エンティティ様といく!   作:あれなん

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〖10〗 半夏生 

 

2018年7月5日、虎杖は死んだ。正しくは一度死んだが生き返った。息を吹き返したとき、高専の解剖台の上に全裸で寝かされており、メスを持ち嬉々としている家入と目が合った。険しい顔で話し込んでいる五条と夏油に手を振ると鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。早速クラスメイトの2人に自身の無事を伝えようと意気揚々としている虎杖に、五条はサプライズを提案する。夏油がそれを夜蛾に念の為に伝えようとするが、上層部の目を誤魔化す必要があると説得され、ちょっと考えた後スマホの電話帳の画面を閉じた。

教師となった今では夜蛾と共に五条のストッパーと後始末をすることが多い夏油だが、高専時代には五条と共に担任の夜蛾の体重を2ヶ月で12㎏落とさせた実績がある。決して夏油が高専時代から成長していないというわけではない。ただ、男はいつまでも少年の心を持っているというだけだ。

 

結果として、虎杖は9月にある姉妹校との交流会まで死んだふりを続け、その間五条と夏油によって特訓をすることになった。

 

 

 

 

 

「…びわ狩り2600円、びわソフト400円……今日のところはびわソフトで…」

 

流石に財布の9割を一気に失うわけにはいかない。これにはエンティティ様も同意してくれた。そこはとみうら枇杷倶楽部という千葉県内にある道の駅だ。千葉と聞くとチーバくんと落花生を想像するが、るるぶに富浦のびわは皇室へ献上されたことのある名産品だと載っており、それなら食べてみようと訪れていた。

 

道の駅の中にはびわカレーから始まり、びわゼリーにびわボディークリームなど様々な商品が並んでいる。少女が選んだ、びわソフトクリームはイチオシらしい。お金と引き換えに受け取ったびわソフトはクリーム色をしている。一口食べるとミルクの後からびわの風味が追いかけてくる。ミルクが勝ちすぎることもなく、びわの繊細でさわやかな甘みと香りをうまく引き立たせている。研究に研究を重ねた結果生まれた商品らしい。さっぱりとしており、いくらでも食べられそうだ。

 

少女とエンティティ様はびわソフトをぺろっと平らげるともう一つの目的地、鋸山の地獄のぞきに向かった。そこは鋸山日本寺の境内にある絶景スポットとして有名な場所だ。以前からこの場所のことは知っていたがエンティティ様から許可が下りず来ることができなかった。

その発端は、愛媛県今治市にあった滑り台だ。テレビで日本一危ない滑り台と紹介されており、小学校低学年の時にエンティティ様に連れていってもらった。1度滑ったところその吹っ飛び具合にエンティティ様がびっくりし、その滑り台を含め、他の危なそうなところもまとめて禁止されてしまったのだ。エンティティ様のご飯を探しに行っている時点で危ないと思うが、それとこれとは別の話らしい。高校生になってやっとエンティティ様のお許しが出たため少女は思う存分楽しんでいる。因みに滑り台はエンティティ様の禁止解除されるのを待っている間に、滑り台自体が撤去されてしまったため再チャレンジは叶わなかった。

 

地獄のぞきに向かうまでの道にある岩肌には人の手で切り取られた跡が今もなお残されている。道中にある百尺観音は中東の遺跡のように岩をくりぬかれて作られており、下から見上げると迫力がある。石切り場跡は先人の知恵の凄さを体感でき、海外からの観光客に人気らしい。

 

「――怖ッ!」

 

高い所が嫌いではない少女もこれにはちょっと足を竦ませる。それは少女だけでなくへっぴり腰になっている大人や悲鳴を上げている子どもも多い。鋸山の尾根にある展望台は突出しており、真下をのぞくと宙に浮いているようにも思えてスリル満点だ。これが通称地獄のぞきである。しかし怖いだけではない。遠くまで続く地平線と青々とした山々は美しく、東京湾に三浦半島、そして目を細めれば遠くには富士山まで望めた。

 

 

 

 

専門家ともいえる呪術師や呪詛師が作り出した呪物と素人が作った呪物。もちろん威力なら術師の方に軍配が上がる。しかし厄介さで比較するならば素人の方が何倍も大変なことが多い。術師は自身が制御できる範囲の中で生み出す。もちろん例外もあるが、それに対応することになったとしても”蛇の道は蛇”のため大体見当が付く。毒物を作った科学者が解毒薬も合わせて作るように、緊急時に備えている場合も多い。

しかしそれが素人なら術師が絶対にしないであろうことさえ平気で行ってしまうのだ。もしもの時に備えることすらしない。自身が無事であることや制御しようとは、はなから考えていない。だからこそ当たり外れはあるが、厄介で漆を何度も塗り重ねたような呪いであったり予測不可能な動きをすることがある。それらの呪物は周囲への影響も甚大で単純に壊すことも難しい。大抵そのようなものは呪いが弱まるまで保管しその後処置するのが通常の対応だ。それを生業にしている家もある。

 

そういった家々が襲撃を受けた事件は呪術界に瞬く間に広まり緊張を齎した。中には1級呪物や未確認の特級呪物もいくつかあった。その事件には複数の呪詛師や呪霊が関わっていた形跡が残されており、高専や呪術界はそれら呪物の回収に奔走することとなる。

 

男たちは車で山道を走っていた。”たち”といっても呪詛師が1人、呪霊が1体いるだけだ。依頼人から呪霊と行動するように言われたときには気が乗らなかったが、あちらも同様なようだ。男としては金さえ貰えればどうでもよかった。2級以下の呪物は山分けすることになっているのも男がこの任務を受けた理由でもある。

ある家で呪物を強奪した後、一時的に別れ、山荘で落ち合う手筈になっていた。男たちがついたときにはひっそりと静まっており、首を傾げる。他の者が乗ってきたバイクや車が山荘の前に停められていた。エントランスは薄暗く、どこか埃と錆の臭いがした。昔は富裕層向けオーベルジュとして営業していたらしいがその面影はない。

 

ドアを開け、仲間を呼ぶが明かりさえつけらていない。呼びかけても男の声が暗闇に吸い込まれていくだけだった。微かな明かりが奥に見えた。男はそこに向かって進む。床に敷かれている緋色の絨毯が男の足音を吸い込んでいく。

明かりを取るため呪霊に扉を開けさせていたが、大きな音を立て閉まる。一気に闇に包まれ、一瞬呪霊の叫び声が聞こえた。呪霊でも暗闇が苦手なやつもいるんだなと男は気にも留めていなかった。

 

微かな光の正体は部屋から漏れた明かりだった。その部屋に皆集まっているのかもしれない。僅かに開いていた扉を大きく開け放つ。声を掛けようとして息を飲んだ。一枚板のダイニングテーブルや壁紙、調度品は赤に塗れ、緋色の絨毯をさらに濃く見せた。呻きが耳に届き、テーブルの向こう側に同じ仕事を受けた呪詛師が転がっている。服が吸収しきれなかった血を絨毯が吸い取っていた。床に転がっている男はまだ薄らと意識があり、ゆっくりと瞼を動かしている。何があったのか聞くため身体を揺すると視線が男に向く。しかしその目は男を捉えず、男の後ろで止まった。身体が大きく戦慄く。男は咄嗟にテーブルを飛び越えた。

刃が男の脇腹を掠る。切られたところが熱くなった。動揺が隠せない。気配は一切なく、真後ろにいたことさえ気が付かなかった。飛び越える際にテーブルに在った灰皿やウイスキーボトル、グラスを巻き込み、床に散乱する。

 

包丁を持つ男はマスクをつけており表情は読めない。掠っただけだと思っていた傷は思いのほか深く、足まで血が垂れてきた。エントランスに続く扉は男の方が近い。エントランスにはここまで一緒に来た呪霊がいるはずだ。頼りないが2対1ならまだ分があるだろう。床に転がる灰皿を足で引っ掻け包丁を持つ男にぶつける。それと同時に男はエントランスに飛び出した。相変わらずの暗さだ。出口の方向はわかっている。その方向に駆けると何かを踏む。怪我を負っている今、その衝撃はバランスを崩すのに十分だった。傷を庇い肩を床に打ち付ける。絨毯が敷かれた床は音は吸収したが痛みまでは軽減してくれなかった。何かが右手に触れる。特徴的な形状をしているそれはまだ微かに動いている。絨毯は仄かに温かな液体で濡れていた。それに気を取られたのは一瞬だ。体勢を立て直そうとする男の肩に深々と包丁が刺さる。一瞬の冷たさを感じた後、そこだけ炙られているように熱い。包丁を持つ男は刺さるそれを抜こうとするが、男は両手で掴み必死に止めた。失血死するわけにはいかない。包丁を持つ男は苛立ちを覚えたようで奥に押し込もうと更に力を加える。それは周囲の肉も巻き込み、傷を抉った。その痛みにただ歯を食いしばる。

逃げようと、手を出口に伸ばす。すると扉が開き、少女が顔を覗かせた。男たちの姿を捉えると脂汗をかいている男に訊く。

 

「ねぇ、おじさん。おじさんは悪い人?」

 

男の口から殺しきれなかった叫び声が漏れた。

 

 




愛媛県今治市の滑り台
https://youtu.be/IbwXk5nhzXE
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