三輪はこれはヤバいぞと薄れゆく意識の中で考えていた。
同じ京都校に在籍している真依の双子の姉、真希と戦ったまでは良かったが、真依の「4級だから術師として大したことない」という言葉を鵜呑みにした結果、体術と武術でぼっこぼこにされ持っていた刀も取られてしまった。挙句の果てには、あれほど警戒していた呪言師の狗巻に眠らされる始末だ。
京都に戻ったら真依や加茂に何を言われるかわからない。鴨川沿いに等間隔に並ぶカップルどもを蹴散らしてこいという罰なら喜んでやるが、京都吉兆のおまかせコースを奢れと言われたらコツコツ貯めてきた貯金が吹っ飛ぶかもしれないと心底心配をしていた。そんなことを考えていたからこそ妙な夢を見たのかもしれない。
酷く湿り気を帯びた空気だ。微かに黴臭さを感じた。遠くで葉と葉が擦れ合う音がする。瞼越しにぼんやりと光が見える。天井からは昭和を彷彿とさせる照明器具が垂れ下がっている。LEDに慣れきってしまった目には随分と暗く感じた。寝ころんだまま伸びをすると手に何かが当たる。年季の入った階段箪笥だ。
段々と意識がはっきりしていくと三輪は声を上げた。交流会に参加していたはずだ。存在感がなさ過ぎたのかあるいは役立たず過ぎて見捨てられたのか、どちらにしてもこんなに日が暮れるまで放置されるとは、東京から京都まで歩いて帰れということかもしれない。東京駅から京都駅まで約500㎞、徒歩なら100時間程で着く。
そんなに京都校の皆に嫌われていたのかと三輪の心がささくれ立った。この悲しみは名古屋あたりでひつまぶしを食べなければ癒されないだろう。いや味噌カツも捨てがたい。どう動くにしても夜が明けてからではないと難しい。三輪は諦めて二度寝をすることにした。
瞼を閉じるとすぐに眠気がやってくる。夢とうつつの間を彷徨っていると強く揺さぶられ男と目が合った。さらりとした金髪は男によく似合っている。ぼんやりとした明るさの中でも男の纏った服に白色で描かれているR.P.D.という文字は良く目立った。はっきりとした顔立ちと耳に入ってくる言葉から海外の人だとわかる。東京校ってこんなにグローバルだったっけと焦りが隠せない。
「Hey ! Wake up ! 」
「――やっば!イケメン!………うぅっ、英語…あいきゃんとすぴーくじゃぱにーず…あれ、違う、あいきゃんすぴーくじゃぱにーずおんりー」
「Ah…Okay.」
三輪はあまり英語が得意ではない。三輪の家は家族が多く、勉強している時間があるならアルバイトをして家計の足しにしていた。アルバイト中に海外からの観光客に話しかけられることはあったが、その場のノリと身振り手振りと勢いで何とか乗り切ってきた。英語で話さなければいけないという焦りと光り輝くイケメンを目の前に緊張しおかしなテンションになる。
「How are you ?」
男がゆっくりと区切るように言ってくれる。流石にこれは三輪にもわかった。そして反射的に答える。
「あいむふぁいんせんきゅー!あんじゅー!?」
三輪が半ばやけくそに答えると男は声を潜めて言う。
「Shh…Keep it down, please.」
口に指を当てる仕草はほぼ万国共通だ。そのため声を落とすように言われているのだと三輪にも理解できた。男はそれだけ元気なら問題ないと判断したようだ。男は三輪について来いと言うジェスチャーをする。
三輪がいたのは民家だったらしい。しかし違和感が拭えない。日本建築というより”日本風の建物”といった方が近い。
廊下で何かの機械を触っている人たちがいる。その動きには迷いはなく黙々と手を動かしていた。一層大きな音が響き、明かりが点く。その煌々とした光は機械の傍にいた眼鏡をかけた男性と小柄な女性を照らす。
明かりがついた後ホッと一息つくでもなく、逆に逃げるように走り去っていく。三輪の近くにいた金髪の男も移動しはじめるようだ。男は周囲を警戒しながらゆっくりと歩く。三輪も視線をあちこちに遣るが呪霊の姿はない。硝子が割れる音が進行方向から聞こえた。
「Shit!」
男がそう吐き捨て、別の方向に逃げろとでもいうように三輪の背中を押した。
先ほどいた建物から押し出され、少し離れたところに身を隠してみたがどうすればいいのかわからない。慌てて武器になりそうなものを探すが刀の鞘しか手元になかった。
風が吹く度木々がざわめく。少し状況確認をするため見て回る。民家以外にも奇妙な祭壇、東屋や複数の地蔵があった。呪術師のため気味の悪い場所には慣れているが、何となくおばけなんてないさおばけなんてうそさと頭の中で歌う。足元から上がってくる冷気に身震いした。
突然爆発音が轟く。微かに甲高い悲鳴も聞こえた。気が付けばその悲鳴の方向に走っていた。
三輪がその場所に着くと同時に先ほどの悲鳴など比にもならない絶叫が耳を劈く。その声の持ち主は民家で機械を触っていた女だった。その女の肩にはフックが突き刺さり、足は地から浮いている。フックで全体重を支えているのだ。傷口からは止めどなく滴り落ちる血で水溜りができていた。
「ッ!すとっぷ!ぷりーず!」
三輪が急いでフックから下ろそうと試みるがなぜか吊られている女は大きく身動きし下ろされることを拒絶する。戸惑う三輪の背後で硝子が割れる音が聴こえた。
日々の積み重ねは馬鹿にできない。陰湿な加茂の攻撃で鍛え上げられた反射神経は役に立った。
三輪に向かって振り下ろされた刃を紙一重で避ける。刀の鞘で襲ってきた者の喉を突こうとするが弾かれダメージには繋がらない。吊るされた女の後ろに金髪の男が隠れているのが見えた。襲ってきた着物の女の視線がそちらに向かないように追撃を加える。それに対抗するように刃が三輪を襲う。寸前で刃を受け止めるが鞘が鈍い音を立てて折れた。残骸を女に向かって投げつけ、その場から離れた。案の定女は三輪を追ってきた。その場にあった障害物や板を使いながら攻撃を躱す。窓を飛び越え、草木や岩に身を隠した。
近付いてくる気配に息を殺す。硝子が割れる音が聴こえ隙間から覗くと女が固まっている。戦っているときは気にも留めなかったがまじまじと見ると女はジャパーニーズホラーに出てきそうな見た目をしていた。女が動かないため気が緩んでいた。三輪が先ほどのフックの場所まで移動しようと駆けだすと目の前に先程の女が現れる。
「――ッ!」
「ごめーん凜ちゃん!ちょっとストップ!」
その声に刃の動きがピタリと止まる。声は三輪と女の間から聞こえた。空間が裂け、その隙間から少女が顔を出している。少女の手が伸び三輪の腕を掴んだ。腕を掴む力は強くないが、三輪は掃除機のように吸い込まれる。
「ほんとごめんねー、エンティティ様が間違ってこっちに入れちゃったみたい」
三輪の耳に明るい声が届いた。
「待って!まだ、…まだ人が…!」
金髪の男が目を見張り何かを叫びながら三輪に手を伸ばす。三輪もそれを掴もうとするが手は空を切った。胃を引っ繰り返されているような気持ち悪さが三輪を襲う。視界が暗転した。
自分が発した叫び声が頭の中でまだ反響していた。世界が小刻みに揺れている。自然光が顔に差し込み眩しさから目を細めた。窓の外の景色はまるで飛ぶように流れていく。
「………夢、か…」
「あぁ、三輪、やっと起きたの?」
声の方向に視線を遣ると庵が三輪に顔を向けている。どうやら車の後部座席で寝ていたらしい。身体を起こす。
「先生、これ…どこに行ってるんですか」
ぼんやりとした声で訊くが、次に紡がれた言葉に一気に覚醒する。
「焼肉食べに行くのよ。五条の金でね」
「…焼肉!タダメシ!やったー!」
「メカ丸に御礼言っときなさいよ。あんただけ置いて行ったら絶対に後で文句言うからって真依たちを説得してくれたんだから」
その庵の言葉に身じろぎするように目の端で何かが動く。小さくて気が付かなかったが、後部座席の端にメカ丸が座っていた。メカ丸は傀儡術式で常に人型のロボットを操っている。しかし三輪が寝ている間に何があったのか今はaiboを操作しているようだ。もしかすると交流会で壊れてしまい、東京校から急遽予備のボディを借りたのかもしれない。思わず抱き上げる。
「メカ丸!焼肉!ありがとう!」
「……俺ハ焼肉ジャナイ」