結局、夏油は五条についてくことに決めた。
会話さえできず目も合わないが、親友だし美々子たちのことも気になるからと微笑んでいた。少年はいつでも翻訳はできるのでお困りごとがあればまた来てくださいと夏油に告げた。
五条たちとはファミレスで別れ、少年は帰路に就いた。割られた窓ガラスは既に直されており、散乱していた破片も既にない。
五条が靴のまま家にあがったためついた靴跡も綺麗に拭きとられていた。
他に足跡が残っていないかチェックをしている少年に向かって声が掛けられる。
視線をその方向に向けると、リビングに男がいた。季節外れの半袖姿だ。
『遅かったじゃねーか。あの袈裟野郎はどっかいったのか?』
「伏黒さん、また来たんですか。突然消えたのでもう成仏されたのかと思ってました」
『馬鹿なこというなよ。あの野郎とちょっと過去に色々あってな。顔合わせるわけにいかねえんだ』
「幽霊になってもそんなこと気にするんですね」
『そりゃあ気になるだろ。元加害者と被害者みたいなもんだからな』
そう言いながらリビングの長いソファに口元の傷が特徴的な男は寝っころがった。
男は不思議だ。他の幽霊のように何かを依頼するわけでもなく、ただ少年の近くにいる。前に少年が理由を聞くと、便利だからと返ってきた。
確かに少年に自身が選んだ馬券を買わせたり、テレビをつけさせたりしている。
『――で?あのことはバレなかったのか?』
「大丈夫でしたよ」
『バレたら、強制的に連行されてただろうな』
そういうと男は少年にテレビのチャンネルを競馬番組に変えさせる。男は身を起こし、少年を横に座らせ迷いなく左手を出した。少年もそれに手を重ねる。
別に男にそのような性癖があるわけではない。男は少年のカバンから勝手にタブレットを
それができるとわかったのは男が少年に自身が選んだ馬券をネットで買わせようとした時だ。不慣れな少年に教えようと偶々手が触れた。そこに質感をはっきりと感じたのだ。少年が驚いて手をひっこめると感じなくなった。
男と少年で様々に試した結果、少年に触れていると物に触れられることが分かった。男の身体能力は生前と同様で、林檎も握り潰すことができた。ただし相変わらず、少年以外の人間には男の姿は見えなかったし、声も聞こえていなかった。
呪具も持つことはできたが、普通の人間には武器が宙に浮いているように見えるため、往来で戦えないことは不便に感じた。
少年と接触しているときは味覚もあるので時折、少年に通販で買わせたビールを飲んでいる。体のつくりがどうなっているのか不明だが排泄する必要がないのは便利だった。
自身が幽霊になるだなんて思いもしなかった。競馬場に行っても券を買えるわけでもなく、珍しく予想が的中しても券もないのだから何の儲けもない。自身の子どもは六眼のガキにくれてやったため見に行く気にもならなかった。
競馬場にも案外幽霊は多い。ギャンブル中毒の奴は死んでも賭け事が好きなようだ。競馬場でよく話すギャンブルで自己破産し首を吊った幽霊から相談所の話を聞き、面白半分で少年の所に行った。
少年は男に会った頃はまだ小学生で屁理屈をこねるクソガキではあったが、同居する家族もおらず、男の好きなようにさせてくれたため段々と少年の住む家に居ついてしまった。それにあの能力がある。
少年や他の幽霊は、「幽霊は人間にも物にも触れない」という固定観念があったのか今まで気が付かなかったようだ。確かに男も幽霊になってすぐに近くにいた人に試しに殴りかかってみたがすり抜けたという経験があった。 男にとっては他の奴らが気が付いていないということは僥倖だった。
その日も男は朝からソファーに寝っころがっていた。
幽霊に夜も昼も関係ないし、いつ寝ていようとも文句を言うやつはいない。その日は土曜日で少年が依頼人の話を聞くので、男はリビングに追い出されていた。
テレビではありきたりな刑事もののドラマが流されている。開始10分で犯人がわかってしまうほどのチープさだ。これならロードオブザリングでもぶっ続けで流していた方がマシだった。少年の部屋に乱入してチャンネルを変えさそうかなどと考えていた。
『青!!!大変なんだ!私の体が誰かに使われている!!――うわっ!!』
飛び込んできた袈裟服の男と目が合う。
『…やっべ……』
思わず言葉が溢れた。