エンティティ様といく!   作:あれなん

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〖20〗玄鳥去

 

 

 

鯉が宙を揺蕩う。実際はそう見えるだけなのだが、夏の厳しさをまだ抱えている陽光もその池の水にぶつかるとたちまち柔らかくなり、ひどく幻想的な景色を作り上げた。水際に立つと水底に落ちた鯉の影まではっきりとわかる。周囲の青々とした木々が競うように水面に映りこむ。池の底から湧き出る水が澄みきっているためこのような景色を作りだせるらしい。少女たちは思わず見蕩れた。

 

その池は出流原弁天池(いずるはらべんてんいけ)と言う名前だ。3分もあれば1周で来てしまうような小さな池だが、多くの人が天候や日の当たり具合によって様々に変化する池の表情を楽しげに眺めている。

実はまんが日本昔ばなしにこの池が登場する話がある。内容としては、出流原弁天池の水がどのようにして湧いたのかという話だが、その話を思い出しながら眺めるとより感慨深さが増すように思えた。

 

池のすぐ後ろの山には神社があり湧水を汲むことも可能だ。他にも釣堀、湧水を使った豆腐屋や軽食を売る店がある。少女は軽食を売る店を覗いた。多くの人が同じものを注文しているため少女もそれに倣う。

手渡されたものを持ち、近くのベンチにいそいそと腰を落ち着ける。纏った衣はこんがりと狐色だ。見た目は串揚げだが、細目のパン粉を使いサクッとした衣、その中にはほくほくのじゃが芋が入っている。揚げたてでじゃが芋も温かい。じゃが芋を蒸しているようで自然な甘味がある。それに特製のソースが絡まるといくらでも食べられそうだ。

それはいもフライと呼ばれ、栃木県の中でも特に佐野市ではよく食べられているものだ。単なる串揚げとは一味違い、店によってはソースをブレンドしたり、使用するじゃが芋の形や下処理を工夫したりと存外奥深い。

特製ソースは甘さは抑えられ、それが中のじゃが芋を際立たせている。大体1本100円前後で買えるとあって夕飯やおつまみだけでなくおやつとしても大人気だ。因みに2013年にゆるキャラグランプリで王者になった佐野市のご当地キャラクター、さのまるが携えている剣は実はいもフライだったりする。

 

喉の渇きを覚え、リュックからスーパーで買ったものを取り出す。鮮やかな黄色にかわいらしいレモンが描かれたレトロなパッケージは陳列されていても目を引いていた。

レモン牛乳という名前だがレモン果汁は1滴も入っていない。しかしレモンのさわやかな香りが漂い、一口含めばほのかな酸味の後、まろやかなミルクが広がっていく。初めて飲んだにも関わらずどこか懐かしく感じてしまうのは不思議で仕方がない。

 

レモン牛乳は終戦後、関東牛乳が”関東レモン牛乳”という名前で販売したのが始まりだ。しかし2006年に関東牛乳が廃業し、レモン牛乳がなくなることを惜しんだ栃木乳業がそのレシピを継承し”関東・栃木レモン”という名前で復活を遂げた。パッケージの雰囲気はそのままに、関東牛乳へのリスペクトなのだろうか、栃木という文字はやや控えめに描かれている。

実はレモン牛乳を販売しているのは関東牛乳だけでない。宇都宮市内にある針谷乳業でも1940年代から販売されており、現在は”針谷おいしいレモン”という名前で店頭に並んでいる。取り扱い量が少なく、結構レアだ。発見できたなら飲み比べてみるのも楽しいかもしれない。

 

2003年に規約が改正されたことによりレモン牛乳という名前は使えなくなったが、それでも人気は変わらず、派生した商品も多く、アイスにまんじゅう、飴に羊羹など多種多様の商品が土産物屋に並んでいる。少女もレモン牛乳のパッケージデザインが印刷されたTシャツを買おうかと悩んだがエンティティ様に反対され断念した。

 

 

 

 

 

”坊主丸儲け”という言葉がある。盆に経をあげにきた僧侶に対して子どもが「”坊主丸儲け”ってほんと?」と訊ねて場を凍りつかせるあれだ。

 

実は「魚三層倍、呉服五層倍、花八層倍、薬九層倍、百姓百層倍、坊主丸儲け、按摩摑み取り」という浮世草子『風流茶人気質』に出てきた言葉の一部を抜き取ったもので江戸時代には既に決まりきった言い方として使われていた。

訳すと、”魚は原価の3倍で売ることができ、服は5倍、花は8倍、薬は9倍、百姓は100倍、僧侶は丸儲けし、按摩は取り放題だ”となる。多少のやっかみはあっただろうが本気でそう思っていたはわけではなく、()かな、()ふくというように言葉と数字を対応させ実質的な意味より洒落としてウケていたのだ。しかし嘆かわしいことに数百年経った現代で”材料費は何円なのになぜそんなに高いんだ”と言う者が季節の変わり目に現れるようになった。そのような者には”原価中毒め、砂利でも食ってろ”と優しく返してあげよう。

 

”坊主丸儲け”以外にも僧侶に関連する言葉は残っている。”生臭坊主”や”三日坊主”、”坊主憎けりゃ袈裟まで憎い”というのは皆1度は耳にし、意味もなんとなくわかるだろう。毎年のように新しい言葉が生まれ、次々に死語となっていく中でも、それらの言葉は未だ普遍的に使われている。それは今も昔も僧侶は特殊な存在として見られているからだろう。

 

僧侶になる、出家するという行為は昔から様々な意味があった。下級武士出身で出世が見込めない者がその身分の枠組みから脱却するため出家、家督を継ぐ長男以外の男子が跡目争いを避けるために出家、切腹の代わりに出家、と様々な用途に用いられ、出家することは財産、家族、社会的地位など、これまで自分が築いてきた全てを捨てることと同義でもあった。

 

そうした何百年、何千年と行われてきた出家を悪用するものが近代になって増えている。改名が義務付けられている宗派もあるため、出家を理由にした改名は許可されやすい。そこで多重債務者を出家させて別人に仕立て上げ、金融機関から住宅ローンを騙し取るという詐欺が流行っている。改名には得度(とくど)を証明する書類などが必要となるが、協力者がいれば容易だ。金に目が眩んで協力する僧侶もいるだろうが、寺の維持の為に借金を重ね、首が回らなくなり仕方なく協力する者もいる。

 

その寺の住職も例外ではなく年々減り続ける檀家に頭を悩ませていた。まだ借金がないことは幸いと言えるだろう。寺の収入は葬式に法事、盂蘭盆会などのお布施が大半だ。しかし建物の維持費に本山への賦課金という名の上納金、と支出は馬鹿にならない。

ちょっと貯まったかなと思ったら思いがけない出費ですぐに吹き飛んでしまう。大半の寺が似たような状況だ。銀座の高級クラブに行けるような僧侶はほんの一部だろう。住職も毎日額に汗を滲ませ、帳簿の前で頭を悩ませていた。幸か不幸か跡継ぎどころか結婚相手すらまだいない。返す目途も経たない借金をする前に廃寺にしてしまう方がいいのではないかと思うようにもなっていた。イオンでも僧侶の派遣サービスをやり始めたというし、寺がなくなったとしても檀家は困るどころか諸手を挙げて喜ぶだろう。

 

昼に墓じまいの相談をしにきた夫婦の後ろ姿を思い出し、思わず息が漏れる。男が寺を前住職であった父親から継いでからじわりじわりとこの相談も増えてきた。

前住職には言い出しにくかったのだろう。前住職であった父と自身の顔を頭の中で並べると納得がいく。父は塩辛い梅干しを口いっぱいに含んでしまったときのような険しい表情をいつも浮かべていた。どっしりとした文鎮のような体格から生み出される声は朗々とし、その声で大喝一声を食らうと雷が落ちたかと思うほどだった。それ故、寺の敷地の端に植わっている柿を盗ってくることが近所の子どもたちの1種の度胸試しになっていた。捕まると容赦なく拳固を落とされるため子どもたちも必死だ。

それも時代の流れだろうか、子どもの数もグッと減り、大人しい子が多くなったように思う。前住職に比べると風が吹けば飛んでいきそうなひょろりとした体形に下がり眉が目立つ自分の顔は大分迫力に欠けている。昔のように寺の柿の木で度胸試しをされたら果実どころか葉もむしられ丸裸になっていただろう。

 

机の上に放置していた携帯電話が震え、画面を開いた。父の葬儀の数日後、線香をあげさせてくれとやってきた男からのメールだ。男の話はとても興味深く、それに加えて関西弁で話されると上方落語でも聞いているような気分になった。

しかしこれほどインパクトがある人なのに父が生きていた時分には1度も見たことがない。父が残していた知り合いの連絡先を集めた帳面を見たが名前さえ載ってない。若い頃京都と東京で修行をしたと父本人から聞いており、その頃の知り合いなのかもしれないと思考に終止符を打つ。

 

メールには父の遺品の中に人形のようなものはなかったか、あったならば一目見させてほしいと書かれていた。しかしそんなもの1度も目にしたことはない。あるとすれば、五月人形くらいだろうか。それももう何十年と仕舞い込んでいる。疑問に思いながらも返信をするとすぐにそれを確かめに伺いたい、状態によっては買い取りも考えていると返事がくる。五月人形をどこにしまったか早めに思い出す必要がありそうだ。

父が残したものは然程多くない。寺も宗教法人として登録しているため遺品とは言えない。服などの身の回りの日用品を除けば庭にいる犬くらいだろう。

 

現住職が物心ついたときから常に寺に犬が1匹いた。なぜかいつも死に際には立ち会えず、父がどこからか似ている犬をもらってくるため絶えることはない。歴代のどの犬も柴犬のような見た目だが体格は頗る良く気も強い。先々代の犬は寺に泥団子を投げ込んだ子どもが号泣するまで追いかけまわし、狂犬ハチ公という渾名がつく程だった。

 

住職はその犬たちにいい思い出がほとんどない。幼い頃、苦手な人参をこっそり食べてもらおうとしたらメインの肉を根こそぎ食べられたことや小遣いをはたいて買った犬用のジャーキーには目もくれず、その日のおやつの鯛焼きを強奪されたこともある。なによりその不遜な態度が友達の家で飼っていた犬とは大きく違う。父が連れてくるどの犬もなぜか性格が似ているを通り越して瓜二つで、いつの間にか苦手になっていた。

 

今いる1匹もどのような経緯でもらわれてきたのかわからない。ある日買い出しから戻ると見たことがない若い犬がいたのだ。1度も顔を合わせたことがないにも関わらず”なんだお前か”と言わんばかりの顔をしていたのは今でも記憶に残っている。

庭の奥にひっそりと建っている犬小屋は父が作ったものだ。犬小屋にしては案外中が広いことを知っている。子どもの頃怒られて外に放り出されると、犬小屋に行き先代の犬に若干嫌がられつつも中に入れてもらっていたからだ。

当代の犬ももう老犬といってもいい齢に差し掛かったはずだが驚くほど毛艶は良く、父が亡くなってから老化を止めたように思う。もしかしたら化け猫ならぬ化け犬になるかもしれない。

 

 

 

玄関のチャイムが鳴り住職は腰を浮かせた。玄関の扉を引くと大黒天のようにふくよかな腹をした男が立っている。先日メールをくれた男だ。手土産として渡された虎屋の紙袋はずっしりと重い。

軽く世間話をした後、五月人形を見せると男は黙り込む。少し眺め、胡乱な眼差しで他にはないかと何度も確認した後、男は席を立った。中に案内して30分も経っていない。グラスの中でまだ氷が浮かんでいる。なにか男の気分を害することを言ってしまったのかと住職は一瞬考えたが、男からもらった羊羹を供えるべく立ち上がった。

 

晩御飯の後、犬に餌をやろうと庭に出る。犬は朝から機嫌が悪そうだ。明日も同じ様子なら病院に連れて行こうと思い犬小屋を覗き込んだ。グッと袖を強く引かれ体勢を崩す。犬小屋の中に大きな音を立て倒れ込む。咄嗟のことで痛みに呻くしかできない。犬を叱ろうとするが次に鼓膜を揺らした音に驚き言葉が詰まる。

 

「―――おい良信(よしのぶ)、お前狙われているぞ」

 

地を這うような低い声で犬は住職の俗名を呼び、身を固くした住職を酷く不機嫌そうに睨み付けた。犬は住職が動きを止めたことをいいことに更に犬小屋の中に入れようと作務衣の端を引っ張る。それに引きずられるように犬小屋の中で四つん這いになると、本堂の方からガラスが割れるような甲高い音が聞こえた。それを皮切りに、中にあるものを全て引っ掻き回したような不快な音が続く。

 

「―――御本尊が!」

 

飛び出そうとする住職を犬は奥に押しやり、経でも唱えてろと言い放つ。押しても引いてもびくともせず、犬を必死に説得するしかない。音が混じりあい不協和音となる中に澄んだ鐘の音がはっきりと聞こえた。本堂にある(きん)とは違う音だ。犬が出口を塞ぐように仁王立ちしているため隙間から覗き見るが状況がつかめない。

突如窓が破れ、ガラス片と共に何かが犬小屋の前まで転がってくる。土が歪な模様を作った。目の前の空気が動く。何かがいる。重苦しい気配も手に取るように感じた。しかし姿を捉えることができない。何かを探しているのかそれは犬小屋の周りをうろうろとしはじめた。踏まれた草が軽い音を立て、1本の糸が張り詰めたように場が緊張する。引き攣りそうになる呼吸を必死に抑えた。

 

小枝が折れる音。その音を合図に犬が飛び出す。毛皮の下に隆々とした筋肉がある。4本の脚はしっかりと大地を踏みしめ、弾丸のように宙に飛び掛かった。犬の鋭い牙は確かに何かを捕らえた。周囲の土や葉が薙ぎ払われたようにひとりでに巻き上がる。その光景に住職は我に返り一目散に本堂に向かって駆け出した。

 

本堂の扉は破られ中は荒れていた。毎日掃除をし清めていたというのに見る影もない。端に積んでいた座布団は崩され、中の綿が引きずり出されている。香炉は床に転がり灰を床に散る。瓔珞は何かに齧られたようにちぎれていた。しかし本尊は無事だ。そのことにほっと一息つく暇もなく背後から圧を感じ振り返る。大きな影が住職を見ている。身体だけでなく顔も闇に溶けるように黒い。目だけが月のように妖しく光る。手に握られている鎌は鋭く、自然と視線がそこに止まった。

 

影は住職に向かってくる。空気を裂く音が鼓膜を揺らした。しかしその刃は住職には当たる前に動きを止める。一瞬目の前の空気が震えたかと思うと壁や床が鳴る。見えない何かがのた打ち回っているようだ。様々な物を巻き込みなぎ倒していく。倒れていた常花も鈍い音を立てて潰れる。時折頬にあたる風はどこか鉄錆の臭いがし、黒い影はその風を追いかけるように動く。

黒い手が何かを掴みあげ、鎌の刃を滑らす。空気が戦慄いた。鼓膜は震えていない。しかし手足の先はビリビリとその振動を感じ、割られたガラス片も共鳴するように音を立てる。それを見ながら住職は震え血の気が引いた掌を温めるように擦り合わせ、とつとつと経を紡いだ。

 

咆哮が耳を劈き、犬が破れた扉から本堂に飛び込んできた。犬の口の端からは涎が糸を引き、眼は鋭く血走っている。住職を背にし犬は唸り声を上げた。白い双眸が住職と犬を眺める。暫くじっと見つめたかと思うと手の鐘を掲げ鳴らす。本堂中に何重にも反響し、音が消える頃には男の姿も消えていた。

 

 

本堂の拭き掃除をしながら住職はほっと一息ついた。

ぐるりと辺りを見回すがほとんど綺麗になっている。警察の実況見分の後、1人で片づけをしていた住職に近所の檀家の人たちが手伝おうかと声をかけてくれたのだ。どうやら大きな騒ぎになっていたらしい。皆、いつも世話になっているからと次々に寺を訪れ、気を落とすなという励ましの声を住職に掛けていく。住職は込み上げてくるものを懸命に抑えつつ何度も礼を口にした。

 

事件後、どこから聞きつけたのか夜蛾という男が寺を訪ねてきた。今は東京の学校で学長をしているが父に昔世話になったのだという。住職同様夜蛾も父に叱られたことがあるらしく、あの朗々とした声が懐かしいと溢すと深く頷き、夕日が部屋に差し込んでくるまで話は尽きなかった。

帰る間際、夜蛾は窓の外の犬を視界に捉えると住職と初めて玄関で顔を合わせた時同様、目を丸くし、しかし何を言うでもなく軽く頭を下げ帰って行く。

 

「懐かしい気配がしたと思ったら夜蛾か」

 

臍を天に向けて寝ていた犬が起き上がり住職に話しかけてくる。未だに犬に話しかけられるとどきりとするが、この犬の今までの行動を見ていればさもありなんとどこか納得していた。

 

「知っているのか」

 

「あぁ。……そう言えば朝の飯はなんだ。不味すぎて眠気が吹っ飛んだ」

 

「それはすまん」

 

男も同じものを食べたが確かに不味かったので犬の言葉を否定せず素直に謝る。粥にじゃが芋を混ぜたのだが、じゃが芋が口の中でいつまでもじゃりじゃりと残った。どうせ犬は気にしないだろうとそのまま出したが駄目だったようだ。

 

「全体的に塩気と油分が足りん」

 

「台所から調味料がよくなくなるのはもしかして…」

 

明くる日、意を決して大掃除してみると犬小屋の下から空になったマヨネーズの容器が何本も出てきた。

 

 

 

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