紅閻魔サンタのクリスマス   作:悲傷

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第12節

 ヘラクレスの咆哮は空気を揺らし、紅閻魔は髪を後ろに引っ張られる錯覚に陥った。それでもその足を確かに前へと押し進める。そんな彼女を先導するように、マシュとマンドリカルドが盾を掲げて駆ける。

 咆哮に負けじと叫ぶ藤丸の声が後ろから聞こえた。

 

「長期戦は不利だ。短期決戦で行く!」

 

 ヘラクレスのクラスはバーサーカーだ。理性を失った代わりに莫大な戦闘力を手に入れ、攻撃面においては他の追随を許さない。その反面攻撃を受けると脆い。

 戦いが長引けば長引くほど、地を穿つ破壊力に身を晒すことになる。藤丸の判断通り、短期決戦に持ち込むのが正解だ。

 一つ問題があるとするなら、ヘラクレスには致命的な攻撃を受けても復帰できる「ガッツ」と呼称されるスキルを有しているという点だ。

 オケアノスで戦った時とは異なり、彼を最強たらしめていた12の試練を持ち合わせてはいない。このため、カルデアのヘラクレスは大きく弱体化している。それでも厄介なことには変わりない。

 紅閻魔はちらりと藤丸を窺った。礼装はアニバーサリー・ブロンドを選んだようで、長袖のワイシャツに黒いベスト。薄紫色のネクタイを締めており、ネイビー色のズボンを履いている。

 彼の中でもう作戦は決まっているらしい。ならばサーヴァントである自分は、御主人(マスター)を信じて指示に従うだけだ。

 ヘラクレスの全身から魔力が立ち上る。彼のスキル「勇猛」によるものだろう。ぶつかっただけで粉砕されそうな巨体が、これまた巨大な斧を振り上げる。

 

「マシュ!」

「はい!」

 

 マシュがマンドリカルドよりも前に飛び出した。細い腕で自分の体よりも大きな盾を持ち上げ、大戦斧を受け止めた。本来ならば押し潰されそうな破壊力だが、スキル「悲壮なる奮起の盾」が彼女を支えている。

 だがこれは一時的なものだ。魔力を盾に集中させて誤魔化しているにすぎない。限界はすぐに来る。ヘラクレスもそれを分かっているのか、斧に力を込め、マシュをねじ伏せようとしてくる。

 

「紅閻魔先生、両方の葛籠を!」

「ちちゅ? 分かったでち!」

 

 少し疑問に思ったが、紅閻魔は指示通りに大きな葛籠と小さな葛籠を召喚し、中身をぶちまけた。大きい方はヘラクレスの力を妨害し、小さい方は味方に魔力を提供して力を増幅させる。

 

「マンドリカルド、宝具解放!」

「うっす!」

 

 ヘラクレスの斧がマシュだけに牙を剥いているため、マンドリカルドに攻撃が及ぶことはない。この隙に彼は宝具を展開した。馬のブリリアドローを召喚し、その上に立つ。

 

「我が手に剣無し。されど剣あり。栄光の剣。壊れずの絶世……」

 

 木刀に光が集まり、ブリリアドローの速度が最高潮に達する。マシュが合わせるようにヘラクレスから距離をとった。

 

「この一時だけでも!」

 

 ヘラクレスも気づいたがもう遅い。マンドリカルドの木刀がヘラクレスの体を捕らえた。

 

不帯剣の誓い(セルマン・デ・デュランダル)!」

 

 デュランダルと同威力を持った木刀が振り切られた。ヘラクレスの肩から腰にかけて大きな傷がつく。

 

「無駄よ」

 

 ずっと見守っていたシトナイが勝ち誇ったように言った。ヘラクレスに宝具が撃ち込まれたというのにだ。

 

「バーサーカーは強いのよ。その程度の宝具で……」

 

 そこで彼女の言葉が止まった。ヘラクレスが大きな音を立ててうつむけに倒れたのだ。

 

「え? な、なんで……」

 

 慌てるシトナイだったが、その目が玉藻の前と合った。

 

「あらあら、気づいてしまいました? 良妻とは己の役目を心得ているものでしてよ」

 

 玉藻の前の強みは豊富なサポート能力だ。マンドリカルドが宝具を展開したタイミングで「呪層・廣日照」と「狐の嫁入り 」を使用し、彼の力を底上げしていたのだ。

 シトナイは歯を噛みしめるが、すぐ笑みに変わった。

 

「流石マスターね。けれどバーサーカーはここからよ。そうでしょ!?」

 

 シトナイに応えるように、ヘラクレスは唸り声と共に起き上がった。彼のスキル「不撓不屈」だ。「ガッツ」と呼称されるものの一つで、致命傷を負っても一度だけ立ち上がることができる。傷口のほとんどが塞がっていることも厄介だが、このスキルの真に恐ろしいところは、攻撃力を増大させるところにある。

 現在ヘラクレスの力は最高潮に達している。だからこそだろう、シトナイが声を張り上げた。

 

「バーサーカー、宝具を撃って!」

 

 ヘラクレスの目が赤く光り、より一層大きく吠えた。その巨体が狙ったのはマンドリカルドだった。彼の宝具「射殺す百頭(ナインライブズ)」はでたらめに斧を振り回すだけのもの。単純ゆえにその威力は凄まじい。

 暴力の嵐がマンドリカルドの肩、腹、胸、腕を滅多打ちにした。最後の振り下ろしが地面を砕き、小さいクレーターの中でマンドリカルドは仰向けになって動かなくなった。

 

「やった! バーサーカー、残りはあなたの敵ではないわ。適当に倒してしまいなさい!」

 

 紅閻魔たちの攻撃の要はマンドリカルドだ。彼が倒れた今、ヘラクレスに決定打を与えられる者はいなくなった。元々確信していた勝利がその手に入ったと、シトナイは実感した。

 この時、シトナイは疑問に思うべきだったのだ。なぜマシュが動かなかったのかを。マシュにはもう一つ、「アマルガムゴート」という味方を庇うスキルがある。それを使って盾役のマシュが犠牲となり、アタッカーのマンドリカルドを残す。そういう局面だったはずだ。

 紅閻魔は一連の戦いを黙って見ていた。自分がやったことは支援と妨害のみ。前線の戦いには参加していない。マスターに近い立ち位置にいたからこそ戦いの全体をつぶさに観察することができた。

 

「そういうことでちか」

 

 マンドリカルドが宝具を受けて倒される。ここまでが御主人(マスター)の作戦だったのだ。紅閻魔の予想通り、ヘラクレスの足元で何かが動いた。マンドリカルドだった。

 

「え、なんで!?」

 

 シトナイからすれば驚愕に値することだろう。ヘラクレスの宝具をまともに受ければ、どんなサーヴァントだって無事では済まない。

 彼女はもっと観察するべきだったのだ。藤丸のマスター礼装がアニバーサリー・ブロンドだったことに。

 

「サーヴァントの戦いを支援する。その為の俺だ!」

 

 藤丸は左手をマンドリカルドに向けていた。今彼が使っている魔術は「騎士の誓い」だ。味方にガッツを付与する効果だ。

 立ち上がるマンドリカルドに向かって、更に二つの魔術を行使する。

 

「魔力放出! 勝利への確信!」

 

 両方とも攻撃力を増加させるものだ。

 加えて役割を理解しているマンドリカルドは自らそのスキルを使用した。

 

「……間際の、一撃……!」

 

 こちらも攻撃に特化したスキルだ。マンドリカルドから先ほどまでとは段違いの魔力が放出され、彼の髪と腰布が上昇気流に巻き上げられるように靡く。

 使えばその効果は絶大。しかし「ある程度傷ついていなければ使用できない」という厳しい制限がかけられている。このためだけにヘラクレスの宝具を甘んじて受けたのだ。

 ヘラクレスはマンドリカルドを見ていなかった。そのため気づくのが遅れた。この場において、もっとも危険な敵だと判断して拳を振り上げる。だがそれは突然軌道を変えてマシュの盾へと吸い込まれた。ここでようやく「アマルガムゴート」を使用したのだ。

 

「いっけええ! マンドリカルドおおおお!」

 

 紅閻魔の代わりに、藤丸が雄叫びを上げた。ひん死の騎士も声を荒げ、木刀を手に跳躍した。その誇れぬ武器に体重を、そして残った魔力全てを込めて、めいいっぱいに振り下ろした。

 それはヘラクレスの頬を見事にとらえた。巨人の顔がひん曲がる。首が嫌な音を立てる。半開きになった口から白い液体が漏れ、その体が大きく傾いた。 鉄を打ちこまれた木刀が遅れてへし折れる。力を出し尽くした騎士は空中で意識を失い、回転する様に地面に叩きつけられた。

 ほぼ同時にヘラクレスがその身を横たえた。

 冷たい空気がその場を支配した。誰も声を上げない。誰も動かない。

 恐る恐ると藤丸は前に突き出していた左手を下した。

 

「マンドリカルド!」

「ば、バーサーカー!」

 

 最初に駆け出したのは藤丸だった。続いてシトナイが弾かれるように動く。

 この時点でもう勝敗は決したようなものだった。

 紅閻魔は藤丸の側でマンドリカルドの容体を看た。ヘラクレスの宝具をまともに受けたときの傷、魔力を全て使い切ったことによる疲労。しばらくは動けないだろう。

 それはヘラクレスも似たようなものだった。シトナイが肩を揺さぶるが、小さく唸り声を上げるだけで立ち上がる気配はない。

 そんな彼らのもとにアルトリア・オルタが歩み寄ってきた。後ろには他4人のサンタサーヴァントたちもいる。

 

「問おう。まだ続けるか?」

 

 紅閻魔とシトナイに向けられた問いかけだ。

 互いの戦力を見れば、まだ五分と言ったところだろう。頭数では紅閻魔たちに分があるが、攻撃の要であるマンドリカルドを失っている。対し、シトナイのクラスは攻撃的なアルターエゴだ。彼女が奮闘すればまだ勝機はあるだろう。

 だがシトナイは首を横に振った。ヘラクレスが倒れた今、もう心は折れていた。

 アルトリア・オルタは手を上げ、紅閻魔たちに向かって下ろした。

 

「勝者、紅閻魔チーム!」

 

 その言葉を受けて、紅閻魔は大太刀を消した。歓声と拍手の中、紅閻魔はマンドリカルドの体を起こそうとした。

 

「マンドリカルド様、ありがとうございまちた」

「へへ、俺なんかでもなんとかなったっすね」

 

 なんとか彼を立ち上がらせるが、体格の差で肩が届かない。仕方なくそこからは藤丸に任せた。

 

「双方、共に素晴らしい戦いだった」

 

 その声は男性のものであり、どこか優美な物を感じさせるものだった。聞こえた方角はアルトリア・オルタの方。彼女は後ろに気づいて横にずれた。出てきた影が一つ。

 ようやく、ようやく出会えた。

 サンタと言うよりはロードワーク中のボクサーという出で立ちをした、薄桃色の髪をした青年。カルナがそこにいた。




今回のお話はバトルがメインではないので、早めに終わらせました。
スキルを用いたバトル描写って難しいですね。
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