木々の生い茂った山を登っていく。これでここに来るのは3度目……いや、4度目だろうか? 毎年足腰が痛くて、登るのが辛くなってくる。それでも猿たちに導かれて、毎年この道を行く。なぜなら、登り切った先にはあの子がいるのだから。
先頭の魔猿が手招きをした。ようやくついたかと十数歩ほど歩くと、ようやく木々がなくなって景色が広がった。
赤くて城のように高い、立派な旅館がそこにあった。
「ふぅ、やっと着きましたな~」
キャッキャとはしゃぐ魔猿たちに語り掛けながら、入口の橋を渡る。
「それにしても……」
彼は宿の斜め後ろにある山を見た。麓から数名の人影が出てきて、背負っていた籠を下した。
「採って来たわよ、山菜」
「これで良いだろうか?」
「団長、これが今回の我らの役目なのですね!」
「そうだ、ディルムッドよ!」
あれは話に訊く、蝦夷地方の民族の衣装だろうか。少女が白熊に跨っている。
彼らと共にいるのは赤い長髪の青年と、泣き黒子の青年に、金色の髪をした男性だった。薄緑色をした可愛らしい女性が籠の中身を検分している。
「シトナイさん流石です。全部、紅閻魔先生が指定した茸です。対して男性陣の皆さま、これ全部違います」
「なんと!?」
どうやら食材調達担当らしい。シトナイと呼ばれた少女が旅館の中へと入っていき、男三人は再び山の中へと走っていく。
彼らとすれ違うように、南蛮の甲冑に身を包んだ男たちが、同じく籠を背負ってやってきた。
さらにその後ろでは2人の青年……ピンク色の髪と、黒い髪をした彼らは「私の方が多い!」「ロードワークで鍛えた俺の足を舐めるなよ?」と火花を散らしていた。
かなりのお手伝いさんたちがいるらしい。
旅館の反対側では筋骨隆々の男性たちが荷物を運び入れているようだ。一番目立つのは4人の半裸の男性だった。兜を被った赤マントの男が「鍛錬ですぞ!」と言うと、顔に大きな傷をつけた男と、目の細い男が「いよっしゃ!」「良いだろう、その勝負のった!」と息巻いて荷物を抱え始めた。一番大きな、見上げたくなるような巨大が男は静かに頷いて後に続いた。
中に入るとそこには大勢の人が行き交っていた。
「帳簿は合っているのかね、ベディヴィエールくん?」
「は、はい。そちらは……」
「宴会部屋の予約の報告がまだ来ておらんぞ!? あ、こっちがルチャ体験会の参加名簿だ!」
「は~い、行ってきま~す」
「しっかりと監視しましょうね」
「ええ、怪我人は決して出させません」
眼鏡をかけた老人と、金色の髪をした肥えた男性が受付で騒いでおり、白い甲冑を着た青年が慌ただしく報告をしていた。
名簿を渡された金髪の女性は意気揚々と歩き出し、白髪の少女と赤い服をした女性が後を追う。
遅れて白い服を着た男性と黒い服を着た女性が青年の後ろに並ぶ。
「龍馬、やっぱり以蔵たちにも手伝わせよう」
「いや、以蔵さんにこういうのは向いてないよ。あそこの面子で手伝えそうなのって信勝くんと斎藤さんぐらいだろうし……」
別の場所では、白い髪をした甲冑姿の女性と、白い服を着た頭に角のある少女。そして鉄の塊がいた。
「バベッジ殿、この汚れなのですが……」
「任せておきたまえ。蒸気の力でとれぬ汚れなどない」
「ウ~」
どうやら洗濯担当らしく、そのまま旅館の裏へと姿を消した。
「あら、クレームですって?」
ピシャリと鋭い音がした。見ると、鞭を持った女性と、威風堂々とした2人の少女がいた。その後ろには大きな男がいる。
「ほう、これほどの旅館に文句を言う輩がいるとはな」
「ふん、無粋な輩だ」
「ねえ皇帝に女王、私達クレーム対応班の出番みたいよ?」
「ネロオオオ!」
「ほ、ほどほどにな?」
紫髪の女性が諫めつつ3人を案内しにいった。
「会席料理、5人前出来上がったぞ。松の間に持っていってくれ!」
「あいよっす!」
「エミヤさん、煮物を見てくださっていいかしら? 私今手が離せないのです」
「ごめんね、私まだ和食には慣れていなくって……」
「お吸い物も足りないのだわん」
調理場の方からは大きな声が聞こえてくる。料理を運んでいる黒髪の青年。彼の頬には汗の跡があった。どうやらお客が多くて目が回る忙しさらしい。入れ違いに羊を連れた女性が入っていく。
どこを見て慌ただしい。そんな中央には彼女がいた。
「運搬班の皆さまには休憩を言い渡してくだちゃい。働き過ぎはよくありまちぇん。厨房班の余裕がなくなってきたので、梅の間は一時閉鎖……そうでち、お客様にはもうしわけないのでちが、宴会の開始時間をずらさせていただきまち。ちちゅ? 山菜班が持って帰ってきたものの半分が、毒キノコだった? ええ、すぐに破棄するでち。それと彼らに宋帝と五官を同伴させるでち。あの二羽なら山菜を間違えることは無いでち。ええ、魔猿たちの統率がとれなくなるので、班分けを変えるでち」
黒髪の少年と紫髪の少女にテキパキと指示を出している女将がいた。一段落着いたのだろう。大きく息を吐いたときにこちらに気づいた。一転して花のような笑みに変わった。
◇
「お爺さん! 今年も来てくれたのでちね?」
「ああ、もちろんだとも」
お爺さんに気づいて、紅閻魔はバタバタと駆け寄った。あの時から毎年、欠かさず来てくれているお得意様だ。
「今年はいつになく賑やかだね?」
「は、はい。これはその……あちきの不手際というものでち……」
閻魔亭が年始に向けて準備をしているというのに、サンタ活動をしたせいだ。結局、マスターやサーヴァントたちに手伝ってもらっている。女将として猛省すべき失態だ。
「すいません、ゆっくりしていただくのが閻魔亭なのに……」
「いやなに、私は嬉しいよ」
「ちちゅ?」
楽しいならば分かる。だが嬉しいとはどういうことだろう。
お爺さんはゆっくりとあたりを見渡した。
「お前さん、たくさんの友達ができたね?」
「……あ……」
紅閻魔は後ろを振り返った。
藤丸とマシュ。厨房から顔を出すのは玉藻の前と、いつものカルデアキッチンの料理人たち。受付にはゴルドルフ所長たち。籠いっぱいに洗濯物を入れて帰ってきた巴御前たち。閻魔亭のあちこちで接客や荷物運びをしてくれている多くのサーヴァントたち。ちょうど、マンドリカルドが食べ終わった食器を持って帰ってきてくれたところだ。皆が紅閻魔を見ているこの場の空気を察して、慌てて立ち止まった。
彼ら一人一人の顔を見て、紅閻魔はくるりとお爺さんに振り向いた。
「はい。紅は今……とっても幸せでち!」
物語はここまでです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次はあとがきとボツネタ集になります。