エンティティ様といく!   作:あれなん

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【番外編】みんなでたたかう!高校受験

少女はあまり成績がよくない。小学校の夏休みの宿題を最終日に取りかかっていたように勉強に対する熱量が微塵もなく、更には家で勉強するという習慣もなかった。家で教科書を開く暇があったら風呂洗いやら洗濯物を干してお小遣いを稼ぐか、貯めたお小遣いを握りしめてどこかに遊びに行く。

 

そのツケをこんな時になって払うことになると考えてもいなかった。

少女の家はド田舎にある。少子化の波が直撃し、通っていた小学校は少女が中学2年になった頃、近隣の別の小学校と統合された。少女が学んでいる中学校はまだ人数がいるが、家から離れており、雨の日も風の日も1時間は自転車を漕ぐ必要があった。中学3年の初めに開かれた3者面談で、衝撃の事実を担任から告げられる。

 

「早島の今の偏差値だと、…東高が妥当だな」

 

「東高…Oh…」

少女の家から東高までは中学校よりも距離がある。自転車で行くなら片道1時間30分は優に必要だ。

 

「先生、北高に行きたいんですけど…」

北高なら近道を駆使すれば少女の家から片道30分で着く。

 

「北高なら…偏差値をあと10は上げないと厳しいぞ」

 

「頑張って上げるんで、北高にいきます…!」

 

全日制高校の最低必要出席日数は年間で133日だ。それを3年間と考えると399日。もし現在の偏差値で行ける東高に行ってしまうと1日往復3時間。高校3年間だと1197時間自転車で移動することになる。志望した北高なら往復1時間で、高校3年間でも399時間だ。その差は798時間。日数に換算すると33日。33日間自転車を漕ぐ時間に費やすくらいなら頑張って勉強し、1分1秒でも長く朝の惰眠を貪りたい。

 

 

「――ということで、勉強を教えてください…」

 

いつものご飯の後、エンティティにそう伝える。少女が家でまともに勉強する姿を一度も見たことがないエンティティには衝撃だった。しかし、頼られて悪い気はしない。本人がやる気ならと、協力することにした。

 

まず、受験科目の確認だ。国語 数学 英語 理科 社会の基本の5科目と面接だ。英語はリスニングもあるという。1科目50点満点の250点。少女が希望している北高なら平均的に7割は取る必要がある。幸いなことにるるぶやら観光した場所にまつわる本を読んでいるからか国語は得意で、社会も日本史はまだ出来るほうだ。

問題は数学だ。数学は学年でも下から数えた方が早く、いつも赤点ぎりぎりだった。簡単な計算ならすぐにできたが、証明や点の移動にまつわる問題はからっきしだ。大方その2つはテストにおいても配点が大きく他の生徒は必死に解いているが、それを放棄した少女はテスト中手持無沙汰になり、点Pがテスト時間中に停まってくれることを切に願う時間に充てるか、次の休みにどこで何を食べようかと落書きをしながら考えている。

 

3者面談の日の夜、少女が布団に潜り込もうとしているとエンティティから5科目の教科書を一晩貸してくれと言われ、教科書だけではなく持っていた問題集も併せて渡しておいた。この日以降少女の日常ががらりと変わるとはこの時はまだ思いもしなかった。

 

 

スピリットはキラーになる前、香川県の高松大学で教育学を学ぶ山岡凜という名の大学生だった。自身の家がそこまで裕福ではないことは知っており、高校卒業後就職するという手もあった。そうした方がずっと経済的にはマシだということはわかっていたし凜もそれが妥当だと思っていた。しかし、凜の母は夢をそんなことで諦めてはいけないと諭し、その言葉に背中に押され凜は大学に入学する。凜の夢は教師になることだった。

 

凜は入学と同時にアルバイトを始め、慌しい日々を送った。その頃はまだ幸せだった。そんな愛おしい生活が音を立てて崩れていったのは、凜が大学に慣れてきた頃だった。

凜の母が病に伏せ、凜の学費と母の通院費でさらに生活は厳しくなった。大学を辞めようとしたが、母がそれだけは駄目だと言い張る。せめて生活費の足しにしようと凜はアルバイトの時間を増やし睡眠時間を削り働いた。凜がエンティティの霧の世界に導かれ、山岡凜ではなくスピリットというキラーとなった事件が起こったのはそのすぐ後のことだ。

 

スピリットはエンティティから少女の国語と社会を教えるように言われ、内心心が躍った。昔の、山岡凜であった時の記憶が駆け巡る。スピリットの他にもピッグには英語を、ドクターには理科を少女に教えるようにエンティティは指示を出す。問題の数学はエンティティが担当するようだ。ドクターがちゃんと教えることができるのかスピリットは疑ったが、少女は電流に関する問題が苦手らしく、エンティティの配役に納得した。

 

スピリットたちには少女の教科書と問題集を渡され、試験の難易度などを確認する。スピリットやピッグが暮らしていた世界と少女の世界の法則に違いが少ないことは僥倖だった。スピリットは教科書を1枚1枚丁寧に捲る。社会の教科書の人物画に少女が施した落書きを見つけると笑みが零れた。ピッグは英語の試験にリスニングがあると知り、ちゃんと発音も練習させないととやる気を見せている。

 

 

学校から帰り家に着くと、エンティティとみっちり数学の勉強をする。少女の夕飯とエンティティのご飯を終え、風呂に入った後は、数学以外の科目の時間だ。勉強する場所は少女の自室の時もあれば、エンティティが造った世界でゲームに使っていないマップを貸してもらい、教えてもらうこともあった。特に理科の実験の時に重宝した。

 

スピリットは、古文であればただ単語の訳を言わず、例えば、この前遊びに行った京都府亀岡市の出雲大神宮の狛犬が徒然草236段で子供にいたずらされて後ろを向いていた狛犬だというように、今までの体験と結び付け教えてくれるため興味も湧き、イメージしやすく覚えやすい。

 

ピッグは英語の発音は実際に自分で発音した方が微妙な違いに気が付きやすいと言う。ピッグとしては ”L”と”R” の発音を多くの日本人は区別ができておらずごちゃ混ぜにしていることが許せないらしい。その2つの発音の違いが瞬時に学べるとどこで情報を得たのか “Lux Super Rich”という発音を何度も練習することになった。

 

「らっくすすー「No」」

 

「らぁっ「No」」

 

「ら「No」」

 

「ラ「No」」

 

「――ル「No」」

 

ピッグは発音に関してはとても厳しい。

 

 

その頑張りの成果なのか冬頃になると徐々に点数が取れ偏差値も徐々に上がってきた。家で机に向かうことも習慣づいた。冬の3者面談では直近の模試の点数が、北高の合否のボーダーラインにあると言われ、その調子だと励まされた。

 

「なんか甘い物食べたい」

 

ピッグに英語を教えてもらった後、時計を見るともう23時をまわっていた。晩御飯を食べたのが19時。4時間しか経っていないが、胃はぐうぐうと鳴っている。この時間にご飯を食べるのはさすがにまずい。しかしそのままでは寝れそうにない。

 

「エンティティ様とピッグの分も作ってくるからちょっと待ってて」

 

そう言って少女は部屋を出た。ひとり残されたピッグはぱらぱらと少女のノートを捲る。ピッグは英語が母国語で日本語は話せない。言っていることはわかるため反応はできるがYes Noで答えることが多かった。

ピッグはここまで少女が粘るとは思わなかった。数日後には投げ出すのではないかと思いつつ教えていた。それがどうだろうか、もう試験日は目の前だ。英単語を覚えるのに何度も書き取りをし、ノート数冊分になった。小学校の夏休みの宿題を最終日に泣きながらするような子どもだ。あの子どもがここまで成長するとは感慨深かった。そう思っているとドアが開く。お盆には3つのマグカップが並んでいる。

 

「ピッグってお酒大丈夫だったっけ?」

 

未成年が飲酒をするつもりかと渡されたカップの中を覗き見ると白い。

 

「ホットミルクにラム酒に漬けた氷砂糖を入れたからお酒って言ってもティースプーン3分の1もないぐらいだけど…」

 

そのぐらいなら少女も自分も飲んでも大丈夫かとピッグは頷く。きっと明日に響かないだろう。

 

一口飲むとほっと吐息が漏れた。マグカップからじんわりと伝わってくる柔らかな熱で指先を温める。少女の言う通りアルコールは無いに等しいが、ラム酒の香りがふんわりと漂い、その香りだけでも身体がぽかぽかとする。ミルクの優しい味が胃だけでなく心まで満たした。

 

 

北高の試験日、夕暮れに包まれながら少女は誰もいない公園でブランコに腰掛けていた。筆記試験も面接も終わりとりあえず後は結果を待つしかないが、とにかく自信がなかった。ベストコンディションで臨んだが、見回すと周りの他校の人たちは皆頭がよさそうで、紙と黒鉛が触れ、滑る音だけが教室に響く。必死に問題に食らいついていると、緊張なのか興奮なのかわからないが背中が真っ赤な鉄でも浴びせたように熱くて熱くてたまらなかった。

 

全力を出し切ったのには間違いないが、全ての試験と面接が終わった後、周囲の学生が何問目のどれの答えってあれだよねなどと答えを確認し合っている声が耳に入り段々と不安になってきた。そのまま家に真っ直ぐ帰る気にもなれず、少し萎んだ心を持て余し、ぼうっとブランコに揺られている。足の裏まで熱い気がして先ほどまで裸足になっており、靴下はカバンの中で、靴の踵を踏んで爪先に引っかけている。ちょっと前までこの季節には珍しく抜けるような青空だったのに朱色が混じり、その色の光に当たるだけでアイスならあっという間に溶けてしまいそうだ。少女の頬も光に炙られ火照る。

 

そのまま萎んでいきそうな心を少しでも膨らまそうと、ブランコで立ちこぎをして速度を付けた。風は冷たく全身の体温をゆっくりと下げていく。出鱈目に漕ぐと1回転してしまいそうなほどブランコが跳ね上がる。チェーンの弛む音と振動が腕に伝わってきた。着座板に腰を下ろしいつもより高い視界で世界を見た。

なかなか家に帰ろうとしない少女に影からエンティティが脚を出す。現れた場所が丁度ブランコの軌道上にあり、少女が慌てて避けようとすると軽く引っかけていただけの靴が両方ぽーんと遠くに飛んで行った。

 

「あー!エンティティ様、靴!どっかいっちゃった!どうしよ!!」

 

少女の燃え尽き症候群は1時間と経たず終了した。裸足で帰ったらさすがにお母さんに怒られるかなと心配そうに言う。いつもの調子に戻った少女を見てエンティティはちょっと安堵し、遠く彼方に旅立った靴を連れ戻しに行った。

 

 

合格者番号が掲示板に張り出されるのを皆が今か今かと待つ。北高の教師らしき大人が掲示板に近づいているのが遠くから見えた。少女は人ごみに阻まれ見ることができず、明暗を分けた反応を見せる人々を掻き分け、一番前に出た。ドキドキしながら視線を上に遣る。

 

「っ!あった!あったよ!私の番号あった!」

 

それを影の中で聞いていたエンティティたちはガッツポーズをする。しかしエンティティたちの戦いはまだ続いている。どのキラーが教えるのが上手かったのか決める必要があるのだ。少女が自身の取った点数を教えてもらうため、既に長蛇の列の一番最後に並ぶ。

 

国語42点、英語45点、理科39点、社会40点。

 

合格ラインと言われる35点を上回っている。教えたキラーは、特に英語を教えていたピッグは誇らしげだ。しかし次の点数をみてどよめく。

 

数学25点。

 

全体の平均点も例年より大分低かったが、目標にしていた35点には届かず、結果としてよく点数が取れた科目で補う形となった。もともと3年初めの時点で50点満点中11点と散々な点数を取っていた科目だ。それが倍の点数を取れているだけでも大きな成長だった。

 

そこにいた全キラーが数学の点数を見ると自然と視線を逸らす。

 

「…ごめーん……」

 

影の中に入ってきた少女はエンティティに手を合わせて謝った。エンティティはよく合格したとばかりに脚で少女の背を撫でる。

 

少女はそれに胸を撫で下ろしていたし、キラーたちも同様だった。

それでめでたしめでたしとなったのは少女だけだ。エンティティは少女には取り繕うことには成功したがやはりその数学の点数は内心ショックだったようで、その後暫く、マップに設置されている板が透明になるというバグや、通常のゲームでは脱出ゲートが開いた後制限時間を過ぎても脱出していないサバイバーに対して、エンティティによる処刑があるのだが、制限時間内にも関わらずエンティティが突然処刑を始めるというバグが見受けられた。

 

 

【おまけ】第25話 応接室での伏黒と少女の会話

 

応接室から夜蛾、五条、夏油の3名が退室してすぐ、伏黒が不躾に少女に対して掌を差し出した。少女は頭に疑問符をつけリュックの奥底に眠っていたちょっと溶け気味の黄金糖をそっと乗せたが、弾き返されてしまう。

 

「――前に、オレから盗ってったもんあんだろ、さっさと返せ」

伏黒が吐き気に耐えつつわざわざ応接室に残ったのはこのためであった。

 

「?、どんな形してる?」

 

「半分腐った女が俺から奪っていった呪霊の中に入れてた呪具のことだ。游雲と天逆鉾はゼッテェ返せ」

 

計10億円相当だ。少女はそれ以外の呪具の形状も合わせて聞くと、申し訳なさそうに眉を寄せる。

 

「あー、…残念なお知らせがありま「フザケんな、今あるヤツだけでもいいから出せ」」

 

伏黒が少女の言葉にかぶせ気味に言う。

 

「エンティティ様出せる?」

 

少女の影からゆっくりと出てくる。伏黒はその青竜刀に心当たりはあった。しかし使った後の血振りが不十分なまま放置したのか全体的に血糊がこびり付いている。丁度使っている最中だったのか血が滴り、刀身が切られた誰かの脂によって蛍光灯の光を反射する。伏黒が使っていたときにはなかった禍々しさを纏っていた。

 

「……やっぱり今でなくていいから綺麗にしてから返せ」

 

「?、わかった」

 

「オイ、他のヤツはどうした」

 

「えーっと、キラーたちが使ってるからもうちょっと待ってくれる?飽きたら返してくれると思うんだけど…」

 

既にキラーたちが弄繰り回して壊れたものもいくつかあるが、少女は口にチャックをする。弁償は勘弁してほしい。

 

「……どうしたのエンティティ様…?」

 

少女は自身の影の中にいるモノの異変に気が付いた。今まで見たことがないその様子に戸惑う。先ほど新宿で食べたご飯の中に食べるとお腹を下すものでもあったのか、それともどこかに行きたいのだろうか。段々と強くなってくるそれに、校舎の見学でもして気を紛らわせた方が良いかもしれないと少女は思い立つ。そうと決まれば行動に移そう。目の前に座っている伏黒に告げる。

 

「暇だから私たち校舎見学してくるね」

 

「は?」

 

伏黒の返事も聞かず、エンティティ様に移動を頼む。

 

「あっ、あのサングラスの人に一応言っておいた方がいいよね。エンティティ様、あの人の居場所わかる?」

 

そう聞く少女に返ってきたいつもより荒々しく、苛立ち紛れに叩きつけたような波紋ができた。

 

 

 

 

 


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