エンティティ様といく!   作:あれなん

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【4】ヒルビリー

重面は快楽主義者だ。自分が楽しければどうだっていい。その楽しさも周囲の人間と仲良しこよしして満たされる類いのものではない。

重面の楽しさは人が苦痛に歪む顔をじっくりとみることだった。特にそれが女性であればなお良い。甲高い悲鳴は重面にとっては崇高な音楽であり、零れる涙は甘露に等しい。

 

その日は商売女を金で釣り、廃倉庫が並ぶ場所に引き摺り込んでいた。陽は半分程水平線に沈み真っ赤な血のような色を海面にぶちまけている。所謂黄昏時(たそがれどき)という時間に差し掛かっていた。

 

手足を結束バンドで縛り上げた女が啜り泣いている。仰々しい装飾が施された爪を一枚一枚丁寧に剥がすと女は泣き叫んだ。顔を掴んで固定し瞬きも忘れじっと眺める。この時が重面にとって至福のときであった。

 

自身と女しかいない場所にもうひとつ影が差した。心もとない残光はその輪郭をぼんやりとかたどる。

女の顔を眺めすぎて乾いた眼球に瞬きを繰り返し涙を補充した。現れた者を観察する。

 

ワンピースを着ている。背が低く、小学生ぐらいだろうか。

重面の胸がどきどきと拍動する。気の高ぶりで指先が僅かに震える。女の苦痛に満ちた顔は何人も何十人も見てきたが、ここまで小さい子どもは今まで相手にしたことはない。

食指が動かないというわけではなく、自身の活動時間と場所にはそこまで小さな年齢の子どもはいなかったというだけだ。

 

「…ねえ、きみ、ひとり?」

ひとりならば、どんなことをして遊ぼうか。

 

「うん、そう」

少女が近づく。頬のまろい曲線がぼんやりと浮かぶ。

 

「一緒にあそばない?きっとたのしいよ?」

楽しい。きっと自分は楽しい。

 

「いっこきいてもいい?」

 

「なあに?」

目の前の少女で遊ぶ自身を想像し恍惚とする。

 

「おにいさんって悪い人?」

 

「――そうだよ」

指先からゆっくり輪切りにしていったらどんな声をあげてくれるだろうか。少女に小腸や腎臓がどんな色をしているのか見せてあげよう。呪詛師仲間の細屋に相談して、少女の桃に似た頬をいつでも()れられるようにするならばどうすればいいか決めないと。細屋は自分の剣も作ってくれた。きっと今回も良いものができるはずだ。

 

 

「――よかったね、エンティティ様。悪い人、みつかったよ」

子ども特有の黒目がちな眼が重面を映す。

 

そう少女が言った瞬間、真横でエンジン音が響いた。

 

重面の術式が発動する。

躓く。前転の要領で前に転がった。

転がった先で自身が先ほどまでいた場所を見ると、男がいた。

顔や体の皮膚は異様に引き攣っている。その男がチェーンソーを振り下ろしていた。術式が発動しなければきっと自身の脳は上下2つに分断されていただろう。

 

持っていた剣で男を攻撃する。男は腕で受け止めた。呻き声の一つも上げない。男は右手に持つハンマーで重面の側頭部を殴った。

 

耳を(そばだ)てながら駆ける。息は既に荒い。頭から垂れた血が顎まで伝うのを手で乱暴に拭う。

 

真っ直ぐの道はだめ。

走りながら頭の中で何度もそう唱えるが、倉庫ばかりが集まった場所では入り組んだ道など皆無に等しい。

倉庫の中に入り鍵をしめて籠城することも試したがあのチェーンソーで扉を壊され、いつまでも追ってくる。

 

間一髪という場面はもう数えきれないほどあった。その度に壁に立掛けられたパレットが男と自身の間に落ちて遮られたり、躓いて体勢を変え、チェーンソーを避けることができた。

 

体力は既に底を尽いている。倉庫群から逃げようとしたが、何かに阻まれて出ることができない。汚い言葉がいくつも出た。

 

自分を追ってくる男は足を引き摺っていたが、チェーンソーを振りかぶると恐るべき速度で駆けた。重面を探しているのか引っ切り無しにチェーンソーが唸りをあげる音が響いている。

 

 

あの少女の言葉でこの男は襲いかかってきた。それならばあの少女には男を止めることができるかもしれない。止めることができなくとも盾がわりにはなるだろう。

 

走りすぎて喉が笛のように鳴る。元いた場所に戻ると少女はアスファルトに座り込み、既に気を失っている女の頭を撫でていた。

 

「もどってきたんだね」

 

その言葉に返事も返さず、少女に手を伸ばした。

少女の影から生まれた黒い霧が身体に纏わりつく。払おうと必死に身を捩よじるがますます霧は濃さを増した。腕をでたらめに振り回す。叫ぼうとすると口の中にも霧が入り込んだ。

 

「エンティティ様、めしあがれ」

 

その言葉が耳に届くと同時に、足元に踏みしめたアスファルトの感覚がなくなった。

 

 

 

 

エンティティ様は最近悪い人をもぐもぐすることがブームになっているようだ。バターサンドの時に男の人をもぐもぐして以来、全裸にコートだけ羽織ったおじさんや路地裏で弱い者いじめをしているお兄さんたちをもぐもぐするようになった。きっとバターサンドの男の人のようにどこかで転がっているだろう。少女は気にしないことにした。

 

少女は相変わらず近所のスーパーの全国銘菓フェアに熱をあげている。前回行ったフェアが案外好評だったようで度々開催されるようになったことは喜ばしかった。その頃には自身のお年玉を使って購入するということを思いつき、スーパーの広告とにらめっこしてどれを買うか厳選に厳選を重ねた。

 

今回のフェアは大阪特集らしい。赤白の縦縞の帽子と服を纏った男の人の絵が添えられている。

 

ワゴンの傍でおばちゃんが店員と話し込んでいる。

「わたし、551の豚まん好きなのよー、今回はないの?」

 

豚まんとは。スーパーに売っている肉まんとは違うのだろうか。

このおばちゃんの味覚は確かだ。前におばちゃんが買っていたバターサンドは大当たりだった。

 

「エンティティ様、大阪いこう!」

そう咄嗟に口に出した。

 

お年玉を握りしめ、いつものように公園の遊具の中を潜る。明かりの方に進むとそこは、賑やかな場所だった。

 

日本語のため意味は分かるが、標準語とは違う関西弁特有のリズムがある。ぽんぽんとリズムよく交わされる言葉は聞いているだけでどこかおもしろい。

 

バターサンドと違って箱の形すら知らないため、どこで買えるのか心配していたが、すれ違う人たちが手に持つ紙袋に赤と白で大きく「551」と書かれており、一瞬でわかった。

店の前に数人並んでおり、少女もそれに(なら)う。幸いだったのは豚まんは1個から購入可能であったことだ。自分とエンティティ様の分、計2個を買った。

 

近くのベンチに座り、早速食べる。人に見つからないようにこっそりエンティティ様に渡した。今回もお気に召したようだ。

 

蒸したての豚まんはほかほかで2つに割ると中から湯気があがる。

中はぎっしりと具が詰まっており、白いふかふかの生地に包まれている。コンビニにある肉まんより1回りほど大きい。少女はそれをぺろりと食べた。

 

「お嬢ちゃん、ひとりかいな!」

豹柄の服で髪が鮮やかな紫色のおばちゃんに話かけられる。

少女は驚きつつも頷いた。

 

「偉いなあ、飴ちゃんあげよ」

そう言い飴をくれた。黒飴と黄金糖だ。なかなかしぶいチョイスである。

大阪の人はおしゃべり好きというのは本当らしい。おばちゃんのマシンガントークはなかなか止まず、少女は相槌を打っているだけだというのに1時間程しゃべり続けていた。

 

おばちゃんの元気に圧倒され、少女はちょっとヘロヘロになった。

 

エンティティ様に導かれつついつものように帰路についた、と思った。しかし目を開けると人気(ひとけ)のない倉庫がある。

 

「ここになにかあるの?」

影に波紋ができる。間違ってはいないようだ。もしかしたらいつものようにエンティティ様がもぐもぐできる変な生き物か悪い人がいるのかもしれない。さらに指示に従って奥の方に進んだ。

 

悲鳴が聞こえる。甲高い。女の人の声だ。

道に入ると人がいる。

 

男の人に聞いてみると悪い人らしい。エンティティ様にお任せするしかない。

 

男の人がヒルビリーと追いかけっこしている間に、女の人の様子をみる。指先が赤い。少女は持っていたハンカチを巻き、いたいのいたいの飛んで行けという気持ちで女の人を撫でる。おいしいものを食べると元気になるというのは少女の持論だ。だからおばちゃんにもらった黄金糖を女の人のポケットに入れておいた。

 

息があがった男の人が少女の目の前に現れる。近づいてくるのをじっと見ていた。エンティティ様の霧が男の人に纏わりつく。

アニメで蜂の巣をつついてしまった人に蜂がじゃれついている場面に似ている。霧を払おうとする男の人をエンティティ様は飲み込んだ。

 

女の人のために救急車を呼んだあと、時間も遅かったため早々に家に帰る。つい先日学校の防犯教室で習ったことがこんなにすぐに役立つとは思っても見なかった。

 

「今日は遅かったねー、どこまで行ってたの?」

母親のその言葉に、おばちゃんと話していたら長くなったともらった黒飴を見せながら少女は説明した。

 

 

豚まんを食べたことは少女とエンティティ様だけの秘密だ。

 

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