エンティティ様といく!   作:あれなん

34 / 59
〖6〗紅花栄

少女は疲れ果てていた。中間テストの最終日、最終科目の答案用紙が回収されると慌しく席を立ち部活に向かう友人たちを見送り、机に突っ伏す。一夜漬け派の少女はここ数日間、睡眠時間を削りに削っている。特にカタカナを覚えるのが苦手で世界史の人名はヒーヒー言いながら必死に覚えた。

 

家に帰って寝ようかと考えたが思い直す。テスト期間中にエンティティ様からご飯はいいから勉強をしろと言われ、テスト勉強を優先させてもらっていたのだ。テストが終わった今日こそ行かねば、と身体を机から引き剥がし、緩慢に動き出した。

 

 

佐渡島の島の北端にある大野亀では5月下旬から6月中旬の間、トビシマカンゾウが咲き誇っている。鮮やかな花の黄色と草の緑のコントラストは気分を晴れやかにしてくれる。標高167mの大きな一枚岩が海に突き出している姿は圧巻だ。そこから見える海は沖縄の海や瀬戸内海とは雰囲気が全く違った。

 

少女が来ているのは新潟県の佐渡島だ。エンティティ様のご飯の後、“中間テストお疲れ様会”というものをしようと思い立ったのだ。新潟市内のスーパーなどで食べたいものを買い集め済みだ。

 

透明の袋に入れられたピンク色のアイスは初めて見た。新潟で昭和20年代から販売されている名物商品らしい。見た目はガリガリ君のピンクバージョンだ。商品名がもも太郎となっているため桃味かと思い一口齧るとイチゴ味が口に広がる。しかし裏の成分表示を見るとリンゴ果汁が入っている。そのちぐはぐさがどこかおもしろい。近年プリンやパンケーキやフレンチトーストでふわとろ系が好まれるようになり、かき氷もその余波を受けふわふわとしたものが取り上げられている。しかしこの商品はそれに真っ向勝負をかけるかのように使用されている氷は粗く、齧るたびにざくざくとした氷の食感が楽しめ、さっぱりとしていた。このアイスを暑い夏に食べればスカッと爽快だろう。

 

アイスを食べ終えると紙袋を取り出す。中には狐色で長細いパンのような御菓子が入っている。場所によってぽっぽ焼きや蒸気パンとも呼ばれているらしい。9本が約300円で販売されており、その匂いに誘われついつい買ってしまったのだ。まだほんのりと温かく、もちもちとした食感と黒砂糖の風味がふんわりと香り、なんともいい。くどい甘さではなく素朴で飽きない味だ。温かいときにはもちろんおいしいが、冷めてもトースターで焼くと更にパリッとしておすすめらしい。

 

エンティティ様と半分こしても案外お腹に溜まる。この後佐渡のラピュタと言われている浮遊選鉱場や小木海岸で行われるたらい舟を見に行こうと計画していたがぽかぽかとした陽気にのんびりとしてしまう。のどかな風景はテスト勉強ですり減った気力を癒してくれた。

 

 

 

 

 

 

男は暇があれば撮影をしていた。別に専門の機械が無くても、撮影、編集、投稿までスマホ1台あればできる。誰かの目に留まりチャンネル登録者数が伸びれば一攫千金のチャンスだ。男はそう思いこの世界に飛び込んだ。人によっては1再生に対する金額に差があり、少ない方で0.01円、多い方で1円入る。これは動画の長さや時期によって変わり、また運営元によって単価が変更されることもある。しかし人気になればライブ配信でのスーパーチャットやメンバーシップを作りと、様々な方法でも稼ぐことが可能だ。最近では投稿者向けのコンサルティング会社、セミナーに専門学校さえ存在する。

 

男のチャンネルは伸び悩んでいた。収益化の必須条件であるチャンネル登録者数1000人と、年間総再生時間4000時間も突破したが毎日のように投稿しても再生回数は思うように伸びない。大食いや食べ放題企画もした。それでも定番企画の2ℓコーラ早飲みの方が視聴者にウケる。毎日投稿していると時にはいつもと違うことをしてみたくなるのは仕方がない。実際コーラの企画を始めてから10㎏も体重は増えていた。

 

近所で火事が起こったことが全ての始まりだった。新しい企画としてヤクザの組事務所にピンポンダッシュでもしてみるか、いやメントスコーラでも投げ込んでみたほうが面白いだろうかと考えていた。

ふと遠くから微かに聞こえていた消防車のサイレンの音が徐々に近づいてきていることに気が付く。1台だけではない、何台もの消防車が唸りを挙げて走っている。その幾重にも重なりあっている警鐘は男のアパートの目と鼻の先でぴたりと音を止めた。

思わずスマホだけを握りしめ外に出る。部屋の窓を閉め切っていたため気が付かなかったが一軒家から煙が上がっている。急いでスマホのアプリを起動させた。火事の様子を映すのが精いっぱいで手ぶれがひどく、消防隊員の話の内容や周囲のざわめきが入っている。消火に難航しているようで夜空でもはっきりわかるほどの黒い煙が上がっている。部屋の中から炎が時折顔を覗かせた。何か燃えやすい物に引火したようで破裂音がその場に響くと轟音と共に炎は勢いを増す。消防隊員がしきりに叫ぶ。怒鳴り声にも近いその声は一面に緊迫感を齎した。

画面越しでも臨場感と張り詰めた空気は十分に伝わった。そのためか投稿して数秒で再生回数のカウンターが回る。再生回数は普段投稿している動画よりも伸びるのが早い気がした。SNSに流したツイートも爆発的に伸び、それを見たメディアが一斉に男に連絡を取ってきた。その投稿後、登録者数は1万人を突破する。

 

男はその後、もう1つ新たにチャンネルを作った。今まで行っていたコーラや大食いのなどを投稿している方をメインチャンネルとし、新たなチャンネルには火事や事件を投稿する。稼ぎとしては1つのチャンネルだけ持つ方が良い。しかし動画が運営元に3回削除されるとチャンネルが停止されてしまう。運営元が出している規約に抵触して問題ない動画まで影響を受ける可能性を恐れたのだ。

 

男は何かネタになるようなことがあれば深夜でも飛び起き、現場に向かいカメラを向けた。何にでもマニアはいる。咀嚼音や耳掃除のなんとも表現しがたい音はASMRとして数えきれないほどの動画がアップされている。十人十色とは正しくその通りで、10人いれば味の好みや趣味、性的嗜好も違う。2つのチャンネルでは視聴者層は明らかに異なった。

いくつか動画をあげると視聴者の求めている方向性がわかる。事件の時は大抵規制線の外から警察官が立っている様子を撮るしかなく再生回数は全く伸びない。しかし火事となると再生回数は何日経っても増え続けている。舞い上がる火の粉や渦が撮れると絶賛ともとれるコメントがいくつも男の元に届いた。

しかし毎日のように近所で火事が起こるわけではない。過去に火事で焼け落ちそのまま残されている場所に赴き、どこかの匠の番組のようにBeforeAfterを投稿した。いわくつきの場所ならその情報も載せ、新たな視聴者を得ることに成功する。

 

地価も賃料も人口密度も高い23区内では火事が起こればすぐさま工事が行われ新たな店舗が現れる。しかし工事をしても投資資金を回収できる見込みのないバブルで弾け飛んだ温泉地のホテルや場所ではそのまま放置されている。

そこは埃っぽさの中にどこか焦げ臭さが残る場所だった。エントランスは火を逃れたのかまだ調度品も残されている。それ以上に誰かが記念として残した落書きが目に付く。延焼した壁に熱で歪んだプラスチック。”消火用”と書かれた赤色のペンキが塗られたバケツは誰かに蹴られたのかその身体を歪ませている。そのバケツを手に取ろうとして身を屈めた時、ふと男の投稿した動画に昨日付けられたコメントを思いだした。

 

”時々こんなところでもボヤ騒ぎ起こるんだよな。誰がやってんだろ?”

 

男は視線を上げ、部屋の隅で埃を被っているレースカーテンに震える手でライターに火を灯すとゆっくりと近づけた。

 

火というのは人を惹き付ける。リラックスしたい時やいいムードにしたい時にはキャンドルに火を灯し、木々が爆ぜる音に癒しを感じる。

ヒト科の生活は火を利用し始めると急激に進化を遂げた。調理に使えばタンパク質などを摂ることが容易になり、陽が落ちた後でも行動が可能になった。そう考えると火に何かしらの感情が揺さぶられるのは一種の本能かもしれない。

 

火をつけた後、すぐに持っていたペットボトル飲料で消火したが、心のどこかで後ろめたさがあった。しかし動画を投稿するとかつてないほどの反響とコメントに罪悪感は高揚感へと一変する。

火を放つ度に、燃やす物は大きくなり、消火しはじめるまでの時間も伸びた。その頃には、車で全国を回るようになっていた。燃やす場所も人里離れた廃墟から河川敷の倒壊寸前のトタン屋根の家に、燃えるごみが積まれたごみ捨て場から住宅の一角にある空き家に変わる。

男の中では金よりも仲間内での名声や称賛が行動目的となった。メインチャンネルにはまだ投稿しているが、サブチャンネルへはもう動いていない。決して投稿を止めたわけではない。男は投稿する”場所”を変えたのだ。

連絡をもらい実際に会った”マニア”からそんなところに投稿するよりもこっちのサイトの方がもっと自由にできると勧められ、そこに毎日のように「火」関連の動画を投稿するようになる。そのサイトには男のように炎に魅せられ、それを渇望する者たちで溢れている。男はそのサイトがダークウェブに類するものであることに気が付いていたが、坂を転がり落ちる石のように止まることはできなくなっていた。

 

2018年1月の仮想通貨流出事件でダークウェブが一時話題になったのは記憶に新しい。普通に生活を送っていると何かの会員登録を行うことは多々ある。通販のマイページに有料コンテンツ。パスワードを入力してログインしたページは既にディープウェブという、通常のブラウザでは検索対象にならない部分だ。

 

ディープウェブに包括されているなかで違法性を含む部分のことをダークウェブといい、兵器や薬物、人間の売買に殺人の依頼も当たり前に行われている。ディープウェブが必要なパスワードさえわかればログインし閲覧できるのに対し、ダークウェブは通常のブラウザではなく、匿名性と追跡回避などの機能を持つ特別なツールを使う必要がある。よく刑事ドラマで ”様々な国を経由しているため発信元がわかりません!” という台詞が出てくる原因は大抵これだ。そのツールをどうにかできるならCIA辺りが喜んで雇ってくれるだろう。

 

そんな妙なもの、自分ではPCに入れないしアクセスしないから大丈夫だと思っていても、自分の子どもが興味本位にアクセスしてしまうこともある。ダークウェブでウイルスを仕込まれてPCの個人情報を抜き取られるぐらいならまだいい。家族や飼っている犬猫の写真が全世界に駆け巡り、空き巣や強盗が家にやってくるかもしれないがまだ笑い話で済ますことはできる。

センスがある子どもなら武器や薬物の仲介を行いある日突然警察が家に押しかけてくるかもしれない。子どもにそんなことできるわけないと思うだろうが11歳の少年がアメリカの州の投票システムをハッキングして投票結果を操作したことさえある。調べれば大抵の情報が出てくる世の中だ。注意するに越したことはない。

 

 

男はコメントでおすすめされた場所を訪れていた。そこはホテルが併設されている元テーマ―パークだ。融資していた銀行が破綻しその後資金調達先も見つけることができず、現在まで放置されている。周囲に住宅もなく絶好の場所だと言えた。パンフレットが散乱した案内所、教会のような講堂、レストランにあったメニューの写真は色褪せていた。ここならきっと美しい動画が撮れるだろう。先日男が上げた動画は評価は悪くなかったが、他の者がその後投稿した動画の方が称賛を受けており歯がゆさを覚えていた。

 

燃えそうな紙や布を集め、木製の椅子などは壊して燃えやすいように工夫する。ライターでいつものようにそれらに火をつけた。初めは蛇がちろりと出す舌のような小さな火が、いつの間にか男の背丈ほどの炎になる。男はそれに見蕩れていた。

 

「―――火事!?消火お願い!!」

 

そう叫んだ少女に男は驚くが、黙らせようと近づく。少女の背後から現れた影が男に向かって緑色の液体を浴びせかけた。それをまともに顔面に浴びると男は意識朦朧となり、砂でザラつく床に頬を預ける。起き上がれないほどの頭痛と悪寒に震え、体の中から炙られているように熱い。倒れた拍子に男の荷物が散乱し、中に入っていたライターや後で投げ入れようとしていたペットボトルにいれた灯油が転がる。蓋が緩かったのかとろりと灯油が漏れ、あの特有の鼻に衝く臭いが漂った。火が消され、空間には灰になったばかりの紙が舞っている。

襲いくる吐き気に負け、嘔吐を繰り返す。ひやりと首に感じた冷たさと金属音に戸惑うが何かが首に巻かれたとわかり、一気に押し寄せる圧迫感に両手で抗う。それをものともせず男を易々と持ち上げた。男は持ちあげている者と目が合うと身を硬くする。叫び声を上げる前に男の意識はブラックアウトした。

 

「その人、連れて行くのちょっと待って。写真撮っとかないと…」

 

プレイグにぶら下げられている男を写真に収めると少女は礼を言って他の写真も撮り始めた。

 

 

 

 

 

 

朝の職員会議でその写真が出されると、職員にどよめきが走った。先日のピエロの格好をした者の写真や”殺し屋参上”のような写真に各地の食べ物の写真は何枚も届いている。しかし呪霊ではなく少女以外の人間が写っているのは初めてのことだった。さっき止めを刺したばかりです、というような状況でよく写真を撮る気になったなというのは置いておき、他の写真に写っていた灰になった紙や木から粗方の理由を察した。

 

「…あっ!この人知ってます。前に火事の現場に居合わせてインタビュー受けてた人ですよ!どのテレビ局でもこの人が撮った火事の動画流してました」

 

職員のその発言を聞き、全員でググる。

 

その者が過去に投稿した動画に感化され、どこかの誰かさんがメントスコーラテロを仕掛けるとは夜蛾も夏油もまだこの時は想定していなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。