エンティティ様といく!   作:あれなん

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【24】トリックスター

 

 

背の低い茅葺屋根の古民家が整然と並んでいる。夕方に放送されている水戸黄門に出てきそうな街並みに少女は感嘆の声を挙げた。大きな通りはアスファルトも敷かれておらず黄土色の地面のままだ。それぞれの家では土産物屋や蕎麦屋を営んでおり、江戸時代に整備されて以来、守られてきた景観は情緒があった。

そこは江戸時代に会津若松市と日光今市を結んでいた大内宿(おおうちじゅく)という宿場町だ。るるぶには重要伝統的建造物群保存地区に選定されていると説明があった。紅葉シーズン真っ盛りの10月終わり。山々は赤く色づき、街並みとよく合っている。この景色を一目見ようと観光客が押し寄せていた。

 

景色を楽しむためと言いつつも売られている食べ物があれば気になってしまうのが人の(さが)。少女が中学生最後の年になってもそれは変わらなかった。

ここの名物はねぎそばらしい。お蕎麦の上にきざんだネギが載せられてるのではない。1本のネギをお箸の代わりに使って食べるのだ。ネギもねぎそば専用のもので根本の方が少し曲がっており蕎麦を引っ掛けやすいようになっている。ネギを齧りつつ蕎麦を食べるため最後の方は案の定食べにくい。その場合はお箸も用意されているため安心だ。そのねぎそばを目当てに観光客は列を作っていた。ねぎそばを生み出した三澤屋ではねぎそばの他にも栃餅や会津名物の「こづゆ」を食べることができるらしい。

 

他にもお煎餅に天ぷらまんじゅう、きんつばやそば団子が売られていて食べ歩きにぴったりだ。「しんごろう」という聞いたことがないものもある。見た目は五平餅だ。半分潰したご飯を使うところまでは五平餅と変わらないが、しんごろうはえごまを使った「じゅうねん味噌」を塗っているらしい。じゅうねん味噌がいい具合に焼かれ、甘辛い香りが漂い店の前を通るだけでも引き寄せられそうになる。

大内宿の一番奥まで進むと小高い丘の上に展望台がある。少し階段が急だが頑張って上ると山々に囲まれた大内宿を一望することができ、江戸時代にタイムスリップした気分になった。

 

エンティティ様のご飯の後においしいものがあるところに連れて行ってとお願いしたところ郡山駅に着いた。

郡山市は福島県を代表する商工業都市で、駅の利用者も多い。土産物屋を覗くと、ピンクと白の箱を色々な人がいくつも手に取っている。クリームボックスというものらしい。1箱150円と他の土産物よりも財布に優しく、売り切れになる前に少女も1つ買い求めた。ベンチに座り箱を開けると、少し小さめの厚切り食パンに白いクリームが塗られたものが入っている。食パンの真ん中がクリームの重さでちょっと凹んでいるほどたっぷりだ。想像していたよりも随分シンプルな見た目でちょっとびっくりする。

 

ぽってりと盛られているクリームを落とさないように慎重に一口齧る。練乳を彷彿とさせる優しいミルクの風味が口いっぱいに広がった。濃厚だがくどさはなく口の中でさらりと軽く溶ける。生クリームと違い、後味はすっきりとしていて食べだすと止まらない。食パンはもっちりと柔らかく、エンティティ様にも大好評だ。

 

ベンチに座りエンティティ様とクリームボックスを食べていると凍天(しみてん)と書かれている看板の店に様々な人が何かを買い求めている。「天」という字がついているため揚げ物かもしれないが「凍」という字がなにを表しているのかわからず首を傾げる。とりあえず見に行ってみようと腰を上げた。

揚げられきつね色になっているそれはまん丸で、沖縄のサーターアンダーギーのように見える。1個150円で買えなくもない。店先で迷っていると店員に揚げたてだと言われついつい1つ買い求めてしまった。

 

紙に包んで店員から渡されたそれは熱々だ。一口食べると驚く。揚げられサクッとした食感のドーナツ生地の中によもぎのお餅が入っている。お餅と言っても普通のものとはどこか違う。程よくとろけつつもふんわりもちもちだ。甘さのあるドーナツ生地と中のよもぎ餅の風味がマッチしていておいしい。

中に入っている餅は、凍み餅という東北地方の郷土料理らしい。普通の餅よりも長期保存をするため鎌倉時代に生み出された保存食だ。先人の知恵はすごい。ドーナツもお餅もいっぺんに食べることができ、和洋折衷でなんだかお得感があった。

 

 

 

 

 

男は一応呪詛師だ。人を殺すことを生業にしていないが、やっていることがいいか悪いかと問われると間違いなく悪いため「一応」という言葉が付く。

男には人の心が読めた。妖怪で例えるなら「覚」だ。電車やバスで標的の隣に座り、接触したときに標的の記憶や情報を盗み見る。その情報を他の会社に売ることもあれば、盗み見た相手を強請り、金を集ることもあった。

呪霊相手では全く役立たないが人間相手となると使い勝手が良い。相手が秘密を持っているならその秘密が、大した秘密を持たない者であれば一番記憶に残っている光景が真っ先に男に流れてくる。大体が恐怖心を抱いているものや人物であることが多い。その濁流のように流れ込む記憶の中で男は遊泳するのだ。

 

ここ数年呪詛師狩りが盛んに行われていたが、粗方の呪詛師を狩り尽くしたと判断したのか、最近誰が捕まったという話は男の耳に届いていない。呪詛師狩りに引っかかったものは大体決まっている。脳が筋肉でできている者と経験が浅い者。集団行動に向かない呪詛師の中でもある程度の協調性が必要だ。その協調性をフルに使い情報を共有することで、他の術師の情報や仕事を得ることができる。情報は力だ。

 

男は自分なりのルールを設け仕事を受けるようにしている。だからこそ呪術界の呪詛師狩りを逃れることができたといってもいい。

先日も仲介者を通して男に仕事の依頼が舞い込んだ。提示された報酬は高いが、他の呪詛師たちにも声を掛けていたのを男は見逃さなかった。呪術界の呪詛師狩りが下火になってきたとはいえ、集団で動くのは時期尚早で、仕事の内容も直前に知らせるという不透明さに不信感を覚え参加を見送った。

 

その日は廃ビルで金の引渡しを行う予定だった。何度も取引をしたことがある昔馴染みだ。いつものように金を受取った後、空気がひり付く。振り向くと男の進路を阻むように男たちが立っていた。

 

どういうつもりだと問いかけたが返答はない。しかし男の後頭部に振り下ろされた鉄パイプが答え代わりといえた。

 

元取引相手が立ち去ってからもう30分は経っただろう。男は床に胎児のように丸くなっていた。軽く咳き込むと、その少しの振動だけでも体のあちこちが悲鳴をあげる。 あれだけ袋叩きにされたのだ、あばらは数本折れているだろう。空気で肺を膨らませる度にか細く音が鳴る。男たちの様子を確認しようとするが、殴られた左目は腫れ視界が狭い。砂でざらつく床に接す頬が不快感を覚えるが、体を起こす力すらなかった。

 

男は戦った。しかし呪力があるとはいえ自己流で身に付けたもので生来身体能力が高いわけでもない。それに加えて多勢に無勢だ。直接の戦闘を避けて生きてきた男には勝ち目はない。嵌められたとわかった時点で怪我を承知で窓に飛び込めばよかった。コンクリート製の床から伝わる冷気で頭が冷やされ冷静になる頃、男はそう後悔していた。男たちは男を散々甚振ったあと別の部屋で何やら準備をしている。敷かれたブルーシートと場に響く金属音。男たちの連携が取れた戦い方や得物を思い出す。その特徴に一致するのは1つしかなかった。悪名高きバラし屋だ。

 

呪詛師が全員異常だ、残虐だというのは大きな間違いだ。自身の術式を使い仕事として人を殺しているだけで、それは標的を拳銃や刃物で殺す非術師のヒットマンと相違ない。現代の科学でその者の犯行を説明できるかどうかの細やかな違いだ。術師に、術師の中で頭のネジが飛んでるのは誰かと聞けば、何人かの名前が返ってくる。一方で非術師の中で、と聞き直すとおそらく満場一致でバラし屋だと答えるだろう。

 

誰かを殺してしまった後、多くの人は目の前の死体を山や海に捨てようとする。それは素人の考えだ。たとえ山に死体を埋めたとしても、山が開発されたり、土砂崩れによって後々発見されることがある。海で死体に重石を付けて沈めても腐乱し千切れ、死体から発生したガスで海面に浮きあがる。発生するガスはコンクリートも割るほどの力がある。

山も海もダメならどうするか。最近は自動車整備工場や廃棄物処理場で片付けるのが流行りらしい。2009年にメキシコで自身の工場で苛性ソーダを使って300人以上の死体を処理した男が捕まったというニュースは記憶に新しい。

男は選べるのなら苛性ソーダの中に飛び込んでしまいたかった。元取引相手がどんな繋がりでバラし屋に依頼したのかは定かではないが、男にとっては最悪の状況で、自然と吐く息が荒くなる。

 

バラし屋は非術師ではあるが、呪詛師の界隈でも名が通っていた。それこそ「バラし屋が術師でなくてよかった」と呪詛師の間で笑い話になるほどだ。バラし屋は死体を手品のように消してしまう。劇薬で溶かすのか、豚の餌にするのかは定かではないが、バラし屋に任せた死体は二度と出てこないと言われていた。

死体の処理ならまだいい。問題は処分対象がまだ生きている場合だ。売れる臓器は売って、売れないものはばらして遊ぶ。もちろん麻酔などない。バラし屋への報酬の支払いを拒んだヤクザの事務所にそこの舎弟数名の売れ残った部分を繋ぎ合わせ1つにしたものを着払いで送ってきたのは有名な話だ。届いたときはまだ動いていたらしい。

 

遠くで金属製の何かがいくつも床に落ちる音が微かに耳に届いた。隣の部屋にいた者にも届いたようで鼻歌が止まる。一瞬の静寂の後、ガラスが割れるような、黒板に爪を立てたときのような音がひっきりなしに聞こえる。

バラし屋の1人が男が横たわっている部屋に飛び込んできた。男に目もくれず窓に走り寄り、力任せに開けようとする。しかし錆びているそれは動く様子はない。

 

悠然と誰かが入ってきた。

半分ぼやける視界でもわかるほど派手な色を纏うその者はいくつものナイフを投げ、バラし屋を隅に追い詰める。最後の抵抗としてメスを出鱈目に振り回していたが、バットを改造した得物で叩きつけられると唯一の武器を床に落とした。甲高い音が男の耳に刺さる。その得物は肉を裂くだけでなく上腕骨を折り、肘よりも高い位置で腕を90度に曲げた。腕を押さえ蹲るバラし屋を軽々と肩に抱え上げ、黄色のコートの男はそのまま部屋を後にする。目の前で繰り広げられた光景に男が呆然としていると声を掛けられた。

 

「――ねぇ、おじさん、大丈夫?」

突然振られた言葉に男は戸惑いを隠せない。

 

「早く病院行った方が良いよ」

身を起こすのを手伝ってくれるようで、少女は手を差し出してきた。しかしこの少女が罠である可能性も捨てきれず手に触れ術式を発動する。男の頭の中にいつものようにそれは流れ込んできた。

 

つぶらな瞳。

茶色い毛並。

赤べこもびっくりの素早いお辞儀。

 

「……鹿?」

そう発するのとほぼ同時に床の感覚がなくなった。

 

 

 

 

 

 

その街では着物を纏った上席の男は些か浮いていた。

奇しくもその日はクリスマスイブで、沢山のイルミネーションが飾り付けられ、サンタ姿のコンビニ店員や店のキャッチの姿が目に付く。日曜日だからか人が多く、男がいる新宿は日本三大歓楽街である歌舞伎町もあり、こんなイベントの日は昼も夜も賑わいを見せる。

男はベンチに腰掛けその時を待っていた。男が奏でる鼻歌は大分調子が外れており、通行人の目がそれを一瞬捉えるが、何事もなかったように素通りしていく。時計の短針が3に近づく頃、悲鳴がさざ波のように伝播し街中に拡がり、それを確認した男はその場を後にした。

 

 

 

 

その日、菜々子と津美紀が発起人となり、クリスマスパーティーをするため皆でその用意をしていた。寮の食堂のキッチンを借りて、朝からクッキーやスポンジケーキを焼いており、食堂どころか寮中に甘い香りが漂う。

ケーキをスポンジから手作りするのは五条にとって初めてのことなようで、一切手伝いもしないが、なぜかオーブンの前に陣取り、泡立てた生クリームを味見と称して、お玉に山盛り掬い取り食べている。残念なことに五条のこの行為を止めることができる夏油と夜蛾は生徒たちと談話室で部屋の飾りつけをしていた。五条のその行為に怒りを見せる菜々子に、津美紀がまた泡立てればいいとのほほんと返した。津美紀の言葉に五条が同調すると菜々子の怒りはヒートアップする。そんな通常運転ともいえる空間に食堂のスピーカーから緊急連絡が流れる。

 

新宿にて特級含む上級呪霊を複数確認。

 

その情報にパーティーに浮かれていた者は凄まじい表情をし、そうでない者でも眉を寄せた。

 

「なんだってこんな日に…」

ツリーを飾るため、オーナメントを手に持っていた夏油がそう溢すと、五条が冷蔵庫からくすねたホイップクリームスプレーを直吸いしながら談話室に入ってくる。夜蛾の判断を仰ぎにきたようだ。

 

「――高専内にいる2級以上の術師を集めろ。念の為天元様の安全のために何名かは高専内に残ってもらう。3級以下は高専に待機だ」

 

夜蛾のその指示に被せるように五条がさっさと終わらせてパーティーするよと手を叩きながら発破をかけた。

 

 

 






※凍天を看板商品として販売していた株式会社木乃幡が2019年4月に倒産しましたが、惜しむ声が多く2020年9月に東北自動車道の下り国見SAの「串の坊 BEN-K」というテイクアウト専門店限定で販売が開始され復活しております。国見SAはさすがに遠い…という方は宮城県名取市閖上の「かわまちてらす閖上」内、「木乃幡・別品館」という店で凍天を再現した「梵天」という商品が販売中です。
(倒産する2019年以前の話として書いており、今現在郡山駅には凍天の店舗はございません。ご了承ください)

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