エンティティ様といく!   作:あれなん

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〖7〗腐草為蛍

 

 

 

少女はここ数日上機嫌だ。テストの点数が平均点より若干上だったこともその一因ではあるが、小遣い稼ぎに近所の家の倉庫の整理を手伝っていたら、欲しい物があったら持って行っていいといわれたのだ。掛け軸や皿にはとんと興味はないが、あるものを見つけるとテンションは鰻上りになった。

それは1人でも持てる大きさの七輪だ。そんなものをどうしてと思うだろうが、これまで”温めるともっとおいしく召し上がれます”というようなものは世の中に沢山ある。餅などはその筆頭で、家で電子レンジやコンロを使うと一発で母親にばれ、白状させられるのは目に見えており、泣く泣く硬いまま食べるしかなかったのだ。ホームセンターでカセットコンロを買うという手もあったが、使い終わったボンベの上手い処理法をどうにも思いつかなかった。

 

しかしこの七輪で焼けば万事解決だ。木炭や薪は倉庫にあり、場所は使っていないマップを貸してもらえばいい。火を使って焼くという人類最古の食品加工方法は何千年経っても偉大だ。

 

 

しまなみ海道は愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶ全長60㎞の橋だ。瀬戸内海に浮かぶ大きな6つの島に架かっている。国内でも珍しく自転車で渡ることが可能で、瀬戸内海に吹く風と景色を全身で感じながらサイクリングを楽しむことができる。島ごとに道の駅や観光地もあるため休憩がてら島を観光してもいいだろう。

 

少女は道の駅のベンチで買ったものを出した。タルトと聞くと下がクッキー生地のものを想像するだろうが愛媛のタルトは違う。スポンジ生地で餡を巻いたロールケーキのことを指すのだ。1本丸々買っていく人も多いが、一切れごとに包装されているものもある。頬張ると柚子のすっきりとした風味が口いっぱいに広がった。スポンジ生地にはバターや油を使っていないためなのか、あっさりとしており、スポンジ生地と餡だけだが重さを感じずにぱくぱく食べることができた。

 

「やっぱり1本買っといたほうがよかったかも…」

 

その言葉にエンティティ様は同意した。

 

 

 

 

 

はじめは皆、馬鹿にしていた。出尽くしたネタばかりで、もっと設定を捻った方が良いというアドバイスじみた言葉も出た。

 

夕焼けが空を覆い、机や椅子、黒板さえその色に染め上げる。教室には数人しかいない。その者たちも一塊に集まり、机を囲んでいる。まだ幼さを残す顔立ちの子らが顔を見合わせ、息を潜めた。膝の手術から数か月前に復帰した教頭先生が足を引き摺りながら廊下を歩く。その擦れる音が遠くなるとホッと息を漏らした。

 

怖い話をしようと言い出したのは誰だっただろうか。やり始めたころは随分と子供っぽいことを、と笑っていたが、興味がそそられるのは確かだった。2,3回ですぐに飽きるだろうという予想は外れ、毎週水曜日、全員が習い事がない曜日の放課後、教室に残って話すようになっていた。学校の自分たち以外いない教室、大人には秘密で、という妖しく甘美な響きに4人の女子生徒は魅了された。

 

1人ずつ怖い話や怪談を話す。大体がネットで調べればすぐに出てくるようなものだ。斜陽が射す空間では見慣れている表情は一変し、ぞくりとするような美しさを齎す。そのどこか張り詰めた雰囲気でひっそりとした言葉で紡がれると単なるネットにあふれる殺人事件の記事でさえ立派な怪談話となった。

 

「―――やけん、毎年、その日は海を見んように窓にカーテンして、外にも出んようにするんやって……」

 

その話の最後の言葉はほとんど吐息に近いものであったが、静まり返り耳を欹てている者たちにはよく聞こえた。

 

「……で、時計回りに話していったけん、次は紗代やね」

 

「―――ふっふっふ、今日、こんなん持ってきたんよ!」

 

場に似つかわしくない陽気な声に先程まで教室中に残っていた空気は吹き飛ばされる。その声と共に皆が囲む机に箱が置かれた。

 

「なにこのぼろの木箱」

 

「おばあちゃんの家で見つけたんよ、これ、開けてみん?サルの手とか出てくるかもしれんよ」

 

そう言って箱に貼られている紙をカッターで断ち切る。複雑な作りをしていない箱は簡単に開いた。3人が机から少し距離を取ってそれを眺める。箱を開けていた生徒が中身を見て、あからさまにがっかりとした顔をした。

 

「……貝殻?と、動物の毛?」

 

その中身を他の3人にも見せる。

丸く、ほんのり透けているものが数枚入っていた。表面はつやつやとして光を反射する。半紙のような紙に包まれているのは短い動物の毛だった。

 

「もー、怖がらせんとって!」

 

「もうそろそろ帰ろや」

 

教室のごみ箱に木箱を放り込んだ生徒に他の1人が訊く。

 

「あの箱、持って帰らんの?おばあちゃんか誰かの宝箱やないん」

 

「かまんよ、どうせ忘れとるやろし」

 

生徒たちの話題は明日の英語の小テストの話に移り、周囲がほんのりと暗くなっている中、全員が学校を後にした。

 

 

 

 

 

学校ではその日を境におかしなことばかり起こるようになる。

部活中、包丁を扱っていた生徒が自身の指を千切りにし、芝刈り機の歯が欠け、用務員の喉と周囲にいた学生の腹部を直撃した。ヒステリック気味だった音楽教師は壁に自らの頭を繰り返し叩きつけ割り、止めようとした生徒と教師を易々となぎ倒した。窓硝子に何羽もの鴉がその身をぶつけ、その硝子を浴びた生徒たちが救急車で運ばれた。高校はもう授業さえままならなくなり、臨時休校となっている。

 

全て短期間のうちに発生し、緊急案件として高専から特級呪術師が派遣された。

 

「学校の外から見たかんじ、また面倒なやつっぽいね。気配が濃いけど本体は隠れてる」

 

「必要な要件が揃っていないから呪霊が姿を見せないのかもしれない…異変が起こった時間とその場にいた人数、わかるかい?」

 

五条と夏油は中学校の敷地の外で、補助監督と情報を共有している。本当であれば夏油1人でいい任務だった。鳥刺し事件は食べた者の不用心さも一因であると言われ、皆溢れ出しそうになる罵倒の言葉をぎりぎりのところで飲み込んだ。しかし先日のメントスコーラテロは流石に故意でしかなく、五条は皆の沸点を軽々と背面跳びで越えていった。

普通の人間相手なら、体術の訓練時に偶然の事故として鳩尾や急所に一発入れたり、休憩時間に野球をして乱闘を装い全員で袋叩きにするという手が使えるが、五条はそれが効かない。職員室のデスクに瞬間接着剤を塗るという嫌がらせをしたところで、隣の席の職員のデスクと自身のデスクを平然と交換するのは目に見えていた。

 

全員が疲れていた。特に鳥刺しで入院し、メントスコーラを五条が飽きるまで浴びせられた乙骨は疲弊しきっており、他の者たちがどうやって五条に今までの恨みを晴らしてやろうかと血走った眼で協議しているときに、恐る恐る手を挙げた。

 

”恨みを晴らすより、少しの間でもいいから平穏な日常を送りたい”

 

その乙骨の悲愴に満ちた意見は全員を一瞬で冷静にさせ、拍手で受け入れられた。そのおかげで五条は1ヶ月間高専に戻ることを禁じられ、全国を巡ることになる。

しかし五条をそのまま野放しにするわけにはいかない。五条家に有給の消化と称し、着払いで送ってやろうとしたが、その話を事前にどこからか聞いたのか、寄付金としていくらでも払うためそれだけは勘弁してくれ、という流麗な筆運びで綴られた手紙と金額が書かれていない小切手が夜蛾のもとに届く。「謹啓」から始まった手紙だが、涙なくしては読めない便箋25枚に渡る超大作だった。家人が当主の受け取りを拒否するという前代未聞の状況に夜蛾は頭を抱える。

五条に全国各地の任務を受けさせドサ回りさせるという案が出た。しかし、単独任務ばかりだと、何をやらかすかわからない。そのため五条を除く高専職員たちで会議を重ね、高専所属かつ成人済の呪術師が各地で任務にあたる際にも五条を同行させることとなった。

五条の御守をする呪術師としては、任務時は五条がいるためノルアドレナリンが驚異的な勢いで分泌されるが、それ以外の時には五条と一切会うことはなくストレスフリーに過ごせる。飲みかけのコーヒーをデスクに置いて5分間離席しても墨汁を混ぜられることさえない。任務の日を除けば残りの大半の日は平穏で清々しい朝を迎えることができるのだ。強い呪霊と戦うことになっても五条を盾にできるというメリットもある。

もちろん五条は嫌がったが、夜蛾にそれができないなら高専の職員を辞めてもらうという最後通告をされるとしぶしぶ了承した。

 

 

 

花壇のツツジは枯れ、風が吹く度に乾いた葉が擦れ合う音が耳に届く。

 

「えぇっと、初めの調理部の生徒の時は、6月2日17時ごろで、一緒に作業していたのは…5名。いや、1人トイレに行っていたので、その状況時には被害者を含めると4名です。

2人目の用務員は放課後、園芸部の生徒と校内の美化活動中に。いくつかの班に分かれて作業していたそうです。

3人目の教師は吹奏楽部の指導中、18時ごろ。部活に遅れてきた生徒3名を音楽準備室で叱っていた最中のことだとわかっています。

窓硝子が割れたのも放課後で、負傷者は4名でした」

 

「4人という状況と夕方が要件か…」

 

「ちょっと待って悟。何か変だ」

 

夏油は凭れていた花壇の縁から腰を上げ、何かを辿るように歩く。近づくにつれ、五条もそれに気が付いた。夏油たちが辿り着いたのはごみ置き場に置かれた大量の袋の山だ。

 

「ごみじゃん…」

 

「呪いの原因がわからないためごみの回収も止めています。…どうかされましたか?」

 

「この中に呪物があると思うよ。呪物と言っても抜け殻みたいだけど」

 

夏油はごみ袋の山の前を何度か往復し、1つの袋を指差した。基本的に呪物の回収は呪術師が行うこととなっている。厳重に封印されていれば補助監督でも持つことは認められるが、それ以外は許されていない。それは呪霊と戦う手段を持たない補助監督を守るためでもあった。つまり、五条か夏油がごみを漁る必要があるのだが、当たり前にどちらも嫌がる。

 

「――悟が前に、私のデスクでチョコレートファウンテンして、盛大に汚したせいで、まだベタついてるんだけど」

 

「そう言えば、梨って言って生の大根食べさせてきたことあるよね」

 

「その仕返しに私のデスクトップアイコンとファイル名を全部でたらめに変更したこと覚えてる?」

 

「時々僕の高専のメルアド宛に死にかけのばぁさんのAVのGIF送ってくるのやめてよ。寝起きに見たときなんて吐きそうになるんだけど。僕の”僕”が不能になったらどうしてくれんの」

 

「…?、それは私じゃない」

 

「傑じゃないなら誰の仕業…?」

 

「心当たりは?」

 

「…………多すぎる」

 

「…」

 

「…」

 

「…ここは穏便にこれで決めない?」

 

そう言って五条は手を3つの形に変える。夏油が目で了承した。

五条は深く息を吐きながら両手を交差させ組んで捻り、両手の隙間を覗きこむ。夏油は静かに神に祈っている。風が止み、葉擦れの音が聴こえなくなると空気が張り詰め、2人は構えた。

 

「「………ジャン、ケン、ポン…!」」

 

 

 

「あーーー吐きそう………くっそ、傑なんて尿路結石になればいいのに…」

 

「本人を目の前にしてそんな不吉なことを口にするんじゃない」

 

清掃用トングをカチカチ鳴らしながら五条が言う。

 

「………お役に立てず、すみません…」

 

補助監督が小声で謝罪の言葉を繰り返すのを夏油は笑って受け流し、五条は舌打ちで返事する。

 

「これだね」

 

五条がトングで木箱を挟み、上に掲げた。トングの先で器用に箱をいじると簡単に開く。

 

「…爪と…犬の毛か。もうどんな呪霊かわかったじゃん」

 

「えッ!もうわかったんですか!?」

 

「…君、新人?土地柄考えたらすぐわかるでしょ」

 

「ごみ漁ることになったからって、補助監督に当たるのはやめて」

 

「はいはい、…四国って言ったら犬神だよ」

 

「蠱毒の一種だね。でもこれはちょっと違うね」

 

「…それ、人間の爪ですよね、…つまり……その……」

 

「蠱毒の仕上げに人間でも使ったんじゃない?で、予想と違うものができちゃって慌てて封印した、ってところかもね」

 

「…封が切られてるってことは箱を開けた人がいる。ごみに出すぐらいだからきっと知識がない人だ。わかってる被害者の他に異変を訴えてる人はいるかい?」

 

「います…数名の生徒が気分の悪さで4日前から学校を休んでおり、4名の女子生徒が5日前に入院しています」

 

「入院?怪我したの?」

 

「はい、…全員5日前の夜に倒れ、病院に運ばれました。しかし原因不明らしく、対症療法を取っている段階で…意識不明の重体です」

 

「気分が悪いのは呪力に敏感な人かもしれない。見えなくてもわかる人はいるから。…時系列と人数的に考えてその4人の生徒が発端かもしれないね」

 

「でもどうする?4人揃わないと呪霊でてこないじゃん。そこら辺で乳母車みたいなの曳いてる婆さんでも連れてくる?何かあっても痴呆のせいにできそうだし」

 

「誰か術師に来てもらった方がいい。近隣にいる術師2名を呼んでもらおう、私たちで呪霊はどうにかするから、自分たちの身は守れる人なら誰でもいいよ」

 

「はい、すぐに手配します」

 

そう言って踵を返そうとした補助監督の隣に影ができた。相変わらずの神出鬼没さだ。手にはナイロン袋が提げられていることからどこかで何かを買ってきたのだとわかった。

 

「……なんか最近遭遇率高くない?」

 

そう少女は口にする。190㎝近い五条や夏油と比べると40㎝近く視線は低い。しかし舐めてかかるとひどい目に遭うことを2人は知っている。

 

「―――おっと、これ、まずくない…?」

 

がらりと場の空気が変わる。揃ってしまったのだ。黄昏時に人間が4人。羽虫が耳元で飛び回っているような、嫌な音が一面に響いた。五条たちがその場を飛びのく。

 

「敵わないとわかって強硬手段に出たのか…!」

 

夏油は恐怖で身を硬くしている補助監督を自身の使役呪霊に任せ避難させる。

土煙が晴れるとそこには抉れたグラウンドだけが残されていた。少女の姿を探すと木の影の中から出てくる。どうやら無事だったようだ。

 

「あー、びっくりした…」

 

呑気な言葉に気が抜けるが、少女の影に潜むものは少女とは違った感想を抱いたらしい。影からなにかが浮き上がってくる。それは顔を布で覆い、片手に炎を灯すと、瞬く間に姿を消した。

どうやら校舎の中で、呪霊を追いかけているらしい。こうなると時間の問題だ。呪霊と依頼人には悪いが今回の任務は楽をさせてもらおうと夏油は考えた。

 

「まだ掛かりそうだから、これ食べていい?」

 

少女はそう言ってどこからか出したレジャーシートを敷き、持っていたナイロン袋の中身を出した。

 

「別にいいけど。今回は何があるの」

 

五条は集る気満々だ。

 

「じゃこ天。もしかしてまた食べるつもり?」

 

「……またっていうことは、もしかして何度か悟がお世話になってたりする?」

 

少女は何ともいえない表情で頷いた。その間にも五条は袋に入っていたタルトを勝手に食べている。

 

「…ごめんね、これ、迷惑料。少ないかもしれないけど…」

 

「!?、諭吉…!」

 

夏油は自身の財布から1万円札を少女に渡す。いつの時代も諭吉の力は偉大だ。それは少女にも効果があったことに 夏油は胸を撫で下ろした。

 

じゃこ天の袋を開き、そのまま食べようとする五条を少女は止める。

 

「…ちょっと待って!そのままストップ」

 

少女はそう言うと影に片手を突っ込み、何かを出してきた。

 

「七輪…?」

 

少女が事前に用意していた着火剤に火をつける。

 

火が安定すると、じゃこ天を七輪の網に載せた。じゃこ天が不揃いで形が違うのは手で押して形を形成しているためらしい。なにかが滴り落ちるとぱちりぱちりと火が爆ぜる。ただ炙っているだけなのに香ばしさが辺り一面に漂ってきた。いい具合に焦げ目がつくと、紙皿にそれを載せ、割り箸と共に他の3人にも渡す。

 

あつあつのままがぶりと齧る。甘めだが魚の味が濃い。じゃりじゃりとした独特の食感があり不思議に思うが、少女の説明によると取れたての小魚を骨や皮を分けずにそのまますり身にしているため他の練り物にはない歯ごたえがあるらしい。

そのまま何もつけずに食べても十分においしい。熱せられたじゃこ天が炭火で焼かれ、いい具合に風味が付いているのだ。しかし少女が持っていた生姜醤油を少しつけると味が締まり、白米が欲しくなった。

 

「……終わったみたい」

 

少女のその言葉と同時に、看護婦のような姿をしたものが目の前に現れる。そのものが手に持つ鋸からは何かが滴っている。じゃこ天にかぶりついていた補助監督が咳き込んだ。

 

 

 

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