性別反転が好きなマイノリティだっていいじゃない。 作:菊池 徳野
「頑張れ!そこだ!突っ込んじゃえ!」
「いや、流石に突撃は拙いんじゃない?色々と大味すぎるよ。」
「じゃあパワーで押し切って!」
「脳筋過ぎないか?」
わいわいと話す彼らを少し後ろから観察する。それが艦長から告げられた私の仕事。
「落ち着け要。前に乗り出すと落ちるぞ。」
適度に言葉を送って場に馴染むように努める。お堅いなどと言われることも多いが、別段人付き合いに困ったことは無い。それが仕事となれば尚更。
それに、この状況を維持させることが艦長の思い描く局面を現実にするために必要だと思えば思う所などない。
敵側の捕虜と味方側の問題児。その監視を任されるのは信頼されているからなのだが、周りから見て子守りを回されたと捉えられるのが不満と言えば不満。
現に敵陣に乗り込む奴らの表情に憐憫の表情が浮かんでおり、私の機嫌は底をついた。
要はその事にいち早く気づいたようだが、それでも私が何に不満を持っているかは分からない筈である。それに彼女はよく思考を放棄したり行き当たりばったりなところがあるので事実以外は興味が無いように思える。おそらく深くは考えないだろう。
目の前でスポーツ観戦かのように2人の戦いを見ている姿を見るに、やはり難しいことは考えていないと見える。案外態度に出るのだ、こいつは。
アルフはフェイトの安全を第一とし、ユーノは管理局に対する無意識の信用がある。なのはとフェイトはアースラの戦闘要員が今頃どうしているか知らないとなるとこの頭の回る小娘さえ抑えておけば上手くいく。というのが艦長の考えらしい。
考えと言っても命令自体、『あの子を傍で見張ってて。』という疲労の滲んだものだったので物理的に何とかしようということなのだろう。
民間人の協力者とはいえ、脱走、情報漏洩、命令違反と軍人ならクビが飛びかねない行動のオンパレードに加えジュエルシードの勝手な譲渡と来たものだから遂に艦長の管理できるキャパシティを超えたらしい。
権力の価値を理解しない者を権力で支配するのは無理だと長い歴史がそう物語っている。
私の推測だが、彼女にとって管理局やアースラというのは珍しい国の人くらいにしか捉えられておらず、よく分からないものというカテゴリーに入っていそうな気がする。
もし正しく理解していたとしても無茶をする気がするのであまり変わらない気もするが、落ち着いたら少しくらいは相互理解の機会を設けたいものである。
適当に気を配りつつ、貰ったおにぎりを口にする。警戒しつつ渡されたお茶にも口を付けるが、身体が強ばるのはもうどうしようもない。
美味しいはずなのになんとも言えない淀みが胸に溜まるのを感じながらぐっと飲み干す。
なのはとフェイトの決闘は若干あちら側に有利に傾いているようだが勝負が見えるほどでは無い。艦長の推測通り順調に進んでいるように思える。
次に動く身として、戦闘前の腹ごしらえは正直ありがたい。
なのはとフェイトの決闘が終われば間違いなくプレシア・テスタロッサからの干渉がくるだろう。それは同時にあちらへのアプローチが可能になる絶好の機会でもある。
戦闘員の強襲だけでなんとかなるかは分からない。最悪の場合何の成果もなく全滅する可能性すらありえる。
次善策、それを見越した人員配置、私が待機しているのもその一つである。
もしもの時はなのはと要、ユーノにも動いてもらう必要が出てくるだろう。なのでなのはに負けられると少し困る。いや、だいぶ困る。
良くも悪くも私たちの最大火力はアースラを除けば彼が1番で、火力が欠けた状態で行動するのは勝算があまり宜しくない。
昨日見たプレシア・テスタロッサの資料の事もあるし、考える時間が足りないにも程がある。
思考を遮るように、突然視界がぱあっと明るくなる。
…やはりあの火力を失うのは惜しいな。流石にこれで終わりだろうが、ある意味ここから私は気を張らねばならない。
「ユーノ!アルフと共に君はアースラに戻れ!」
まだ何も起こっていないが、初動というのは全ての成否を分ける。
誰もがみんな、仲良しこよしを邪魔しないなどと子供のような事を信じている訳では無い。
「クロノ、今度は見捨てろなんて言わないよね。」
飛び出すタイミングを計っていると要から声が掛けられるが、元よりそのつもりである。
「人命優先だ。お前はフェイトとなのはを掴んでアースラに向かって飛べ。私はプレシアの対処に回る。」
この判断力と実直さ、状況判断できるだけの頭の回転は是非管理局に欲しいのだが。実に惜しいものである。
天は二物を与えず。いや、この場合は適材適所の方が近いだろうか。彼女は自由だから活かされるのだろう。
この友情が説教の中で生まれたものであるのが玉に瑕だが。
「行くぞ。」
肩を並べる存在というのは、案外悪くないのかもしれない。
絶望という物に惹かれたのはいつだったろうか。
好きな小説の影響?自分より不幸な人を見るのが好きだから?絶頂と絶望との落差に心躍るから?
そのどれでもなく。私の心が壊れた時から絶望というものを理解したのかもしれない。
人は立ち上がれない生き物だ。
寄りかかって、這いつくばって、前に進むことができたとしても立ち上がって元のままに生きていくなんて稀な話だ。
崩れ落ちた経験は、必ずどこかで瑕になる。
ふとした会話で話題に上がった時にストレスを感じる程度から、恐怖し気が触れかねない精神状態になるまで様々。
絶望とは、心が壊れるとはそういうことなのだ。
壊れた心が元に戻ることは無い。壊れた物は脆くなり、壊れる前のように無茶な扱い方はできない。
壊れたことの無い心に比べ、壊れた心は壊れた時の形を覚えている。それが怖くて無茶なことができなくなって、無意識に自分の首を絞めたくなる。
そんな絶望に人が叩き落とされる様が、なぜこれほどに心を擽るのだろう。
廊下に響くアラート音が部屋の中まで届く。原作通り、プレシア・テスタロッサが動いたのだ。
「アルフ、私はフェイトくんのお母さんを倒しに行くよ。」
生気を失ったその瞳に花火を見るような期待と不安が心を支配するのはなぜだろう。
そっとフェイトの顔に手を伸ばして、結局何もしないままアルフの方を向き直る。
「フェイトくんの事、看ていてあげて。」
心を支える柱というのは案外儚く脆い。そしてそれは、自分に依存することがない。
フェイトの場合であれば母の愛の記憶であり、信条、理想の未来、自己のアイデンティティである。
愛を否定され、生まれを否定され、不要な存在だと自覚した。その絶望は想像するだに悍ましい。
最後にチラとだけフェイトの方を見遣ってから、首に提げたリリィを手のひらで包むようにしてバリアジャケットを纏う。
「それじゃあ、行ってきます。」
それは生きるための理由と言い換えてもいいかもしれない。それが失われた彼の姿は、もはやただの抜け殻だ。
絶望しているだけの彼には、さほど食指が動かない。
心のどこかで輝いている彼らが好きなのだと宣言しているようで、自分の性癖の難儀さに辟易する。
それでも、私は再び彼が輝くと知っている。
故に期待し、興奮し、憧憬の念を禁じ得ない。勝手に期待してしまうのはもはや仕方ないことだが、私は決して彼らに失望しない。
それは信頼であり願望であり、私の醜さ故の自己防衛なのかもしれない。
結局私をつき動かしている愉悦への衝動というのは、絶望に惹かれる破滅願望などではなく、未来ある若者を自分の所まで引き込みたいというちんけでワガママな欲求なのかもしれない。
人が輝く為には一度泥を啜らなければならないなどという、勝手なヒロイックへの心酔を実現するための手段として愉悦を採用した。ただそれだけなのだ。
「フェイトくんは…大丈夫だよね。」
『Yes.Master.He is so strong of mental. Probably he wake-up soon.(彼なら大丈夫ですよマスター。挫けても前を向ける人物です。)』
「そうだよね。ふふ…。」
意思があるとはいえ機械であるリリィにもフェイトは強い人間だと認識されている。その事実に心が震える。
絶望に負けない、立ち上がってこれるだけの意志の強さがあるのだと。
これが主人公、これがひと握りの輝き。
先程から笑いが止まらない。アラートの音でかき消されているものの他人が見たら今の私の姿は明らかに異常に映るだろう。
幸いにして非常事態であり、医務室からの通路を利用しているのは私しかいない。込み上げる笑みを手で隠してはいるものの、人が通りかかれば声ばかりは誤魔化せない。
なのは達と合流するまでに気持ちを切り替えなくてはいけないのに、フェイトの心が折れる瞬間を思い出すだけでもはや我慢が効かなくなっている。
あぁ楽しいなぁ。たのしいなぁ。愉しいなぁ。
言葉の意味を理解してなお否定を求めるフェイトの姿は、震えて凍えそうな姿は、良心の呵責を呼ぶに相応しく。呼吸すら忘れて力なく頽れる姿は最高の一言に尽きた。
それにアルフを近くに置いておいたのも正解だった。
フェイトの真実を知って混乱した振りをする彼の表情も素敵だった。理解してしまったが故に己の抱いた感情を否定する術を求める人というのは何故あそこまで愉快なのか。
そんな馬鹿な話があるか。嘘をつくな。そんなことありえない。そうやって否定する度逃げ場がなくなり、自分の主の不憫さを段階的に自覚していく様は、正しく芸術と呼んで差し支えない。
プレシアとの会話が続かなくなった途端、彼が主人に向けていたのは憐憫でしか無かったと納得した時の表情を見た時など、足元から快感の波が脳へ突き抜けた様な気すらした。
私は
あぁ。これが私の手によって引き起こされたものだったとしたらその快楽はどれほどの物だっただろうか。
2倍?3倍?それとも数字では表せない新たな興奮と達成感が私を満たしてくれるのだろうか。もしも全てを掌の上で行えるのだとしたら、命を対価にしてもいいとすら思ってしまっている自分が居ることに私は恐怖と興奮を覚えている。
戦場へと足を動かしながら、取り敢えず今はこの悦びを堪能するとしよう。
もし気づかれたとしてもこの興奮は義憤に、心の邪悪さは無邪気さの露出だと大人たちは考えてくれるに違いない。子供というのは純粋で無垢で単純なのだという信仰が、彼らの中には根付いているのだから。
何もおかしなことは無い。私は友達の為に地球の為に危機を排除しに行くだけなのだから。
だからフェイトくん。早く元気になってね?
ニチャァできる描写よりもニチャァり方と心の動きを意識して書きました。
アースラは笑顔溢れる素敵な職場です。