エンティティ様といく!   作:あれなん

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〖8〗乃東枯

 

 

 

昨年のクリスマスからもう半年経過したある日、五条宛に礼状が届いた。内容は家の当主の代替わりについてのものだ。そろそろ誤魔化しきれなくなってきた家が出てきたようだ。1つの家がそうなればあとはなし崩しだろう。以前は老人たちの暇つぶしで大した議題もないくせに会合やら会食やらを頻繁に行っていたのだ。上層部の1席を埋めていた家の当主が代替わりするという吉事に経費削減という大義名分では太刀打ちできない。きっと慌てふためき青い顔して日夜話し込んでるだろうなと五条はにやにやしている。礼状を読み終えると噛んでいたガムをその礼状に吐き出し、ゴミ箱に捨てた。

 

呪詛師が数を減らし、呪詛師による事件が少なくなったのは喜ばしいことであったが、それとは別の問題が起こった。呪詛師が受ける仕事を非術師が行うようになったのだ。非術師が起こす事件は警察で取り締まればいい。しかしそれが呪物や呪具が関係していれば知らんぷりすることはできなかった。

更に近年では一般人が何も知らずに呪物の封印を解いてしまうという事件も多発した。その呪物の出所を調べると、全国的に展開しているディスカウントストアで購入されたものであったこともある。それまでそういったものは呪詛師が非術師から二束三文で買い叩き、呪詛師御用達の掲示板などで売買をされていた。呪詛師の数が減ったことによる弊害が今になってじわじわと表面化してきたのだ。巷のアンティークブームや国連が推し進めているSDGsもこれを後押ししていた。

 

 

七海は朝からこめかみと瞼の痙攣が止まらない。今日さえ耐えればいいと自身を落ち着かせ、昨日から何杯ものコーヒーを飲んでいる。

 

「七海、今日テンション低くない?僕がここのドリンクバーで作った特製ジュースあげる。お礼はいいよ」

 

それも土留(どどめ)色した液体を七海の方に押し付けてくる五条のせいだ。簡単な任務のはずだったが五条が同行することになり、任務の難易度が数段上がった。七海は昔からこの男が苦手だ。高専時代から口調は変わったが、中身の糞さは2歩進んで3歩下がったレベルで、夜蛾学長に殴られ過ぎて頭のネジが数十本程飛んでしまった説が有力だ。今日は五条とまだ一言二言しか会話を交わしていないがすでに神経を粗めの紙やすりで削られているような気分になっていた。

つい先日五条が高専に1ヶ月出禁になったと灰原から聞き、七海にしてはめずらしく声を上げて笑い、証券会社を辞めた日、浮ついた気持ちのまま衝動買いしてしまい、ワインセラーの片隅で眠っていたドメーヌ・ルロワのフルボディをここぞとばかり開けたのは記憶に新しい。

 

待ち合わせ場所に指定されたファミリーレストランの中から七海に向かって手を振る男の姿を捉えた時点で回れ右して帰りたい衝動に駆られていたがそれを我慢して中に入った自身を労わりたかった。テーブルには既に五条が食い散らかしたスイーツの残骸が敷き詰められており、それを目に入れないように注文したコーヒーを啜りながら、今回の任務について情報共有する。

 

「…任務としては呪物の回収です。しかし、補助監督の報告では――」

 

「要するに呪物の封印を解いた非術師がヤバいことになってるかもってことでしょ。いいじゃん別に」

 

五条の言葉に七海のこめかみが痙攣する。”いいじゃん別に”という言葉の続きがわかってしまうことがどこか悔しかった。この言葉を発したのが夏油や灰原なら” 2人で対応すれば大丈夫”という意味だ。しかしこれが五条なら”面倒だから呪物と一緒に消し飛ばしてOK!”という意味になる。諌める言葉を口にしても意味はない。無駄に酸素を消費するのももったいなく感じ七海は口を噤んだ。

 

その家は集落の中でも大きな屋敷だった。報告書によるとその呪物は跡継ぎに恵まれず絶えた術師の家にあったもので、たまたま相続した非術師が状態がいいからとネットオークションに出してしまったらしい。そして運悪くこの屋敷に住む一人娘が問題の呪物を競り落としてしまった。それが1ヶ月前の話だ。

 

近隣の人は急に姿を見せなくなったからどこかに引っ越したのかと思っていたらしい。敷地を囲む塀は高く、中を覗き見ることはできない。人が住んでいるならばそれなりに家には活気がある。3人家族がその家に住んでいたらしいが、ひっそりと静まり返り、生い茂っている木々が風が吹くたびにざわめく。五条はやる気が全くないようで、途中のスーパーで買った知育菓子を作ることに集中しており放置した。門と正面玄関に呼び鈴はあったが鳴らさない。報告書の内容が本当であるならば気づかれない方が得策だ。門は固く閉ざされていたが脇戸には鍵が掛かっていない。そこから中に入るとどこか生臭い空気に一瞬息を詰めた。

 

庭から屋敷の中を窺う。古い造りの家だが雨戸やカーテンで中を覗き見ることはできない。耳を欹てると屋敷の中で何かが徘徊しているのか廊下が軋む音が聴こえている。”なにか”はまだ中にいるようだ。どうやって中に入るか考えていると屋敷に響くような音が鳴る。普通に生活していると当たり前に聞く音ではあるが、現時点で鳴るのはまずい。実際、先ほどの音に警戒したのか中から聴こえていた一切の音が止んだ。もしかすると郵便か宅配の配達員が呼び鈴を押したのもしれないと正面玄関に走る。

思わず唖然とする。五条が呼び鈴を連打していた。慌てて走ってきた七海に悪びれもせず五条は言う。

 

「なんかあると押したくならない?」

 

「いい加減にしてください」

 

「どしたの七海、その年で更年期?やばくない?」

 

もう溜め息すら出なかった。”五条を人間と思うな、天災だと思え” という七海の2つ上の先輩、庵の名言が身に染みる。近づいてくる気配に先ほどまで考えていた算段をすべて放棄し、呪具を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

少女はばらパンを食べていた。ばらの花の形をイメージして作られたそのパンは発売から70年経った今現在でも多くの人に愛されている。しっとりふわふわの生地が何重にも巻かれ、重なった生地の間にはバタークリームが挟まれている。クリームはほんのりと甘いミルク風味で舌触りがなめらかだ。1日に約2,000個も製造されているがそのほとんどの工程を5人ほどの職人が手作業で行っているという。

花びら部分をちぎり、クリームをつけて食べるのがおすすめされていたのでその通りに食べる。食べ進めると最後にはクリームがたっぷりと入った真ん中の部分が残り、それを一口で頬張ると一気に幸せな気分になった。バタークリームと聞いて思い浮かべるようなしつこさがないため、ぺろりと食べきることができる。1個のパンを半分個にするか若干悩んだが、1個ずつ買って正解だったとエンティティ様と頷き合った。

 

「おおー、すっご!」

 

ベンチでパンを食べ終えると、目の前の砂浜に繰り出す。歩くたびに琴の音に似た音が耳を擽った。そこは”鳴砂”として知られている島根県の琴ヶ浜だ。

海水浴ができる期間にはまだ早いため泳いでいる者はいないが、少女のように鳴砂を楽しんでいる人はいる。雨上がりなど砂が湿気を含んでいる日には鳴らないらしい。

 

島根、宮城、石川、京都をはじめとして全国に鳴砂の海岸がある。一般的には石英を多く含む砂が急激な砂層の動きにより表面摩擦を起こして音を出すらしい。しかし、壇の浦で敗れこの地に流れ着いた平家の姫が助けてくれた礼として村人に毎日琴を奏でており、その姫が亡くなると砂の浜が琴の音のように鳴くようになったという琴姫伝説の方がどこかロマンチックだ。

 

踏んだり擦ったり、踏む強弱でも音色は様々に変わる。少女も楽しそうに遊んでいる子どもに倣い、裸足になってしまったが砂の目がとても細かくさらさらとしていて気持ちがいい。砂浜をゆっくりと歩き砂の鳴く音と痩せては返す波音に耳を傾け、どこまでも広がる地平線を眺めているだけでも十分楽しめた。

 

足を洗った後はエンティティ様のご飯タイムだ。

到着したのは誰かの家だった。中庭の池は何とも表現しがたい色の水が溜まっており、藻が腐っているのか生臭い。

 

雨戸は閉め切られており、どこからか何かが崩れる音が響いていた。少女の影から何かが浮上する。それは片手でチェーンソーを軽々と持ち、屋敷の勝手口の扉を壊し中に入って行った。

 

 

 

 

 

七海はこれでも一級呪術師だ。これまでにも呪物や呪霊に取り込まれた一般人や術師は山ほど見てきた。もちろん助けることができる場合はそうしたし、それ以外の場合についても適切に対応した。その経験から判断する。今回は手遅れだ。

男の肋骨は観音開きの扉のように大きく開かれ、胃や肝臓があるはずの場所には何かの巣が隙間なく詰められている。蜂の巣のようにも思えたが、透けて見える巣の中には幾つもの小さな呪霊が丸くなっていた。孵化するタイミングを待っているのか巣の中でしきりに動いている。男は内臓を失っているにも関わらず、痛みに呻くどころか、その場に立ち竦んでいる。そこに男の意思はない。呪霊によってその身体を操られているのだろう。

 

七海は愛用している鉈のような呪具で男を切った。特にいつもと代わり映えもしない動作だ。だからこそ手応えがあったかどうかがはっきりとわかる。手ごたえはあった。実際男は地面に倒れている。親となっている呪霊が祓われると子も消える。全てとは言い切れないが大体がそうだ。しかし男の中の巣はそのまま残っていた。”親”はこの男ではなかったようだ。”屋敷には3人家族が住んでいる”。報告書の一文を思い出した。それなら残り2人のうちのどちらかが”親”だ。

 

めんどくさいから屋敷ごと消し飛ばして、出雲そば食べに行こう、と提案をする五条を無視し、七海は屋敷の奥に進む。

先程の男はきっと働き蜂のような役割だったのだろう。玄関から屋敷の奥まで血痕が残されていた。靴のまま中に上がろうとしたとき、エンジン音が屋敷中に響く。

一旦退くことも選択肢にはあったが、現状の確認はしなければならない。七海が血痕を追い部屋に辿り着くと、畳も障子も空気さえ赤く染まっているように見えた。もう1人屠られた後らしく、残りの1人もチェーンソーが腹にずっぷりと差し込まれている。かろうじて口とわかる場所からは細かな泡混じりの血をだしていた。そのまま開けたばかりの穴を広げるように出鱈目にチェーンソーが振り回され、畳や障子、天井に新しく血が飛んだ。肉塊になるのはあっという間だ。それでもなお執拗にチェーンソーとハンマーで肉片をひき肉にしようと試みる男に七海は見覚えがあった。十数年前に灰原共々追い掛け回され、つい半年前のネオンが街を彩りベツレヘムの星を模した物が木々の先端で輝く日、新宿にいたのをはっきりと記憶していた。世紀末を思わせる光景は未だに瞼の裏に焼き付き、噎せ返るほどの血の臭いはスーツを何度洗ってもまだ染みついている。

 

七海の後ろから暇そうに付いてきた五条が、廊下の奥に向かって声を掛ける。

 

「おっつかれー!また会ったね、元気?」

 

「うげッ…」

 

「……は?」

 

チェーンソーが耳を劈き、未だに呪具を構えている七海のすぐ近くで五条と少女が呑気に話し出した。

 

 

 

七海が補助監督と今回の任務の処理方法について話し込んでいる間、五条と少女は七海に屋敷の庭で大人しく待っているように指示されていた。やることもなく待ちぼうけしている少女に五条が訊く。

 

「――ねぇ、なんか持ってんでしょ」

 

「なんかってなに。今日は食べ物持ってない」

 

少女としては五条に会う度に、あとで食べようと楽しみに残しておいたものを食べられてしまうため五条との再会は喜ばしくなかった。その場では見栄を張り渡してしまうのだが、布団に入る頃になって、どこか腹立たしくなり寝つきがすこぶる悪くなる。

五条は人の物を掻っ攫っていくだけの男ではない。実際岩手では遠野名物ジンギスカンを、愛媛では鯛めしを少女に奢った。しかし、”これはこれ、それはそれ”だ。自分が財布と相談して悩みぬいて決めた御菓子を渡すのは遺憾の意だ。

 

数日前に夏油に迷惑料としてもらったOne諭吉はFour野口になっていた。あくせく働いて得たお小遣いは、使うたびに”あと…円”といったようにきっちり覚えているのに、大した苦労もせずに得た金に財布の紐が緩んでしまったのか、あっという間になくなってしまった。今まで温めなくてもおいしいものに限定していたが七輪という文明の利器をゲットしてしまい箍が外れたことも一因かもしれない。気が付いたときには諭吉は樋口に、樋口は野口に変わっており、慌てて財布の紐を締め直すことになった。

 

「んー、――宿儺の指とか?」

 

「指…これか!」

 

思い出したように少女はポケットからティッシュに包んだ指を出す。まるで汚い物を包んでいるかのような雑さに五条は笑った。

 

「そうそう!それ、どこにあった?」

 

「さっきカニバルが切ったグロいやつが持ってた」

 

「ふーん」

 

「…これ前にも見たことあるけど、持ってて何かいいことある?欲しいならあげるけど」

 

「前見た指はどこやったの」

 

「燃えるごみに出した」

 

少女のその言葉に疑問を感じ五条は更に訊ねる。

 

「…影にいるやつが欲しがらなかった?」

 

「一応聞いたけど、”丸呑み派としてはそんな欠片だけもらっても困る。ちゃんと全部揃ってから出直してきてほしい。次回に期待”って言ってた」

 

「のど自慢大会での大御所審査員のコメントじゃん。ウケる。

――その指は呪霊を引き寄せる厄介な呪物だよ」

 

五条は肩を竦めてそう答えた。

 

「引き寄せる……それだけ?」

 

「取り込めば強くなるけど…?」

 

「………いいこと思いついた!」

 

少女はそう言うと指を地面に置き、離れた木陰に身を潜める。

 

「何してんの」

 

意味が分からず立ち竦む五条に少女は小声で言う。

 

「名付けてゴキブリホイホイ作戦。あの指を食べると小物でも大物にパワーアップできる。それなら、大物にパワーアップした後、エンティティ様に食べてもらえれば、グロいやついなくなるし、エンティティ様は大物ゲットできるから一石二鳥。……もしかしてあの指使い切りタイプ?1回しか効果なかったりする?」

 

「いやそんなことはないけど」

 

「再利用できるならなおさらラッキー!あの指借りるね」

 

地面に放置した指を意気揚々と少女は見つめていた。

 

 

 

《……ということで、宿儺の指、1本、あの子に貸しちゃったけどいいよね》

 

「いいわけあるか」

 

「なんでこっちに確認をしなかったんだ」

 

会議室のローテーブルに置かれた携帯から五条の声が聴こえる。スピーカーにしているためか少しぼやけた音になっていた。五条の適当な報告を聞き、夜蛾は頭を抱え、夏油は怒気を強める。

 

《別によくない?これで雑魚もあの子たちが片付けてくれるんだから。地産地消促進のための有効活用じゃん》

 

「呪霊は基本的に地産地消しかない。誤魔化すな」

 

《もー、よく考えてよ、そこいらの呪霊があれに勝てると思う?思わないでしょ。それに高専の保管庫に入れておくより安全だろ》

 

実際に何度か高専は襲撃を受けているため何とも反論できないところが苦しかった。

 

 

 

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