少女はぽち袋を握りしめほくほくしていた。飛行機の距離に住む祖母からお盆玉というものが少女宛に郵送で送られてきたのだ。少女はその「お盆玉」というものの存在を知らなかったが、電話口で祖母にそれでおいしいものを食べるように言われたので存分に使わせてもらおうと決めた。
今日の行き先を決めるため本屋のるるぶの表紙を眺める。
並べられている本の中で、雄大な自然の中で馬が草を食んでいる写真が目に留まった。少女の住んでいる場所も結構な田舎で、時々耕運機が道を爆走していることはあっても、馬というものは直接見たことがなかった。見に行ってもいいかもしれない。
「エンティティ様、熊本いこう!」
エンティティ様にお願いし、着いたところはなぜか神社の前であった。近くにあったガイドマップを見てみるとここは阿蘇神社というところらしい。確かに少女が見ていた熊本のるるぶに阿蘇神社も載っていたが、少女が思っていた場所ではなかったため、エンティティ様がここに来たかったのなら仕方がない。連れてきてもらった身のため文句を言える立場でもない。思考を切り替え、楽しんで観光をすることにした。
この地は湧水が有名なようだ。至る所に水飲み場があり、多くの人がそこから水を汲んでいた。湧水量も豊富で神社の手水舎の水の勢いは凄まじかった。
阿蘇神社に参拝をし、これからも自分とエンティティ様がご飯とおやつを沢山、おいしく食べられますようにと祈った後、近くにあるという門前町商店街に行く。
多くの観光客や参拝者でにぎわっている。店の前を通り過ぎるだけでもいい匂いがした。
熊本の郷土料理のだご汁や名産のあか牛を使ったガーリックライスやサイコロステーキにも惹かれたが、それを食べてしまってはお小遣いが一瞬にして吹き飛んでしまうだろう。神社と商店街の間を行ったり来たりして迷う。
ある建物の前から甘い匂いがした。昭和の雰囲気が漂う店だ。掛けられている暖簾には「たしろ」とひらがなが書かれていた。ガラス張りの中では店員が何かを焼いている。どうやらおまんじゅうを売っているようだ。価格も1つ100円程で買ってみることにした。
少女の手には2つの出来立てのおまんじゅうが握られている。店員に黒と白どちらにするかと聞かれ、咄嗟に両方と言ってしまったのだ。近くの広場のベンチに座り、包みを開く。
程よく焼けた狐色で、UFOのような丸みがある。熱さを我慢し半分に割ると粒あんが零れ落ちそうになるほどたっぷりと出てきた。餡はとろりとしており、粒は大きく艶々と光っている。
口に含む。しっかりと甘い。甘さ控えめが持てはやされているこの時代とは全く違う、腰を落ち着けどっしりと構えた甘さがある。ただ甘いだけではない。小豆の味も確かに伝わってくる。
生地は薄く、餡を引き立てるがもっちりとした食感がうまい具合に調和していた。
白い方も中を割ってみる。こちらは白餡だ。黒餡に負けず、餡が溢れ出る程詰まっており、甘いが豆の旨味がしっかり伝わる。
エンティティ様にも大好評だ。
甘い物を食べるとしょっぱい物が食べたくなるのは人体の不思議だ。観光もできたので帰ろうとした少女の足を止めたのはすれ違う人が持っていた紙袋から漂うおいしそうな匂いだった。
その紙袋の店は「阿蘇とり宮」という肉屋だった。店の前には人が並んでいたため迷ったが、少女も物は試しと並んでみた。どの人も
店員に注文すると揚げたてのものが手渡される。
熱さを我慢し一口齧る。サクリとした衣の中にはつぶしたじゃがいもと甘辛く味付けされた馬肉のひき肉がどっさりと入っている。
じゃがいもはほくほくとし甘みも馬肉に負けていない。
エンティティ様にも半分あげるといつもより波紋が大きかった。
馬は見れなかったけど、食べることができたのでまあいいかと少女は納得する。
水を飲んでいると景色が変わる。エンティティ様のご飯の時間らしい。古びたベンチの座面の埃を払い、座る。少女から伸びた影から長い黒髪の間からは豚のマスクを着けた顔が覗いた。纏うロングコートは赤い。その者は素早くその場から駆けだした。
組屋鞣造は呪詛師だ。
人の体から道具を作ることができ、その技術と能力を自身の快楽のために使用した。その日はいつもと趣向を変え、殺した女の柔らかい内腿の皮膚を剥いで、ちょっとした家具を作ろうと思っていた。
エド・ゲインが作ったようにランプシェードにするかマスクにするか。ブックカバーにしようかとも考えたが、組屋には本を読む習慣がない。どうするか思索に耽っていたが、この滑らかな肌を生かしナイフの鞘にしようと考えた。それならばいつでもこの肌を撫でることができる。そのことを思いついた組屋は早速作業をすることにした。
組屋は特定の住居を持たず全国を転々としている。人が多い東京などの都市では他の場所よりも長期間滞在することもあるが、人口が多いとそれに比例して監視カメラの設置台数も多い。ただ人を殺すだけで自身の欲求を満たせるのであれば、河川敷にいるホームレスを標的にした方が何倍も楽だ。しかし組屋は殺すことだけが目的ではない。殺した人間を新たな
不摂生な生活をしている者では組屋の満足するような美しい物にはならない。健康でのびのびとした肉体を持つ者でなければならない。そうした組屋の欲求を満たす者は、たっぷりの栄養と睡眠時間を取り、日中は学校や会社に通っている。そんな社会生活を送る健常者が突然何人もいなくなっては事件と思われてしまう。そのため1人攫い殺しては場所を変え、また別の場所で1人攫い、ということを繰り返していた。
居場所を転々と変えることは組屋だけでなく呪詛師として当たり前のことであった。呪詛師として名前が売れれば仕事が勝手にやってくるという利点もあるが、それ以上に他の呪詛師や呪術師に標的にされるというデメリットも大きい。都内であればセーフハウスは数か所用意しているし、仕事仲間であっても互いの居場所を教え合うことは決してない。
組屋が今いる食肉加工場の跡地は特にお気に入りの場所であった。周りに民家はなく、台やフックもそのまま残されているため死体を解体するのに最適だ。電気は通っていないため昼間でもじっとりと暗く、作業をするためには明かりが必要だったが、冷凍庫がありそこはいつもひんやりと冷たく、死体を置く場所に困らなかった。
暫く使っていなかったためか低級の呪霊が居たが、難なく祓い、組屋は攫って殺しておいた女の死体を台に置く。この素晴らしい身体のどこから手を付けようかと高揚していた。
音はしなかった。気配もない。
しかしそれは組屋の背後から襲い掛かってきた。
肩を切り付けられ、血が地面に滴る。持っていた解体用のナイフを構え、襲ってきた者と対峙するが、その異様さに息が止まった。
背は低く、髪が長い。女だ。しかし豚の面をつけ、右の袖からは鈍く光るタガーナイフが覗いた。
切り付けられるまで気が付かなかったことなど組屋にとって初めての経験だった。むしろ人一倍警戒しており、自身の気配を消すことに長けていた。そうでなければ疾うの昔に豚箱に入っていたはずだ。だからこそ組屋は混乱する。解体用に用意していた鋸や保存液の入った瓶を投げつけた。女はそれを軽い動作で避け、身を低くする。
組屋は近くの武器を探す。手元を照らすためのランタンしかない。これでも殴りつければ多少のダメージにはなる。そのランタンを手に取るため一瞬、女から目を離した。ランタンを握りしめ構える。しかしその先に女の姿も気配もない。空気の動きすら感じなかった。
慎重に視線を周囲に遣る。部屋の隅。死体を置いた台の陰。劣化しその透明さを失ったビニールカーテンの向こう側。人影は見えない。組屋はいつも使っている斧を手に取った。
白昼夢ならまだいい。しかし自身から流れ出す血が夢ではないことを悟らせる。全身から吹き出た汗で張り付く服が組屋を最悪の心地にさせた。
この建物からはやく出ようと決める。死体は惜しいが、背に腹はかえられない。
そう思い踵を返した時、足首に冷たさを感じた。それは一瞬のことで段々と熱を持つ。足の腱を切られた。そうわかった時にはその場に転がっていた。
いつの間にか女は組屋の背後にいた。そしてタイミングを計っていたのだ。女から這って逃げるが、女は腱を切った足を掴み、組屋を引き摺って行く。組屋は暴れ、掴まれそうなところに爪をたてるが、女は物ともしない。女が足を止める頃には組屋の手の爪は剥がれていた。
組屋が連れて行かれた場所には子どもがいた。そこら辺にいるような、やや黒目がちな子どもだ。
「ピッグ、この人、悪いひとなの?」
子どもからの問いかけに女は首を深く縦に振った。その反応に子どもはそっかと、軽く返す。
「じゃあエンティティ様、おねがい」
組屋は黒い影に飲まれた。
夏油と五条は保健室で手当てを受け、寮までの道をとぼとぼ歩いていた。あの伏黒とかいう奴が体術を担当するようになって生傷が絶えない。傷は反転術式を持つ家入に治療してもらったので問題ない。しかし今日も何発も殴られ、蹴られ、転がされまくった。おかげでその場で軽くジャンプすれば今でもどこからか砂が落ちてくる。他の呪術師の任務に茶々をいれてウェイウェイできていた頃が懐かしい。
「ぜってーアイツ俺になんか恨みもってんだろ!?」
今日も元気にぶちのめされた五条が言う。
「一番可哀相なのはその巻き添えを食ってる私だと思うけどね」
そんなことを言い合っていると向こう側から人影が見えた。
「夏油さん、五条さん、こんにちは!」
ぱっと花が咲くような笑顔で2人に挨拶をするその子どもは先ほどまで文句を言っていた男の子どもである伏黒津美紀だ。
「津美紀ぃ…なんで津美紀のパパ上あんなに俺らに厳しいの?」
「きっと五条さんと夏油さんにつよくなってほしいんだとおもいますよ!」
「「それはない」」
五条たちを嬲る時の伏黒の目を見たことがないからそんな純粋無垢なことを言えるのだ。あれは優しさなど欠片もない、
「で、その子たちは?」
津美紀に引っ付いている2人の子どもを見る。
「美々子ちゃんと菜々子ちゃんです。夜蛾さんのお手伝いで保健室で検診受ける2人を案内してるんです!」
そう津美紀が言うと恥ずかしいのか紹介された2人は津美紀の後ろに隠れてしまう。
夏油はその場にしゃがむと隠れる2人と目線を合わせる。
「はじめまして、私は夏油傑。高専の学生だよ。よろしくね」
そう言いながら2人にゆっくり手を差し出した。その手に小さな手が重なるのに然程時間は掛からなかった。
五条はその後ろで夏油の対応に吐く真似をしていた。