エンティティ様といく!   作:あれなん

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〖24〗蟋蟀在戸

 

 

【文中に出てくる用語】

 

【ゲジゲジナンバー】

略してゲジナン。ゲジゲジとは節足動物門ムカデ綱のゲジ目に属するムカデの総称。滋賀県のナンバープレートの「滋」の幺がゲジゲジに見えなくもないということからいつの間にかゲジナンと呼ばれるようになった。

「幺」は稲妻の形にも見えるだろうとイナズマナンバーという呼称を広めようとしているがゲジナン一強。

 

 

 

 

 

 

布団の中で丸まっていると思い切り毛布を剥がされ、少女は呻き声をあげた。夏の気配が遠ざかっていく時期だ。朝晩の空気はひやりとしている。エンティティ様の脚が指し示した時計を見て飛び起きた。思いの外時間が経っていることに慌て手早く用意をすると、エンティティ様に移動を頼む。

着いたのは1件のパン屋だ。少女たち同様サラダパンを求めてやってくる人も多い。今回こそはと店内に入り、残りわずかとなっているあるものを見つけると真っ先に手に取った。

 

パン屋がある通りは老舗の酒蔵や古民家が並び、近くには日本三大地蔵の1つの木之本地蔵院がある。座れそうな場所を探し、腰を落ち着けると黄色い包装を破る。一見普通のコッペパンのように見えるそれはサラダパンという名前だ。サラダパンを製造しているのは1951年創業の滋賀県長浜市にある、つるやパンという店だ。サラダパンと聞いて、ポテトサラダが入っているのかと思うだろうが、挟まっているのは千切りされた沢庵をマヨネーズで和えたものだ。

これが存外人気商品で、どの売り場でも午前中には完売してしまうため幻のサラダパンと言っても過言ではない。少女もこれまでに2度挑戦したが買うことができず、今回ようやく手にすることができた。

マヨネーズがいい具合にパンと沢庵の仲を取り持っている。少し甘めの沢庵はぱりぱりと歯ごたえがあり、案外イケる。使っているマヨネーズは特製のものらしく酸味が少ないため、家で作ろうとしても違った味になってしまうらしい。コッペパンも昔ながらの柔らかくふわふわとしたもので、どこかホッとする。好き嫌いが真っ二つに分かれるらしいが少女もエンティティ様もぺろりと食べた。

 

琵琶湖は滋賀県の面積の6分の1を占めている。面積でも貯水量でも日本一の湖だ。滋賀県の自治体も湖東・湖西・湖南・湖北という様に区分され、何をするにしても琵琶湖が関係する。直線距離なら車で20分程で着く場所でも琵琶湖を迂回するため、1時間かかることも珍しくない。

琵琶湖が影響を与えているのは滋賀だけでない。その水は京都や大阪にも流れており、京都においては水道水のほぼ全てが琵琶湖から来ている。そのため京都府民や大阪府民に「ゲジナン」と揶揄される度、滋賀県民は「琵琶湖の水止めたろか」と返すのが一種の決まり文句だ。

 

京都市民の中には滋賀県が隣接しているにもかかからず、車で2,3時間のところにある土地だと思っている者もいる。実際、京都駅から滋賀の県庁所在地がある大津駅まで電車で2駅、最短9分で到着するのだが、「滋賀に遊びに行く」と京都市民に言うと「キャンプでもしに行くんか?」と田舎であることを前提として話し始める始末だ。

しかし新幹線や自動車などの交通手段が存在していなかった時代、琵琶湖は重要な交通の要衝だった。少女たちが訪れた八幡堀(はちまんぼり)もその名残が窺える場所だ。秀吉の養子である豊臣秀次によって造られた人工の水路で、琵琶湖に繋いでいたため商いの要となり近江八幡は商業の町として発展した。

 

高度経済成長期、物流は陸路がメインとなり1度はこの堀も役目を失った。使われなくなるとヘドロなどが堆積し、いつしか公害源と見做されるようになる。遂には堀を埋め立てる計画も出、近江八幡の青年会議所が埋め立てではなく浚渫(しゅんせつ)と復元を求め運動を始める。埋め立てを求める声が多いなか、地道な活動が実を結び、昭和50年には県は工事の中止を決めた。

当時の地元の人の努力が無ければ、今のこの景色はなく、重要文化的景観に選定されることもなかっただろう。その情緒あふれる姿は時代劇のロケ地としても有名で、水戸黄門や必殺仕事人、鬼平犯科帳の撮影にも使われている。堀沿いは石畳が敷かれ雰囲気がある。堀めぐりとして手漕ぎ和舟や屋形船も出ている。気忙しい日常を忘れ、舟がゆっくりと進んでいる様を眺めているだけでも楽しい。

 

散策していると暖簾が掛かった店から甘い匂いが漂ってくる。百貨店などに入っている有名店だが、実は近江八幡市が創業地らしい。隙間から中を覗くと店員がたこ焼きのような丸いものを作っている。つぶら餅と書かれているそれはここでしか販売されていないと言われ、試しに2つ注文してみた。1つ80円と財布にも優しい。テイクアウトをし、堀が見える場所に腰を下ろした。つぶら餅はほんのりと狐色をしていてかわいい。よく焼かれた皮はパリッとしているが中の餅は柔らかく、更にはあつあつの粒あんが入っている。使われているもち米は地元近江のものだ。

堀沿いの木々の葉先は少し赤く色づいている。もう少しすると色鮮やかな紅葉が水面に映え、訪れる人の目を喜ばせるだろう。昔の人も同じようにこの景色を楽しんでいたのかと思うと趣深くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(むた)は後悔していなかった。過去にもどることができるとしても同じ選択をするだろう。身体を治してもらう代償として呪霊たちに情報を渡す。高い呪力を失い、裏切ることになったとしても叶えたい願いだった。

 

傀儡操術で作り上げた巨大なメカ丸の操縦席に座り、特級呪霊と戦う。与の身体を作りかえたように、その呪霊は自身の身体を自由自在に変形させ、時には受けたダメージをすぐさま治して見せた。与の考えは既に読まれていたようで呪霊によって帳を下ろされている。今まで貯めた呪力を使っているが限りがあり無駄撃ちはできない。しかし相手は特級呪霊だ。一瞬でも隙を見せれば殺されるだろう。

 

呪霊の領域展開を簡易領域で何とか破ったが操縦席に乗り込まれる。蜘蛛のように幾つも手を生やし乗り込んできた呪霊の背後に影が差した。呪霊の頭部が積み木のようにぽろりと落ちる。操縦席の床に軽い音を立てて転がった。動きを止めた呪霊の身体越しに目が合う。

 

その者は白い布で顔を覆っている。しかしその視線は布越しでも凍てつくように強く、与を貫いた。緊張が場を満たす。

簡易領域を封じた筒を無意識の内に握りしめる。対呪霊用に用意したが、目の前の相手に効果があるかは未知数だ。

 

刺すような視線が、与から呪霊に移る。呪霊はまだ生きていた。呪霊の身体が針のように変形しその者を襲う。

与は操縦席から緊急脱出し湖面に飛び込んだ。与は1度も泳いだことがない。傀儡操術でメカ丸を動かしモニターを通して体感したことはあるが初めての体験だ。すぐに巨大なメカ丸の腕に掬われる。水の中に落ちて3分も経っていなかったが動悸と息切れが止まらなかった。飲み込んだ水を吐き出す。肺が酷く痛んだ。

やはり高専の報告通り、呪霊の攻撃もその者には効果が無いようだ。甲高い悲鳴をあげながら縦横無尽に駆け、呪霊を追い回している。呪霊は浴びせ掛けるようにその者に攻撃をしかけているが、容易くいなされ切り刻まれている。

 

巻き込まれてはいけないと与は急いで岸に上がる。その場に座り込むと声を掛けられた。

 

「お兄さん、あれってお兄さんの仲間?」

 

少女が指差した方向には呪霊がいる。物陰に隠れ切断された腕を生やそうとするが、なぜかすぐに見つかり右足を捥がれていた。

 

「……違う」

 

「じゃあもらって行くね」

 

「俺は逃がしていいのか」

 

「逃がすも何も、特に何もされてないけど。その制服着てるってことは高専の人でしょ」

 

「――お前の情報をあいつらに流していたとしてもか」

 

「!、個人情報の流出……」

 

「高専で掴んでいる情報だから大した情報じゃない」

 

「あー、それなら別にいいか……えっ、エンティティ様的にはアウト?」

 

影から出た脚が地面を叩く。人間が苛立ち紛れに指やペンでテーブルをカツカツ叩く仕草に近い。しかしその脚は地面を抉り、踏み固められていた土が豆腐のようにあっという間に容易に崩れていく。与は目を(そば)めた。

 

昨日までなかった方の手に土が触れ、与はじっとそれを見つめた。

 

「…俺は後悔していない」

 

そう溢すと同時に地面の感覚がなくなる。落ちていく感覚と共に先ほどの少女の声が聞こえた。

 

「エンティティ様がゲームで30回脱出できたら許すって。――頑張ってね!」

 

 

 

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