弓術と弓道の最も大きな違いとは目的と手段の逆転である、多くの弓使いがそう感じ、多くの先達がそう説いている。そもそも弓道とは弓術からの派生であるが、弓道に長く携わっている者はこれらを似て非なるものであると断じる。
弓を執り、矢を
弓術家と弓道家は道場に立てば肩を並べて戦んうことができる。しかし、戦う土俵も異なっていれば戦う相手すら変わってくる。大げさに表現してしまえば、それこそ世界が違うのだ。
的に中ったことを喜んではいけない。的に中ることは当然なのだ。ある弓道家はこれをさも当然のように言い放つ。
的に中ったならば安堵してもいい。的に中ててようやく意味がなされる。ある弓術家はこれを逸話とし語り継ぐ。
弓道とは正しい射を、美しい射形を、世界を魅了する自然体を手に入れることを最終目標とする。的に中るのはいわば副産物、当然の事象なのだ。何万何億と弓を引き、己の身体に自然と同化できる技法を刻み込む。対数螺旋に沿うような右手の流線駆動、左半身に導き出す黄金長方形。違和感を完全に消し去り、未知なる違和感を与えることができれば、それは弓道の一種の完成である。
例えばそれは、己の師に叩きこまれた射形を極めようとする星野紗代の目標であり、天下五弓に選抜されかけた理由が弓道の最終目標に近いということであった藤巴織鶴の見据える世界である。
弓術は確実な的中を、絶対的射殺を、他者を排他して恐怖と死をもたらすことを理念とする。美しい射形になってしまうのはいわば副作用、的中効率を求めた結果なのだ。何万何億と矢を発し、己が最も的中率を上げられる射形に到達する。己の身体の限界を見極め、最小の負担で最大の戦果を上げる。違和感を反復訓練で押し潰し、敵の胸を矢で穿つことだけを考えた冷徹な弓兵へ己をのし上げる。
例えばそれは、自ら最良な射形を見出すも弓兵としては未完成な宇佐浩美の憧れであり、先祖代々受け継がれてきた弓術を用いて愛のための冷酷非道な弓兵として完成しつつある椎名京の天下五弓の称号である。
紗代も浩美も学生としては常軌を逸した世界を歩んでいる。それでも、弓道界、弓術界へ一度足を踏み入れればある程度の基礎ができた未熟者に相対的に退化する。どちらも射の美しさを完全に身に付けるどころか、視界の僅かな変化で動揺したり身体に弦が当たることを前提でいたりと、平凡から抜け出せずにいるからだ。
対する織鶴と京は既にその領分さえも越えている。弓道界と弓術界において彼女たちは今後必要不可欠な存在となる、それが確定しているからこその天下五弓の称号、天下五弓への推薦であった。
ところが、弓術と弓道の今後を支える存在だと、あたかも同程度の位に認識された二人にも決定的な差が存在する。
その差は、京の技術は弓道界でも通じるが、織鶴の技術は弓術界では赤子同然であるという事実から生まれている。弓術界での戦闘ならば、織鶴は浩美に必ず勝てるわけでもなく、寧ろ敗色は濃厚だ。動き回りながら矢を連射する存在に、一射一射に分単位の時間を浪費する織鶴が勝てるはずなどない。
弓道はどう極めても基本の徹底でしかない。そこに応用が許されるのは弓術のみ。例えばそれは弓を引く速度であったり、矢に対する改良であったりする。だからこそ弓道は美しき射を最終目標としているし、弓術はそれを過程の一つとして認識しているのだ。
弓術は言わば弓道の祖、織鶴が自らを探弓者と自称することも、京が後輩への指導を無意味と断ずるのも、全てはここに集約される。
何度も明言されることだがそれでも足りない。弓術と弓道は似て非なるものなのだ。
さて、ここまで弓術弓道と日本の話で収まってしまっていたが、この戦場には弓術とも弓道とも名状しがたい人間がいる。
その名を毛利元親、天下五弓の一角である。
彼は技の多種多様さだけを突き詰めるため、和弓でもアーチェリーでもないボウガンに手を出した。ボウガンにできる限りの改造を加え、日本の若き弓使いの中で五指に入るまで実力を伸ばした。
今回の戦争では矢を指定されていることで多少の制限がかかっているが、それでも彼は強力な弓兵である。
型にはまらずに西国一の弓兵と謳われるまで伸し上がった唯一の
今回の戦争に、彼はある決意を胸に身を投じていた――――。
◇ ◆ ◇
「あれが椎名流奥義……。なるほど、他の弓術と一線を画している所以か」
天神館弓兵部隊が占拠していた高台から離れた戦場の中心地、大友焔が
敵の弓兵を観察している彼の名は毛利元親。男子にしては長々と伸ばされた艶のある髪を手櫛で梳きながらも戦闘に必要な思考回路を止めずにいた。
「自軍の将を補佐しつつ、弓兵を後処理を完遂したその手腕は美しい。称賛に値するが……」
ガチャリ、元親の握るボウガンが臨戦態勢に入った。しかし、ただ臨戦態勢に入っただけではない。彼の持つボウガンは一般的なボウガンに比べて異質なところが多い。
まずは
よく見ると、その銃床の底に矢が一本入るかどうかといった穴があった。そこから矢を取り出すのかと思いきや、
「甘いな椎名。美しくないぞ。自分に対する警護が手薄過ぎる」
さらには発射台の底、引き金の正面に取り付けられた奇妙な物体が機械的な音で唸っていた。まるで照準装置のような構造の物体だが、照準装置は本来ボウガンの発射台の上に取り付けるもの。例に漏れず、元親も照準装置やスコープを発射台の上に取り付けていた。
まるで照準装置を二つ取り付けているような設計がボウガンの奇妙さに拍車を掛ける。
「私の美技を馳走してやる」
そう呟いた元親の右手にはボウガンの矢が握られていた。シャフトはまるでクリスマスキャンドルと呼ばれる蝋燭の様ならせん状の溝が刻まれている。
――――それにしても、注文通りに仕上げるとは……。大規模の交流戦だからこそなせる技か。
などと心の中で称賛しながら発射態勢に移る。スコープを覗くと、頭髪が
――――私に気づいていながら大友を討つつもりか椎名流。甘々だ。
「貫き手「
銃床を体に当ててボウガンを確りと固定し、狙いを定めてトリガーを引いた。それと同時に底の照準装置のようなものが
激しく回転しながら射出された元親の矢は、空気の壁を引き裂きながら速度と距離を伸ばしていく。目指すは高台、倒すべき同業者目掛けてのびるのびる。
毛利の矢が敵兵に着弾しようとした瞬間、キラリと高台が光った。
ドォン!! それから一秒もしないうちに空中で大きな爆発が起きる。その音に多くの兵士が空を見上げた。普段から爆破の音に慣れているであろう大友焔も空を仰いでいる。
「ちっ、爆発させて阻止したか」
忌々しそうに呟きつつも次発を装填する。
「知っているぞ椎名流の。爆矢に必要な計算が連射の妨げになっていることを!」
敵は今準備に移ったばかりだと判断し、そこへ畳み掛けるように矢を撃ち続ける。
しかし、向こうも黙っているだけではなく撃ち返してくる。爆弾付きの矢は降ってこないものの、その一本一本が的確に元親に襲いかかってきた。
矢をかわすように走りながらも迎撃を止めない。技数手数の多さが認められて天下五弓に選ばれた男としては、作戦抜きに撃つ手を止めるなど愚の骨頂とも言えた。
元親が一本の矢を放ってから一分足らず、この時点で既に双方が十数本と矢を消費している。弓道家が矢を引き放つのに必要とされる時間ではまだ一本と発射していない、その間に元親は敵兵と十数回命のやり取りをしていた。
「椎名流は恋愛でも戦争でも狙った相手は逃がさない、か。全く、よく言ったものではないか藤巴よ!」
カチリ、トリガーの横に取り付けられているダイヤルを回す。すると、底の昇順装置のような機械の点滅が紅から瑠璃色に変わった。
「精々踊るといいぞ椎名流、嘶き手「
ボウガンに取り付けられた矢の羽が急に逆だった。矢はバチバチッ! と青白い光を迸らせて鮮やかな軌跡を描く。矢自体の速度は先程ほどと大きな差はないが、ボウガンから矢が射出された瞬間に元親の身体が僅かに仰け反ったことを見ると、その威力が増加しているのが予測できる。
今度は標的も対処ができなかったようで、元親の矢は大きな音を立てて高台に着弾し炸裂した。
――――油断するな。矢が尽きるまで気を抜くな。油断するな。
そう自分に言い聞かせるように心で何度も呟き、元親は射撃体勢を維持する。
弦を張りつめたままでいる元親の視界の先、崩れかけた高台から素早く飛び出す影が一つ。元親の電撃を帯びた矢が追撃せんと襲いかかった。
◇
ガシャン! と音を立てながらも物陰に隠れる弓兵の少女。弓がパイプに打ち付けられてしまったことに、しまった、と小声で呟くが、彼女の意識のほとんどは追撃の可能性に向いていた。緊迫感が少女のなかでずるずると這いずりまわるせいで、彼女の右手がぎりりと唸る。
「ふざけていても天下五弓……。技が多いとは聞いていたけど」
――――まさか私が隠れることになろうとは。
天下五弓、椎名京は左で両目を覆って座り込んでしまった。
大きく息を吐き出し、自身の置かれている状況を再認識する。
「現代科学の進歩はすごいね。雷属性の矢なんてゲームの中だけだと思っていたよ……」
近い内に氷の矢なんてできちゃうかもしれないね、などとぼやき笑うもその顔にはじっとりと汗が滲んでいる。両目を覆っていた手をほんの少し離して見ると、その手のひらにも汗がしっかりと張り付いていた。
――――こんなにも焦ったのは久しぶりかもしれない。
「らしくない……」
汗まみれの左手で拳を作り、ぐいっと額の汗を拭きとった。
「反撃しようにも隙がない……。ヒットアンドアウェイで隙を誘い出すような戦闘スタイルだって情報だったけど……大和が仕入れた情報を逆手に取ってきたのかな?」
京は頭の中で受け取った情報を書き換える。決して仕入れた情報が間違いだったのではなく、情報が流れたことによる敵の戦略変更だと再認識したのだ。
情報を入手した人物のことを一切責め立てる前に、相手方の変化を疑うその姿勢は潔さを極めている。しかし、彼女にはただ潔いという言葉だけでは片付けられない理由が存在していた。
椎名京は直江大和に絶対的な信頼と決定的な恋心を抱いている。そして、今回の敵の情報を仕入れてくれたのは他でもないその直江大和だ。彼の情報が間違いだと疑うよりも先に相手方の変化または罠や策略だと思うのは、彼女の抱く彼への信託、依存とも言い換えられる大きすぎて重すぎる気持ちが要因となっている。
「多種多様な技の凄さは理解した。奥義だか秘伝だかは知らないけど、隙のない三本連続射出もおおよそ見当がついた」
焦るのはここまでだ、そう自分に言い聞かせて彼女は物陰の中で準備を始めようとした、次の瞬間だった。
ドォン!! という炸裂音と共に彼女の後方にあった別の物影が爆発したではないか。
――――爆矢……!? 意趣返しのつもりだとしたら陰険な……!
忌々しそうに奥歯を噛みしめ、さらに奥の物影へと見られないように避難する。
「「穿」、「雷」はさっき出て、今のが「
一枚の紙を懐から取り出す京。そこにはいくつもの漢字とそれに対する詳細がつぶさに書かれており、その数は京が運んでいる矢立箱に積み込まれた数十本の矢の数よりも多いだろう。
それを前にしてもなお、京は嫌な顔を一つせず一つ一つに印を打っていた。
「椎名流が先なんだけど。別に、爆弾括り付けるだけの比較的簡単な部る――――っくし!」
京が不機嫌そうに漏らしていた愚痴がくしゃみによって遮断されてしまう。右手には弽をつけていたため左手だけで鼻と手を覆っていた。
「――――」
京はくしゃみをした態勢のままピクリとも動かなかった。
――――さすがにこのくしゃみ程度では、気が付いていない、筈……。
身を縮こまらせて周囲の音に耳を澄ませるが、敵の追撃はやってきていなかった。大きく息を吐き出して力の入っていた肩を下した京はわざとらしく鼻を擦る。
「さっきもだけど、誰か噂してるね。大和だったらよかったんだけど」
そのくしゃみの原因が、弓兵になりえなかった少女の説教からきている例え話だと京は知る由もなかった。
「今のうちにくしゃみしておいてよかった、としておこう。射の最中にむずむずしたらたまったものじゃないからね」
――――そんなこと、絶対にありえないけど。
人としての生理現象を完全に封じ込められるという尋常ならざる自身の元、京は再び戦闘の準備に移る。
弓でも胴着でも弦でも心意気でもなく、その準備の全ては矢の先端である鏃と空気調整の矢羽に収束する。
戦国時代のみならず、石器時代、狩猟時代から最も工夫されて形の変遷を遂げてきたのは矢の中でも鏃であろう。弓の強さや素材などが変化、最適化されてきたことも確かではあるが、和弓に限って言えば弓の形は平安中期には既に現代と同じ和弓の形であった。
しかし、矢に関しては一概に固定されていたとは言えない。何故ならば、矢とは使用用途が異なれば必ず形を変えるからだ。それが如実に表れるのが鏃と矢羽である。矢自体の長さも確かに変わるが、それは個人の体格差などの変化が一番の要因なので鏃や矢羽の変化とはまた話が変わってくるため関係はない。矢自体の素材もまた最適化、文化の継承など
繰り返すが、今回の戦闘における重要な準備は鏃と矢羽に収束する。
まずは鏃であるが、鏃とは使用用途で最も形が変貌する特殊な部分である。矢は何も射抜くだけが全てではない。鏃によって区分するならば、射通す、射切る、射当てる、射砕くと分けられる。簡単に言えば、貫通力、切断力、命中力、殺傷力といった具合だ。儀礼的な行事で用いられていた木製の神頭や、合図として天高く打ち上げ響かせる鏑矢もまた鏃の違いといえる。
つまり、人を殺さないように調整するならばまずは鏃から。故にこの東西交流戦においては鏃が指定されているのだ。しかし実際のところ、鏃がある程度平らであるという程度では殺傷能力は半減どころか一割引きもされない。確実に人を殺すことができる。
だからこそ、弓兵はみな一様に首を傾げるのだ。
何故この矢は人が死なないんだ、と。
人の小指のような形でも頭蓋を粉砕し脳漿をかき乱すには十分だ。そこで川神学園と九鬼財閥という名前が登場してくる。
彼らはいったいどういう原理でそれを作り上げているかは不明とされているが、「確実に死なない」矢を作り上げて提供している。勿論、京も川上学園弓道部の部員も皆その鏃を不思議がった。人を殺さない、ということで第一候補に挙がったのがゴムだ。安全かどうかといわれれば安全ではないが九鬼ならば、という考えでいた彼女たちだったが、仮にそうだとしたら問題があった。鏃がゴムであったとしたら重心が大幅にずれて射そのものが困難になるのだ。
しかし、それはがゴム製などではなく、従来と全く重さの変わらないままに「数倍の大きさのある鏃」だったのだ。
この鏃の中にある仕掛けが人を殺さないとしているようだが、彼女たちに対する説明は「九鬼の企業秘密」という質問の不許可と「従者を標的とした実演」により終了された。たったそれだけで納得させるほど、その鏃は異常なまでに安全を証明して見せたのだ。
鏃一つの開発で弓矢による人の生死が分けられるようになった。
――――爆弾付きの矢だろうが電気の仕込まれた矢だろうが、なんでも殺害の危険性をゼロにする技術は脅威と一言で片づけられないんだけど。
しかし、戦闘における鏃の重要性がわかってしまうと、逆に言えば今回の戦争においては鏃を変えられないということだ。
そこで京は矢羽に注目する。矢羽とは鏃の性能にあった命中力をより高める効果がある。矢自体を回転させるように羽はわずかにしなっていて、それによって矢を回転させて矢飛びを安定させることができるのだ。
その矢羽を変えることで何が変わるのか。そもそも矢羽とは鏃よりも変化の幅が少ない。簡単に取り換えが効いてしまうし、多少の傷やムラがあっても大きなブレが生じることはない。
大きな矢羽の変化が必要な場合といえば、飛距離を伸ばす際に短くするということだろう。矢羽自体にも空気抵抗はかかるため、遠くへ飛ばしたいと思うなら矢羽は小さく、できるだけ大きくならないようにしゅっとお辞儀をしているような控えめなものがいいとされる。
しかし、京はそれを奥義の要とする。
懐からさらに取り出したるは、盆栽でも手入れする際に使うような小さな剪定鋏だ。それを配給された矢の矢羽にすっと通す。
「…………上空から飛来、後ろ回って八時」
パチン。
小気味のいい音と共に矢羽が断ち切られる。羽についている細かな平行線に沿うように切られているため、一見切れているかどうかは分からない。しかし、平行線のない矢と矢羽の接地面をみると、確かに両断されてしまっているのがわかる。
矢から生える三枚の羽全てに切り込みを入れ終えると、その羽の形が崩れないように矢立箱に入れられる。それまで矢立箱に入っていた矢は京の膝枕で横になっている。
「…………救い上げ、二時」
パチン、パチン。
休まることなく切られていく矢羽たち。まるで散髪されているかのようにされるがままに切られている。
――――次はこちらの番だ。
パチン!
最後の一回に力が籠る。京の戦闘態勢は整った。
――――椎名流、迷い鳩。
ギリリ、と弓が引かれた。その矢の先端が向くのははるか上空。それも敵がいる筈の方向を正しく向いていない。それでも京はそれを気にも留めず、弦を引いていた右手を落下させた――――。
◇ ◆ ◇
――――あんの、くっそナルシストめ……!!
ギリリリリリリッ!! と織鶴の弽が激しく唸る。ただ弽の状態を確認するだけならば必要のない程に力を入れ、親指の防護のために作られている帽子という堅い部分を砕かん勢いで音を鳴らしていた。
――――椎名を傷つけたら承知しねーっす……!!
苛々としながら飛び交う矢を見続ける織鶴。青白い光を纏った破壊力のある矢や、まるで生きているように空を旋回する矢が交差して空中で幾度となく爆発を起こしている。視線を空から戻せば、火薬の臭いの発生源である大筒の爆発が繰り返されている。空も陸も炸裂する爆弾塗れ。
鼓膜を破裂させるような轟音に、心臓を叩き振動させる衝撃、花火大火の最後に夜空を埋め尽くすような
――――あんな爆発塗れのところに参加できる気がしないんすけどね……。
幾分か諦めの色を表情に滲み出して、一歩後退してしまう織鶴。
それを見て、遂に彼が痺れを切らした。
「うおっ!?」
ガィン!! まるで矢を射た時のような音が突如聞こえ、それに驚いた岳人が飛び跳ねた。
その音に勢いよく振り返った織鶴が見たのは、岳人の隣で倒れている
「い、いや! 俺様関係ないぞ!?」
「そんないきなり疑ったりしないっすよ……。でも、張ってただけで千切れるなんて……聞いたことはあっても初めてっすね」
そう言って倒れている弓を持ち上げる織鶴。
「…………あの弦、一応高かったんすよ? このじゃじゃ馬め」
ビシッ、と弓を指で弾く。
「…………なんすかその態度。ご主人にそっぽ向きおって、ん?」
「……お鶴、お前何やってんの?」
「見ての通りのお説教っす」
「説教……」
織鶴が真剣な表情で向き合っている弓を覗き込む岳人。どこかに口が付いている訳でもなく、自ら動いている訳でもない。ほんの少しばかり装飾が派手な程度で、岳人から見てもどこからどう見てもただの弓だった。
「……付喪神か?」
「……ん?」
「松風の友達か? 名前は弓親とかか!?」
そうだろ!? と完全に理解してしたり顔をしている岳人だが、対する織鶴の表情は非常に冷めたものだった。
「何を阿呆なこと言ってるんすか。そんなオカルトちっくなことありえないっす」
「じゃあなんなんだよ、その説教とやらは」
「プロ野球選手でいたの知らないっすか? ボールに話しかける投手。甲子園に五大会連続出場して優勝二回、準優勝二回の……いや、今はそんなことどうでもいいっすね」
話が長くなりそうだったと自制し話を切り上げ、
それを口を開けて感心しながら見ている岳人に、織鶴は勢いよく弓の先端を突きつけた。
「支え!」
その一言で岳人も直ぐに察したようで、両手で弓の先端を軽く包みながら自分の額の前に添えた。
「ふぅー…………すぅー…………ぜいっ!!」
それを確認して大きく呼吸し、折る勢いで体重をかけて弓をしならせ、すぐさま弓の末端に弦のもう一歩の輪っかを引っかけた。織鶴が体重をかけるのを止めるのに合わせて岳人も力を抜く。
「…………いやぁ、二人でできるもんすね」
「モロ要らなかったんじゃねぇの?」
「本来なら三人でやるのが適切な強さなんす。今回は特例っすよ。そのせいで両腕の力を無駄に使っちゃったっす」
そう言って織鶴は手を振って見せる。
「これ使う以上、そんなこと気にしてらんないんすけどね」
――――使ってやるから精々元気になれっす。
弓を左手に持ち替えて弓の先端を敵兵がいるであろう高台に向けて伸ばす。そこからは時折青白く光る矢が射出されている。
その光を受けてか、ギラリと弓が静かに鈍く光った。