エンティティ様といく!   作:あれなん

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0巻の時点(2017年12月24日)で菜々子と美々子が15歳らしいので早生まれ説を採用し、本シリーズでは真希たちと同学年設定にしております。ご了承ください。



〖9〗菖蒲華

 

 

“窓”になったばかりの男は使命感に燃えていた。男は非術師の家の出身だ。呪霊が見えるため幼少期は母親の後をついて歩き、引っ込み思案な子と評価された。男が呪術界の存在を知ったのは成人した後だ。自分と同様“見える”人たちと接し、どこか救われた気がした。自分は間違っていなかったのだと、喜びさえ感じていた。

“窓”は非戦闘員だ。補助監督のように術師のサポートをするわけでもない。呪霊を発見すれば即座に高専に連絡を入れるだけだ。賃金は発生しないため普段は非術師同様社会生活を送っている。

 

男は“窓”の先達たちから近づきすぎるなという助言をおざなりに聞き流し、出張でどこかの地に行くことがあれば、有休を使いその地を散策し、呪霊がいそうなところを探した。

いくつ歳を重ねても正義の味方というものに憧れてしまうのは仕方がない。アンパンマン然り、水戸黄門然り。勧善懲悪の話は年代性別、言葉や国を超えても好まれている。男もどこか正義の味方気分だった。

 

男が調べていた場所はある実業家が生前に建てた博物館だった。ただの美術品を飾るならまだしも全長100mもの観音像を建て、蒸気機関車なども展示していた。管理が杜撰で今では廃墟になっているらしい。奈良の大仏が15mのため観音像はその7倍近い。たまたま仕事で近くを通った男の目にも留まった。

 

初めは呪霊を見つけたらすぐに帰ろうと思っていた。日も高いため大丈夫だと過信していたのだ。

建物の中はがらんとしていた。展示していたコレクションはレプリカだったのかそのまま放置されているものもある。何かが息を潜めているような空間に男の足音だけが響いた。

 

深く入り込みすぎたとわかったときにはもう遅かった。息を切らしながら出口を目指す。呪霊に折られた鎖骨がひどく痛む。

仏像ばかりが集められた展示室は圧迫感があった。幾つもの仏像が所せましと並べられ、訪れる者を睨みつけている。朽ちるしかないその運命を呪っている様にも見えた。通路を挟むようにして陳列されたそれらの視線に男はたじろぐ。男の背後から呪霊が襲い掛かってきた。

 

走りながら出口を目指そうとする。しかし床につくほど長い腕を持つ呪霊は男を捕まえようと腕を伸ばしてくる。それを躱すだけで精一杯だ。

 

逃げ惑う男の目の端に黒い炎がちらつく。炎かと思ったそれは髪だった。それは燃え上がるように重力に逆らい、その女が人間ではないことを男に悟らせた。女は男の目の前に現れる。女が持つ刀に切られるかと身を強張らせる男を女は眼中にないとばかりに通り過ぎ、呪霊に刀を振り下ろした。

呪霊の叫び声と何かが割れる音が耳を劈く。男は振り返る勇気もなく乗ってきレンタカーのアクセルを踏んだ。今になって”窓”になったときに先輩から言われた近づきすぎるなという言葉の意味がしっかりと理解できた。

 

 

 

 

 

宝塚と聞くと宝塚歌劇団の優雅で華やかなイメージを浮かべる人も多いだろう。実際宝塚駅から劇場までの道はヨーロピアンな建物が並ぶ。南フランスをイメージして建てているらしい。並んでいる雑貨もお洒落なものが多く、オペラグラスなど歌劇を意識したものが多い。歩行者専用の道路もあり、休憩できるベンチやベルサイユの薔薇の銅像があったりと散歩しているだけでも面白かった。

劇場近くでタカラジェンヌの入り待ちをしているのか人が集まっていた。皆同じ色の服を纏っている。入り待ちと聞くと黄色い声が飛び交うイメージがあるが流石宝塚、列になり整然と並んでいた。タカラジェンヌが現れると押し合いへし合いすることも歓声が飛び交うこともなく、応援している人の声を聞き逃さないようにと静まり返る。その光景を見ているだけでも思わず背筋が伸びる。静かではあるがその場の温度が上がっているのを少女は感じていた。

 

少女は再び移動すると、人で賑わっている球場を見上げた。

 

「ここが甲子園か…」

 

大阪にあるのかと思っていたがるるぶによると兵庫にあるらしい。今日は野球の試合があるのか人が多い。ホームゲームの様で飛び交う関西弁は聞いているだけで面白い。

 

余談だが、阪神タイガースの親会社である阪急阪神ホールディングスの株主総会の質疑応答の場では毎回株主から経営についての質問よりも球団への意見が飛ぶ。今では一種の名物だ。試合での監督の采配についての意見やドラフトが下手すぎるという辛辣な意見も過去には出た。それほどファンのタイガー愛は強い。

 

少女はその場の熱気に驚いていた。野球というものに接してこなかったということも一因ではあるがユニフォームを着ている人の姿が多く、子どもから老人まで幅広い年代が楽しそうにしている。少女の目の前を六甲おろしを口ずさむ子どもが通り過ぎた。

 

「…なんかすごかったね」

 

宝塚と甲子園の温度差に少女は衝撃を受けていた。

 

 

 

 

鴬ボールは昭和5年に神戸で生まれた御菓子らしい。どこかレトロなパッケージがスーパーの売り場でも目立っていた。袋を開け、鴬ボールを1粒摘まんでみる。栗がはじけた様な独特な見た目でかわいらしい。

かりんとうとあられが合体したと言った方がわかりやすいだろう。あられ部分はしょっぱく、茶色の部分は甘い。その配分が絶妙で、甘すぎずいくらでも食べることができるのだ。あられのようなサクサクとした歯ごたえも一役買っている。小分けされているものも陳列されている理由がわかった。これは食べだすと止まらなくなってしまう。案の定少女もエンティティ様も無言でひたすら食べてしまい止まらない。

 

「おかえり!りんちゃんも食べる?」

 

エンティティ様のご飯を狩りに出ていたスピリットが戻ってきたため僅かに残っていた鴬ボールを渡す。

 

その場に鴬ボールを無心で食べる音だけが響いた。

 

 

 

 

 

昨日中降り続いた雨はやっと上がったが、まだ地面はぬかるんでいるところも多い。それに注意をしながら生徒たちは久しぶりに校庭で組手をしていた。

 

「そういや、今年の1年3人だってさ」

 

「少ない」

 

休憩中の美々子が真希の言葉に反応する。

 

「私らの学年が多すぎるだけだろ。7人もいるほうがおかしいんだって。3人いればいいほうだ」

 

真希に美々子・菜々子の双子、乙骨に吉野、パンダに狗巻棘と東京校が創設されてからここまで生徒数が多い学年はなかったと以前担任の日下部が話していた。

 

「おーい、次お前らの番だぞ」

 

そう言って近づいてきた白黒の熊に驚くこともなく真希たちは視線を向ける。見た目は完全に動物園に居そうだが、夜蛾学長が生みだした呪骸だ。本来呪骸は内側に呪いを宿した自立可能な無生物で意思を持たない。しかし傀儡呪術を持つ夜蛾の最高傑作であるパンダは言葉を話し、感情を持つ。

そのパンダから甘い香りが漂ってくるのに真希は首を傾げた。

 

「……パンダ、お前なんか匂わねぇか?」

 

真希が訊ねる。

 

「俺?」

 

「本当、なんか甘い匂いがする」

 

「…えっち!!ATフィールド展開!」

 

近くにいた美々子に嗅がれ、パンダが自身の身を守るように両手を前でクロスさせた。そんなことをしていると吉野を伸した菜々子も話の輪に入ってくる。

 

「なにこの匂い…チョコレート?」

 

「なんだそれか。…昨日の夜、男子寮でチョコフォンデュの闇鍋したから」

 

「チョコフォンデュの…闇鍋…?…」

 

「どっかの馬鹿が刺身といかの塩辛入れたせいで地獄だった」

 

最悪の取り合わせに何ともいえない顔になる。

 

「…つーことは、パンダお前昨日風呂入ってねぇってことだろ」

 

「人間みたいに毎日入らなくても綺麗でーす! パンダ差別反対! 」

 

「最悪!早く入ってきてよ汚い!」

 

「俺光合成できるし」

 

「よし、パンダ。私と組手しようぜ」

 

「……ノーセンキュー」

 

案の定、真希に水溜まりに放り投げられ、パンダは頭からつま先までその毛並を茶色く染めることになった。

 

「パンダからただの熊に早変わりじゃーん、イメチェン?」

 

菜々子が撮った画像をインスタにあげていいかと聞くとパンダは言う。

 

「―――菜々子、今から教室に行ってお前の制服着てくるから」

 

「は?……ちょっと待て!」

 

教室に駆けて行ったパンダを菜々子は必死に追いかけた。

 

 

 

 

 

 

名家というプライドは時に怖気づく身体を奮い立たせ、ある時には、非道ともとれる判断を下すことができた。全ては“家の為に”。その意思は何百年も脈々と受け継がれ、一種の呪いにも思えた。名家に名を連ねる者たちが集まっている。 さざめきにも似た囁きはやがて広々とした部屋いっぱいに満ちた。

 

「では、高専から同様の報告があったということか」

 

「えぇ、そのようですね。件の少女に“保護”されていたとは……」

 

「“保護”ねぇ…」

 

「何が“保護”だ!今でも入院している者もいるんだぞ!日夜関係なく叫び、何かに怯えている!」

 

「同様の報告は受けております。行方不明の期間中何があったのか覚えていないようなのですが、皆さんのところはどうですか」

 

「同じく。不明瞭なことばかり口にして…」

 

「なにより五条悟に恩を売られたことが腹立たしい」

 

場が静まる。男が口にしたその一言に尽きたのだ。

“行方不明者を東京校が引き取った”とぼかされていたが、皆、五条が今回の件に一枚噛んでいることを覚っていた。どの家も行方不明となった家人の捜索にこれまで多額の資金を投じてきた。その捜索で遺品でも見つかれば御の字だと考えていたのだ。むしろ生きて戻ってくることを想定しておらず、戻ってきたことによって不都合(・・・)が生じた家もある。

 

集団は作るよりそれを維持していく方が何倍も難しい。忠義心より代々仕える者もいるだろうが、その資金力に群がる者も多い。その者たちは家の恩恵を受ける代わりに労働力を差し出す。ここで言う恩恵は集団で任務に当たることで死亡率を低下させることであり、もし死んだとしても骨は拾ってもらえるということだ。

しかし行方不明事件でその恩恵は揺らぎ、さらには生きて発見されたことで“当主たちは本当に探そうとしていたのか”という猜疑心が一部の家人のなかで芽生えることとなった。

 

その結果、家をまとめ上げるために家の当主たちはプロパガンダじみた言葉を口にする。それに首をしきりに振るのは当主に盲信的な者たちだけで、それ以外の者の求心力の低下を明確にした。

家だけではなく会社や国といった集団で共同目標を掲げるということはよく見られる。仮想の敵を定めそれに立ち向かうという行為は集団の一体感を強めることに有効だ。行方不明者事件以降、家人を連れ去った呪霊と少女がその対象だったのだ。行方不明者が戻ってきた今、新たな敵が必要となった。

 

「―――五条と言えば、宿儺の指の器の死刑の期限を延ばしたとか…」

 

「さっさと死刑にしてしまえばいいものを!」

 

「芽は早い時期に摘んでおくべきだろう」

 

「…ならばこうしましょう。――」

 

それを口にしたのは最近代替わりをして当主となったばかりの青年だった。素行不良と一時期当主候補から外されていた青年は、態度を改めたことにより一気に当主候補第一位になり、先日遂に当主となった。未だその青年の実力を疑う者も多く、今回の話し合いの場でもそう思っている者はいる。しかし、青年が話す内容は悪くなく、現在打てる最善手だと言えた。青年が話し終えると、他の者がそれに必要なものや調整について意見を出す。それを眺めながら青年は仄かに嗤った。

 

 


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