エンティティ様といく!   作:あれなん

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〖15〗寒蝉鳴

 

 

家の畑からこっそり採ってきた胡瓜に金山寺味噌をつけて齧る。

もろみ味噌の一種でもあり、瓜やナス、シソなどの具が沢山入っていることが金山寺味噌の特徴だ。具が入っているため、ほかほかの白御飯の上に載せたり、酒の肴にしてもおいしい。

千葉県や静岡県などでも生産されているが、少女たちが食べているのは和歌山のものだった。畑で採れた胡瓜は形は歪だが新鮮さは抜群で事前に胡瓜を水で冷やしておき、金山寺味噌をちょっとつけるといいおやつになる。少女とエンティティ様はそれらにかぶりつきよく小腹を満たした。7月に買った味噌だが、8月も半ばになる頃には入れ物にはもうほとんど残っていない。少女がまた買いに行かないととぼやき、豆腐に金山寺味噌を掛けて食べるのがマイブームになっているエンティティ様も同意した。

 

スーパーに立ち寄った後、どこか景色のいいところに行こうと話し合う。しかし夏休み真っ盛りの今の時期では真っ白な砂浜が広がる白良浜もアドベンチャーワールドも人が多いだろう。

 

エンティティ様のチョイスで着いた場所には煉瓦が敷き詰められた道があった。看板を見ると深山第一砲台跡公園と書かれている。

説明によると、この深山第一砲台は由良地区、友ヶ島地区、加太・深山地区そして鳴門地区の4地区で成り立っていた大日本帝国陸軍の要塞である由良要塞の1つらしい。終戦後、大半は解体されたが、この深山第一砲台跡のように良好な状態で残されているところもある。

 

遊歩道の両端には木々が生い茂り、重なり合う葉の間から木漏れ日が差し込む。少し進むと煉瓦でできたアーチトンネルと地下へ下りる階段が現れた。説明によると歩いてきた遊歩道もトンネルも1892年に着工され、1945年まで実際に使用されていたものらしい。綿密に煉瓦で造られた建造物は当時の職人の技が光る。

地下に続く階段を下りると部屋がいくつかあった。当時は弾薬庫だったらしい。時が止まったかのように静かで真夏でもひんやりとしている。日が差し込まないため暗く携帯のライトでは太刀打ちできず、エンティティ様にライトを貸してもらった。未だに残されている砲台跡や弾薬庫跡にどことなくラピュタを感じる。

 

更に進むと展望広場に着き、友ヶ島や瀬戸内海、明石海峡大橋もよく見えた。先ほどまで地下室や木々に囲まれた道を歩いていたため解放感もひとしおだ。青々とした海を眺めつつ、東屋のベンチに腰を下ろし買ったものを取り出す。

 

白と緑の包装にアヒルの絵が描かれている。包装を開けると中にはコーンに覆われたアイスがある。それは和歌山県のスーパーでよく取り扱われているグリーンソフトというアイスだ。

 

1日1アイスの誓いを立てておりタイミングが悪く今まで買えなかったが、今日こそは、と手に取った。少し小さめなのも今まで手が伸びなかった理由の1つでもある。慎重に上に被せられたコーンでできた蓋を外すとよく見る抹茶ソフトクリームの形になった。スーパーで買った時にはカチカチに凍っていたが少し時間が経ちいい具合に柔らかくなっている。

このグリーンソフトを販売している玉林園は1854年創業のお茶専門店らしい。夏になると売り上げが落ちる茶葉をどうにかしようと1958年に抹茶が入ったアイスを発明した。世界初の抹茶アイスの誕生だ。

 

今も国産の茶葉を100%使用し、大量生産ができる粉砕機を使用せず、品質を落とさないように石臼で丁寧に抹茶を挽いている。そのため他の抹茶アイスよりもグリーンソフトに使われる抹茶は粒子が細かく舌触りが滑らかになるらしい。

一口食べると一気に清々しい風味が広がる。苦みや雑味がなく甘ったるさは一切ない。むしろ爽やかさが残るのも人気の理由かもしれない。抹茶が苦手でもこのアイスだけは食べられるという人は多いらしい。少女もエンティティ様もぺろっと平らげ、大きさで買うかどうか判断するのはやめようと話し合った。

 

 

 

 

 

 

陀艮は人々の海への恐れから生まれた呪霊だ。まだ呪胎と呼ばれる形で完全な姿ではないがそこいらの呪術師には決して太刀打ちはできないほどの力を持っている。海近くのこの屋敷は陀艮のお気に入りだった。陀艮にとって海や生得領域の中が本宅ならばこの屋敷は別荘と言えるだろう。海に浸かることはもちろん好きだが、時折この屋敷のプールに浸かりながら、青々とした海に日の光が反射しきらきらと輝いているのを見るのも好きだった。

 

「わぁ、あれって妖怪?ちょっと捕まえてみようよ!」

 

人間の声が聞こえる。プールの水面に顔を出している陀艮のことを言っているのかは定かではないが邪魔ならばいつものように殺せばいい。実際この屋敷の住人も運の悪い訪問者もそうしてきた。

 

プールから上がろうとした瞬間、邪悪な嗤い声が響いた。振り下ろされる棒をギリギリのところで躱す。一瞬で状況を理解した陀艮は水中に潜った。どうやら観光客ではなく陀艮を祓いにきた者らしい。流石に水の中で縦横無尽に動く陀艮にはなかなか攻撃を中てることができないだろう。その隙に食ってしまえばそれで終いだ。呪胎とはいえ並の呪術師など敵ではない。

 

風とは違う何かが広いプールの水面を揺らす。敵から距離を取り、プールの底すれすれを泳ぐ陀艮にもそれは感じ取れた。理解できたときにはすべてが遅かった。稲妻が走ったかのような痛みが全身を駆け抜ける。

 

元々綺麗とは言えなかったプールの水に色が付いている。殴りつけられた箇所からは止めどなく血が流れ出た。身体がばらばらになるかと思うほど痺れ、手足の感覚が無くなっていたところを殴られプールサイドに引き摺り出されたのだ。近づいてくる男に喰らいついてやろうとするがそれも叶わない。

つるりと張りがあった皮膚は焼け爛れ収縮し、裂けたところから血が滲む。大樹が枝を大きく伸ばしたような火傷が体中に走っていた。幾度も放たれた電流で脚先は焦げ付き、黒く丸まっている。陀艮には無尽蔵ともいえる呪力があった。しかし呪霊としては経験不足で、時間を置かず流される電流に逃げることさえできない。

 

「なんか思ってたのと違うけど……まぁいいか」

 

陀艮は特級呪霊だ。人間だって山ほど殺し食ってきた。それなのに今は人間に追いつめられ、無様にプールサイドで横たわっている。なんとみじめなことだろう。陀艮に優しくしてくれた他の呪霊たちを思い出し、ほろりと雫がこぼれ落ちた。

 

「……エンティティ様、この子飼いたい!」

 

そう人間が口にするとその影から蜘蛛のような脚が瞬時に出、ばつ印を作った。ちゃんとお世話するからと続ける人間に脚は猛反対する。それでもまだ人間は食い下がった。別の影から今のうちにさっさと消え失せろとばかりに脚で指示され、陀艮は海に向かって懸命に身を引き摺った。

 

浜辺に着いた頃には身体中、どこもかしこも焼けるように熱く、倒れ込むように海の底に身を沈める。じっと回復に専念した。海の底は酷く静かで、夥しい数の魚の群れや滑らかに泳ぐ鮫をただひたすら眺める。動けるまでになると覚束ない足取りで普段の数倍の時間を掛けいつもの集合場所に足を向けた。

 

「……陀艮!どうしたその姿は!」

 

呪霊仲間でありいつも陀艮に厳しい漏瑚がそう声をかけてくるのが視界に映り今度は安堵から涙を溢した。

 

 

 

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