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ラーマがくれた厳選バナナ。藤丸は皮を完全に剥いて、下の方にヘタなどが残ってないことを確認する。固すぎず柔らかすぎない感触に、ほのかに香る匂い。何も調理せず食べても、立派なごちそうになれそうなバナナだ。
そんな一流バナナをラップで包みこむと、めん棒で容赦なく押しつぶした。綿棒を何度か往復させると、立派だったバナナはペースト状になってしまった。
それを数本分繰り返すと、隣のマンドリカルドに声を駆けた。
「できたよ」
「はいよっす」
マンドリカルドが受け取ってボウルに入れると、そこに山羊のミルクを注ぎ込み、閻魔亭から持ってきてもらった小麦粉を投入した。そしてホイッパー……混ぜて泡をたてるシャカシャカ回す奴だ。それでボウルの中身をゆっくりと混ぜ合わせていく。
「玉藻の前さん、さっき混ぜた分はどうだったっすか? あ、いや。どうでしたか?」
「ええ、ばっちりかっちり、ダマ一つどころか小麦粉の一片たりとも残らず溶けておりました。あなた、意外と料理の才能がおありでは?」
「いや、生前は旅とかしてたっすっから、簡単な物なら……」
『まさか君にそんな側面での戦力があったとはね』
粉を混ぜ合わせるというのは存外難しい事だったりする。しっかり混ぜないと、ダマができてしまうのが一番厄介だ。しかも段々と手が痛くなってくる。見かけによらず、結構な重労働なのである。
電動の泡立て器を使うことも提案したが、紅閻魔曰く「あれは余計な熱が出てしまいまち。せっかくのミルクとバナナの風味が消えてちいまち」と言うことで却下された。
じゃあほぼ素人のマンドリカルドが回すことで、味が良くなるのだろうかと言う疑問があるが、ここは紅閻魔の指示に従おう。
そんな重労働を担当してくれている彼の隣では、玉藻の前が一番重要な役を担ってくれている。生地を鉄板で焼いているのだ。この焼くというのは職人の腕が最も試される場所だ。少しずつ膨らんでいく生地を、玉藻の前は目を皿のようにしてチェックする。そうしている間に、少し前から焼いていた生地が焼きあがったらしい。
後ろに置いてあった桶を抱え、匙でその中身……あんこをとって生地の上に置いた。そして別のボウルに入れてあった白い塊……砕いた落雁だ。これを一粒だけあんこの中央に置く。その上に、あんこを載せていない生地を重ねれば、立派などら焼きが完成した。
「マシュさん」
「はい、すぐに!」
最後はマシュだ。焼きあがったばかりのどら焼きを包装紙でラッピングしていく。クリスマス感が出るように赤いリボンをつけておぼんに載せた。10個ほど出来上がると、それを持って外にいる紅閻魔の元に届けた。
「紅閻魔先生」
「あ、マシュ。ちょうど良かった、今無くなったところでち」
そしてサンタの恰好をしている紅閻魔の役目は、プレゼントを渡すことだ。道行く人に「メリークリちマス」と言いながら小さな包みを渡していく。ちなみに、フォウは料理の邪魔になってしまうので、紅閻魔の隣でマスコット役をしている。
「わあ、美味しい!」
近くのベンチで食べていた子供が喜び、お母さんが微笑む。紅閻魔はそれを少し見つめていた。
「紅閻魔先生が考えたこのどら焼き、子供にも好評ですよ」
「流石は紅閻魔先生。バナナを『つなぎ』に使うとは、この玉藻、思いもつきませんでした」
「俺はどら焼きってのはこれが初めてなんすけれど、和菓子だから普通はバナナを使わないんっすよね? 本当なら何を使ってるんすか?」
「それはアレですよ。色々な料理に使われる万能食材っ! 鶏たちが毎日産んでくれる、白い卵です」
「あ~、厨房の赤い人が、ときどきちびっこ系サーヴァントに作ってあげてる、ケーキと似たような感じなんすね?」
「そうそう」と玉藻の前が頷いた。どら焼きの生地には、小麦粉とミルクの他に、卵を使うのが一般的だ。こうしなければ粘着性が生まれないのだ。今回はそれをバナナで代用した。
ちなみにこのあんこにも工夫がされている。閻魔亭から巴御前が運んできたこのあんこには、砂糖が使われていないのだ。あまり味がしないため、生地についたバナナの甘みを邪魔しないという利点がある。
だが甘みが薄いと途中で飽きてしまう。そこであんこの中央に置いた落雁を砕いた奴だ。落雁のポリッとした触感の変化と共に、甘みが口の中に広がる。そして残りを食べるとそれが和らいでいく。
3、4口で食べる間に味の変化が起きるので、最後まで飽きずに食べられるという工夫だ。藤丸は試食させてもらった時のことを思い出すと、口の中にたまっていたつばを飲み込んだ。
バナナは子供も好きな果物だ。子供受けし辛い和菓子ではあるが、これならそれなりに人気も出るだろう。実際、子供たちがほんのり香るバナナの匂いに笑みを浮かべている。ホットミルクの時よりも『SP』の溜まり具合は早そうだ。
それなのになぜだろうと藤丸は思う。プレゼントを渡す紅閻魔の笑顔が、どこか暗い物に思えてならなかった。
◇
どら焼きのプレゼントは好調で、結構な数を配ることができた。人の波が退けてきたので、一度移動することにした。
藤丸はマンドリカルドと並んでソリを引こうとする。
「あ、マスター。大丈夫っすよ、俺一人で」
だがやんわりと断られてしまった。
「え? だって、さっきまでずっと生地を作って……」
「いや、マスター。ど三流ではありますけど、俺もサーヴァントっす。あれくらいじゃ疲れないっすよ」
「でも……」
ガスボンベや貯水タンクまで積んでいるこの屋台を引く。そんな重労働をマンドリカルド一人に任せるのは気が引ける。
だがそのマンドリカルドは意味ありげな視線を後方に送った。
「それよりも……」
どうやら彼も気づいていたらしい。
「……分かった。ありがとう」
藤丸は屋台の後方へと回った。中では玉藻の前とマシュが食材の残りを数えている。だが紅閻魔はというと、屋台の最後尾に座って、心ここにあらずと言う顔で街を眺めていた。
「紅閻魔先生、どうかしました?」
「あ、御主人……」
隣に座るまで、紅閻魔は藤丸に気づかなかった。実に彼女らしくない。
「何か悩んでるんですか? どら焼きは好評なのに……」
「あ、いえ……それは良いのでちが……」
なにやら深く考え過ぎているらしい。藤丸が黙って待っていると、紅閻魔は恐る恐ると口を開いた。
「御主人、あちきはサンタになる資格があるのでちょうか?」
「え?」
「フォウ?」
『いきなりどうしたんだい?』
藤丸だけでなく、肩に乗っていたフォウと、通信越しにダヴィンチが尋ねてきた。
紅閻魔は思いつめたような顔をしていた。
「アルジュナ様はおっしゃいまちた。紅は子供の心が分かるのでちねと……」
「うん、接客態度は俺も思いつかなかったよ。紅閻魔先生、よく気づいたなって思ったけれど……」
「違うのでち……」
力なく首を横に振った。
「あれは紅が女将だからでち。接客は毎日して来まちたから……失礼でちが、アルジュナ様は接客には向いてないだろうなと、一目見たときから思っていまちた」
職業病というやつなのだろうなと藤丸は思った。
「あちきは子供の気持ちなんて分かっていまちぇん」
「でも、今のどら焼きは人気だよ?」
「あれはたまたまでち。メイヴ様とラーマ様からいただいた物を無下にしたくない。何とかこれでプレゼントを用意できないか……何か作れないか。そう考えて思いついたのが今のどら焼きでち。たまたま子供たちにも受けただけ……偶然でち」
『そうは思えないけれどな……』
「偶然なのでち……」
紅閻魔は頑なに、首を縦に振ろうとはしなかった。
「最初だって、保存が利くお菓子があったからという理由で落雁を選んでしまいまちた。あちきが本当に子どもの気持ちを理解していたら、あんな失敗はしなかったはずでち」
紅閻魔は藤丸の顔を見た。
「御主人、子供の気持ちってなんでちか? 子供の幸せってなんでちか?」
「えっと……プレゼントをもらうとか?」
「物を貰えば嬉しいのは当たり前でち。なんでそれが子供の幸せになるのでちか?」
「それはサンタさんからだから……」
「なんで子供たちはサンタを喜ぶのでちか? 別に親しいわけでも何でもない人から贈り物をもらうことが、子供の楽しみなのでちか?」
「だって、クリスマスだから……」
「クリスマスなら、なんで子供たちは嬉しくなるのでち?」
「……イベントだから?」
「行事は色々とあるでち。子供の日に子供たちが喜ぶのはまだ分かるでち。でちがなぜクリスマちなのでち? そもそも日本とは関係のない行事のはずでち。なんで子供はクリしゅマスに喜ぶのでち?」
紅閻魔は爆発したように質問をしてきた。
答えながら、藤丸は「そういうことか」と納得した。紅閻魔の過去話を、藤丸は聞いたことがある。
生前は幼くして遊郭に売られ、禿として働き、虐待を受け、死後は地獄で働きづめの毎日。彼女には子供として過ごした時間が一切ないのだ。あるとすれば、閻魔大王の義理の娘として過ごした時期と、恩人であるお爺さんと一緒にいた時間くらいだろうか。
だがそれも、前者は決して甘やかされるような境遇ではなかっただろうし……いや、むしろ厳しかったはずだ。生前は字の読み書きすらできなかったはずだが、現在は地獄の法律を熟知した閻魔大王代理だ。この体格で大太刀を使った抜刀術を修めるのは相当な苦労が必要だっただろう。料理に至っては今さら語るまでも無い。
閻魔大王の義理娘として、厳しく育てられたからこそ、この鉄人のような人格が出来上がったのだろう。
甘えられる相手としたら、後者のお爺さんだろうか。いや、それも違う。彼女にとって最も心許した恩人ではあるだろう。だが紅閻魔が他人に甘えるような人とは到底思えない。
「そうか」と藤丸は呟いた。
子供は親に甘えて、夢を見て、何も考えずに無邪気でいられる時間を持っている。大人になるにつれて、自立し、現実を見て、己を律していく。
紅閻魔はこの子供という過程をすっ飛ばして、大人になってしまった人なのだ。見た目は子供なまま……。だから分からない。
「分かりまちぇん! あちきには、子供たちがサンタさんを好きになる気持ちが分からないでち」
クリスマスに現れるサンタさん……と言う子供たちの夢の象徴を理解できない。知識としては知っていても、子供たちがサンタに向ける気持ちが分からない。
「こんなあちきに、サンタになる資格があるのでちか? そもそも、子供はお菓子が好きだろうと思って、お菓子を作って配ってきまちた。でちが、マシュのように飲み物にするとか考えもしまちぇんでした。そもそも、配る物が食べ物や飲み物って、サンタとしてこれでいいのでちか? もっと他に……玩具とか……紅はこの時代の子供たちが欲しがる玩具が分かりまちぇん。毬とか……ええと、現代の日本では野球とかしゃッカーが流行っているのでちたっけ? なら、グローブとかボールとか、運動関連の物を用意しても良かったかもしれまちぇん。もしくは本とかも……」
「紅閻魔先生、考え過ぎだよ。プレゼントは用意する暇すらなかったんだし……」
「いえ、逆でち。考えが浅すぎまちた。もし紅が子供の気持ちを分かっていたら、もっと真剣に悩んだりしたはずでち。子供たち一人ひとりの好みに合わせてプレゼントを変えたりとかも……」
「そこは俺にも責任があるよ」
あの時、マシュやゴルドルフ所長やダヴィンチ……いや、ムニエルたちスタッフにも相談して決めれば良かったのだ。あの場の誰もこの方法に気づかなかった。紅閻魔が悪かったわけではない。
これは紅閻魔一人の責任なんかではないし、そもそも彼女には何の罪もないのだ。だがそれを気にかけるかは本人が決めることだ。己のサンタとしての在り方に疑問を深めていく紅閻魔に、藤丸はなんとか声をかけようとした。
「あの、紅閻魔せ……」
藤丸の言葉は次の騒音にかき消された。
「皆の者ーーーーー! よくぞ余のライブに集った。褒めて遣わす!」
とても綺麗で尊厳に満ちた高い声。同時に耳を引き裂くようなバカでかいものだった。いや、マイクで拡張されているのだろう。
「なんでちこれ……?」
「うん、ネロだねこれ」
それを肯定する様に「ネローーーーーー!!」という野太い声が聞こえてきた。これはカリギュラだろう。
「たぶん、路上ライブとかしようとしてるんじゃないかな?」
あの皇帝のことだ、プレゼントと評して歌おうとしているのだろう。
「ただの騒音の間違いでは無いでちか?」
「まあ、本人は歌が上手いと思ってるし……」
「御主人、流石に止めたほうがよろちいのでは?」
紅閻魔の言う通りだ。ここがカルデアなら我関せずと距離を置くところだが、町中で無差別テロをまき散らすとなれば話は別だ。
「マンドリカルド、ネロのところに急いでもらっていい?」
「え!? マスターはあの皇帝の曲が好きなんすか!?」
「それはない!」
ここははっきりと否定しておいた。嫌ではあるが、行くしかないのだ。
近づくにつれて騒音が頭をガンガンと殴ってくる。到着したころには、藤丸は飛びそうになる意識を捕まえて立つのがやっとだった。
町のど真ん中で、ソリ……いや、自分で改造した舞台ステージだろう。色とりどりのスポットライトに照らされる中、サンタの恰好をしたネロがその美声と全くあっていない歌を披露し、カリギュラがサイリウム……光るライトを振って応援している。
元々赤色が似合うサーヴァントなだけあって、衣装は似合っている。だが押し付けているプレゼントが何一つありがたくない。
「●●! ●●●●●!」
マシュが何か言っているが、さっぱり分からない。フォウと玉藻の前に至っては、ソリの中で耳を抑えて丸まっている。
「●●●●●●●●!」
相変わらず何を言っているのかは分からないが、マシュが指さす方を見ると、アルテラ・ザ・サン〔タ〕とジャンヌ・ダルク・オルタ・サンタ・リリィが近寄ってくるところだった。
「●●! ●●●●●●●●●●●●●●●!」
「●●●●●●! ●●●●●●●●●!」
やっぱり何を言っているのかは分からない。ただ雰囲気からすると協力してくれるらしい。
藤丸は手で合図をした。仲間であるネロたちにこういうことはしたくはないが、ここは暴力に訴えるしかない。
◇
「マスター、なぜ邪魔をしたのだ……?」
ネロとカリギュラを倒してストリートライブを中断させることには成功した。だが当の2人は何が悪いのかさっぱり理解していないらしい。
ちなみに戦いの中で、藤丸が最初に狙ったのはカリギュラだった。紅閻魔の宝具「十王判決・葛籠の道行」は悪属性と混沌属性に対して特攻効果を持っている。カリギュラは両方を持っている上に、攻めは強いが守りは苦手なバーサーカーだ。これらの要素のおかげで瞬時に倒すことができた。
残ったネロは頭数で何とか抑え込んだ。アーチャーになっているアルテラの存在も大きかった。
アルテラとジャンヌリリィが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまぬ。本当なら大会の運営に携わっている我々で、ちゃんと対処すべきところだった」
「それなのにこの有様。私の力不足でした。ごめんなさい、トナカイさん」
「良いよ良いよ、これくらい」
あの騒音の中だ。いくらサンタサーヴァント2人がかりでも大変だったはずだ。
「答えるのだマスター! なぜ我々のサンタ活動を邪魔する? 余はこの後に、プレゼントを配る気でいたのだぞ!?」
「■■■■■■■!!」
カリギュラが吠えると袋を引っ張り出してきた。綺麗に梱包されたCDとブロマイドが山ほど入っていた。
「余の美声を聞かせるとどうなると思う? 民たちは聞き惚れ、手を伸ばすのだ。そう、まるで天を貫くほど巨大な山の上に咲く、大輪の花を見上げるように。そこにこれだ。流石に余をやるわけにはいかぬが、この美声と美貌を手元に置くことくらいは許そう」
「……で、CDとブロマイド?」
「そうだ! 余からの大盤振る舞いだ。どうだ、最高のクリスマスプレゼントであろう?」
「ネロオオオオ!!」
賛同するようにカリギュラが吠えた。
さて問題はここからだ。悪人を一方的に裁くのは簡単だが、無自覚の人間に罪を意識させるのは非情に難しいことだ。
藤丸は先ほどとは別の意味で頭が痛くなるのを感じた。困った顔で紅閻魔を見る。紅閻魔は藤丸の気を察したようだが、すぐには動かなかった。目を閉じて少しだけ黙ると、一歩前に踏み出した。
「ネロ様、それはアイドル活動であって、サンタさんとは違うと思いまち」
「なぬ?」
「サンタは子供たちが望むものをあげるものでち。自分の好きな物を与えてどうするでちか?」
ジャンヌリリィが頷いた。
「……そうか、子供たちが望むものをか……」
どうやらネロも漠然とではあるが理解できたらしい。
「余は喜んでくれると思っていたのだが……」
「ネロ様がやっていることは、自分のためではないでちか?」
清姫と巴御前にも言ったことだ。ネロもこれを自覚してくれると藤丸も思っていた。だが返答は違った。
「うむ、余のためだぞ」
とっくに自覚していたのだ。しかもそれが悪いとは思っていないようで、あっけらかんと言ってのけた。
「え、いや、ネロ様。サンタさんは自分の為ではなく、子供たちの為に頑張る物でちよ?」
「そうだ。だが余がサンタになりたいから、余は余の為に頑張るのだ。何かおかしな事か?」
「で、でちから、サンタは子供のために……」
「雀の女将よ。お主もこの大会の参加者だ。お主とてサンタになりたいと言う願いがあったから、参加したのであろう?」
「っ!?」
紅閻魔が目を見開いて黙ってしまった。
ネロがふんぞり返るように腕組みをした。
「これは大会だ。皆で競っておるのだ。皆がサンタになりたいという願いを持って参加しておるのだ。余だってサンタになりたい。サンタになってこの美声で皆を喜ばしたいから参加しておるのだ。余は皆のため、そして己自身の為に頑張っておるのだ」
ネロは演説の最後に、両手を大きく広げてみせた。
「そもそも、人が己の為に頑張ることの何が悪いのだ? 雀の女将よ、何か余は間違ったことを言っておるか?」
紅閻魔は何も言わなかった。ただただネロの正論を受け止め、硬直するしかなかった。
「どうだ、余は何も悪いことはしておらぬ。マスター、余たちの活動を妨害したことについて、詫びを入れてもらおうか?」
「■■■■■■!!」
完全にネロのペースだった。ネロは勝ち誇ったように腰に手をあて、カリギュラは怒ったように腕組みをした。これはまずい状態だ。藤丸たちも何を言うべきか言葉が分からないでいる。
「反論が無いのなら、そちらのSPをいただこうか。なに、慰謝料というものだ」
「それは……」
これは受け入れられなかった。そもそもネロたちの活動が問題だったのだ。藤丸たちは運営委員であるアルテラとジャンヌリリィの要請を受けて協力し、止めに来ただけだ。
戦いに勝ったのに、SPを取り上げられるというのも馬鹿らしい。
それにここで彼女たちの言い分を聞いてしまったら、またあの地獄のライブを続行されてしまう。自分たちだけの為ではない。町の人たちのためにも、ここでネロの言葉に負けるわけにはいかなかった。
「マスター、そちらの言い分があるなら申せ。そちらの言い分に筋が通っておれば、余も納得する。さあ、聞かせよ」
そしてアルテラサンタとジャンヌリリィの方を見た。
「サンタたちよ、この方針で構わぬな?」
勝利を確信した笑みだった。だがアルテラは首を横に振った。
「いや、悪いがネロたちは失格とさせてもらう」
「……なんと!?」
ネロが驚いたようにアルテラに組みかかった。
「どういうことだ? 嫌がらせか? 聞かせよ!?」
「周りを見て見よ。ネロ、お主の歌声はこの町の人たちには受け入れられてはいない」
ゆっくりとした声で、アルテラは問題の根幹を告げた。
「何を言って……」
「周りを見るのだ」
ネロが当たりを見渡すと、人がほとんどいなくなっていた。当然だ。
「バカな、余の美声だぞ!?」
「…………うむ、この時代の文明とは合わなかったのだろう」
「そんな訳があるか!?」
「皇帝よ、人がいないのが証拠だ」
「グヌヌ……」とネロが押し黙った。ジャンヌリリィが力強く横から出てきた。
「ネロさん、私もあなたと似たような時期がありました。自分が良いと思ったプレゼントを相手に押し付けていました」
「ああ、あの時のことか」
マンドリカルドがダヴィンチに尋ねている声が聞こえた。当時、彼は召喚されていなかったのだ。
「それが間違いだと、サンタアイランド仮面さんたちからも教わりました。今のあなたは、あの時の私と同じです。間違っています」
藤丸の後ろから「なに仮面って言ったんすか?」と言う声が聞こえた。深く同意した。
「子供たちも、町の人たちも幸せにできぬ。それどころか迷惑になってしまっている」
「これだと『SP』を稼ぐどころか、『BSP』が生まれてしまいます」
「……あの、今なんか言った?」
藤丸は思わず口をはさんだ。BSPとかいう単語が聞こえた気がする。
アルテラは振り返りながら付け髭を口につけた。
「ホッホッホ、『BSP』。ブラックとかバッドとかいう意味のサンタポイント。つまりは、サンタなのに相手を不幸にしてしまったポイントじゃ」
「これが多くなると、せっかく皆さんが頑張って溜めたSPが、打ち消されて無くなってしまいます」
「……色々あるんだね」
サンタとトナカイに、SPにサンタ決闘、加えてBSP。色々とややこしい大会な気がしてきた。
「皇帝よ、お主たちの行為はBSPの増産に繋がりかねない。よって活動内容の変更か、辞退を要求する」
「それを拒否した場合、申し訳ないのですが失格とさせていただきます」
ネロは困ったような顔をした。周囲を見渡し、数秒ほど思考する。頭を横に振ると、そこには決意に満ちた目が合った。
「よかろう。余は辞退する」
「ネロオォ~?」
カリギュラは不満そうだったが、ネロはさっぱりとした顔で言った。
「必要な物を必要なところへ。不必要な物は排除すべし。それを違えるような非生産的な事を、余は望まぬ」
ネロは自分の歌に欠点があったとは微塵も思っていない。ただ皇帝として、自分ではなく民をとったのだろう。為政者だからこそできる判断だったと言えるかもしれない。
「叔父上、どうやら今宵は我らの出番ではなかったようだ。潔く身を引こう」
「……うぬぅ」
カリギュラが頷くと、ネロは「では辞退処理を頼む」とアルテラに告げた。
「良かった……」
藤丸はほっと胸をなでおろした。これで危機は去ったのだ。
そこにネロが近づいてきた。
「マスターよ、端末を出すが良い」
「え? あ、はい」
言われるがまま端末を出すと、ネロが持っていたSPが藤丸たちに譲渡された。
「いいの?」
「うむ。マスターたちが居なければ、余は間違いに気づけなかった。戦いにも負けたしな。余は勝者には寛大だぞ」
と言っても、さほどSPは溜まっていなかった。
「あの、ネロ……」
「なんだ?」
「ポイントがあったってことは、ネロの歌を良いと思ってくれた人もいるってことだから……」
「当たり前だ。余の美声だぞ?」
「……うん……」
不要な気遣いだったらしい。
「余と叔父上は町を回って買い物でもしてくる。優勝者発表の際には、場に居合わせるつもりだ。マスターに雀の女将よ。余たちは応援しておるぞ」
「頑、張れ~~~!!」
カリギュラがたどたどしい言葉ではあるが応援してくれた。2人は藤丸たちに手を振ると、町の中へと消えていった。
「マスター、世話になった。だが大会を管理する者として、こちらから何か支援をすることはできぬ」
「頑張ってくださいね」
アルテラとジャンヌリリィも藤丸たちに礼を言い、その場を後にした。
「じゃあ……」
藤丸が皆に振り返る。だが皆の視線はある人物に集中していた。
「……紅閻魔先生?」
紅閻魔はずっと立ち尽くしたままだった。ネロに論破されたときから微動だにしていなかった。
◇
所変わって、ここはカルデアの一室。その部屋の主は鬱陶しそうな声を出した。
「だ~か~ら、トナカイ役なんてごめんだって言ってんでしょ?」
「何よそれ!? トップアイドルの私が、こんなにお願いしているのよ!」
ベッドにふんぞり返りながら溜息を吐いたのはロビンフッド。そしてわがままを言っているのがエリザベート・バートリーだ。
「あのセイバーがレイシフト先で『余の美声でファンを増やしてくる』なんて言ってんのよ。ここは永遠の好敵手である私が行かないで、誰が行くっていうのよ!?」
「どっちも行かなくてよろしい。っていうか行くな。おたくらは迷惑にしかなりませんから」
「んもう分からず屋!」
「へいへい、それでいいですよ」
「どっちが分からず屋だ」という言葉は飲み込んだ。
「仕方ないわね。トナカイがいないから私は大会に参加できない……ここは考えを変えましょう。今私にできることを……そうよ! セイバーがいない間に、私はカルデアでファンを増やすわ。食堂にでも行って……」
「お好きにどうぞ」
ロビンフッドの独り言を、エリザベートは肯定の言葉と受け取ったらしい。
「そうと決まれば後は行動あるのみよ!」
エリザベートは一人で勝手に盛り上がると、バタバタと出て行ってしまった。
「ふぅ、やっと出て行ってくれたか……」
第一、あの皇帝と我儘娘が一緒になって歌ったら、特異点が別の意味で消滅しかねない。
「面倒ごとはごめんですよっと……」
彼が一息ついた時だった。ドカーンと大きな音が聞こえた。バタバタと音がして、自動ドアが勢いよく開かれた。先ほど出て行ったばかりのエリザベートが、シクシクと泣きながら入ってきた。
「メルトリリスとカーミラに追い出された~! アイドルなのに~!!」
「だからなんで俺のところに来るんですかね!?」
本当はエリザベートとロビンフッドを参加させて、ネロと熱唱してもらおうかと考えていました。ですが、よく考えたらロビンフッドはトナカイをやらないよなと思ったので、このような形となりました。
ロビンフッドは私の好きなキャラで、マンドリカルドともそれなりに親しいので出したかったのですが、今回は見送りとなりました。
カリギュラって町中に出しちゃっていいのかな? 暴れないかな?