エンティティ様といく!   作:あれなん

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【10】カニバル

 

 

少女は群馬県の四万(しま)温泉に来ていた。父親が前回ぎっくり腰のため長野に行けず、よほど悔しかったのかその代わりとしてこの旅行を計画したらしかった。

 

宿泊する宿は積善館という「千と千尋の神隠し」に出てくる湯屋のモデルになったところだ。随所に映画の一コマを想起することができ、少女は映画の中に入ったような気分になった。夜には宿の主人が主催する「館内歴史ツアー」もあるという。

館内は時代に合わせて増築を繰り返したようで入り組んでおり、あっちこっちに階段や廊下が続いていて探検するだけでも十分楽しい。

 

また四万温泉には飲泉ができるところがいくつも用意されていた。「飲用すれば胃腸病に効く」と書いてあり、おやつもご飯ももりもり食べている少女は試しに飲んでみた。独特のしょっぱさがある。エンティティ様にも試してもらったが絶不評で、影に波紋ができるどころか完全に沈黙していた。汲んでしまったものは仕方がないと、少女が少しずつ消費していったが慣れると案外飲めないこともない。

 

四万温泉には草津や箱根のように観光客向けの店はそこまでない。もともと湯治客を受け入れていた場所なので、観光地というよりも療養地に近いのだ。チェーン店もなく個人の店ばかりで、趣のある落ち着いた雰囲気がそこにはあった。

 

少ない店のなかには群馬名物の焼きまんじゅうを売っているところもある。少女は香ばしい匂いに誘われてその店に引き寄せられた。

親にねだり、1本買ってもらう。焼きまんじゅうといってもまんじゅうがただ焼かれているだけのものではない。

蒸してふかふかの、中には餡子も何も入っていない、白く真ん丸の素まんじゅうを長めの串に4つ程団子のように刺して、たれをつけてこんがりと焼いたものだ。

 

その店では店員が目の前で炭火を使って焼きまんじゅうを焼いている。味噌や砂糖を甘く煮詰めたとろっと濃厚な味噌だれを、刷毛でまんじゅうの両面にたっぷり塗る。たれが炭火で焼かれるとなんともいえない食欲を誘う匂いがその場に満ちた。焼き上げられたものはあつあつで、食べるとじゅわりとたれが口の中に広がる。炭火で炙った時にできたおこげはどこか特別感があった。出来立ては格別だ。焼きまんじゅうにはエンティティ様も満足していた。

 

 

少女は迷路のような館内も面白かったが、四万温泉の一番奥にある奥四万湖というダム湖に惹かれた。水の色は真っ青で陽の光が差し込む加減や時間帯によってその色は何度も変化する。この色は「四万ブルー」といって人気らしい。風が止めば、周囲の山々を湖面に写し、青い空と湖の青のコントラストがひどく美しかった。少女は両親が戻ろうというまで、ダムの天端でその群青色を眺めた。

 

夕飯は群馬名産のこんにゃくや四季折々の食材がふんだんに使われていた。出される料理とお品書きを何度も見比べ味わう。夕飯が終わると、温泉に入る前に館内を探検すると母親に告げ、部屋を出た。

もう辺りは暗い。都会と違い、高層ビルも煌々と光るネオンもないこの土地の空には星がいくつも瞬いている。星を見ながら飲泉で汲んだ温泉水をベンチに座って飲もうとすると雰囲気が変わる。いつものやつだ。

 

影から浮上する男に、温泉に入りたいから15分くらいで終わらせてほしいとお願いし、目の前の建物の座れそうなところに腰掛け、温泉水を飲んだ。

 

 

 

 

灰原と七海は任務で群馬を訪れた。

補助監督から渡された情報では、山間部の廃神社に3級相当の呪霊が潜んでいるらしい。

最近時間ができて暇を持て余している五条や夏油は最後までこの任務についてくる気満々であったが、最終奥義(夜蛾召喚)をし、なんとか予定時間通りとはいかなかったが来ることはできた。高専に入学してまだ半年も経過していないが、上級生には、特に五条にはほとほと困っている。

なぜ任務前にここまで疲れなくてはいけないのかと七海は溜め息を漏らす。夏油をなぜか慕っている灰原は、残してきた2人に何かお土産を買って帰ろうと言うが、そこら辺の石でもわたしておけと七海は返した。

 

廃神社は石段を上った先にある。この石段を上る人は疾うにいないのか苔()し、石段の横に植えられている木々は剪定する者さえおらず鬱蒼としていた。こんな季節なのに少し肌寒い。風が吹けば湿っぽい土の香りが鼻腔に届く。

石段を上っている最中に、エンジン音が聞こえた。灰原は近くで木の伐採でもしているのではというが、こんな時間にするわけがない。その音は廃神社の方から聴こえた。

 

顔を見合わせたあと階段を駆け上がる。エンジンが唸りを上げる音が木霊する。先に上り切った灰原が呆然として立ち竦んだ。その視線の先をたどる。

 

男が呪霊を殺している。

呪霊の頭を粉砕せんとばかり手に持つハンマーを振り下ろす。よろめいたそれの上半身に唸りをあげるチェーンソーを刺すと、腹から肩まで真っ二つに裂いた。呪霊の体液と臓物がチェーンソーの駆動に合わせて辺り一面に飛び散る。男はチェーンソーを上に掲げて叫んだ。その声は醜悪で目の前の男が人間ではないことを七海は悟った。

 

無意識のうちに後ずさりをする。背に何かが当たった。壁だ。先ほど自分たちが上ってきた石段と敷地の境目に目に見えない壁がある。閉じ込められた。そう気が付くのに時間は要さなかった。

 

男の背後から別の呪霊が襲い掛かる。どこかに潜んでいたようだ。鎌鼬のような鋭い斬撃を避けも受けとめもせずに男はまともに食らう。しかし、男は血が出るどころか、よろめきもしない。

再びエンジン音が響く。呪霊に向かってチェーンソーを振り回した。男からは籠った唸り声があがる。呪霊はチェーンソーによっていくつもの肉片と化した。その肉片の一部が七海たちの足元に転がった。出来立ての断面からはまだ呪霊の血が流れだしている。

 

男が七海たちの方を向く。巨体だ。襟付きのシャツの上から黄色いエプロンをし、誰かの血を附着させている。顔を見ようとしたが何かがおかしい。一回り大きい。距離が近づくとわかる。誰かの顔の皮を被っている。

 

チェーンソーを持つ男は七海たちに向かってきた。七海はいまだに放心している灰原の腕を取って逃げる。七海の持つ武器ではあのチェーンソーの間合いに入るにはあまりに危険すぎる。自分たちで対応できるようなものではない。こんなことなら五条を連れてくればよかった。

男は足が遅いのか、すぐに振り切ることができた。補助監督や五条たちに連絡を取ろうとするが、なぜか携帯の電波が届かない。あの透明な壁の効果かもしれない。

 

補助監督は先日通達があり、任務開始後2時間を経過しても生徒が戻らなければ、応援を派遣することになっている。

つまり、2時間と応援が来るであろう時間をどうにかやり過ごす必要がある。

幸いなことに廃神社の敷地は広い。事前に聞いていた情報によると本殿と社務所、それと倉庫が数棟あるはずだ。どの建物も年季が入っており、チェーンソーを振り回す男相手に立てこもれるような耐久性はなさそうだが、見つからないように隠れるにはいいだろう。

 

初めはエンジン音で男がどこにいるのかすぐにわかったが、エンジン音が聞こえなくなると、一気に緊張感が増す。きっと男は七海たちを見つけようと探し回っているに違いない。角を曲がる度に覚悟を決めた。

 

トタンでできた倉庫の1つの中に入り、扉を閉めた。携帯のライトを使って中を確認する。放心状態から戻ってきた灰原と共に中を漁る。空の桐箱が積まれているだけで、他には何もない。

 

「七海、ごめん」

 

「何に対しての謝罪ですか」

 

「僕、あの男を前にして足が竦んでた。七海がいないとあのまま殺されてたかも」

 

「こんな状況でその謝罪は受け付けません」

 

「…」

 

「ここから生きて帰ることができてから聞きます。死んでしまっては元も子もない」

 

「うん…」

 

そう話していると遠くからこちらに近づいてくる足音が聴こえる。荒い足音にあの男だとわかる。ライトを消し、息を潜めた。七海たちが身を潜める倉庫の傍で足音が止む。

エンジンの駆動音。壊された壁の隙間から男と目があう。入ってくる男の方向に桐箱の山を崩す。男にぶつかった。

 

「七海!こっち!!」

扉に駆け寄った灰原が七海を呼ぶ。倉庫を出て駆けた。

男がいる倉庫からは男が暴れまわっているのか何かを壊すチェーンソーの音が響く。

 

社務所の角を曲がったとき、ぼんやりとした暗闇の中で動くものがいる。七海たちは武器を構えるが、よく目を凝らすとその人影は小さい。子どもだ。警戒する七海を余所に、灰原はその子どもに声を掛ける。

 

「…こんなところで何してるの?」

 

「お兄さんたちもなにしてるの?」

質問を質問で返される。

 

「僕たち、悪いものを倒しにきたんだ。ここは危ないから早くおうちに帰った方がいいよ」

 

「だいじょうぶ。エンティティ様のごはんあつめてるだけだもん」

突然出てきた単語に首を傾げる。

 

「エンティティ様って…?」

その続きを灰原が聞こうとするが、エンジン音が響く。反対側の道から男が現れた。こちらに向かって歩いてくる。見つかってしまった。

灰原は子どもを庇うように前に出る。チェーンソーを振り上げた男を止めたのは子どもの柔らかい声だった。

 

「お兄さんはいい人みたいだからだめ。それよりおわったならもどろう?」

子どもがそう言うとチェーンソーの音は止まる。子どもは立ち上がると男に近づいていき共に闇に溶けるように消えた。

 

 

 

 

 

 

少女は無事に温泉に入ることができた。

貸切風呂も含めると5つもある宿の湯を堪能し少女自身もほっかほかだ。エンティティ様も温泉に入れたらいいのにと伝えたら、大きすぎて入らないとひらがなが並ぶ表を駆使して伝えてきた。折角だから脚先でも入ってほしいと思い、桶にお湯を溜めて脚先を浸けてもらったが反応はいまいちだ。どうやら温度が足りないらしい。

 

翌日、帰りに立ち寄った駅で群馬名物の「フリアンパン洋菓子店」のみそパンと峠の釜めしをゲットできて少女はご満悦だった。

 

 

 

 

 

 

「 報告書

作成日:8月10日 作成者:七海

事件発生日:8月9日 20時15分

詳細:

 七海建人・灰原雄、両名で3級呪霊討伐の任務として青梅神社に急行する。任務地にて特級相当の呪霊、またそれを使役していると思われる女児と遭遇した。特徴は先日発見次第確保の通達があった対象人物と酷似しており、本人と推定。

灰原が女児と接触した際、女児の口より「エンティティ様」という固有名詞と、その者のために「ごはんを集めている」と発言があった。「いい人だからだめ」と女児が使役呪霊に指示しており、何らかの判断基準を持ち殺傷対象を区別している可能性がある。

また、外からの侵入可能・退去不可な結界を張るため警戒が必要。特級相当の呪霊については別紙参照。」

 

 


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