穏やかな風が吹いていた。
洛陽を
呂布は、楽しそうだった。李岳も同じだ。自由。呂布と二人、どこへでも行ける。心が軽やかだった。
いまも国に仕え、それぞれの闘いを続けている仲間たちに対し、うしろ髪を引かれるような思いがないわけではない。それでも、みんなが李岳のことを想って送り出してくれたのだ。それに引け目を感じるのは、かえってみんなの気持ちを蔑ろにすることだと、思い遣りを受けたことを逃げるなどと表するなと、そう説教された。もっともなことだと、李岳も受け止めることができた。
ゆえに、李岳がするべきは、彼女たちを信じて、羽ばたくこと。呂布と一緒に、大切な片翼とともに心赴くままに
いまの中華は、限りなく泰平に近づいた。李岳たちに敗れた曹操は、李岳と交わした誓いを守り、漢の臣となった。逃げた孫権は、外交で追い詰めながら、様子見となる。少なくとも、すぐに戦になることはないだろう。
確かに火種はあるが、ともに闘った仲間たちならば、きっと大丈夫だ。李岳はそう信じることができた。
「冬至」
呂布が、李岳の真名を呼んだ。自らの真の名。心を許した者だけが呼ぶことを許される、命を預けることにも等しい、大切な名前。乱世に躍り出て、多くの友や仲間が出来た。真名を交わした者も、大勢いる。
肉親以外ではじめて真名を交わしたのは、目の前の娘が最初だった。なにが変わったとしても、彼女が自分にとって大切な存在であることは、ずっと変わらない。
「なんだい、恋?」
「次は、沙羅のところ?」
こちらも呂布を真名で呼ぶと、彼女はそう首を傾げて言った。姓は赫、名を昭、字は伯道、真名は沙羅。李岳たちの仲間であり、『盾』の異名を持つ、もと李岳軍の武将の中で最も守りの才に秀でた名将である。彼女は現在、洛陽の西にある長安に赴任している。
「ああ。長安に向かう。といっても、特に急ぐ旅じゃないし、のんびり行こう」
「ん」
いつもの無表情に、かすかにそうだとわかる程度の微笑みを浮かべ、呂布が頷いた。李岳も微笑んだ。
呂布は、前より笑うようになった。親しい人にしかわからない程度の変化であろうが、確かに前よりも笑うようになった。
二人、なにに追われるでもなく、こうやって一緒に穏やかに旅をできることがなによりも嬉しいのだと、李岳にはわかった。李岳も同じ思いだったからだ。
ここに至るまで、さまざまな出来事があった。
失われたものは多く、数え切れない。心折れそうになった時もあった。諦めそうになった時もあった。自分が救われることなど許されないと、己を追い詰めた時もあった。それでも、闘い続けた。
心の拠りどころとなっていたのは、父であり、母であり、仲間と友であり、志であり、なによりも大切な傍らの女性だった。
はじまりはきっと、彼女との出会いからだった。
匈奴と漢人の混血の血筋として生まれた李岳が、数えで十五になった年のことだった。山で、迫ってくる凄まじい殺気に虎と勘違いし、矢を放ったところ、あっさりと掴み取られた。李岳が虎と勘違いしたのは、李岳とそう歳の変わらないだろう少女だった。大事なく終わったのは安堵するところであったが、勘違いで人に向けて矢を放ったことに李岳は、自らに怒りを覚え、慌てて少女に謝った。
少女は、李岳の弓の腕を褒める以外は特に気にすることなく、李岳が連れていた山羊に構いはじめ、その後、食べ物をねだってきた。
呆れながらも不思議と彼女を邪険にすることができず、昼食として持っていた食べ物を渡した。事情を訊くと、匈奴の牧場から乳を盗んだことによる追手を警戒していたのだと説明された。友だちだという幼い仔犬、セキトに与えるための乳を盗んだとのことだった。事情を話しても分けて貰えず、盗むしかなかったのだと。
少女は漢人だった。匈奴の人間で、漢人に隔意を持つ者は少なくない。お金もなかったため盗むしかなかったという少女には、同情するしかなかった。
お金が欲しいなら仕官すればどうかと提案してみると、少女は早々に仕官すると決めてしまった。言っておいてなんだが、そんなんでいいのかと疑問を抱いてしまうほどにあっさりと決めてしまった。
別れを切り出そうとしたところで彼女から、呂布奉先という名と、恋という真名を告げられた。
姓は呂、名は布、字は奉先。前世の記憶の中にある、『三国志』における最強の武人と名高いその名に、李岳は驚愕するしかなかった。なぜ女の子なのか、呂布と知り合っていいことはあるのか、などとさまざまなことを考えたが、そんないろいろな思いを脇に置いて、李岳も李岳信達という名と、冬至という真名を返した。呂布は、とても綺麗な微笑みを返した。
それから、呂布との付き合いがはじまった。
仕官はやはり一旦思い留まるようにと告げ、李岳ができるだけ世話をすることにした。そこまで暮らしに余裕があるわけでなく、大食らいの呂布と、彼女が拾ってくる、自力で獲物を取れないほどに幼くか弱い動物たちを養うのはたやすいことではなかったが、彼女を史実の『呂布』のようにしたくなかった。状況に流され、裏切りを重ねた末に、最期には逆に部下から裏切られて凄絶な死を迎えた『呂布』のように、したくなかったのだ。
彼女の強さはまさしく天下無双。しかし、闘争に向いている性格とは思えなかった。口数は少なく無愛想だが、野に生きる動物たちが懐くほどに心優しく純粋無垢で、穏やかな日々を暮らすのが彼女には似合う。李岳はそう思った。自分もまた、そんな彼女と一緒に穏やかな日々を過ごしていきたい、とも。
そんなささやかな願いは、乱世を望む連中によって踏み
李岳の故郷である匈奴の地も含む謀略。放っておけば匈奴の地は荒れ、漢の地も、戦火に焼けることになるだろう。そのあとに来るのは、血で血を洗う戦乱の時代。父の言葉に覚悟を決めた李岳は、見て見ぬ振りをするわけにはいかぬと呂布を置き去りに、乱世に身を投じた。投じるしか、なかった。
并州刺史であった母の桂、丁原建陽の協力もあって匈奴による漢への侵攻を食い止めることはできたものの、これもまた陰謀の一環によって、母は獄に落とされた。
獄に落とされた母を救い、さらに国を守るためには、権力を手に入れる必要があった。ただ戦が強いだけでは、いいように使われるだけだ。国の中枢には、間違いなく例の謀略を
その世界で上に行くためには、反吐が出るような真似もしなければならない。壊れなければ無理だと、心のどこかで思ってしまった。壊れるために、彼女は邪魔だと、無意識の内にそう思ってしまったのだ。
汚い世界を生き抜くために同じように汚くなっていく自分を、見せたくなかった。
呂布を闘いに巻きこみたくなかった。李岳が汚い世界でもがくのを見せたくなかった。
闘わせたくない。闘ってほしくない。傷ついてほしくない。心配させたくない。嫌われたくない。失望されたくない。悲しませたくない。死んでほしくない。さまざまな意味で、彼女は李岳の行動原理のひとつになっていた。そのくせ、彼女を傷つけ、遠ざけた。置き去りにした。それが彼女を悲しませることだとわかっていながら、そうしてしまったのだ。
そんな李岳の苦悩を吹き飛ばすように、彼女は再び李岳の前に現れた。李岳を、救ってくれた。
反董卓連合との初戦。彼女が現れなければ、李岳は自滅同然の行動をとっていただろう。将来台頭するであろう、しかし当時はまだ小物でしかなかった曹操と劉備を殺すためだけに、犠牲を厭わず追撃を続けようとした。初戦の戦果は勝利といっていいほどで、そこで退くのがその場での最善だったはずなのだ。それが、いまなら殺せる、と思ってしまった。
それほどまでに、心が病んでいた。間違いなく荒んでいたし、躁鬱の気すらあったのではないかと思うほどだ。その直前で、母を亡くしたと思うしかない事態になったのも、それに拍車をかけた。
そんな状態で戦場の狂気に呑まれかけ、この二人を殺せるなら仲間の命すら惜しくないと、追撃を続行しようとした。間違いなくあとで後悔するであろう行動をしようとしていた。それをせずに済んだのは、そこに現れた呂布の姿を見たからだった。呂布が、李岳を止めてくれたのだ。
そして、祀水関の闘いに、彼女は現れた。李岳との一騎討ちのあと彼女は、うんざりさせに来た、恋は冬至とともに翔ぶと、李岳の頬に口づけた。彼女は、自らの意思で李岳とともに在ることを選んだのだ。
それに、救われた気がした。身勝手極まりない話だが、彼女の存在に李岳の心は救われた。最強と呼ばれる武力以上に、李岳を真っ直ぐに見て、寄り添ってくれる彼女の存在自体が、李岳を救ってくれた。
もう放さないと、その時、誓った。
その後も闘いは続き、多くのものを失い、大切な友を亡くしながらも闘い続け、ついに宿敵に勝利し、乱世はひとまずの終息を迎えた。
それでも、今後も暗闘は続く。武器を執っての闘いではなく、暗い政治の世界での闘いだ。呂布の武力も、そこではほとんど役に立たない。それでも、まだここで降りるわけにはいかないのだと覚悟し、片腕と呼べる軍師にそれらを奪われた。
皇帝や仲間たちも認めた、李岳の追放処分。すべての実権を奪い、漢という国にいた痕跡をすべて消し、もうこれ以上闘うことはないと、呂布とともにどこへなりとも行けという、みんなからの思い遣りだった。
李岳は、終わらない闘いから解放されたのだ。
「今日の野営だけど」
「ん」
「ちょっとした思い出の場所があるから、そこにしよう」
「思い出?」
「うん」
「ん、わかった」
深く訊いてくることもなく、呂布は頷いた。
途中、昼食も含めて何度か小休止を入れ、何事もなくそこにたどり着いた。洛陽からそう遠く離れていない野山である。近くに川がある程度で、ほかには特にこれといったものはないが、ここからちょっと移動すると廃屋がある。
「ここ?」
「うん」
「思い出って?」
「ここで、ねねに会った」
「ねねに?」
呂布が辺りを見回した。
「お腹が減って死にそうなところを、冬至に助けられたって聞いた」
「うん。ここで、ひとりで野営している時にね」
「ひとり?」
「いろいろと、まいってた時期だったからね」
黒狐から下馬し、苦笑しながら言った。
疲れ果てていた時期だった。仲間や友はいたが、自分の弱さを打ち明けることができず、先の見えない暗闘に心が摩耗していた。独りになりたかったのだ。
得意の天竺鍋を作っていたところ、ひとりの幼い少女と一匹の犬がフラフラと近寄ってきた。それが、ねねこと陳宮と、彼女の友であり愛犬である犬の張々である。
匂いに釣られてきたひとりと一匹に李岳は、作った天竺鍋を勧めた。両者とも、貪るようにして食べた。その後、陳宮という姓名に、公台という字、真名である
陳宮という名は、前世の記憶にある『三国志』の知識の中に、憶えがあった。在野に下った呂布に仕え、そこから最期まで運命をともにした軍師の名だった。
洛陽に戻り、起きた彼女から再び名乗りと口上を受けた。少し記憶が混乱していたようだった。
その後、力になりたいという彼女からの仕官の申し出を固辞し、日々を健やかに過ごして欲しいとだけ願った。しかし日に日に増えていく書類仕事に忙殺された李岳を見かねた陳宮の再度の申し出に、李岳は我が身の不明を恥じ、ついにそれを受け入れた。
彼女が居なければ、李岳軍が闘い続けることはできなかっただろう。軍の兵糧や武具の手配など、彼女のすさまじい手腕がなければ、戦が満足にできたかどうかすら怪しい。いや間違いなくどこかで破綻していた。適正の問題ではあるが、これに関しては
幼い少女が自らの食べる食事の量を削り、寝る間も惜しむほどに働かなければならないという状況に、そうさせてしまった自身の不甲斐なさに憤りを覚えることもあったが、彼女は泣き言こそ言えど後悔の言葉を吐くことはなかった。自らが選んだ道だと、誇りを持って李岳を助けてくれたのだ。
下馬した呂布が、懐に抱えていた愛犬のセキトを地に下ろし、李岳に寄り添った。袖をギュッと握られる。闘う時の剛力からは想像もできない、どこか弱々しい、儚げな力だった。
ああ、と李岳は笑い、呂布の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。それに、ねねに会えたんだ。いまはもう、いい思い出だよ」
「ん」
その言葉に安心したのか、呂布がかすかに微笑んだ。
呂布はまだ、李岳が彼女を置き去りにした時、自分は闘えると、ついていくと言えなかったことを後悔しているようだった。李岳もまた、あそこで彼女を傷つける選択を採ったことに後悔がないとは言えないため、なにも言えない。お互いに、残り続ける傷だろう。
それでも、得たものは確かにあったはずなのだ。ただ傷つくだけではなかったと、そう信じたかった。
優しく撫でていた手を勢いよく動かし、呂布の頭をグシャグシャにかき混ぜる。彼女の頭から触覚のように飛び出る二本のくせっ毛がビョンビョンと跳ねた。呂布が、ムッとして李岳の腕を殴った。全力にはほど遠いだろうが、それでもなかなかの痛さだった。グワーッ、とわざとらしく声を上げ、呂布から離れた。
ムッとしていた呂布が、いつもの優しい無表情に戻った。李岳も苦笑し、二人でまず、それぞれの愛馬の世話にかかった。
匈奴の人間にとって、馬は友。駆けたあとは、労いもこめてまずは手入れ。呂布もまた、馬をはじめとする動物たちと心を通わせることができるほど動物好きであり、よほどのことがなければ李岳同様に馬の世話が最優先である。
愛馬の手入れをひと通り終えると、野営の準備にとりかかった。
まず二人で手早く天幕を張ると、呂布に火を熾して貰うことにして、李岳は獲物を狩りにいく。料理も含めて、当番は日替わりで変えることに決めていた。呂布の希望である。
空が赤くなってきたあたりで、狩りを終える。成果は、雉と兎が二羽ずつ。
戻ると、呂布はすでに火を熾し終わっており、セキトと戯れていた。川で釣ったのか獲ったのか、木の枝に刺した魚が数尾、焚火のそばに突き立てられていた。
「おかえり」
「ただいま。天竺鍋でいいかい?」
「ん」
呂布が頷いた。いつもの無表情ながら、期待に眼を輝かせている。尻尾があったらパタパタと激しく振っていただろう。
天竺鍋。李岳の前世の記憶の中にある料理、カレーを、この時代、場所で調達できるもので再現しようとしたものである。天竺鍋という名前は昔、烏桓族の長である単于、丘力居の娘の
自生している香草類を香辛料として使い、ココナッツミルクの代わりに山羊の乳を用いたりといった試行錯誤の結果、目の前の呂布をはじめとして、食べた人の大半からは好評価を受けるぐらいには旨いものができた。
特に呂布は、昔からこれが大好物である。匈奴で生活していた時は、貧しさゆえにそこはかとなく遠慮していたようだが、洛陽で李岳と一緒に生活するようになってからはそれを隠す気もなくなったようで、作ってあげるとたくさん食べる。
昔から、呂布が口いっぱいに食べ物を頬張るのが好きだった。李岳が作った料理を、幸せそうに食べてくれるのだ。
呂布の隣に座り、慣れた手順で料理を作る。時々話しかけてくる呂布に相槌を打ちながらも、料理の手が休むことはない。
ほどなくして、天竺鍋が出来上がった。まずは呂布の器に装い、渡した。夢中で食べはじめた。李岳も自分の器に装い、食べはじめる。うむ、旨い、と自画自賛する。呂布がおかわりした。たくさん作ってあるので、気兼ねなく食べてくれると嬉しい。李岳も何度かおかわりしたが、呂布には敵わない。時々、焼き魚にも手を出す。いい焼き加減だった。
大した時間もかからず、作った料理をみんな平らげた。
「ごちそうさま」
「おそまつさま」
呂布の声に応える。呂布は満足そうだった。呂布が満足そうで李岳も満足である。
呂布と手分けして食事の後片付けをすると、近くの草むらに寝転んだ。呂布も隣に寝転ぶ。かまって、とばかりにセキトが、李岳と呂布の間に挟まるようにして寝転んだ。苦笑しながら二人で撫でる。
夕焼け空が少しずつ暗くなり、瞬く星の光が増えてくる。月が出てきた。雲ひとつない半月の夜。祀水関で、彼女が李岳のもとに来た日の夜も、同じ空だった。忘れられるはずがない。
緩やかに時間が流れていた。月明かりが、傍らの呂布の顔を照らしている。
「沙羅のところに行ったあとは、西?」
呂布が、思い出したように言った。
「うん。敦煌に行って、それから人を集めて、
「人?」
「さすがに二人で行ける
「ん。わかった」
「嫌?」
「嫌じゃない。でも、ちょっと残念」
「うん」
気持ちはわかる。多くの人と一緒に、共通の目標に向かって進む旅も楽しいものだろうが、二人だけの旅路もまた心惹かれるものがある。だが、
身を起こす。呂布もそれに倣った。二人で焚火に近寄ると、そばにあった大岩に背中を預けて座りこんだ。セキトは空気を読んだのか、黒狐と赤兎馬のそばに行った。
呂布が、李岳の肩に頭を預けた。彼女のぬくもりが伝わってくる。
「これから」
「ん?」
「これから、この国、どうなる?」
呂布の言葉にちょっと驚いた。
「珍しい」
「なにが?」
「恋が、国のことに興味を持つとは」
「やっぱり駄目だったなんてやったら、如月を殴りに行く」
ハッハッハ、と軽く笑う。
「如月なら心配ないさ。華琳もいる。桃香殿もね」
司馬懿、字は仲達、真名は如月。
曹操、字は孟徳。真名は華琳。
劉備、字は玄徳。真名は桃香。
司馬懿は李岳が最も信を置いた軍師であり、最後に李岳を裏切ってくれた乙女だ。李岳を自由にするために、最後の最後で李岳を出し抜いてくれた。心の内ではほとんど諦めかけていた自由と平穏を、かなり強引な手段で押しつけてきた。言いたいことはいろいろあるが、それでもあるのは感謝の気持ちだけだった。
李岳の宿敵であった曹操も、李岳よりもずっと優れた頭脳と才覚を持っている。李岳が勝てたのは、天運がこちらにあったのだとしか言いようがなかった。謙遜や卑下の意図はない。どちらが勝っても不思議ではなかったのだ。互いに全知全能をぶつけ合わせた結果、李岳たちがわずかに上回った。それだけの話なのだろう。
劉備はその二人に比べれば凡庸だろうが、彼女の真価はそこにあらず、人を惹きつける魅力にある。それに、彼女の幕僚には稀代の軍師、『臥龍』、『鳳雛』の号を持つ諸葛亮孔明と鳳統士元の二人がついている。きっと民の平和のために尽力してくれるだろう。
彼女たちに加え、陳宮や丞相の賈駆文和、義妹にして、諸葛亮、鳳統に並ぶ『睡虎』の号を持つ徐庶元直、『堕天聖黒猫』という誰も呼ばない異名と謀略家として一流の資質を持つ李儒、口は悪いが徐庶たちにも並び得る軍略を誇る法正孝直に、曹操配下からも荀彧をはじめとした名軍師たちなどなど、李岳がいなくなった穴を埋めて余りありすぎる知恵者揃いである。
しかし、史実において対立していた三国の内の、二つの頭だった人物と、その二人を出し抜くかたちで国を興した血族の傑物。その三人が手を取り合っていると考えると、なかなかに興味深いものがあった。
「いや、これ、ほんと俺いらないな」
「バカ」
複雑そうに、呂布が言った。李岳は苦笑した。
「自分を卑下してるわけじゃないさ。ただ、俺が心配するのは、かえってみんなに失礼だなって」
これだけの人材が揃っているのだ。内政に関しては、心配することすら失礼だろう。もともと李岳は、方針や案などは打ち出せても、実際の政務となると司馬懿や陳宮をはじめとする文官に頼ることの方が多かった。発想力などは他者に比べて抜きん出ているだろうが、それも前世の知識あってのことだ。その知識も、いまの時代で行なっても問題ないであろうこと、可能であろうことはすべて書にして残してある。そこには、これもまた宿敵といえた田疇の思想に則った献策もある。いまはまだ、時代に即さぬものもあるだろうが、彼の志をただ李岳の中で留めておくのも偲びなかった。
いまだ対立する立場にある孫権に関しては、そこまで恐れることはないと思っている。外交で追い詰め、弱体化させて取り込めればそれでよし、血気に逸って戦を仕掛けてきたら、その時こそ叩き潰せるだろう。
孫呉に対して極めて相性のいい、李岳軍で『槍』と謳われた神速の猛将、張遼文遠、公孫賛の遺志を継ぐ趙雲子龍をはじめとした歴戦の武将たちと鍛え上げた兵士たちに、我が蘇武と呼べる心友、
暗部も、黒山賊の頭領、張燕と副頭領の廖化が作った組織、『永家』の諜報力は、もはやこの国では並ぶものがないと言っても過言ではないほどであり、それに対抗できた曹操配下の『触』もこちら側。情報戦も圧倒していると言っていい。
呉を侮るわけではないが、あらゆる面で、いまの漢に正面から太刀打ちできるものではないだろう。
だが、やらざるを得ない軍縮に伴う戦力低下を狙って、異民族が攻め込んでくる可能性は捨てきれなかった。それに乗じるか、あるいは火付け役として呉が動く可能性は充分にある。そういう意味では、油断していい相手ではない。
史実において、『司馬懿』の血族が建てた普という王朝の寿命は短い。さらにその後、異民族の台頭により国は散り散りに分化し、五胡十六国時代という混乱の時代が長く続くこととなった。
この世界、この時代に普が出来ることはないと確信している。みんな、漢の臣として、漢を守っていってくれるだろう。だが、異民族の侵攻は想定しておくべきだ。漢と友好関係にある匈奴が侵略してくることはないだろう。烏桓族と鮮卑族に関しては、それぞれ楼班と劉備軍の
「また、考えすぎてる」
呂布の言葉に束の間キョトンとし、苦笑した。
「まったくだ。もう骨の髄まで染みついてるな」
彼女の肩を抱くようにして、心配そうな呂布の頭を撫でた。
いま李岳が心配してもどうにもならない。いずれにせよ、すぐに起こる問題ではない。十年、二十年、ひょっとしたらもっとあとに起こるかもしれない、というものだ。そもそも、みんなを信じると決めたのだ。漢の臣でなくなったいま、ただの李岳として考えなければならないことは、ほかにある。
いまの李岳が一番考えなくてはならないのは、自分の幸せ、ひいては傍らにいる、誰よりも大切な伴侶の幸せ。ずっと李岳を支え、心配させ続けた彼女に報いなければならない。いや、報いたいのだ、と思う。
彼女が李岳のもとに来た時から、ずっと一緒に傷つき、苦しんできた。彼女が戦場で死ぬかもしれないと考えるだけで、李岳は叫び出したくなるような衝動に襲われた。呂布も、終わらない闘いに李岳が苦悩し続けてきたのを、ずっとそばで見てきた。
一度だけ彼女は、やめよう、もう充分だと、一緒に逃げるからと言った。曹操との最後の戦の時、華雄を失い、
ほんとうはずっと、そう言いたかっただろうに、彼女は耐え続けた。友であった公孫賛を失った直後、いまさら救われようなどと思わないと李岳が言った時、彼女はどんな顔をしていたのだろうか。きっとあの時も彼女は、李岳を止めたかったに違いない。それでも彼女はなにも言わず、ただ李岳に寄り添い、支え続けてくれた。心の拠りどころでいてくれた。
なにも告げることなく単身で出奔し、敵陣の奥で負傷し、追い詰められ、もはやこれまでかと孤独に死んでいくことを受け入れそうになった時、そこに駆けつけてくれた呂布に助けられ、何度でも迎えに来るからと言われ、どれだけ嬉しかったことか。どれだけ救われたことか。
匈奴の地で、李岳の名誉を守るために無謀としか言いようのない条件の決闘を受けたと聞いた時、どれだけ怒りを覚え、どれだけ彼女が愛しくなったことか。
すべてを捧げんばかりの献身に、その想いに応えずして、なにが男か、と思う。
血の
漢を、皇帝劉弁を守りきったのだと、そう思った。
劉弁からの好意に、気づかぬふりをした。誘いのままに李岳が彼女の後宮に入れば、間違いなく火種となる。そうとわかっていて、入ることなどできようはずがない。
彼女への忠誠に嘘偽りはない。不敬ではあろうが、兄のような気持ちがあった。兄が、妹の幸せを願うのは当然のことだ。自らの幸せを度外視してしまっていたこともあり、臣として闘い続けるのだという覚悟だけがあった。
ただ、幸せになることなど考えられないと言いながらも、すべてを果たした時にそばにいてほしい
そのたったひとりの
「恋は、なにかやりたいこととか、あるかい?」
「いま、してる」
「なんだい?」
「冬至と一緒に旅」
自然と、顔がほころんでいた。見ると、呂布もだった。はじめて会った時に見た、花のような微笑みだった。この笑顔に、自分は見惚れたのだ。
きっとあの笑顔を見た時から、彼女に心奪われていたのだ。
「ほかには?」
「冬至の作ったごはん、もっと食べたい。恋が作ったごはん、冬至に食べてほしい。一緒にごはんを食べていきたい」
「うん」
「一緒に馬で駆けたり、お昼寝したり。ずっと一緒にいたい。あとは」
呂布がちょっと考えこむ仕草を見せた。
「ちょっと思いつかない」
「そっか」
「冬至は?」
「俺も同じだよ。恋と一緒に旅。俺の作った料理を食べてほしい。恋の作った料理を食べたい。一緒にごはんを食べたい。一緒に馬で駆けて、一緒に昼寝して、ずっと一緒にいたい」
「ん」
呂布が顔を赤らめた気がした。焚火の灯りかな、と気づかないふりをした。可愛らしかった。
「それで、旅を終えたら、匈奴に戻って、静かに暮らそう」
「いまは、いいの?」
「ちょっと心惹かれてるけど、老後の楽しみにとっておこうってね」
「ん」
「楽しみだなあ」
まだ若いのだ。二人ともまだ二十を少し過ぎた程度で、僻地に隠居するには気が早すぎる。可能な限り世界を見てみたい。
あ、と呂布が声を洩らした。
「もうひとつ、ふたつ、やりたいことがある」
「なんだい?」
「子作りと子育て」
不意打ちに、躰が固まった。少しして、呂布が顔を赤くして俯いた。こちらも顔が熱くなった。
関係自体はすでに持って久しいというのに、こう改まって言葉にすると無性に恥ずかしく感じるのはなんなんだろうか、などと思う。
二人が関係を持ったのは、およそ四年前。
公孫賛を救うこと叶わず、洛陽に帰還して少ししたあと、呂布が夜に部屋を訪ねてきた。彼女にしては珍しいことに、酒を持ってである。
二人で静かに呑んだ。会話はほとんどなかった。ともに真名を交わした共通の友である公孫賛を、そしてこれまでに失われた命を悼むように、ただ静かに呑んだ。
ほろ酔い気分の中、ひとつの衝動が湧き上がった。目の前の乙女が欲しい。彼女の存在を確かめたい。彼女のすべてを知りたい。抗いがたい衝動だったが、理性が制止をかけた。欲望のままに彼女を穢すのか、救われようなどと思っていないと言っておきながら、浅ましい肉欲を満たすつもりか。
懊悩する李岳を、呂布は優しく抱き締めた。彼女は顔を紅潮させ、潤ませた瞳で李岳の眼を見つめた。感情が理性を吹き飛ばした。気がつくと、口づけていた。本能のままにまぐわった。
互いの存在を確かめ合うような、激しくもどこか優しい交合に、李岳は気分が少し上向いたのを感じた。俺も恋も、生きているのだと、そう思うことができた。
その後も、頻繁ではないが肌を重ねた。寄り添う呂布の存在は、ともすれば死者に引っ張られそうになる李岳の心を繋ぎ留めてくれた。
二人の関係を公表することはしなかった。気恥ずかしさもあったが、関係を持ったこと以外、お互いに特になにかが変わった気もしなかったからだ。恋人になった、という気もしない。ほんとうに、お互いに向ける感情が、これまでと特に変わった感じがしなかった。そもそも肉体関係を持ったなどという話を他人に言うのも憚られる。なら、わざわざ言わなくてもいいのではないだろうかということで、呂布も同意した。
ただ、李岳の屋敷に同居する者たち、陳宮や徐庶、母の丁原あらため高順は、それとなく勘づいていたのかもしれない。赤ちゃんが出来たとの呂布の発言に、母は拳を握って喜びを顕にし、陳宮と徐庶は李岳を簀巻きにした。そのあと母は、妊娠したのは呂布ではなく黒狐だと聞き、がっかりしていた。李岳もまた、安堵と残念な気持ちが入り混じる複雑な気持ちになった。
それはともあれ、曹操との決着をつけ、ただの李岳となり、住んでいた屋敷を手放し、あずま屋に呂布と二人で移り住んだ。それまでに比べてまぐわうことは増えたが、国を出ていく前にやらなければならないことも多かったため、やはりそこまで頻繁ではなかった。
「うん。そうだな。母さんたちにもいつか、孫の顔を見せてあげたいしな」
なんとなく気恥ずかしさを感じ、視線を逸らしながら言った。母は一線を退き、しばらくの間は剣術師範の真似事でもして人を鍛えるとのことだが、折を見て夫、つまりは李岳の父でもある李弁のもとに身を寄せるつもりらしい。剣に生きた母が、ついに鞘にそれを収め、置くのだと思うと、李岳も安心することができた。願わくば、父と一緒に穏やかな余生を過ごして欲しい、というのは余計な気遣いだろうか。
ふっと、以前、徐庶から言われた言葉を思い出した。
気遣われる方が悪い、気づかないふりをするのは、その百倍も悪い。
その時は、なんのことやらとわかってないふりをした。もっとも、彼女はそれに気づいていただろう。
思えば、呂布との関係については、多くの人から気遣われていたのだ。救われることなど考えていないと、幸せなど求めていないと嘯いても、呂布だけは放したくなかった。周りからもそれを見抜かれていたのだろう。彼女と二人きりでいる時など、ほとんど邪魔された憶えがない。そう考えると、我ながら滑稽だった。ほんとうに、みんなから気遣われていたのだな、と思うとやはり感謝しかない。いまさらだが、二人が関係を持ったことを周りに教えておくべきだったのだろうか。趙雲あたりに滅茶苦茶からかわれそうな気もするが。
あの、筋肉の化身とでも形容するしかない貂蝉から聞いた予言、凄絶な苦痛というのがなんだったのかは、もはやわからない。ただ、仲間や友、そしてこの大切な伴侶が傷つき、命を落とすような事態になっていたのかもしれない。
結果としてそれを未然に防いでくれた司馬懿には、やはり感謝しかなかった。
「痛たっ!?」
脇腹をつねられた。結構、力が入っていた。見ると呂布は、拗ねたように頬を軽く膨らませていた。
「ほかの女のこと考えてた」
やはり、拗ねたような声音だった。
果たして貂蝉は女性の範疇に入れていいのだろうか、と思ったあと、いや司馬懿の方か、と思い直す。
「やましいことは考えてないって。こうして二人で旅ができるのも、如月のおかげなんだよなって思っただけだよ」
「んぅぅ」
複雑そうに呂布が呻いた。苦笑する。言ってはみたが、確かにこの雰囲気でほかの女性のことを考えられるのは面白くないよな、と思った。
拗ねたようにこちらを見つめる呂布に顔を近づける。呂布がわずかに眼を瞠り、瞳を閉じた。そっと口づける。少しして、唇を離した。
「するの?」
「したい。恋は?」
「ばか」
わざわざ訊くな、ということなのだろう。顔を赤くしたまま、呂布は離れようとしない。期待に顔を上気させている。李岳も躰が熱くなっていた。
二人、寄り添い合いながら天幕に向かう。片時も離れることはない。もう放さない。お互いに、在り方でそれを示し続ける。
ふっと、空を見上げた。呂布もそれに倣う。
煌く星が見えた。その隣には、紅く輝く星も見えた。
***
光が眼に入り、呂布の意識が覚醒する。瞳を開くと、誰よりも大切な人の顔が間近にあった。寝息を立てている。
お互いに生まれたままの姿で抱き合い、毛布だけが躰に掛かっている。
今朝の李岳の表情は、とても安らかだった。昔、匈奴の地で一緒に昼寝した時によく見た、呂布の好きな寝顔だった。それに安堵する。
洛陽では、つい最近までほとんど見た憶えがなかった。
司馬懿のおかげと考えるとちょっと癪だが、感謝するしかなかった。ただ、彼女に対する敗北感のようなものはあった。
結局、呂布は闘うことしかできなかったのだ。李岳の矛として闘うことはできた。だが、それしかできなかった、とも思う。あと、できたのは、そばに居ることだけ。それが間違っていたとは思わないが、もっとなにかできたのではないか、という思いは強かった。呂布にできないことで、司馬懿は李岳を救ってくれたのだ。自分も、政治のことなども勉強するべきだったのだろうか。
そこまで考えて、小さく
後悔はいくらでもある。それでも、彼の心を一番支えたのは自分だ、と思う。それだけは誰にも否定させない。これからも支え続ける。そばに居続ける。必要とあれば武を振るう。いままでと変わらない。違うのは、もう彼を縛るものはなにもない、ということだ。誰かのためにと、やりたくもない闘いをする必要はなくなった。彼が、自分を押し殺す必要はなくなったのだ。
ある意味では、お互いが枷になっていた。
最後の一戦以外、李岳は呂布を死地に飛びこませるのを
だが同時に、それでよかったのだ、とも思う。だからこそ、あの決戦でいままでにない力が出せたのだ。あれは、二人で生きて帰る大きな力になったという確信がある。
ただ、怒りと殺意に身を任せて獣のように闘い、李岳を悲しませてしまったことだけは後悔している。感情のままに動いてしまう悪癖に関しては、ほんとうにどうにかしたい。李岳は気にしないし、友である趙雲はそれがいいところでもあると言ってくれたが、それでも李岳に心配をかけてしまうことであれば直したいと思う。少なくとも、李岳が心配せずに済む程度にはなりたい。
みんなに、祝福された。李岳を憎からず想う者は少なくなかったが、みんな祝福してくれたのだ。李岳は任せた、李岳を幸せにしてくれ、李岳と幸せになってくれと、送り出された。
しかし、それはある意味では、どうでもいいことだった。李岳と一緒にいるのは、誰かに頼まれたからではない。義務でもなんでもない。彼とともに在るのは、呂布の意思だ。
彼と一緒に居たいから、彼を幸せにしたいから、彼と一緒に幸せになりたいから、彼とともに在ることを望んだ。だから、みんなの分まで、などと言う気はない。ただ、呂布の気持ちに、みんなの気持ちを少しだけ足す。それだけだ。それだけでいいのだ、と思う。
みんなからの祝福を、呪いにしてはいけないのだ。だから、呂布は自分の意志だけで、李岳のそばに居るのだ。
李岳の瞼が少し動いた。起きる、と予想する。
予想通り、少しして李岳が瞳を開いた。
「おはよう、冬至」
「ああ、おはよう、恋」
「今日は恋の勝ち」
言うと、李岳が楽しそうに笑った。別に大したことではない。あずま屋に移ってからはじめたことだが、一緒に寝た朝は、どちらが先に起きたかという些細なことを競っているだけだ。いまのところ、六対四で呂布が優勢である。
勝者の権利として口づけを所望する。瞳を閉じて唇を突き出すと、温かく柔らかいものが唇に軽く触れ、離れた。朝なのでこれくらいでいい、と物足りなさを振り切る。セキトたちの世話もしなくてはならない。
みんな、家族だ。いずれ家族は増やしたい。李岳と呂布の子であったり、赤兎馬と黒狐の仔であったり、セキトにも相手を見つけてあげたいところだ。きっと大変だろうが、それを上回るぐらい楽しくなるだろう。
手早く身支度を整え、自分たちの朝食も含めて、するべきことを終える。
朝食後の小休止で、昨日と同じように二人で草むらに寝転がる。やはり寄ってきたセキトと二人で戯れる。
空は、いい天気だった。荒れる様子はない。風も昨日同様、穏やかなものだった。
「さて、今日はどうしようか?」
「二号と黒狐が走りたがってる」
犬のセキトが一号で、赤兎馬がセキト二号である。なんとなく響きが好きで、二頭とも同じ名前だ。会った順につけただけで、優劣はない。
呂布の言葉に、李岳が頷いた。
「じゃあ、今日は黒狐と赤兎馬が満足するまで走るか」
「ん」
小休止を終え、日課に入る。李岳との立ち合い稽古。全力でやれば呂布が負けることはほとんどないが、それでも油断はできない。しない。なにも考えずに闘うと、思いも寄らぬ攻撃が飛んでくるのだ。
俺を見ろ。そう言われているような気がして、どこか
私を見て。そんな気持ちで、こちらも攻撃する。
互いだけを見て、感じ合う。これもまた、呂布と李岳の交感だった。
やがて立ち合いを終えると、再度の小休止のあと、天幕を片づけ、荷物を纏めた。荷をそれぞれの愛馬に分担して積む。
セキトを懐に抱え、赤兎馬に跨った。李岳も黒狐に跨る。二騎で同時に駆け出した。風を受ける。穏やかな風もいいが、自分も風になったかのようなこの峻烈な風もまた心地よい。
二騎、張り合うようにして駆ける。並の馬ではまず追いつけない速さで駆ける。世界は自分たちだけのものだという錯覚すら覚える。
しばらく駆けるとやがて満足したのか、赤兎馬と黒狐がどちらともなく足を緩めた。早足で並走する。まだちょっと走りたがっているようだ。少し休んだら、もう一度駆けさせよう、と李岳と話す。
遠くに、空を往く鳥が見えた。二羽。寄り添うように飛んでいる。
ぽー殿の書かれる『李岳伝』は甘さ控えめ。ゆえに尊き。ゆえによき。
しかし、直球で甘いのもまた、よき。需要があるかどうかではない。供給がないなら己で書くのみ。書いた。
呂布隊の者たちが、『李岳と呂布の仲を見守り隊』とか、ありであろうか。
『李岳伝』を読み返すと、冬至殿は恋殿のこと好き過ぎではないだろうかというか、この男、呼廚泉との決闘のところでもうすでに恋殿に完全攻略されてませんかね、ってなる。いや男の名誉のために無謀な条件の決闘受ける女とか惚れん方がおかしいが。