幽霊見える系男子と夏油さん(幽霊)   作:あれなん

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【3】手紙の投函

 

美々子と菜々子への手紙は案外すぐに書くことができた。

内容が五条悟を頼るようにというものに加えて、野菜もしっかり食べるようになど家庭的なものになってしまったが仕方ない。

 

しかし問題は悟に対しての手紙だった。もともと手紙などまともに書いたことがなく、メールか電話で要件を済ましていたことも原因だ。

はじめて送る手紙にさらに代筆ともなると内容がまとまらないのも仕方がない。少年に便箋を増やすことも可能と言われたが、それは最終手段だ。

 

 

 

 

『そこの端に呪霊がいるから道の真ん中を歩いて』

少年は頷く。

 

 

 

呪霊には幽霊が見えないようで、以前と違い往来で視線を隠す必要がないことは有難かった。少年は自分を信用しているようで指示通りに動く。

 

少年の見える世界は、生きていたとき自身が見ていた世界と違ってひどく物悲しい。

 

果たされなかったことを嘆く声や恨む声がはっきり聴こえる。

ある意味、生きているときに人間が掃き出せなかった心の内の叫びだとも言えた。自分が祓ってきた呪霊も恨みやらが集まってできたものではあったが意味をなさない言葉が多かった。

幽霊であれど人の口から明確に吐きだされる言葉は悲痛に満ちている。

 

案外人間以外の幽霊もいるもので、厳ついその筋を連想させるような男に猫の幽霊が擦り寄ってじゃれているとなんとも反応がしづらい。反対に優しそうな虫も殺せなさそうな女性に何匹もの子猫や子犬の幽霊が牙を剥いて唸っていることもある。

 

 

その光景にも少年は眉ひとつ動かさない。

 

 

 

『もし費用が足りないようであれば』

「もし、費用が、たりない、ようであれば」

少年の筆圧の弱めな字が便箋の中を泳ぐ。

 

少年と過ごしはじめて1週間経過した。

待ってもらっていた悟への手紙の内容も大分まとまり、できたところから書き始めてもらった。

 

美々子と菜々子の養育費として、隠していた金の隠し場所を伝える。慕ってくれるあの子たちには迷惑をかけてしまった。2人の思いに付け込んだとも言えた。戦いに巻き込まず、手を汚させず、幸せになってくれる方法もあったのではないかと何度も考える。

 

 

「とりあえず今日のところはここまでにしましょう。もう便箋の3分の2埋まっちゃいましたが、どうします?便箋追加しますか?」

 

『――いや、残り3分の1でまとめるよ』

 

長く書こうと思えばいくらでも長く書けた。言いたいことは山ほどある。しかしそうしてしまうと終わりがないような気がして便箋1枚にまとめきることに決めた。

 

 

 

 

 

 

少年の手伝いの期間、2週間+1日をいっぱい使って、悟への手紙ができた。

 

念の為、消印で場所がばれないように投函には少し離れたところのポストを使うらしい。

 

 

 

手紙を投函後、少年はなぜかポストに柏手を打ち、手を合わせた。

 

 

『…何してるんだい?』

 

「あぁ、なんとなくいつもしてるんですよ。依頼人の手紙がちゃんと相手に届きますようにって」

 

『そりゃあ住所書いてるんだし届くはずだけど…』

 

「そういう届くではなく。

僕がしているのは本来届けられない言葉を届ける作業です。依頼人はわざわざ僕に対価を用意してまで伝えたい言葉を伝える。 それが相手に届いたとき、相手は泣くかもしれないし、怒るかもしれない。 けれど、その依頼人の思いがちゃんと相手に届いてくれるといいなと思うんです」

 

 

その言葉になんとなく自分もポストに手を合わせた。

 

 

 

『もうちょっと君のことを手伝ってあげるよ』

少年が怪訝な顔をする。

 

「手紙、出したいところがあるんですか?」

 

『いいや、ないけど』

 

「そうですか。では念の為記録はつけておくので1週間につき普通の便箋1通分でどうでしょうか」

 

『それはいいね』

勿体ぶった少年の言い方に茶化して答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

2週間見てきたが少年の食生活は最悪だ。

美々子たちより悪い。コンビニの出来合いのご飯ならまだいい方で、放っておいたら、ウィダー・カロリーメイト・ウィダーで1日の食事を終わらせてしまう。

 

 

『ご飯!ちゃんと食べないと』

 

「たべてるじゃないですか」

朝からウィダーを啜りながら少年は答える。

 

『そんなゼリー飲料、私は食事にカウントしてないんだけど』

 

「認識の不一致です」 

 

『そんなのばっか食べてると体壊すよ』

 

「ヨーロッパのある少年は偏食で4歳から15歳までジャムサンドと牛乳、シリアルとチョコレートケーキだけを食べ185㎝70㎏の体格まで成長しました。医師の診察では至って健康とのことです」

 

『屁理屈捏ねない』

 

 

このやり取りはほぼ毎日ある。

 

 

 

少年は部活にも入っていないようで放課後もぶらぶらするか他の依頼人の手紙を書くかのどちらかだった。

他の依頼人と手紙を書いているときには、少年の指示で1階のリビングに行かされた。個人情報の保護らしい。死んでいる状態で個人情報もあったものではないと思うが。

 

 

 

 

 

 

不意に家のチャイムが鳴る。

 

最新式のモニター型インターフォンを見てみると、懐かしい親友の顔が映っていた。

 

 

 

「夏油さん、そんなところでどうしたんですか?」

 

『いや、これはでなくていい。というかでない方がいい』

 

画面を見ながら少年は言う。

 

 

「お知り合いですか?」

 

『この前出してもらった手紙の相手だよ』

 

「消印のことも考えて遠いポストに入れたのにどうしてわかったんでしょうね」

 

この会話の間にも何度もチャイムが鳴らされる。

終いには玄関のドアをノックし始めた。

 

 

「これはやばいやつですね」

 

『悟のやつ、苛立ってるな。2階の部屋に隠れておいた方が』

 

言い切る間もなく、リビングの背丈ほどある大きな窓が割れた。

床に一面に散乱した窓ガラスの残骸は夕焼けの橙色を反射する。

 

 

「お前が如月青(きさらぎあお)か?」

 

悟が土足で家にあがってくる。ドライアイスを飲み込んだかのような声だ。

 

 

『ちょっと悟、やめろ!!』

 

悟に声は届かない。

 

 

突然のことに身を強張らせた少年の首を掴み壁に強く押し付ける。まだ成長期の少年の白い首は片手でつかめるほど細い。

 

抵抗する少年が悟の手を掴み離そうとするが一向に外れず、気道が塞がれ酸素が足りないのか、少年の顔色が猩々色のわずかに黒を帯びた赤色に変わっていく。

宙に浮かされ、足が自然とばたつく。

 

 

 

次第に少年の手足から力が抜けていっているのがわかる。

 

 

悟の手が少年の首を離した。

 

 

音を立てて床に座り込んだ少年が大きく息を吸い、咳き込む。まるで全力で走ったかのように息が荒い。

 

「おい、この手紙どうした」

 

倒れる少年の傍にしゃがんだ悟の手にはこの前投函した手紙が皺くちゃになって握られている。

 

 

「さっさと答えろ」

少年の髪を掴みあげ無理矢理顔を上げさせた。

 

 

「っ、げ、、げと、うさん、っから…」

息も絶え絶えに少年は口を開いた。

 

「は?傑がこれをお前に出させたっていうのか」

悟のその言葉に少年は大きく頷いた。

 

 

悟は少年の目を見つめる。嘘ではないとわかったのか掴みあげている少年の髪を離すと、近くにあった椅子に大きく音を立てて座った。

 

「なんでお前なんかに傑が頼んだのか、わかるように順序良く話せ」

 

椅子の上から見下ろしながら悟は少年に言った。

 

 

 

 

「――で?簡単にいうとお前は幽霊が見えて?幽霊の依頼を聞いて手紙を出したりして?傑も依頼してきたと」

悟のその言葉に少年は小さく頷いた。

 

 

「幽霊だなんて、そんな話、信じてもらえると思ってるのか?」

悟の声は今だ凍えそうなほど冷たい。

 

「なんか証拠でもあんのか」

 

その悟の言葉に少年はゆっくり立ち上がり、悟を2階に案内した。

 

 

「――これ」

 

少年が悟に渡したのは1枚のルーズリーフだ。丁寧なことにページの上部には「夏油傑」と書かれている。

 

そこには便箋に書く前に、内容を練るために書き出してもらったことが雑に書かれている。綺麗な文章ではない。しかし、高専時代に授業をサボってディズニーやスイパラに行って馬鹿騒ぎしたことなどくだらない思い出話も様々に書き散らされている。

 

 

 

 

悟はそのルーズリーフを立ったまま何度も繰り返し読んだ。

 

 

 

 

 

「――ごめん」

 

悟は読みながら少し頭が冷えたのか、ルーズリーフを少年に返しながら呟いた。

 

 

「あぁ大丈夫です。それより信じていただけましたか」

少年の言葉に悟は頷いた。

 

 

 

「傑がここにいたのか…」

そういうと勝手に少年のベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

「いまもいますけど」

 

 

 

「は?」

一気に悟が身を起こす。

 

 

 

 

 

 

『―――、高専の時の悟のパソコンのパスワード「g905883」だったよね。これで信じてくれるかい?』

 

「夏油さんが、こうせんときのさとるのぱそこんのぱすわーどがじーきゅーぜろごはちはちさんだったと言ってます」

その少年の言葉に悟は再びベッドに沈んだ。

 

 

それは高専時代、悟が好きなAV女優蒼井そらのスリーサイズから付けたパスワードだ。こんなの家の奴らには絶対にわかんねぇだろと言っていた。

少年が自分の言葉通りに悟に伝える。

 

 

 

「あーー!!なんでそんなこと覚えてんの!馬っ鹿じゃね!?」

 

ベッドで悟は釣りあげられたばかりの鮮魚のようにのた打ち回っている。

 

 

 

 

 

 

「あの、靴、脱いでほしいんですが」

「あっ…ごめん…」

 

 

 

 

 

 

 


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