エンティティ様といく!   作:あれなん

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【6】シェイプ

 

 

 

少女の父親と母親には兄弟が多い。どちらも3人兄弟(姉妹)の真ん中で、この少子化のご時世では珍しい。長野在住の伯母は母親の姉であった。今回は京都に住む母親の妹のところに行くらしい。母親に聞いたところ、叔母は赤ちゃんを産んだようだ。そのお祝いにちょっと顔を見に行く。ちなみに父親は仕事で1人お留守番をしている。

 

少女はわくわくしていた。長野旅行に行ったときに気が付いたことであったが、実際に現地に行くと近所のスーパーの銘菓フェアには決して並ばないものに沢山出会えるのだ。最近の少女の愛読書は母親が買ってくれた京都のるるぶになった。載せられている京弁当や抹茶パフェを吟味する。いくら食欲旺盛の少女だとはいえ、一日に5食も6食も食べることはできない。決してはずれを引くわけにはいかないのだ。

 

 

「よく来たね!こんなにおおきくなって!」

そういう叔母の手には赤ん坊が抱かれている。ここは市内にある叔母のアパートだ。下賀茂神社の近くにあり景観が良く鴨川が見えた。手洗いうがいをして赤ん坊の手を触らせてもらった。小さい少女の人差し指よりも更に小さい手がぎゅっと指先を握る。普通に話してもいいのに自然と小声になった。

 

「ちいさい…」

その少女の言葉に母親と叔母は声をあげて笑った。

 

 

 

叔母と母親が話している間、少女は近くの神社を探検してくると言って外に出る。念の為母親の携帯電話の番号が書かれた紙と10円玉を数枚、首から提げたけろけろけろっぴのポシェットに入れておいた。

 

少女には計画があった。下賀茂神社のそばにあるみたらし団子とそこからちょっとばかり歩いた先にある出町ふたばの豆餅を食べることだ。

そのために毎日母親のお使いや風呂洗いなどでお小遣いを稼ぎ、念のためにお留守番になった父親にお小遣いをもらった。またいつも買う駄菓子を我慢し、ちょっとずつ貯めておいたのだ。

 

賀茂大橋を渡り、るるぶの地図の通りに北に行く。店の前には既に行列ができており、すぐにここだとわかった。店員の手際がいい。さっきまであった行列はすぐに捌かれ、すぐに列の先頭に立った少女は4つ豆餅を注文する。

背負ったリュックが先ほどより少し重い。リュックの中に丁寧に入れた豆餅が重いのだと気が付くとなんだか幸せな気分になった。少女は先を急いだ。15分程歩くと目的地に着く。

 

るるぶで見たがどうやら目の前の店はみたらし団子発祥の地らしいのだ。店内でも食べれるようだが持ち帰りでと店員に伝える。袋の上から触るとほっかほかで、出来立てであることがわかる。スーパーの3本入り100円の冷たいみたらし団子に慣れている少女としてはちょっと嬉しい。

手に持つみたらし団子の温かさに、そのまま持って帰ろうとした少女は予定を急遽変更した。

様々な人が鴨川の河川敷に座ってくつろいでいる。少女もそれに倣って青々とした草の上に腰を下ろした。フリスビーで遊ぶ人、ランニングをする人、ただ草原に寝っころがる人、川に入って遊ぶ人、色々な人がいる。

そよそよと吹く風に揺られ、水の音を聴きながら早速みたらし団子を袋から出す。串には5個の丸い団子がついている。しかし団子のうち4個は肩身を寄せ合ってくっついているのに、1個の団子だけぽつりと離れている。それを見て空いているところにもう1個ぐらい入れてくれたらいいのにと、風流などまだ解さない少女は思っていた。

 

まだ温かい団子と甘辛いタレは想像しているよりも何倍もおいしかった。5本買った内、1本ずつ少女とエンティティ様で食べた。やっぱり出来立ては最高だ。青空のもとでピクニックのように食べることができたことも一種のスパイスかもしれなかった。

 

後は叔母の家で食べようかと考え、来た道を思い出す。歩きながら明日行く祇園で行きたい店をぼんやり考えていると空気が変わった。

地面もアスファルトで綺麗に舗装されたものから土に変化している。

 

「エンティティ様、またなにかあるの?」

肯定が返ってきた。

 

歩いていくとより周囲の木々は鬱蒼とし、どこか湿り気を感じる。さっきまでいた鴨川の河川敷とは大違いだ。

少女の影から潜水艦が水面に浮上するような静かさで男が現れた。

大柄だ。顔に白いマスクを被り表情は見えない。手に持つ肉切り包丁が鈍く光った。無表情なマスクのせいなのか男に無機質さを覚える。

男は少女になにも告げず、どこかに歩いていった。

 

少女は仕方なく周りを探索することにした。少女としてはみたらし団子が冷たくなってしまう前に帰りたかった。

石碑や周りにあった建物をぐるりと一周する。石碑の下にキーホルダーが1つ落ちていただけでその他には特になにもない。困ったが、お腹が空いているエンティティ様のためだ。少女はどこかに座ってお菓子でも食べて待つことにした。

 

 

 

 

 

禪院真希と真依は呪術界を支える御三家の内、禪院家の当主の姪で双子の姉妹だ。しかし姉の真希には呪霊を見ることはできず、妹の真依は術式もまだ使いこなせていない。そのため当主の姪であっても、周囲の者からは軽んじられていた。

「禪院家に非ずんば呪術師に非ず 呪術師に非ずんば人に非ず」と呼ばれるほど封建的な家系だ。

禪院家相伝の術式を引き継いでいない者は落伍者として扱われる。呪力を持たず、呪霊を見ることすらできない真希の待遇は想像に推して知るべしだ。生まれた時からちくちくとした嫌味や些細な嫌がらせはいくつも受けている。

その日も真希は根付を隠されて何時間も探していた。特に金銭的な価値はないが、母親からもらった物で大切にしていたものだ。

 

 

部屋の中や庭をいくら探しても見つからない。いつもなら真希や真依が爪先立ちになっても届かない高い所や庭の植木の根本辺りに隠されていることが多かったが、今回はどちらも違うようだった。

 

庭で植木の根本を屈みこんで探していたため服や顔に泥がついてしまっている。真希としてはこのままでも全く問題はなかったが、周囲の奴らに文句や嫌味を言われるのも癪なので一度着替えようと自室に向かう。

 

廊下でいつも嫌味を言ってくる男とすれ違う。真希は興味もないため無表情でいたが、男はにやにやとした表情を浮かべていた。

 

「なにかお探しですか?」

一見親切に声を掛けたようにも見えるが、歪んだ口角に犯人はこいつかと思った。取り合うのも面倒なので、適当に返して去ろうとした真希に男が更に言葉を紡ぐ。

 

「あぁ、探し物でしたら塚の方にあるかもしれませんよ」

真希は言葉を失う。たかが嫌がらせにそこまでするのかという呆れもあった。

「塚」という短い単語だけでも長年ここに居を構えているものには意味は通じる。それは首塚のことだ。御三家の役目の一つとして呪霊が集まりやすいところに定期的に出向き、祓うというものがある。その首塚は禪院家が担当しているところであった。

 

真希がいる場所から首塚まではそう遠くはない。天与呪縛で呪力がない代わりに身体能力が高い真希の足では片道1時間もかからないだろう。時計の短針はちょうど2という数字を指している。行くなら陽が落ちる前の今しかない。

急いで自室で支度をして家を出た。

首塚についたころには疾うに息は切れ肺は痛んだが、まだ家を出て1時間も経っていないだろう。

 

2か月前に禪院家の当主、つまり真希の伯父がここの呪霊を祓ったにもかかわらず随分とその場に流れる空気は重かった。

 

意を決して首塚に続く道を進む。石碑までたどり着く頃には心臓が痛いほど緊張していた。首塚の入口から石碑までどこかに根付が落ちていないか目を皿のようにして探したが見つからない。あの男の言葉は嘘だったのかもしれないと、騙されたかもしれないと思い始めていた。

 

石碑からちょっと離れた場所に納屋のような建物がある。念の為にそこも確認するため中に入った。納屋の中は少し広い。手入れもされておらず隙間風が入り込み音を立てる。

急に開け放っていた納屋の扉が閉まる。慌てて扉に駆け寄るが外から鍵が掛けられたのか開くことができない。納屋の外からは笑い声が聞こえた。廊下ですれ違った男の声だ。他にも何人かいるのか騒がしい。

納屋の暗がりから微かに物音がした。

真希は扉を何度も開けようとするがびくともしない。まだ外からは男たちの下品な笑い声が響いている。咄嗟に近くに落ちている箒を掴んで構えた。

 

「だあれ?」

真希は心臓が止まるかと思った。子どもがこんなところにいるとは思いもしなかったからだ。

 

「お前、人間?」

些か男らしい口調で真希は目の前の子どもに問いただす。

 

「うん。…いまお腹すいてる?」

 

 

 

「で?簡単にまとめると、お前はどっかでこの団子を食べようと思って、たまたま目に入った納屋の中に入ったら、急にわたしが来てびっくりして固まってたってことか。…この団子うめぇな」

みたらし団子を食べながら言う。子どもは真希の言葉に頷いた。

 

真希としては結構な距離を走ったため腹の虫が鳴いていたし、どうせ家の奴らが捜しに来るのは明日になるだろうから子どもが差し出してきたみたらし団子を食べることにした。子どもはさっき1本食べたからと言って3本あるうちの2本を真希に渡してきた。

 

子どもは食べることが好きなようで真希は時々小遣いで買い食いする店やおすすめのものを教えた。

 

「ごめんな」

真希が溢した言葉に子どもは首を傾げた。

 

「わたしのせいであんたまでこんなとこに閉じ込められてる」

 

「心配しなくていいよ。すぐにここからでられるから大丈夫」

先程とは反対に真希が首を傾げた。

 

子どものその言葉の意味を聞こうと口を開いた。しかし納屋の外から絶叫が聴こえ、口を噤む。

 

必死に駆けている。足音がひどく荒い。誰かがしきりに喚く。

 

聞き取れた言葉から察するに何かに追われているようだ。

叫ぶ声はひとりふたりと少なくなり、最後には静寂だけが残る。

のほほんと水筒から注いだ茶を啜っている子どもを納屋の隅に追いやり、真希は再び箒を構える。

 

扉が大きな音を立てた。

 

「もうおわったの?鍵掛かってるみたいだから壊せる?」

子どもが扉の方向に声を掛ける。少しの間が開き、金属を叩きつける音が響き、何かが落ちる音がした。

 

「じゃあね、ばいばい」

そう言ってリュックを背負うと子どもは扉を開けて外にでていく。慌てて真希も後を追って納屋から出たが、そこには子どもの影も形もなかった。

 

家路を急ぎながら子どもから渡された根付を見る。話している最中にその根付が真希のものだと知った子どもに渡されたのだ。男に騙されたことは心底腹が立ったが、無事に根付も戻ったしみたらし団子も食べることができたので真希としてはプラマイゼロといったところだった。

 

家の玄関を潜ると、皆ざわざわと慌てていた。横から双子の真依に飛び掛かられる。時間がないからとひとり置いて行ったことが嫌だったのだろうか。その日は疲れていたこともあって夕飯を食べてさっさと寝た。

 

 

 

 

 

「真希…7月16日お前はどこにいた」

数日後、自室で寛いでいたのに急に父親に呼び出された。部屋に入るとすぐ様問われる。その日とは真希が子どもと会っていた日だ。

 

「塚」

 

「…なぜそんなところにいった」

 

「馬鹿どもに騙された」

真希は普段されている嫌がらせから今回の一件まで話した。きっちりあの真希を騙した男についても伝える。

 

「7月16日からその者を含め4名が行方不明だ。乗っていた車は首塚付近で発見された。お前が行ったとき何か見なかったか」

 

「ふーん…なんも見てねえな」

確かに見てはいない。あの納屋の中で時折聴こえる叫び声をただ聞いていただけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

想定外に時間が掛かってしまったため足早に帰る。納屋に閉じ込められるとは思ってもみなかった。

少女が出ると納屋の外ではシェイプが肉切り包丁を逆手持ちしていたため一緒にいた子が驚かないようにエンティティ様にお願いしてさっさと元いた場所に戻してもらったことは正解だった。

 

しかし、いいことを聞いたと少女はにんまりとした。

一緒にいた子によると桂離宮の近くにある中村軒というところのかき氷がおいしいらしいのだ。これはいくしかない。地元民のおすすめならきっと確かだろう。

 

帰り道にあったフレスコというスーパーに寄ってコロッケを買う。これもさっきおすすめされた物だ。丁度店頭に並べられてすぐだったのかほのかに温かく衣がサクリとしているコロッケをエンティティ様と食べながら歩く。

 

「遅かったわねー、どこまで行ってきたの?」

そう少女に訊ねる母親にリュックから出町ふたばの豆餅を出す。エンティティ様の分はさっきあげたので残り3個に減っている。

 

「明日どこ行きたいの?」

新幹線の中でも真剣にるるぶを見ていた少女に母親が聞く。

 

「なかむらけんのかき氷!」

コロッケもおいしかったのだ。きっとそれもおいしいはずだ!

 

 


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