エンティティ様といく!   作:あれなん

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【5】ナース 

少女は長野にいた。家族旅行というやつだったが、父親が旅行の数日前にぎっくり腰を発症したため、今回は急遽長野市に住む伯母を呼び、母親と少女、伯母の女3人旅となった。急に呼んだにも関わらず丁寧なことに叔母は観光地を案内してくれるという。

 

2泊3日で寺社仏閣好きな母親が旅を計画したためか、1日目は別所温泉の旅館に泊まり周辺にある常楽寺などを観光。2日目には長野駅近くのホテルへ移動、善光寺をお参りするらしい。随分と渋いチョイスではあるが、少女はそこまで気にはしていない。むしろ郷土食に興味津々であった。

旅館の部屋にもてなしとして置かれていたみすゞ飴は「飴」とついてはいるが柔らかいゼリー菓子で葡萄味、さんぽうかん味、桃味と様々で口に含めば濃厚なジャムのように風味が広がった。

蕎麦もスーパーで一袋100円以下程で買えるようなものとは全く違った。蕎麦一本一本に弾力があり、つゆをつけなくとも繊細な蕎麦の風味が感じられる逸品だ。

また、つゆも普通の蕎麦つゆだけでなく、くるみだれというものも用意されておりくるみを磨り潰したものを蕎麦つゆに混ぜただけのものではあるがくるみのまろやかさがプラスされ、母親に止められなければいくらでも食べていた。

 

常楽寺からは街を見下ろすことができた。伯母の説明では常楽寺の北向観音と明日いく善光寺を両方お参りするといいらしい。神社と寺の違いもまだ分かっていない少女はこれからもお腹いっぱいおいしいものを食べられますようにということと、自身とエンティティ様の健康をお願いしておいた。

 

 

伯母の運転で長野市に移動する途中にたまたま立ち寄ったスーパーで少女は狂喜乱舞した。

見たことのないおいしそうなものがある!

牛乳パンにたまごパン、旅館で食べたみすゞ飴やおやきにくるみ菓子。この時は折角の旅行だからと母親が払ってくれた。おかげで少女が背負ったリュックははち切れそうだ。水分補給がいつでもできるようにと水筒も斜め掛けにして持っている。

 

2日目の善光寺は昨日お参りした常楽寺とは全く違っていた。寺の前には仲見世通りという店が立ち並んだ通りがあり、石畳が敷き詰められているところもある。

善光寺は広大な敷地を有しており、境内には本堂の他にも史料館などの建物がある。本堂は少女たちの他にも人が多くいたが、少し暗く、しんとした空気が満ちている。

お参りした後、伯母が言う。

 

「ねえ、お戒壇(かいだん)巡りしてみない?」

「?」

「真っ暗の道をずっと歩いて行って途中にある錠前に触れるといいんだって!」

叔母もまだしたことはないらしい。折角の旅行だからと試してみることにした。

 

注意書きには携帯のライトなどは使わないこと。途中でリタイアはできないことなどが記載されていた。

 

階段を下り中に入ると手元すら見ることができない本当の真っ暗だった。手のひらを目の前で振ってみてもわからない。目を開けているのに瞼を閉じている程の暗さだった。

入口から出口までは一本の鎖が引かれている。普段目にするものよりもずっと大きく、少女は鎖に触りながら反対の手では前を歩く母親の服を掴んでいた。

 

お戒壇巡りに参加した人たちの声が響く。皆、暗闇への恐怖からなのか自然と話し声が大きくなった。ぼんやり歩いていると何かに当たる。これが錠前か。とりあえず意味はわからないが先ほど耳にした言葉を願っておく。

 

しょうばいはんじょう! ひっしょうじょうじゅ!

 

 

 

 

 

善光寺をお参りした後、カフェでお茶をする。母親と伯母は話に花が咲いている。カフェ名物のモンブランを食べ終えた少女は母親に善光寺の中を散歩してくると伝えてひとり店を出た。

 

境内の中でもメインとなる通りを少し離れるとぐっと人通りが少なくなる。腹ごなしがてら少女はずんずんと進んだ。

 

ふっと空気が変わる。この感覚にはもう慣れっこだ。

 

「エンティティ様、おなかすいたの?」

そうなら緊急事態だ。腹が減っては戦はできぬ。

 

影に話しかけつつそのまま歩く。どうやらこの先に何かあるらしい。

 

見慣れている田んぼやら畑を横目に見るが、ここは少女が住んでいるところよりも随分と田舎のようだ。人はいたが、少女を見ると怪訝な顔で家の中に入っていってしまった。

 

とぼとぼ道を進んでいると道を塞ぐように何人もの人が立っている。手には鍬や鎌があった。

 

「お前、沼の方向からやって来ただろう。お前は人間か」

男に厳しい口調で問いただされる。意味が分からずぽかんとした表情で少女は村人たちをみた。

 

何も答えない少女に焦れたのか男に手を掴まれ引き摺られる。連れてこられたのは古ぼけた蔵だった。埃っぽい中を進まされる。

男が足を止めると少女の背を強く押す。あまりの強さに転んでしまう。

少女が顔を上げると、横には同年代程の女の子が2人隅の方に固まっていた。背を押した男と少女の間には木でできた格子があった。

男は他の村人たちと話している。

 

「しかしいいのか?村長にも言わずこんな勝手なことをして…」

 

「お前の所にも連絡があっただろう!こいつは誰の親族でもない。それにあの誰も近寄らない沼の方向から歩いてきたんだぞ!」

 

「それもそうだが…」

 

「もしその子どもが化け物なら、そいつらを喰らうだろう。手間が省けて一石二鳥だ」

 

少女は男たちの話も聞かず、隅にいる女の子に話しかけていた。

女の子たちの顔や体には青あざや切り傷がいくつもある。よく見ると2人とも同じ顔をしていた。双子だ。

 

「ここの子?」

2人とも小刻みに震えているが、淡い髪色の子が軽く頷いた。

 

「怪我、あの人たちにされたの?」

先程よりも深く首を縦に振った。

 

「そうなんだ」

 

そんな会話をしているうちに男たちの会話はまだ続いている。少女は男たちに告げる。

 

「おじさんたち、悪い人だね」

少女の影からゆっくりと人が現れる。女だ。顔には汚れた白い布が巻かれ表情はわからない。長く白い服には煤と血が至る所についており、手に持つ骨ノコギリは蔵に僅かに差し込む光がそれに当たって反射した。左腕はひび割れており、その隙間から微かに炎が揺らめいている。男たちは現れた人物が異様な格好をしていることもあったが、女が宙に浮いていることにひどく怯えた。

 

男たちが押し合いへし合いで蔵から逃げ出そうとする。格子の中にいる双子は蹲り、女を見ないようにしている。

 

「ナース、おねがいね」

そう少女が言うと、特徴的な金切り声をあげ、格子を一瞬のうちにすり抜けていった。

 

蔵の外からは村人の叫び逃げ惑う声が聴こえる。そんな音に女の子たちは縮みあがっている。

 

「おなかすいてない?わたしお菓子もってるよ」

少女はそう言い、リュックを逆さまにしてその場に広げた。

 

少女は牛乳パンを手に取ると、袋を開けて少女の手のひら2つ分以上もある大きさのパンを3等分にした。

 

「これ、おいしいよ」

そう言いながら無理矢理渡す。女の子たちが受け取ったのを確認すると少女は自分の分を手に取り味わう。

 

双子も恐る恐る一口食べた。食べないと何をされるかわからなかったからだ。しかし思わぬ甘さに目を真ん丸にし、互いに目を合わせる。

雲のようなふわふわの生地にミルククリームがたっぷり挟まれている。こんなに甘くおいしいものは今まで口にしたことがなく、必死に口に詰め込んだ。まだ今日の分のご飯がもらえておらず、お腹がすいていたことも要因だった。急いで食べたからだろうか喉に詰まりそうになる。横からコップが差し出された。受け取り、慌てて水分で流す。

 

「急いで食べたら喉につまっちゃうよ。そんなにお腹すいてるの?」

その言葉に小さく頷く。

 

「それならこれも食べよう」

そう言って黄色の丸いものがいくつも入った袋や御菓子の袋を次々に開けていく。どの御菓子も優しい甘さだ。

 

食べ終える頃には、蔵の外は静かになっていた。

格子の中に影が差す。格子の外には骨ノコギリを持った女が立っている。双子は再び隅で固まった。

 

「ナース、この鍵、壊せる?」

女の持つ凶器が一閃する。軽い音を立てて錠は床に落ちた。

 

「もうそろそろ帰らないと怒られちゃうかも」

そう言い少女は格子の外に出る。凶器を持った女は溶けるように消えた。来たときのようにリュックを背負うと振り返って2人に告げる。

 

「開けとくから、出たい時に出たらいいよ」

 

帰り道、誰もいない村の中を少女はひとり歩く。随分とリュックは軽くなってしまったが、自分も3分の1は食べたので後悔はなかった。少しだけ余った色とりどりのゼリー菓子をエンティティ様にあげる。

 

 

来たときと同じ感覚を覚える。周りを見渡すと善光寺だった。

時間はもう1時間も経過していた。母親たちがお茶をしていたカフェに向かうと丁度店から出てきたところのようであった。

 

「ちょうど探しに行こうとしてたのよ」

なかなか戻ってこないため心配だったのか母親が言う。

 

「境内の中にずっといたの?」

伯母の質問に少女は頷いた。

 

「女の子たちとね、スーパーで買ったお菓子食べてた」

その説明に2人は納得したようだった。

 

「ちょっと早いけどホテル行こう!今日の夕飯はバイキングだから楽しみね」

 

 

「バイキング!」

蕎麦やおやきはあるだろうか。

少女の頭はもうそのことでいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 捜査報告書

作成日:6月25日 

 

朝倉村集団拉致事件について

捜査日:6月19日

捜査場所:朝倉村

捜査状況:

 6月19日、村に住む女児2名の通報により事件が発覚。各戸内部は荒れており、何者かによる襲撃があったと考えうる。襲撃を受けた際に抵抗したのか血痕が見つかっている。指紋鑑定、足跡鑑定等行うが犯人と思しきものは発見できず。村に唯一続く幹線道路脇のガソリンスタンドの監視カメラを確認したが、その日利用車両なし。

 女児2名は蔵に隠れており、犯人に見つからず無事であった。犯人については目撃していないとのこと。

 

事件の性質より専門家に捜査協力を要請」

 

 

「 捜査報告書

作成日:7月1日

 

朝倉村集団拉致事件について

捜査日:7月1日

捜査場所:朝倉村

捜査状況:

 6月19日、発生した朝倉村集団拉致事件にて被害者と考えられていた成人男性2名が朝倉村の丁字路で倒れているのを捜査中であった巡査が発見。両名に栄養失調等の身体的異常はないが、心神喪失状態であると医師が診断。

 現在中央市総合病院にて入院。医師の報告によると特に夜間、何かから逃げるように部屋を抜け出す行為や窓から身を乗り出そうとする行為が見受けられる。」

 

 

 

「 報告書  

作成日:6月20日 報告者:夜蛾

 

事件発生日:6月19日

詳細:

 朝倉村で呪霊による事件が発生。警察の報告によると集団拉致として捜査しているが住民の生存の可能性は低い。残穢から以前五条、夏油、庵が報告していた特級相当の呪霊と推定。残穢を追ったが途中で途切れており追跡不可。

 唯一の生き残りである女児2名については呪力、術式を持つ可能性があるため高専で保護。」

 

 

「 報告書

作成日:7月1日 作成者:夜蛾

 

事件発生日:7月1日

詳細:

 6月19日呪霊による大量殺人として推定した朝倉村の事件について、村人2名が朝倉村内にて発見された。

 発見された村人2名は現在中央市総合病院に入院。しかし心神喪失状態のため、状況の聞き取りは不可。また身体的には衰弱している様子がないことから領域内あるいは結界などに閉じ込められていた可能性がある。」

 

 

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