広まったお手軽な除霊()方法だ。塩も聖水も不要で、自分のケツと手さえあれば事足りるためか、呪霊に追いつめられた非術師が藁にも縋るようにびっくりするほどユートピアをしていることがある。
そのびっくりするほどユートピアを夏油は祟りを止める条件として上層部にやらせようとしているのだ。
夜蛾たちが話している応接室に職員が飛び込んでくる。真っ青な顔で今にも倒れそうになりながら叫ぶようにして言う。
「学長!!駐車場の車の中で職員が1名意識不明になっています!!祟りがついに職員にまで!!」
「あ」
『あ』
夜蛾が飛び込んできた職員に指示を出している間、五条がこっそり聞いてくる。
「…もしかして傑がやった?」
『………何とか誤魔化してくれない?』
「流石に高専の職員さん相手なので夏油さんも手加減して、……してますよね?」
少年の問いかけに夏油はだんまりを決め込んだ。
「――――ならなぜ意識不明になっている」
職員を退出させた夜蛾が低い声でそう言う。
「あー、夏油さんは迎えにきた職員さんの態度が気に食わなかったみたいで」
「傑はどこだ」
夜蛾の言葉に少年は隣に座っている夏油を指さした。
「―――傑!!!お前はそんなことに力を使うんじゃない!!」
『…………………はい』
夜蛾と視線が合う。いや、実際には見えてないのだから気のせいだ。
久方ぶりの夜蛾の説教は相変わらずよく響いた。夜蛾に名指しで叱られ夏油は不思議な気持ちになりながら返事をした。