エンティティ様といく!   作:あれなん

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【17】ゴーストフェイス

 

 

 

少女は暇で暇でしょうがなかった。 年末特有の暇さに飽きていたともいえた。信号が夜9時になると赤点滅するような田舎だ。年末年始なら容赦なくどの店も閉まっている。

 

大掃除を手伝ったためお小遣いはいつもより貯まったが、使うところがなければ意味がない。だからエンティティ様にお願いしたのだ。どこかおもしろいところに連れて行ってと。

 

「しか!いっぱい!」

少女の目の前には鹿が沢山いた。広い公園の至る所に鹿が寛いでおり、観光客相手にお辞儀をしている。

エンティティ様が連れてきてくれたのは奈良だった。

 

鹿に近づこうとしたが、何も持っていない少女には用はないとばかりに、避けられてしまう。他の観光客同様、鹿せんべいを買ってみたが、ものの5分で後悔することとなる。

鹿に追いかけられ息は絶え絶えで、上着は鹿の鼻水でびしょびしょになり冷たい。売店で鹿せんべいを売っているおばちゃんにはあんなに大人しかったくせに、鹿せんべいが少女の手に渡るのを見るや否や、鹿は少女に群がった。前からお辞儀しながら突進してくる鹿もいれば、背後から首を伸ばし小突き強奪しようとする鹿もいる。

 

少女は半泣きになりながら、鹿の群れから逃げた。

一束10枚あった鹿せんべいは鹿に強奪され、もう2枚しかない。この2枚をあげるためにあの鹿の群れに飛び込む勇気は少女になかった。

 

ちょっと休憩してから鹿せんべいをあげにいこうと言い訳のように口にし、立ち並ぶ店を見て回る。どうやら商店街の方まで来てしまったようだ。商店街を歩いていると人が集まっている場所があることに気が付く。その集まりの中心ではなにかが行われているようで、テンポの良い声が響いている。

人の回転がよく、すぐに見える位置に行くことができた。男の人たちがすごいスピードでお餅をついている。1人が杵で餅をつき、もう1人が臼の中の餅を返す。それは餅を作るならよく見る風景だが、尋常ではない速さでそれは行われていた。一瞬でも間違うと杵が返し手にぶつかりそうな速さに少女は呆気にとられる。

その横ではできた餅が販売されており、次々に買われていくそれを少女も買い求めた。自身とエンティティ様の分の計2つを買ったが、1個130円と手ごろだ。

パックに包んでくれるわけではなく、白い紙に挟んで渡される。できたての餅は重力に負けそうなほどとろんとしていて温かい。我慢できずその場で頬張るとよもぎ特有の香りとまぶされたきなこの香ばしさが口いっぱいに広がった。餅はふわりと柔らかく、食べるというより飲んでいる感覚に近い。エンティティ様にも大好評だ。

 

 

 

 

 

吉野順平はつまらなそうに、足元の踏み固められた土を運動靴の先で抉った。母親に強請って買ってもらったばかりの瞬足は以前履いていた戦隊ものがプリントされた靴よりも随分とお兄さんになったような気持ちにさせてくれる。その靴の真っ白い溝に土が入り込んでしまったことに眉を寄せた。その部分を爪で引っ掻くと人差し指の爪の間が少し黒くなったが、綺麗になった靴にほっと一息つく。

 

眼下に広がる自然豊かな景色はうんざりするほど緑が続き、馴染みはなくどこか居心地が悪い。まるで自分だけがこの空間で異物と見なされているようだ。試しにクリスマスにサンタからプレゼントされたインスタントカメラで撮り、チェキを出してみたがおもしろみも感じることはできず、ただ限りある枚数の内の貴重な1枚を無駄にしたという後悔だけが手元に残った。

 

年末年始を利用して母親の実家、つまり順平祖父母の家にきていたが、テレビのチャンネルはいつも見ているものと全く違い、チャンネル数も少なく見たい番組も見れない。近くのビデオ屋は自動車で20分の所にあるという。

コンビニすら徒歩だと30分は優にかかり、家にあるカゴが錆びついた自転車は順平が乗るには大きすぎた。盆と年末年始に来るだけの場所に知り合いなどいるはずもなく、1人暇を持て余しているのだ。

 

祖父母たちと一緒の部屋にいてもいいが、しきりに順平に干し柿やらゼリー菓子を勧めてくる。それらは順平が好んでいる御菓子とはジャンルが違いすぎた。それに仏壇の傍に置かれていた御菓子はどこか線香の臭いが染みついている。

 

ふと思い立ち玄関で靴も脱がず、ちょっと出掛けてくるから夕方戻ると大きな声で言う。気の抜けた母親の返事がテレビの音に混じって返ってくるのを聞き届け、意気揚々と外に出た。

駅から祖父母の家にいくためタクシーに乗り、その時窓から見えた看板とタクシーの運転手の話を思い出したのだ。

複雑な道ではなかったことと順平が道を覚えるのが得意であったことが幸いした。

 

歩いて1時間もしないところにその遊園地はあった。人っ子一人いない。錆びついた看板が風に吹かれて音をたて、以前は星のように瞬いていた電飾も今では埃を纏い、二度と訪れない客を今か今かと待っている。

メリーゴーラウンドには雑草が生え、ファンシーなキャラクターは風化し、その皮膚の下を晒す。

タクシーの運転手が言っていたように不法侵入する者も多いようで、塗装がはがれた外壁にはいくつもの落書きが記念のように残されている。

 

順平は夢中でシャッターを切った。夕方と言える時刻にさしかかり、周囲はほんのりと赤い。

案内所に残された大量のリーフレット。首がどこかにいったマネキン。頭上で渦を巻くように捻じれるジェットコースターのレール。

 

まるで映画の中だ。そんな中に自分しかいないという特別感もある。順平はこの遊園地が稼働していたときに遊びに来たことは一度もない。しかし懐かしさへの回帰というのだろうか、不思議なノスタルジアに魅了されていた。

 

特にチェキの枚数を消費したのは観覧車だ。所々錆で茶色くなり、脆さを感じさせるが、電気すら来ていないのに風の力で勝手に動いている。その様は、ひどく幻想的だった。

 

荒廃した景色というのはなぜこんなにも人を惹き付けるのだろう。

 

向こうの方から何かを壊している音が段々と近づいてくる。この廃遊園地に自分しかいないと思っていたのは順平の思い違いであったようだ。一面に響く笑い声から何人かのグループだとわかった。絶えず耳に届く破壊音に順平はメリーゴーラウンドの陰に急いで隠れる。そのグループの誰かが持っているライトが順平のいる方向を照らした。

 

やはり隠れたのは正解だった。酒に酔っているのか男たちの声のボリュームは壊れているようでやたら大きく、雑に空気を揺らす。男たちが振り回しているものが風を切り、脆くなったプラスチック製の何かやガラスが砕ける音が繰り返し木霊した。順平は身を潜めながら両耳を強く塞ぎ、身を小さくする。掌を通して聴こえる自身の呼吸音と血管の中で血潮が轟々と駆け巡る音だけに集中した。

 

暫くするとそれまで男たちの動きに合わせて震えていた空気が静けさを取り戻した。恐る恐る覆っていた手を外す。強く塞ぎすぎて掌を耳から離す時に鼓膜が少し引っ張られるような痛みが走った。

 

耳を澄ます。物が壊れる音はしていない。あの人たちはどこかに行ったのか。安堵の息を漏らし、順平は物陰から這い出た。

 

順平が思っているよりも時間が経過しているのか辺りは真っ赤に染まっている。もう帰ろう。

入ってきた場所はちゃんと覚えている。けれどさっきの人たちに見つからないように慎重に行かなくてはいけない。

 

周囲を警戒しているからこそ、順平は気が付くことができた。男が陰から順平の様子をじっと見ている。薄暗い中、建物に半分隠れるようにぼんやりと浮かんだその仮面に思わず、ちょっとばかり悲鳴をあげ身を竦めた。

 

順平にはその人が付けている仮面に見覚えがあった。

それはこの前見たホラー映画に出てきた。その映画が公開されたのは順平が生まれるよりも前ではあったが、それまでのホラー映画にはない手法が用いられ、いまでも人気が高い。順平が何度も見返した作品の1つでもある。

 

だからこそ、一瞬の恐怖よりも興奮が勝ってしまった。順平はその仮面をつけた人に走り寄り大きな声で言う。

 

「っ、あの…、ぼくと、…ぼくとチェキとってください!」

 

その順平の言葉に目の前の男は戸惑ったようだ。何も言葉を発さないが、何かで濡れたナイフを持つ手は行き場を無くし、何も持っていない方の手も宙を彷徨っている。体が大きく男の人だと何となくわかった。

 

順平の家は母と順平の2人暮らしだ。仕事で帰りが遅くなる日、電話口で母は順平に一人で夕飯を食べさせてしまうことを謝る。しかし順平としては普段母が見たがらない映画を1人で見ることができたので悪くないと感じていた。特に海外の映画は日曜日の朝に放送される戦隊ものにはない刺激が満ちている。サスペンスものは小難しくて途中でやめてしまうことはあるが、ホラーはそうではないものも多い。

 

母親が作っておいてくれた夕飯をさっさと食べ終え、部屋を真っ暗にし録画した映画を見る。それが最近の順平のマイブームだった。

 

「――こんなところでどうしたの?」

同じくらいの年の女の子が現れる。仮面をつけた男の近くにいたようだ。順平のさっきの大声が届いたらしい。

 

「ぼく、いっしょにチェキとってほしくて…」

 

「じゃあ、とってあげるから、ふたりならんでよ」

恥ずかしさで小声になった順平の言葉をとらえ、女の子は順平が首から提げているカメラを指し、それでとればいいのかと聞いた。

 

「…きみもいっしょに写ろうよ」

映画の中であれだけ人を殺していたのだ、いくら格好良くても並ぶのはちょっぴり怖い。

 

「わたしも?」

 

3人で一緒に写るため色々と位置を試行錯誤した結果、仮面をつけた男がカメラを持ち、その人の腕と腕の間に順平と女の子は収まることとなった。

 

「はい、ポーズ!」

少女のその言葉でシャッターが切られる。機械から吐き出されたものが乾ききる間、順平は幸福感に身を浸していた。

 

「きみはまだ帰らないの?」

チェキを2枚撮ってもらった後、1枚を女の子に手渡す。そして順平は礼を言って帰ろうとしたが、動こうとしない2人に首を傾げて訊ねた。

 

「――まだやることがあるの。そういえば、物をこわしてた人たちとしりあい?」

違うと首を振り、なにか手伝おうかと訊ねたが断られる。それなら仕方がないと再度礼を言って順平は家路を急いだ。

 

 

その晩、順平は撮ったチェキが劣化しない方法を母親に聞いた。どんなものを撮ったのか母親に聞かれると、目を輝かせながら撮ったばかりのチェキを見せる。

 

「これ、どうしたの?」

 

「一緒にとってもらった!」

 

「へー、コスプレイベントなんてこんなド田舎でやってたっけ?」

 

 

 

 

 

 

「もらった写真どうしよう…」

 

ゴーストフェイスが悪い人たちやエンティティ様のご飯を狩っている間、少女は先ほどの男の子にもらったチェキを眺めていた。少女のリュックの中に入れておいてもいいが、時々母親に点検されるため見つかる可能性が高い。

 

どこかに隠しておいてもいいが、隠し場所を忘れてしまうかもしれない。

 

「エンティティ様、これ保管してもらってもいい?」

悩んだ末にエンティティ様に頼る。そして、了解したとばかりにそのチェキを飲み込んだ。

 

エンティティ様のご飯を無事に終えた後、覚悟を決めて鹿のいる公園に行った。しかし午前中とは打って変わり鹿は数を減らしている。

公園にいる鹿も寛いでいるようで、午前中の必死さが感じられない。

どうやら鹿は満腹らしい。その場に座り込んでいる鹿の周りの地面には太陽の周りにできる光の輪()のように鹿せんべいで作られた円が何重にもできていたがそれに見向きもしない。

試しに鹿の鼻先に鹿せんべいを持っていったが、鹿は一瞬咥えるとすぐその場に落とす。落ちてしまった鹿せんべいは仕方がないのでその鹿を取り囲む輪の一部に加えておいた。

 

まだ1枚残っている鹿せんべいを半分に割って匂いを嗅いでみる。米ぬかの匂いだ。見た目は温泉街によくある炭酸煎餅のように見える。

 

「しかせんべい、あんがいおいしい…」

珍しく少女とエンティティ様で意見がわかれた。

 

 


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