エンティティ様といく!   作:あれなん

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【20】デススリンガー

 

 

 

 

 

少女はるるぶのあるページを開いていた。吸い込まれそうなほど真っ青な空と凸凹とした海岸の岩の対比が美しい。その不思議な岩は鬼の洗濯板と言うらしい。地殻変動で海の中に沈んでいた岩が水面に現れ、それが太平洋の波で浸食し、このような形になったと説明がある。自然の力は偉大だ。

 

そのるるぶによるとみかん、マンゴーに金柑の名産地らしい。あくまき、からいも団子、ねりくり、長まんじゅうに鯨ようかん。聴きなれないお菓子も沢山ある。今日はここに行こう!そう決めるのに時間は然程掛からなかった。

 

 

青島は一周1.5㎞程の小さな島だ。宮崎空港から路線バスで30分もあれば行くことができ、島には橋が架かっている。橋が架けられる前は干潮の時間帯にのみ往来が可能だったらしい。島の中央には青島神社があり、パワースポットとして人気のようで沢山の人がそこに向かっている。

気温は暖かく、5月でもちょっと日差しが強い。島中に生い茂る亜熱帯植物はエキゾチックで南国にいるようなのんびりとした気分にさせてくれた。

 

遊歩道を使えば20分程で島を一周でき、亜熱帯植物であるビロウの大群落も見え、海風を感じながら散策が楽しめる。

島のほぼ中央に鎮座している青島神社の元宮は、植物に囲まれ、ジャングルにいるかのように思えた。

 

青島の名物はういろうらしい。

名古屋でもういろうが名物だったが、名古屋以外にも宮崎、京都、小田原、山口、徳島など全国各地でういろうは作られており、地域によって原材料や製法が違うようだ。

父親から日本酒は同じ米を使っても、その土地の水、気温、作り手によって、味は様々に変化すると聞いた。日本酒に限らず、ういろうのようにシンプルなお菓子でも、その違いは明確に出るのだろう。

 

宮崎の青島ういろうは米粉に砂糖や湯水を練り合わせ蒸し上げたもので、昔ながらの薄い木の板に包まれている。賞味期限は1日だが、真空パックのものはまだ日持ちするらしい。パッケージは青島に群生しているビロウをイメージしたデザインでどこかレトロだ。青島ういろうは他の所のものよりもさっぱりしていると店員が話しているのを聞き、手を伸ばしかけたが、少女にはまだ行きたいところがあったため、ぐっと我慢した。

 

エンティティ様のご飯の後に連れてきてもらったのは道の駅だ。

るるぶに5月末から6月中旬までこの道の駅ではイベントが開催されているとあり、行かねばと思っていたのだ。

 

着いた途端に視界に飛び込んでくる青紫に圧倒される。その植物はジャカランダという名前らしい。約1000本のジャカランダの花がこの時期になると咲き誇るのがこの道の駅の名物になっていて、夏の始まりを知らせる抜けるような青い空と地平線まで続く海によく映えた。

 

天候にも恵まれ、ツーリングやドライブで訪れた人がその絶景を楽しんでいて賑やかだ。

 

売店には何種類もの柑橘やマンゴーが並べられ、観光客は競うようにいくつもカゴに入れている。マンゴーを使った商品はいくつもあった。南郷町産マンゴーを使ったなんごうロール、マンゴーパフェ、マンゴープリンに変わり種としてはマンゴーカレーというものもある。駅がある南郷町の愛称は「マンゴー町」らしい。さすがだ。

 

少女は目的のものを見つけると素早く列に並んだ。

海を眺めながら老いも若きも同じものを手に持っている。少女もそれを手に入れると自然と笑みがこぼれた。

黄色が渦を巻いているそのソフトクリームは一口食べるだけでマンゴーの濃厚な甘さと豊かな風味が広がる。マンゴーをふんだんに使っているため後味はあっさりしていていくらでも食べることができた。

耳にしたところによるとソフトクリームに使われているマンゴーはすぐ傍にある植物園で栽培されたものらしい。産地直送。地産地消。おいしいはずだ。

 

ソフトクリームの味もさることながら、オーシャンビューのパノラマとフェニックスや椰子が風に揺れる様子を見ていると南国ムードでいっぱいになる。エンティティ様もソフトクリームもこの景色も気に入ったらしい。

 

「こんど来るときはマンゴーカレーにちょうせんしようね」

波紋は小さかった。

 

 

 

 

 

そこは廃村だ。来る途中の道は土砂崩れがそのまま放置されており、徒歩で廃村までいくことを余儀なくされ、男は慣れない舌打ちをした。おろしたての白のスニーカーに泥が跡を残すたび嫌悪感が募る。

度重なるブリーチのせいで握れば軽く折れそうなほど細い金髪を雑にかきあげ一息つく。

 

男は大学生になったばかりだった。

大学に通うためいまだにぼっとん便所が使われているド田舎から政令指定都市に出てきて一人暮らしを始めた。染みついた田舎臭さを払拭するように、サークルに入りコンパに合コンに明け暮れた。それに加えてサークル先輩たちに付き合うために始めたギャンブルに酒と煙草。金はいくらあっても足りない。サークルと言っても大した活動はしていない。男はサークルの中でも不真面目なグループに属しており、サークルに顔を出しても、合コンにきた女の批評や同じ学部のやつが所謂マルチにハマった話など取留めのない話ばかりしていた。

大学の講義は出れるときは出ているが、昼夜逆転している生活を送っている男たちがまともに出れるはずもなく、午前中の講義はほぼほぼ欠席だ。

昼夜逆転の生活を送っていても特にすることはない。大体、合コンで見栄を張るためのブランドの服、は手が届かないためコピー品を買い漁ったり、誰とヤって淋病になった話など、24時間営業のファミレスやマクドナルドで氷で薄まり色つきの水になったジュースを啜りながら聞いているだけだ。

 

そんな生活をしていると親からの仕送りの金などすぐに底を突く。どこかの店でバイトしようとも考えたが、楽で格好良くて、急に開かれる飲み会や合コンに対応できるバイトなど皆無だった。

やがて男の口癖は「金が欲しい」になった。それを聞いていたのか、その「いい」バイトの話はなけなしの金でパチンコで打っている時、横に座っていたサークルの先輩からこっそりと持ちかけられた。パチンコ屋の騒音の中でのこっそりだ。声のボリュームが壊れているのかというほど大きい。たかが大学生の会話など誰も聞いているわけがないので問題はなかった。

 

その話の内容はこうだ。廃墟や肝試しスポットにある物を置いておき、2週間後に回収する。そしてそれをある人に渡せば1万円ゲット。こんな割のいいバイト、お前だから教えるんだと先輩に言われると自然と首を縦に振っていた。

バイトの話を受けた後でもしかしてヤクザ関係かもしれないと後悔していたが、面接場所として指定された駅前のベンチに行っても相手は現れず、予定時刻丁度にショートメールでベンチの下に置いてある石を廃墟に置いてくるように指示があっただけだった。

 

その石は河原に落ちているように角は丸く削られており、藁か何かを編んだ縄で十字に縛られていた。丁寧なことに持ち手もある。縄を解いて河川敷に転がしておけばすぐにどこに行ったか分からなくなりそうなほど特徴の無い石だ。男はどこか気持ちの悪さを感じたが、その石を掴むとジーンズのポケットに捻じ込んだ。

 

サークルの先輩の話は本当だった。そこが地元でもない男には肝試しやら廃墟に心当たりがなく、仕方なくネットで事故物件検索サイトとして有名な大島てるで調べた。案外政令指定都市にはそんな物件はごろごろあるようで男が住む近くのアパートもその地図に載っている。近所だしそこでいいかとそのアパートに行くと築50年は優に経過した寂れたアパートだ。入居している人も少ないのか階段は錆びており風も吹いていないのにどこかで金属音が響いている。男は気味悪さを感じ、アパートの入口に一歩だけ足を踏み入れ、石をブロック塀の傍に置いて逃げ帰った。

 

2週間後、男は依頼人から石の引渡の場所が記載されているメールを受取りその石の存在を思い出す。置き去りにした石を持とうとしたとき違和感を感じる。こんなにこの石、重かったか?ポケットに前のように入れる勇気もなく持ち手の紐をつまんだ。

依頼人に指定されたのは面接の時と同じベンチだった。そのベンチの下に石を置くと次は駅の反対側にある電話ボックスに向かうようにメッセージが飛んでくる。渋々その電話ボックスに行き、台の裏を見ると封筒が張り付けられている。その中には1万2千円が入っていた。事前に言われていた金額よりも2千円も多く慌てて依頼人にメールすると、いい仕事をしてくれたため色を付けたと返事があった。そしてまた頼むと。男はその言葉にすぐさま了承の返事をしていた。

 

何度かそれを繰り返すと男は要領を掴んできた。有名な肝試しの所だと他にも石を持ってきているやつがいるのか報酬に色はつかない。それとは反対にちょっとマイナーだが事故物件や人がなかなか来ないような場所に置けば2千円から5千円の上乗せがある。

 

男は興奮して仲間に話すと、その「いい」バイトは話題になりサークルを越えて、大学中で広まった。そこいらのバイトをするよりも楽で、短時間だ。男の周囲にも羽振りがいい者は増え、ある者は依頼人と交渉し、いくつもの石をもらい毎日のように稼いでいるらしい。次第に場所の取り合いになった。

 

だから男はこうして交通の便も悪い廃村に来ているのだ。こんな山奥であれば石を置きに来るやつはきっと少ない。きっと上乗せは5千円、もしかしたら1万円程あるかもしれない。廃村と聞いていたが、そこは村というよりも破れ屋がぽつりぽつりとあるだけだった。どの家も人が住めるような状態ではなく、2階建て部分は崩れ落ち、今では疾うに見なくなったブラウン管テレビや雨に打たれ波打った畳が転がっていた。

 

男は石を置く場所に困った。こんなあばら家に置いて行ったらどこかに紛れてしまう。なにか目立つところに置いた方が良い。いくつか家を見回っていると破裂音が耳に届く。タイヤがパンクしたときのような軽い音ではない。瞬間的に腹の底まで到達する重い音だ。その音は時間を置いて複数回響く。もしかしたら鹿か猪でも獲っているのかもしれない。崩れかけた石垣の隙間から音の方向を見た時、それが大きな間違いだったとわかった。

 

廃村とはいえ日本の田舎らしい風景が広がる中、その者の風貌は場違いに思えた。西部劇から飛び出してきたようなテンガロンハットに長いコート。銃かと思っていたものの先には大きな銛がついている。

 

一瞬話しかけようとしたがすぐに足が竦んだ。

その者は何かに向かって銛を撃つと貫通させ、じりじりと引き寄せていく。それは必死で抵抗しようとしたが巻き取られていく鎖には勝てなかったらしい。地に伏したそれに再度銛を刺すように撃ちこむとその身体を軽々と持ち上げる。背中に深々と刺さった銛は体内を抉りながら口を出口と決めたらしく、その鈍色を覗かせた。悲鳴と共に抵抗するように出鱈目に振り回されていた手足は動きを止めた。小さく痙攣する身体は脳からの電気信号が絶えたことにまだ気が付いていないようだ。

その光景を作った者の口角は上がり、楽しんでいるのが男には手に取るようにわかった。

 

男の足元で砂利が鳴り、喉がか細く音を立てる。その者と視線がぶつかった。周囲に視線を遣るが遮蔽物になりそうなものは自分とその男の間にある石垣を除けば、ないに等しい。銃を向ける男の鋭い眼光に男は吸い込まれた。

 

 

 

気が付くと周囲には銃を持った者はいなくなっていた。

男はその場所に立ち尽くしていた。あるいは立ったまま気絶していたのかもしれない。でないと頭の天辺からつま先までずぶ濡れになっていることに理由が付かなかった。きっと雨に降られたのだろう。地面はしっとりと水けを含み、雨上がり特有の香りが漂っていた。

忍び寄るかのような寒さを感じ身震いをする。自分に何が起こったのか一考する。水たまりに反射した曇天にあの鈍く光る眼光を思い出し、転げるように廃村から逃げ帰った。

 

 

「―――おい、聞いたかよ。あのハナシ…」

 

「…なんだよ。もったいぶんな」

 

男は廃村から一人暮らしのアパートに帰った。ポケットに入れていた石はどこかに落としたのかなくなっていたことが救いと言えた。

しかし、鏡や窓ガラスに映った自身の影や物音に怯え、あの日から1ヶ月経った今も、友人の家に頼み込んでしばらく身を置かせてもらっている。その友人と久しぶりにサークルに顔を出したときその話を投げかけられた。

 

 

「お前がやってたバイトの話。あのバイトして行方不明になった奴多いんだぜ」

友人は何名もの名前を挙げていく。他の友人は羽振りが良かったからどっか海外で豪遊でもしてるんじゃないかと茶化す。

 

あの日から2週間後、依頼人からのショートメールは一度届いていた。しかし返信をする勇気が出ず、そのまま放置したがその後依頼人からメールも電話もない。

 

――依頼人に死んだと思われた?

――死んでもいいとおもわれていた?

 

男は1人、身を凍えさせた。

 

 

 

 





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