エンティティ様といく!   作:あれなん

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【番外編】ひなまつり

 

 

 

少女にとってひな祭りはそこまでビッグイベントではない。むしろどうしたらいいのか未だによくわかっていない。ただ母親が思い出したかのように物置の奥底から雛人形を引っ張り出して飾っているのを手伝い、ちらし寿司を食べるくらいだ。

 

世間としてはビッグイベントの一つとカウントされているのか、3月3日が近付くと近所のスーパーの店内はピンク色の飾りつけがされ、あのひな祭りの代名詞とも言えるBGMを繰り返し流す。

 

偶然目にした朝のワイドショーでそれは紹介されていた。茨城県のとある神社の百段階段と呼ばれる石段に緋毛氈を掛け、雛人形を飾っている。階段に人形が所狭しと並べられた光景は豪華絢爛だ。

 

「エンティティ様、今日は人形がいっぱいあるとこいこう!」

 

少し早い時間に行ったためか、そこまで混んではいない。階段を上りながら飾られた雛人形をゆっくりと観ることができた。少女もここまで沢山の雛人形は見たことがない。人形は1000体以上並んでいるらしい。1段に入り切るようにぎゅうぎゅうに並べられている五人囃子は窮屈そうでちょっと面白かった。

 

階段を上った先には十二所神社がある。更に奥に進むとこんにゃく業界の始祖、中島藤右衛門を祀った蒟蒻神社もあり、お参りした後、境内で開かれている物産展や町の文化会館の即売会を見て回った。名産品の林檎をふんだんに使ったアップルパイは飛ぶように売れている。

 

昼頃には花嫁行列もあり、白無垢を纏った花嫁を一目見ようと通りには沢山の人が並んだ。その行列は百段階段の前まで進むと、新郎新婦によるケーキ入刀ならぬアップルパイ入刀をする。その光景はちょっとおもしろい。

 

百段階段の横や文化会館では甘酒などが振る舞われ、少女も有難く頂戴した。ちょっと冷たくなった身体がぽかぽかと温まる。甘酒を啜りながら、自身が知らなかっただけでひな祭りは随分とおもしろい行事なんだなあと感じていた。

 

 

家に帰るとどこからか視線を感じ、その方向を見ると市松人形がある。目が合ったような気がして少女はなぜかファイティングポーズを取った。見慣れない人形について母親に話を聞く。

 

「3軒隣の落合さんが倉の整理してたらこのお人形さん見つけたんだって。お人形さんも若い子の方に持ってもらった方が嬉しいだろうって置いて行ったの」

 

「ふーん…」

 

とりあえずその人形は床の間に飾られたが、よく行方不明となった。ちょっと目を離した隙に冷凍庫やら洗濯機の中に移動しているのだ。少女は母親からいたずらしないでと叱られたが、全くもって身に覚えがない。

エンティティ様のご飯の後に、誰が人形を動かしたのかわかるかと訊くとエンティティ様の脚は明後日の方向に向き、ドクターは興味がないとばかりにさっさと帰っていった。

市松人形が少女の家にきて3日と間を置かず、元の持ち主であるおばあさんがちょっと困った表情をしながら人形を引き取りたいと少女の家に訪ねてきた。

 

「夢の中でね、そのお人形が家に帰りたいって泣いてるのよ」

その泣き方もしくしくという風ではなく号泣に近いらしい。そう言われるとはじめ見た時より人形のふっくらとしていた頬がこけている気がする。

 

「やっぱり慣れ親しんだ場所の方がお人形さんも過ごしやすいのね」

母親はそう朗らかに言い、世間話を続けた。

 

 


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