藤丸たちの横に並んで歩きながら、マンドリカルドは地面を見ていた。
「町にまで来て鮫と戦うとか、これも貴重な体験ってやつかな?」
「え、あ……そっすね……」
マスターにしては随分と距離感が近いなと、相変わらず思う。彼にこれほど親しくされる理由が何かあるのだろうか。
今は藤丸と紅閻魔に付き添って帰路についているところだ。これ以上マシュたちを待たせるのはさすがに申し訳ない。日も暮れて夕方になってきた。空を見上げれば、西に少しだけオレンジ色が残っているだけで、マンドリカルドたちの上には灰色の雲が並んでいる。
この帰路の中で、紅閻魔だけは足取りが重そうだった。マンドリカルドと藤丸の少し後ろを、俯きながら歩いている。どうやら彼女はまだ答えを出せずにいるようだ。
マンドリカルドは自分の鎧を触った。続いて盾。そして担いだ木刀の柄に振れる。そして自分の記憶を遡る。
やっぱり出過ぎた真似ではないだろうか。自分のような三流英霊が、紅閻魔のような凄い人に言えることなど、何もないのではないか。言いたいことが伝わらないかもしれないし、もしかしたら怒らせてしまうかもしれない。恥をさらすだけ晒して、嫌われてしまうかもしれないが、それは仕方ない。所詮自分はその程度の存在なのだから。
どうしよう。やはり言わないでおくべきか。
「マンドリカルド」
気づくとマスターが側に立っていた。
「言ってあげなよ」
「え、あの……分かるんすか、マスター?」
「分かるよ」
悲しそうな目で彼は言った。なぜこんな目をしたのかさっぱり分からない。この人のことを全ては知らないが、信用できる人だとは理解している。その一押しが彼の足を止め、後ろを振り返らせた。
「あの、紅閻魔先生」
紅閻魔が立ち止まり、マンドリカルドを見上げた。
「はい、なんでちか?」
「……あ~……う~……」
目を左に右に、頭を掻いて次に頬を掻く。自分の仕草を見ているマスターの視線を感じる。
呼び止めておいて何をしているのだろう。ここまで来たら、どうせ引き下がれはしないのだ。意を決すると、マンドリカルドは口を開いた。
「紅閻魔先生!」
「はい」
「俺……英雄になりたかったんすよ!」
場に鳥の囀りが鳴った気がした。
「あ、えっと……違う違う。えっと、そうじゃないんっす!」
あたふたと手をばたつかせてパニックなるが、すぐに「落ち着け落ち着け」と自分に言い聞かせて、深呼吸した。
「紅閻魔先生は、俺がどういう英霊か知ってるっすか?」
「はい。カルデアにいる皆様に関するお話は、大まかではありまちが把握しているでち」
「ハハ、流石っす……えっと、じゃあどこから言えばいいんだ? あ、っていうか、俺みたいな悪党からの話なんて、聞きたくないっすよね?」
「そんなことはありまちぇんよ」
「あ~、この人ならそう言うよな。めんどくさい感じになっちまったな」と反省し、少し考えてからマンドリカルドは話を切り出した。
「俺は父を、シャルルマーニュ十二勇士筆頭のローランに殺されて、復讐の旅に出ました。タタール族の王って立場も省みずに……」
「はい、知ってまち」
「でもね、復讐もそうだったんですけれど……俺は冒険者として輝かしい功績を残したかった。そしてローランを倒した英雄になりたかったんすよ。そんな大層なことができるわけでもない、身の程も知らずに……」
王の役目を捨てて騎士に。なんて身勝手だったのだと今でも思う。
「結果はそれなりでした。語れる武勇伝って言ったら、このヘクトール様の鎧と盾を手に入れたことくらいっす。まあ、最後は自分の欲にまみれて全て台無しにしちまいましたけどね」
「うんうん」
勤勉な紅閻魔のことだ。これも知っていたのだろう。話を促すために、ただ頷いてくれているようだ。
「こんな馬鹿野郎な俺だから、紅閻魔先生を見ていて思うんです。この人、ほんと凄いなって……」
「あちきがでちか?」
「ええ。あなたは俺と違って、いつだって誰かの為にって動いてるじゃないっすか。料理とかも色々と」
マンドリカルドは深くは語らなかった。彼は紅閻魔と一緒にいた僅かな時間で気づいていた。彼女にはほとんど味覚が無いということに。ラーマから受け取ったロールケーキを食べたときの仕草を、マンドリカルドは疑問に思って見ていたのだ。
味覚のない彼女が料理の達人になる。そこにどれだけの労力があったのだろう。それも自分の為ではなく、誰かのためにだ。
頑張って体得した料理の味。彼女がそれを楽しめることは永遠に無い。その考えに辿り着いたとき、マンドリカルドは紅閻魔を心から尊敬した。
「自分には到底真似できないっす……」
声に出してしまったことに気づいて、慌てて口を押えた。紅閻魔は「何のことだろう?」と言う顔をしている。
「俺は自分勝手で、傍若無人に振る舞って、身を滅ぼした大馬鹿野郎っす。だから、誰かの為にって動けるあなたを、俺は尊敬するっす」
ここまで前置きをしてから、マンドリカルドはどうしても言いたかったことを口にした。
「だから思うんす。紅閻魔先生、もっと自分に我儘になっても良いんじゃないっすか?」
「自分に我儘に?」
紅閻魔は首を傾げた。本当に分からないらしい。
「紅閻魔先生、サンタ活動楽しかったっすか?」
「はい、それはもちろんでち」
「このままサンタを目指す大会で、優勝したいとは思わないっすか?」
紅閻魔は少しだけ考えた。
「あちきには、サンタになる資格は……」
「資格なんてどうでもいいっす!」
悲鳴に近い声だった。紅閻魔も藤丸も驚いた目で彼を見た。
「あんたは俺とは違う! 俺は英雄になれるような器も資格も無いのに、それを目指して、他人を不幸にしただけの屑っす」
右手で自分の額を掴み、マンドリカルドは絞り出すような声で語った。
「……デュランダルを拾った時だって、決闘の立会人だったゼルビーノに逆ギレして、斬り殺して、そいつの妻だったイサベラって女が泣き崩れていたのに、その場に残して立ち去ったんす。知ってます? その後イサベラがどんな目に遭ったか? 俺が殺したようなものっす」
彼の声に涙が混じった。
「資格も無かったのに好き勝手やって、他人を不幸にすることしかできない、殺されて当然の屑。それが俺っす。英霊なんてものに祀り上げられるような、大層な存在じゃない。けど、あなたは違うでしょう!?」
右手を強く振り払った。
「あなたは今までいろんな人の為に頑張ってきた。尽くしてきた。周りを幸せにしてきたんっす。だから、一つくらい我儘言ったって良いんすよ。幸せになりたいって思って良い、いやあなたは幸せになるべき人っす! やりたいことをやって、なりたいものになって、幸せ掴もうとすることの、何が悪いんすか!?」
マンドリカルドは肩で息をしていた。必至の熱弁だったが、紅閻魔はまだ理解ができていないようだった。
「あちきよりも、強い気持ちでサンタを目指してる人がいまち」
「じゃあ、あんたは目指しちゃいけないんすか?」
「……あちきにはサンタを目指す理由がないでち」
「さっき言ってくれたじゃないっすか。サンタ活動楽しかったって。それじゃダメなんすか?」
「……楽しいってだけの理由で目指していいのでちか?」
「幸せ目指して何が悪いんすか?」
紅閻魔は少し俯いた。
「もし……でちよ? それだけの理由で紅たちが優勝して、サンタになってしまったら、皆さんからこう……不満が出てちまったり……」
「その時は俺が味方になるっす!」
紅閻魔が驚いたように顔を上げた。
「いや、俺なんかが味方に付いても嫌かもしれないっすけれど……紅閻魔先生、そればっかりは仕方のない事でしょ。この大会にはちゃんと……はしてないか。むしろ凄いいい加減っすけれど……それでもルールがあって、サンタの席は一つしかないんす」
マンドリカルドは木刀を手に取った。
「一つしかないからって拾った俺とは違う。これはれっきとした大会で、レースなんです。競い合いなんすよ。そこにかける思いが強さになる……ってのは認めますけどね。思いが弱いからって目指しちゃいけない理由なんてないっしょ?」
そしてもう一度尋ねた。
「紅閻魔先生。あなたはここで何をしたいっすか? どんなサンタになりたいっすか?」
「何を……?」
紅閻魔は自分の手を見た。まだ彼女の答えは出ないらしい。すると、ずっと黙っていた藤丸が語り掛けた。
「アルジュナに言ったことが、全てじゃないかな?」
「アルジュナ様に?」
紅閻魔は思い出そうとしているようで、目を斜め上へと動かしている。
「皆と一緒にこの大会を楽しみたい」
藤丸に言われて、ようやく彼女も思い出したようだ。
「そう言っていたよ」
「立派な理由じゃないっすか?」
マンドリカルドはそれに乗っかるように語り掛けた。
「皆と一緒に楽しみたい。そのためにサンタ活動を全力でやりたい。結果的に優勝しちまったって、それは紅閻魔先生が一番サンタに相応しかったってだけの話っしょ? 負けちまった奴らは……そりゃ可哀想かもしれませんけれど、そこはさっき言ったとおり、競い合いっすから」
紅閻魔が目を閉じた。そして胸に手を当てる。開いた目には澄んだ光が灯っていた。
「忘れていまちた。あちきは、マスターやマンドリカルド様たちとのサンタ活動が楽しかったのでち。それだけで良かったのでちね?」
マンドリカルドと藤丸が頷いた。
「他の参加者の皆さまともそう、ただ一緒に楽しくやりたかっただけなのでち」
「そうそう」
藤丸が肯定すると、紅閻魔はようやく笑みを浮かべた。
「御主人、マンドリカルド様。マシュと玉藻のところに戻りまちょう!」
紅閻魔が駆けるように歩き出した。藤丸とマンドリカルドを追い抜いたところで、振り返った。
「それとマンドリカルド様。あなたは良い人だと思いまちよ」
そしてまた歩き出す。マンドリカルドは面食らったが、藤丸が歩を進めたのだ隣についていく。そして「ふぅっ」と息を吐き出した。
「やっぱダメだな、俺……」
色々と言ったが、彼女の本質に迫ったのはマスターの一言だった。自分は言いたいことをまとめきれずに、愚かな過去を晒しただけだ。そんな彼の背中にマスターの手が置かれる。
「ありがとう、マンドリカルド」
「いえ、俺は何も……」
「それと一つだけ」
「なんすか、マスター?」
説教でもされるのかなとマンドリカルドは身構えた。だが違った。
「君のおかげで救われた人はいるよ?」
「……え?」
否定しようとして止めた。マスターの目が、辛そうな色をしていたから。
◇
藤丸たちはソリの元へ帰ってきた。中からマシュと玉藻の前が顔を出し、出迎えてくれた。
「お帰りなさい、先輩」
「さあさ、皆さまどうぞホットミルクを」
「ありがとう」
玉藻の前からミルクを受け取って体を暖める。
「皆様……」
紅閻魔が口を開いた。皆が彼女に注目した。
「色々とご迷惑をおかけして、申し訳ありまちぇんでした」
「いえいえ先生。そんなことはありませんわ」
「ありがとうでち、玉藻」
紅閻魔の持つ紙コップが少しだけ凹んだ。彼女が指に力を入れたのだ。
「あちきは迷っていまちた。ネロ様の言葉で、サンタを目指す理由が無かったことに気づきまちた。清姫や他の参加者の皆さまのような、明確な動機がありまちぇんでした。そんなあちきは、他の参加者の皆さまの邪魔なだけではないか。この大会に参加する資格すらないのではないかと、思っていまちた」
誰も何も言わなかった。ただ紅閻魔の次の言葉を待った。
「ただ、マンドリカルド様に教えていただきまちた。資格とかそんなこと考えなくとも良い。ただ、やりたいという気持ちがあれば良いと。そしてご主人に言われて気づきまちた。あちきがこの大会に参加したい理由を」
紅閻魔は一人一人の顔を……藤丸を、マンドリカルドを、玉藻の前を、マシュを、フォウを見ていく。
「ここにいる皆さまと、クリスマスを過ごしたいのでち。SPとか気にせずに、皆でサンタ活動をして、町の人たちや他の参加者の皆さまと、ただこのクリスマスを楽しくしたい。それが、あちきがこの大会に参加したい理由でち」
そして気恥ずかしそうに続きを口にした。
「その最後に、優勝とかできればちょっとうれしいでち。ごめんなさい、あちきがサンタさんになりたい理由は、これぐらいしか思いつかないのでち」
藤丸は大きく頷いた。紅閻魔は自分の欲があまりない人だ。きっとこれで良いのだろう。
『うんうん。どうやら活動再開みたいだね』
ダヴィンチが久々に通信を入れてきた。どうやら事の成り行きを静観していたらしい。
「ダヴィンチ様。失礼しまちた。元々はあちきが協力すると言いだちたことなのに」
『いやいや、サンタを引き受けてくれただけで大助かりさ』
「……えっとでちね……」
紅閻魔が口ごもった。
「あちき、協力するとは言いまちたが、サンタになるとは言ってないのでち……」
『……え?』
全員がダヴィンチと同じ顔をした。
『ムニエルくん?』
『今、会話ログを検索している。……本当だ! あのおっさんが勝手に勘違いしてやがる!』
「そうだったんすか!?」
マンドリカルドが素っ頓狂な声を上げた。藤丸もマシュも、ムニエルが探し出した会話ログを読んで「あ……」と言った。紅閻魔はサンタになるなど一言も言ってないのだ。
「ごめんなさい、紅閻魔先生。俺たち、凄い負担を勝手に押し付けて……」
「いえ、流されて言い出せなかった紅も悪いのでち。それにさっき言った通り、今はサンタとしてこの大会に参加したいと思っていまちゅ。サンタ役も、皆様と一緒にサンタ活動するのも、あちきは楽しくてしかたないのでち」
それは迷いを振りきれたからこその答えだろう。
「皆様。あちきのせいで沢山出遅れて、寄り道をしてちまいましたが、最後まで一緒にサンタ活動してくれまちか?」
「もちろん!」
藤丸の返事に、マシュたちも頷いた。
「では、サンタ活動再開でち!」
ちなみに、作中に出てきたゼルビーノの妻、イザベラですが…
夫の亡骸を埋葬して僧侶の道を進もうとしますが、道中で山賊みたいなことをしていた男に掴まり、妻になれと言われいます。
彼に「皮膚に塗れば、鉄のように固くなれる薬の作り方を知っている」と進言し、実行。自分の首に塗り「試しに斬ってみてください」と言います。結果、首が宙を舞い、夫の後を追います。とても気高い女性だと思います。
更にちなみに、男は彼女の誇りと自分の愚かさに涙し、ゼルビーノとイザベラを丁寧に埋葬します。