エンティティ様といく!   作:あれなん

44 / 59
〖13〗大雨時行

 

 

「―――ウッザ!」

 

術式の訓練後五条は菜々子にいつものように絡み、拒絶の言葉を吐かれた。

 

「菜々子言葉遣い。悟も煽らない」

 

夏油に注意されぶすくれる菜々子に対して、五条は無罪を主張する。

 

「僕は生徒と円滑なコミュニケーションを取ろうとしてるだけだろ。煽るなんて人聞きの悪いこというなよ」

 

「とってつけたような理由ですね…」

 

五条の言葉の感想を吉野が呟いた。五条は耳聡くそれを拾う。

 

「だーかーらぁ、例えば、腹痛くなったら自分で状態を判断して病院行こうとか薬を誰かに買ってきてもらおうとする。症状によっては救急車呼ぶことだってある。まさか、ただ腹痛いって言うだけじゃないだろ?」

 

その五条の言葉に吉野は鳥刺し事件の夜を思い出していた。寮中が阿鼻叫喚、まさに地獄絵図だった。男子トイレの数少ない個室は全て埋まり、途中の廊下には堪え切れなかった誰かの吐瀉物が点々と残されていた。家入の反転術式でも食中毒はどうにもならず、症状が特に深刻だった吉野を含む数名の生徒は片手に吐瀉物用の袋を握りしめ深夜に夜蛾の運転する車で救急病院に向かった。

五条はわかりやすく説明するため腹痛を例として出したのかもしれないが、耳を傾けていた他の生徒たちの額に青筋が浮かんでいる。あの地獄を経験した者でないとこの怒りはわからない。経験したことのない腹痛にどうしようこうしようなど考える余裕さえなく、皆パニックに陥っていたのだ。吉野は怒りを覚えるよりも五条は無意識のうちに人を苛立たせる天才なのだと感動していた。

 

「でね、”ウザい”っていうは”腹が痛い”って言ってるのと同じ。その次どうしたいのか、どう思ってるのかを僕は聞きたいんだよ。他の術師と任務受けるときだって自分がどうしたいかをちゃんといえないと死ぬ確率だってぐっと上がる。

まぁつまり、”ウザい”なんてぼんやりした一言で済ませて自分の殻に籠ってる奴より自分の考えどころか性癖すら晒け出して風俗レポ書き散らかしてる奴の方がまだ信頼できるってこと。だってちゃんと外に出してんだもん。

…………あ、ごめん言葉の綾だから。自分の意見を言語化できるかってことで、そういう意味じゃないから。セクハラで訴えるのは勘弁してこの通り謝るから」

 

呪術関係の”やらかし”は慣れっこの五条でもセクハラで教育委員会に訴えられるのは流石に困るらしい。もしくは夜蛾に”次はない”と最終通告を受けているからかもしれない。夏油に「さっきのぎりぎりセクハラじゃないだろ!?いけるよね!?大丈夫だよね!?」としきりに確認をしてるがギリギリのところを攻めようとすること自体がおかしいことに気が付いていない。

 

地獄に落ちろとばかりに五条に向かって中指を立てる菜々子と美々子を諌めつつ夏油は溜め息を吐く。昨日の交流会の打合せの際に京都校の生徒たちから少しばかり揉まれた(・・・・)と聞いている。そのためかいつもより空気がピリピリとしており、生徒たちは、特に恵と野薔薇は真剣に体術や術式の訓練に励んでいる。2年生が大所帯のため1年生の2人は交流会は見学予定だが、呪術師という職業上鍛えていて無駄になることは決してない。また、急な任務などで2年生が抜けたときの補欠として参加する可能性もある。

 

「そう言えば、順平と憂太ってこの前任務であの子にあったんだったよね。報告書には”対象者と遭遇。目的の呪霊祓い済み。”としか書いてなかったけどどうしたの」

 

五条に突然話を振られ、吉野がため息を吐く。夏油もそれは気になっていた。乙骨も吉野もいつもA4の報告書に任務の詳細を書き提出しているのだが、先日提出された報告書は2人とも死にかけのミミズが這ったような弱々しい字で一言二言書いているだけであった。

 

「大変でした…」

 

「?、何があったんだい」

 

「あの子に僕が里香ちゃんを見捨てた浮気者だと勘違いされたんです」

 

乙骨の言葉に五条は腹を抱えて笑いだした。

 

 

 

 

 

 

女は大学で映画サークルに入っていた。映画を観て演出を学ぶという建前でだらだらと映画を観ながらアルバイトや次の講義まで時間潰しをしている者が大半だ。今年部長となった者は意欲的で自分たちで映画を撮ってみたいと言い、暇を持て余していた女はそれに賛成した。大学生の夏はバイトに明け暮れる者や短期留学やインターンに行く者もいれば女のように退屈している者もいた。

 

部長から祖父が危篤で今日撮影場所の確認に行けないという連絡が入ったのは、女が集合場所についてすぐのことだ。また別の日にしようと言われたが、ここまで来たのだから写真撮ってきますと返事をした。

 

スマホで先ほど撮った場所を確認していた。ここで撮影するならライトは2つは必要かもしれない。その場所は神隠しホテルとして有名な場所だった。むしろ有名になりすぎて暴走族や不良のたまり場になっていたらしく、 建物のほとんどの壁に様々な色のスプレーで落書きが残され、床は泥がこびり付き、元の色さえわからない。らせん階段だけが唯一その場所がホテルであったことを想起させた。

 

饐えた臭いが鼻を掠める。顔を上げると顔があった。猿のように全身を長い毛が覆い隠す。唯一毛が無い顔は、皮膚は弛み眼光は炯々している。大猿は身を屈め真上から女の顔を覗き込んでる。見開かれた目玉に女自身の強張った顔が映っている。大猿は唇が捲れるほど大きく笑いだした。引き笑いのような独特な声だ。目の前の大猿が笑うたび、大猿の息が女の前髪を揺らす。その血腥さに息を詰めた。

 

身体は強張り、女の足は凍りついたように微動だにしない。大猿の笑い声は更に大きくなり建物の壁に反響する。唇は目玉につきそうなほど捲り上がっていた。

 

遠くで何度か何かがぶつかる音が聴こえる。次の瞬間には何者かが大猿に衝突した。その者が振りかぶった杖は大猿の目玉に突き刺さり、女の顔にどろりとしたものが降ってきた。叫び出しそうになるが喉はからからに枯れて、空気だけが通る。硝子製の何かが床に転がる。その硬質な音に弾かれ、ぎこちなく足を動かした。背後からは大猿の絶叫が聞こえていた。

 

女が咄嗟に駆けこんだのは客室だ。立てつけが悪い木製の扉を必死に閉め部屋の隅に座り込み息を殺した。大猿のものだとわかる怒りに満ちた声と硬い物に衝突している空気の揺れ、そして時折誰かのひび割れたような声が聞こえた。

 

建物中を震わせるような怒号が聞こえた後、一切の音が止む。女は扉ににじり寄り隙間から様子を窺う。大猿は床に倒れていた。まだ手足は細かく痙攣している。杖を手に持つ者がそれを見下ろしていた。深く被ったフードの中が見える。麻布から覗くその目は煌々と光り、口からは何かが垂れ、到底人間のものとは思えなかった。

 

ひきつけを起こしそうになるのを女は懸命に抑えた。扉から蛞蝓が這うような速度で離れる。扉の向こうからは何かを引き摺って行く音が聞こえた。

 

 

 

 

 

夏になれば持ちだされる”山か海、行くならどっち?”という話題はきのこたけのこ戦争のように終わりがない。実際に行くかどうかは別として外に遊びに行きたいと思う者が多いことには違いはなく、少女もその中の1人だった。

 

実は少女は泳ぎが得意だ。エンティティ様と出会ってすぐ、まだ泳ぐこともできないくせに海に突進していく少女を見て、エンティティ様は危機感を持ち、少女はエンティティ様による指導を受けた。それ以降、夏が来るたびどこの海に行こうかそれとも川にしようかと楽しみにするようになった。

しかし高校生になって少女の夏休みは変化する。エンティティ様の努力によって補習は免れたが、それでもどんと宿題が出されている。数学の問題集は国語辞典にも勝てそうなほどの分厚さで、角で殴れば立派な鈍器になりそうだ。エンティティ様は隙を見つけては答えを丸写ししようとする少女に自力で解かせるため、解答集の没収をした。

これまで夏休み最終日になると半泣きの少女に日記や読書感想文を書かせながら、少女が小学生の時には自由研究の画用紙に手心を加えつつ色を塗るという作業をエンティティ様は行っており、それは一種の風物詩と化していた。

高校の課題は小中学校のように夏休みの最終日に詰め込んでなんとかなる量ではなく、また夏休み明けにはちゃんと宿題をしていたかどうか確かめるためのテストが待ち構えている。だからこそエンティティ様は1日数学の問題集何ページ、英語は何ページというようにノルマを立て、少女に少しずつやらさせることにした。

 

その日は、今日のノルマも昨日まとめて終わらせたから、と少女はエンティティ様に胸を張って主張し無事に目的地まで連れてきてもらっていた。

 

「水がうまーい!」

 

富山県黒部市と聞くと黒部峡谷や黒部ダムを連想する者が多く、山に囲まれた市だと思ってしまうがそうではない。黒部市は水の王国とも呼ばれており、北アルプスの山々から流れた水が黒部川を通り、地下水となりあちこちで清らかな湧き水となって地表に出ている。

黒部市では約750か所の自噴井戸がある。特に生地(いくじ)地区は黒部川が日本海に流れ込む扇状地にある漁師の町だが面白いことに海が近いにも関わらず生地地区だけでも20か所の湧水スポットが存在している。

日本名水百選にも選ばれる湧水がいくつもあり、その清らかさは折り紙つきだ。この湧き出す水は清水(しょうず)と呼ばれ、年間を通して11℃程度を保つ。夏場でも冷たく、水質や味わいがそれぞれ異なり、塩気があるものや口当たりが柔らかいものなど様々で、好みの水を探してもいいだろう。

 

”絹の清水”と呼ばれる場所では江戸時代、隣にあった豆腐屋がこの水を使い豆腐を作ったところ絹のようになめらかな豆腐ができたことからその名が付けられたらしい。この絹の清水のように他の場所にも名前が付いている。殿様清水は殿様がそこの水を気に入り飲んでいたことから名づけられ、弘法の清水は弘法大師、つまりは空海が錫杖で突くとその場所から清水が湧き出たという言い伝えから名付けられた。

 

「ここの水もおいしい!」

 

他にも家と家との細い隙間に湧き出しているところやお寺の境内でひっそりと湧き出ている場所もある。湧き出る水は汲んでもいいため、少女も有り難く汲ませてもらった。ペットボトルに汲んだ水を楽しみながら街を散策するのも宝探しのようで楽しい。また地元の人も温かく、洗濯や野菜を洗っている近くで少女が水を汲んでいると話に花が咲いた。

 

「これが所謂水っ腹……」

 

少女とエンティティ様は勧められるがまま清水を飲みまくった。浴びるように飲んだといっても過言ではない。湧き出している場所には立派な建物が建っているわけではない。むしろ屋根さえなく雨ざらしの場所だってある。しかしヤカンや西瓜が浸され冷やされていたりや子供が水遊びしていたりと、生活に根付き、何百年も大切にされてきたのだとわかる。るるぶに載っているような観光地を見て回るのも面白いがこうしてベンチに腰掛け街並みを眺めたり、近隣の人の話や水の流れる音に耳を傾けてゆったりとした時間を過ごすのも十分楽しい。

 

話しついでに地元の人に美味しい物を聞く。鱒寿司、ホタルイカ、白えびなどいくつも名産品の名前が飛び出す。昆布もおいしい、とろろ昆布おにぎりは作るのが簡単でおすすめと言われ作り方をしっかりと聞いておいた。更に甘い物でおすすめはないかと聞くと水だんごという名前が返ってくる。

 

「水だんご?」

 

一瞬小学生の時にした化学の実験を思い出すが、それは富山県東部の夏の風物詩といっても過言ではない食べ物のことらしい。ちょっと離れているところにあるお店というが少女たちにとっては全く問題ない。

話を聞かせてくれた人たちに礼を告げ、早速移動すると老若男女問わず多くの人がおり皆美味しそうに何かを食べているのが目に映った。

 

元々昔から黒部では夏になるとだんごを各家庭で作っており、清水の冷たい水で冷やして食べていたため”水だんご”と呼ばれるようになったらしい。1959年に河田屋という店が夏限定の商品として水だんごを販売するようになるとその美味しさはすぐに広まり、たちまち人気商品となった。河田屋が2012年に閉店し一時期幻のソウルフードとなったが、河田屋に粉を卸していた藤吉が河田屋の水だんごの製法などを受け継ぎソウルフードが復活を遂げた。

 

注文した水だんごが手に届くと少女はその色に驚いた。だんごが想像以上にたくさん入っていることにもだが、上にかけられている粉が黄緑色なのだ。聞くところによると青大豆を挽いて作った青大豆きな粉を使用しているため、普通のきな粉よりも緑がかっているらしい。

青大豆きな粉だけを口に含むと普通のきな粉にはない爽やかさがありどこか甘じょっぱい。きな粉とは一味も二味も違う味に目を見張る。

だんごの材料は富山県産コシヒカリの米粉、北海道産片栗粉、湧き出るおいしい水だけを使用していて、形はまんまるではなく少し楕円形をしている。

だんごはお餅とも一般的なお団子とも違う柔らかさがある。人気商品になったのも納得だ。ふんわりもっちりとしつつ、つるりとした食感もあり夏にぴったりだ。そのだんごに更に甘じょっぱい青大豆きな粉がたっぷりかかっているとたまらない。

 

「……ソフトクリームだと…!」

 

水だんごを目当てに訪れていたため見落としていたが、ソフトクリームと水だんご、さらにはコーンフレークもついた水だんごパフェもあったらしい。水だんごだけでも十分おいしい。しかしソフトクリームに青大豆きな粉の甘じょっぱさが加わるならおいしいに決まっている。

 

「……エンティティ様まだ食べれる?」

 

エンティティ様は元気よく返事する。

少女はいそいそと財布を取り出した。

 

 

 

 





【とろろ昆布おにぎりの作り方】
<材料>
・ご飯  好きなだけ
・塩   少々
・とろろ昆布 適量

<作り方>
1. ラップを大きめに広げて、とろろ昆布を敷く
2. 1の上に塩むすびをのせ、ふんわりと包む

(固く握りすぎるととろろ昆布がふわふわにならないので注意)
(中に梅や鮭、肉味噌を入れてもあう。刻んだ大葉とゆかりとごまで混ぜご飯を作ってとろろ昆布で包んでもおいしい)


※水だんごの青きな粉はきな粉を着色したものと青大豆を挽いた青大豆きな粉の2種類を販売しているようなのでご購入の際はご注意ください
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。