真剣で私に恋しなさい!S ~無冠の弓聖~   作:霜焼雪

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深支子

 

 

 

 東西交流戦の舞台となった工場地帯。そこでは当事者とでもいうべき東の川神学園、西の天神館の生徒たちが互いに死力を尽くし、決定的な優劣をつけるべく競っていた。その工場地帯の中でも一際高い鉄塔の上、戦闘禁止地域ながらも流れ弾が飛んできてもおかしくない位置で、両校の長は戦争の流れを見届けている。

 

 しかし、この争いを見届けているのは彼らだけではなかった。

 

 

 

「見えたか?」

 

 

 

 工場地帯の遥か上空、軍隊でも乗っているような形状の大型ヘリコプターの中で、三人の学生と一人の老人が戦況を見守っていた。

 

 

 

「あれをどう見る、与一」

 

 

 

 老人が学生の一人に問いかけた。あれ、という抽象的な物言いであるにも係わらず、何を指し示す代名詞かを聞く必要はなかったようで、学生はふむ、と考えるようなしぐさを見せる。

 

 弓を肩に預け、猛禽類のような目で地上を見下ろしているその男子生徒はほんの少しだけ普遍と離れていた。服装や体型、風貌はまさしく学生そのものだが、どこか彼を包む空気は学生のものとは言い難い。この戦場という空気に充てられてなお、熱されることのない冷たい気配だ。

 

 

 

「……念のためもう一度聞くぞ。あれが、なんだって?」

 

 

 

 与一代呼ばれた学生は戦場から目を逸らすことなく、老人に逆に問いただす。

 

 

 

「あれが、天下五弓の候補だった赤子だ」

 

 

 

 再確認を終えると、うんざりとした様子で老人に視線をやった。

 

 

 

「苦言を呈すようだが、はっきり言わせてもらう。あれはそういう枠には相応しくない」

 

 

 

 何がおかしいのか、与一のその言葉にくつくつとこみ上げる笑いを抑えきれずにいる老人。

 

 

 

「その根拠はなんだ? 尤も、俺も大体同意見だがな」

 

「考えてることは同じだろうぜ。あれはどう足掻いても戦場にはいられないタイプだからな」

 

「どういうことだ?」

 

 

 

 そこへ、興味津々といった具合に目を輝かせて話に割り込んできた一人の少女。しかし、その少女に対する与一の態度は、甥や姪の扱いに飽き飽きとしてきた叔父のように萎んだものだった。

 

 

 

「はぁ……。義経は義経でも、弓についてはやっぱり人並以下か――――」

 

「おい与一」

 

 

 

 義経と呼ばれた少女に対する与一の態度に、ゆらりと幽鬼のように立ち上がった最後の一人。じゃらり、と自前の錫杖を鳴らして近づくと、破裂音に驚き飛び上がった猫のように少年は後ずさる。体に染みついた反射的な行動なのか、たった一度の言葉と行動だけで少年の体はところどころ震えていた。

 

 

 

「ひぃっ!? 待て姉御! ちゃんと説明するから!」

 

「義経に人並以下なんて言葉を使うんじゃないっ!」

 

 

 

 どんどん与一は距離を詰められるが、残念なことに今彼らがいるのは教室より圧倒的に狭いヘリの中。あっさりと与一は追い詰められて捕まってしまった与一は、あれよあれよという間に綺麗に手足を絡ませられて、見事な卍固めに陥れられてしまう。

 

 

 

「あいだだだだだだだだだだっ!! 義経の弓って言ったらそういう評価だろうがぁああああああああああああああああああああああああああああぁっ!! せっ、背骨ぇえええええええええええええええええええ!!」

 

「それくらいにしておけ弁慶。おい与一、話を続けろ」

 

「ほら与一、話せって」

 

「この体勢じゃ碌に話もできながぁあああああああああああああああああああ!! 話すから離してぇえええええええええええええええええええ!!」

 

「べ、弁慶、それくらいに……。話が進まない……」

 

 

 

 義経の助けの声のおかげで与一は関節技から解放されたが、洗濯籠に使用済みのタオルを放り投げるように雑に投げられて体を強く打ちつけていた。ぐわんぐわんとヘリが僅かに揺れるが、戦場を見つめていた四人は全く動揺していない。遥か上空で不安定な感覚に襲われながらも冷や汗一つかいていなかった。

 

 操縦桿を握るパイロットからすれば冷や汗ものではあるが、彼はそのことに対して文句を言うことはできない。文句の一つも言わせてもらえないまま、必死に高度と体制を維持する彼には労いの言葉も心配りも与えられなかった。

 

 

 

「ちくしょう……なんだってこんな上空でも折檻されなきゃいけないんだ……」

 

 

 

 冷や汗はかいていないにしろ、先ほどから関節技をかけられていた与一はじっとりと脂汗を滲ませていたが。しかし、それでいながら自分の半身ともいえる弓を放り出すことなく、さらには傷がつかないように咄嗟に体で巻き込むようにそれを抱えた彼の反射は流石と言えよう。

 

 

 

「そ、それで与一。戦場にいられないってのは……?」

 

「…………簡単なことだ。これはいわゆる極限の問題みたいなもんだ」

 

「極限? 数学の?」

 

「どんなに寄せたところで、弓道と弓術はイコールで結べないってことだな」

 

 

 

 互いが極まれば尚更だ、と付け加える。

 

 

 

「あの女は「あの強弓」を使ってようやく弓術家に収束しようとしている。が、決して同一には至れない。俺たちに近づくだけだ。あいつが道場という場所で練習を積み、際限ない時間を美しさだけに追及しているようじゃ到底一致しない。弓道に対する固執、執念、死んでも衰えることはないだろう。それが射形の美しさに対する拘りになって表れているわけだ」

 

「美しさならあの……毛利、だっけ? 天下五弓にもいるじゃないか」

 

「あれは戦場に美しさを求めるタイプだ。如何にスマートに敵を倒せるか、とかそういう感じだろう。弓道でいう美しさとはニュアンスが違う」

 

 

 

 そう言って眼下の戦場を指差す。その先には、自慢のボウガンによる多彩な攻撃を繰り広げている比較対象とされた天下五弓の少年がいた。

 

 

 

「それで、弓術に成れないそいつがなんだって言うんだ」

 

 

 

 解せない、といった様子で戦場を見下ろす弁慶。その視線の先には件の「弓道家」がいた。その周りを迂回するように移動している天神館の生徒たちの動きは無駄ではないか、と暗に与一に問いただしている。

 

 与一はそれに答えるでもなく、呆れた風に弁慶に問いを投げ返す。

 

 

 

「じゃあ、脅威として見られている理由はなんだと思う?」

 

 

 

 弁慶に投げかけた問いであったが、それに対する義経も答えを出そうと頭を捻らせている。

 

 

 

「異物だからだ」

 

 

 

 どちらの答えを聞く前に、与一は吐き捨てるように己の見解をぶちまけた。その表情は何か忌々しいものを思い返しているように歪んでいる。

 

 

 

「得体が知れず、知識にないものは排斥したくなるのが人間だ。俺を追いやったのと同じようにな……」

 

「いいから続けろ与一。マイナーだとうだうだすることは許さん」

 

 

 

 言葉と眼力だけで与一を制する老人。老いぼれた耳にもしっかりと届くように大きく舌打ちをしたところで、与一は義経に対する説明を再開する。

 

 

 

「誰が言ったかは知らんが、あれがバランスブレイカーと言ったらしいな。まるで鎮西の大弓使いのように……。冗談じゃない。あんなもの、鎮西の名を冠しようということこそ烏滸がましい。「あの弓」だけならばまだしも、岩一つまともに粉砕できないくせに何が鎮西だ」

 

「だが、実際にこの戦争の局面を大きく動かした」

 

「…………問題はそこだ」

 

 

 

 満足と不満足とも言えない実験結果を出した研究員のような複雑な心情を顔に滲み出させる与一。

 

 

 

「あいつは弓術としては半人前以下だが、弓道においては世界で数えられるくらいの人間しか至れない領域に足を踏み込んでいる。俺たちでいうところの壁を越えるようなものに近い。あいつは常軌を逸しているし、どうやらその自覚もあるらしい。一介の弓道野郎が単独行動をしている時点で察することができるがな」

 

「壁、越え……? 単独……?」

 

「真の美しさとは、自然に溶け込む黄金の美しさだ。ウィトルウィウス的人体図にもある黄金比率というやつだな」

 

「ウィ……?」

 

「ほら、あの全裸のおっさんが開放的なポーズをとってるやつ。最近だとあのリンゴみたいなマークの会社のロゴの方が分かり易いと思うけど」

 

 

 

 だんだんと説明に着いていけなくなっている義経を弁慶がこそっとフォローする。

 

 

 

「他に説明のしようが……まあいい。ああいった黄金比というものは弓道の概念でも存在する。弓の形は黄金比を意識して制作されているし、左半身には黄金の長方形が映し出されることもある」

 

「それが戦況にどう影響するんだ?」

 

「ここからは推測に過ぎないが、あいつの射には「魅了」の異能が篭っている。他人の目を奪う能力だ」

 

「……ちゃんとした人語で喋りなよ」

 

 

 

 また悪い癖を出して、と弁慶は頭を抱えてため息をついた。しかし、与一は何もおかしなことは口にしていないといった毅然な態度をとり続ける。

 

 

 

「言葉通りだ。芸術品に思わず目が惹かれるように、あいつの射は他人の注目を集める美しさがある。それは他人の集中力を乱し、敵味方関係なく調子を狂わせる」

 

「単独行動をしている理由はそれだろうな」

 

「もう一つ。完璧に美しい射をすることで産まれる利点。これは弓道であるからこそなし得られるものだ」

 

「弓術じゃダメなのか?」

 

「ああ、前提条件が違うからな」

 

 

 

 そう言って与一は自分の弓を執りなおした。とても大きくとても歪で、漫画の世界に手を突っ込んで取り出したような見た目をしている。悪魔の角を象ったような(ゆはず)に、毒々しい印象のある古代紫(こだいむらさき)を帯びる胴。与一の闘気に反応してより赤く、さらにはより青く滲むようにその身を変え、弓術の中でも使いの中でも異質であることを強調していた。

 

 

 

「あいつらは、的中こそが副産物だという。当たることなど二の次だが、完璧な射が出来れは必ず当たるという自信が隠れ潜んでいるということ。考えられない、信じ難いことだがな。あいつが自然に溶け込み完璧な射を為し遂げれば、的中という結果だけが残る。因果律の逆転と言っても過言でもないだろうな」

 

「因果律……?」

 

「最近見たアニメにまた触発されたんだろうよ。質問したっていう義務感なんて捨てて話半分に聞かなきゃダメだよ」

 

「…………し、自然という大きな力が、奴の射を強化する。恐らくやつにその自覚はない。無知なる狙撃手だ。時間を与えてしまえば、それこそ俺以上の精度を上げるだろう」

 

 

 

 流石に飛距離までは無理だろうが、と誤解のなきよう注釈を加える。

 

 

 

「だからこその、「あの強弓」だ。あれで完璧な射をやってのければ俺でも危ういが……やはり早々完璧とはいかない」

 

「当然だ。弓道界のトップでさえ弓道の枠の中から弓術を成し遂げたことはないからな」

 

「見たところ、あいつが「最終地点」に至ったのはこの戦争においては一回がいいところだ。恐らく本人からすれば威嚇程度だろうが、見事に流星となって一人降している。だが、その一回きりだ。やはり道場から離れれば、意識していないつもりでも本来通りの射は難しかったのだろう。あの強弓にいたって言えば本人が頭を抱えて悶える結果だ。あれでは精々道場でやっている距離で当たる程度だろう」

 

 

 

 しかし、と会話を切り、一本を矢を弦に番えた。その名の通り、何十年も生きたような烏の艶が消えかかった羽のような烏羽色(からすばいろ)(ゆがけ)が獣の歯ぎしりのように唸る。片膝をつき、弓を必要以上に打ち起こすことなく弦を引いた。

 

 

 

「弁慶、義経を頼む。風圧が凄まじいだろうからな」

 

「お前、落ちるつもりか?」

 

「伊達にクローンじゃない。木の上だろうと壁に張り付こうと、それこそ大時化(おおしけ)の中掲げられている扇だろうと射抜いて見せる。例え我が身汚れていても、例え我が心汚れていても――――」

 

 

 

 自信に溢れた口上を綴る与一に気を使うことなく、老人は蹴り上げるようにしてヘリの扉を開け放つ。弁慶は義経を支えるようにして錫杖と腕で囲み、与一は風による轟音で声がかき消されながらも長々と詠唱を続けていた。

 

 

 

「――――かつて我らが忘却した世界を現世(うつしよ)に描く貴様に、畏怖と敬意を持ってこの二つ名を送ろう……。藤巴織鶴、貴様を天下五弓になってはいけない存在、「無冠の弓聖」と恐れ讃えよう……!!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 神奈川県川神市と言えば? という質問に対しての返答は、「川神院」、「久寿餅」、「焼肉」という言葉が寄せられる。

 

 世界に名を知らしめている川神院は言わずもがな、「やっててよかった川神流」という格言が数多くの師範代の中で流行したほどだ。久寿餅は近年くずもちマンというマスコットを作り、ハロウィンにもなると地方から写真を撮りに来るまでのコアな人気を発揮。焼肉に至っては、名所であるはずの川神院が売り出すおかきや、仲見世通りに軒を連ねる老舗の和菓子を抜いて名物扱いされている。

 

 しかし、川神民からすればもっとピックアップしてほしいものがたくさんある。例えば、武の総本山のお膝下らしく、ジムはニーズに応えた施設を用意して充実しており、娯楽やショッピングは川神から出なくても十分に楽しめるという強みをアピールし、何とか七浜に対抗して住みたくなる街にするよう努力しているのだ。

 

 そんな川神が自慢を持って紹介できるものの一つが、川神駅から歩いて五分程度の距離にある、イタリアのヒルタウンをモチーフに建設された複合商業施設のラチッタデッラ。

 

 イタリアの日常を日本に映し出し、エンターテインメントやロマンスといったテーマを掲げて運営されているもので、その名の通り「LA CITTADELLA(小さな街)」となって川神駅の東口の発展を牽引してきた。

 

 今でこそ大きな発展を遂げ、ウェディングやビューティー&ヘルスにも力が入っているが、元は日本初のシネマコンプレックスが話題となって業態を広げた映画都市のような区画であった。ロサンゼルスオリンピックの都市計画も手掛けた建築家により設計されたイタリア古都のような街並みは、風俗や工場といった清潔感のある印象を押し出しにくかったイメージを塗り替えるように躍進。

 

 西口のラゾーナ川神プラザやシネマ川神と真っ向から商業戦争に臨み、飲食や美容以外の商業に僅かに弱かった部分を露呈させながらも、長年培ってきたコミュニティと経営者が打ち立てたノウハウにより、商業施設と商店街が一体化したような程よい規模の地域密着型商業施設として実績を重ねていったのだ。

 

 映画都市を土台とした商業施設でありながらも、イタリアのロマンスと文化的なエンターテインメントを肉付したことにより、クリスマスや大晦日にも多くの若者が集まるようになった。ハロウィンには、今や日本最大規模となった仮装イベント「カワカミハロウィン」の発祥の地ということもあり、老若男女を問わずして熱狂の渦に巻き込む中心部として機能する。

 

 その他にも、他の自治体のアピールのためにフェスティバルを開催する大規模なものから、若さを売りにした青々しくも勢いのある学生バンドと、数十年前に楽器を弄っていた営業マンたちだけで構成された懐古の想いを武器とする初老バンドの対決など飽きがない。

 

 開放感あふれた喫茶店、異国感溢れる石畳の小路や噴水、休日の若者が心の癒しを求めるには十分すぎる空間であるだろう。

 

 

 

「お鶴は一人暮らしなのか?」

 

「そっすよー。学園進学のついでに始めることになったんす」

 

「お鶴は偉いな。だが、自分も負けてはいないぞ! つい先日、一人で起きることができたんだ!」

 

「いやー、クリスは偉いっすねー」

 

「あんまりクリスを甘やかさないでね、鶴ちゃん」

 

「ただでさえファミリーも生暖かく見守っちゃってるからね……」

 

 

 

 そのラチッタデッラのカフェテラスに、川神学園の制服を着た少女たちがいた。武神の妹、川神一子。天下五弓、椎名京。ドイツ軍中将の娘、クリスティアーネ・フリードリヒ。そして、先日不本意ながらも「無冠の弓聖」の名を賜った探弓者、藤巴織鶴の四人だ。

 

 東西交流戦から数日が経過し、学園からの物的褒美が何もないのはおかしいという、既に報酬をもらっている筈の織鶴の小さな呟きに、一子がまず「食べ物とかの祝杯になるのかしら?」と疑問を抱く。するとそこへクリスが「自分への褒美は甘いものだな!」と乗っかり、京が「そう言えばチッタのカフェにおいしいシュークリームができたって大和が言ってた」と燃料を投下。あれよあれよという間に四人でカフェに行くことが決まってしまった。

 

 折角だから女子会にしたらどうか、と発端である織鶴を余所にどんどん話が膨らんでいったのだが、合コンやら家事やらと予定が合わずにこの四人に落ち着き、今に至る。

 

 本来ならば、四人のうち一人だけドイツ人ということでクリスに注目が行きがちになるはずなのだが、他の四人に比べてガサツな身だしなみである織鶴に違和感が集まってしまっている。ところが、街並みが異国的であるからクリスが一番その場の雰囲気にはあっていたりと、色々な要素が絡み合ってある意味で折り合いが取れているのかもしれない。彼女たちを視界にとらえても特に注視することなく過ぎ去っていく人のほうが多かった。

 

 

 

「それにしても、鶴も大変ねー。毛利から熱烈なアピールばかりで」

 

「……ホンットに、本気の腹パンでめげなかった奴には怒り通り越して戦慄が走ったっすよ……」

 

「お、お鶴のパンチって結構強くなかったか? ガクトもそう言ってたが」

 

「弓扱ってる人間は基本的にパンチ力強くなるんすよ。尤も、その成長には個人差がある上、余程元から筋肉がついてたら効果はないも等しいっす。自分はそのあたり、普通の弓道家より鍛えてるのでちょいと自信があるっす」

 

「そうそう、鶴っていい筋肉してるわー。腹筋もきれいに見えるし」

 

「ひゃっ!?」

 

 

 

 織鶴が胸を張って自慢げにしていたところ、一子の手が素早く伸びたかと思えば、すりすり、と織鶴の臍部を高級な絹の反物でも扱うようにように優しく丁寧に撫でた。

 

 

 

「ちょ、やめっ、うひぃ!」

 

「うーん、左右のバランスが何とも言えないわ……」

 

「そういえばお鶴、太腿もすごいよな」

 

「じ、自分の太腿は女子の中でも太いからあんまり自慢したくなひぁ!?」

 

「じゃあ鶴ちゃんの背中は私がもらう。ククク」

 

「ふひぃ!? やめ、やめてぇええええええええええええええええええええ!!」

 

 

 

 先ほどまで容姿について注目されることはなかった彼女たちだが、いろんな感情が混ざった奇声と同性同士の珍妙な絡み合いは流石に周りの人間の目を惹きつけてしまったらしい。特に男性はよからぬものを見ているように、チラチラと窺う者とジッと凝視する者二極に分かれる程だった。

 

 数分ほど体をまさぐられた織鶴はぐったりとしたようにテーブルに突っ伏し、残りの三名は満足げに笑みを浮かべていた。

 

 

 

「しくしく……。もうお嫁にいけないっす……」

 

「何を大げさな……」

 

「ただでさえ女っ気なくてモテないのに、これ以上女としての尊厳を奪われたとなるともう……」

 

「大丈夫よ! 鶴なら売れ残りにはならないと思うから! たぶん!」

 

「たぶんって……」

 

「そういえば鶴ちゃん、ガクトにアタックはできたの?」

 

「へぁ!? な、なに言っ――――」

 

 

 

 全くの予想外の言葉に慌てて立ち上がってしまった織鶴の脛がガツン! と机の脚に当たってしまい、彼女の表情が苦悶に満ちて歪む。

 

 

 

「くぁああああああああああああああああ……!!」

 

「え? そうなの!?」

 

「は、初耳だぞ!?」

 

「あ、ごめん口が滑った」

 

「京ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 

 

 唐突な裏切りにも近い爆弾発言に、苦痛に満ちていた表情に羞恥と疑惑が勢いよく塗りたくられていく。

 

 

 

「というのは冗談にして、少しでも協力者がいた方がいいと思って。クリスもワン子も恋愛には疎いだろうけど、ガクトに対する情報元としては充分」

 

「れ、恋愛に疎いというのは聞き捨てならん!」

 

「そ、そうよ! これでもうら若き乙女なんだから!」

 

「じゃあ聞くけど、誰か意中のお相手が?」

 

 

 

 侮辱とも取れる言葉に喧嘩早いクリスと一子が京に食い掛かるが、あっさりと反撃を食らって押し黙ってしまった。京には隠しもせずに愛していると公言している意中の相手がいるからこそ、この言葉にはちょっとやそっとじゃひっくりかえせない重みが付随している。

 

 

 

「…………犬、お前から言っていいぞ」

 

「ふぇ!? あー、うん、そうね…………ドウェ○ン・○ョンソン」

 

「ワン子、それこの間見た洋画の俳優でしょ?」

 

「ていうかそんなところチョイスするんすね……。いや、そんなところってのは失礼すか、自分も好きな俳優さんっすから……。全ての娯楽界一シビれる男って意味じゃ川神民としても間違っちゃいないところがまた……」

 

「じ、じゃあ自分は中村――――」

 

「大和丸夢日記は禁止」

 

「なにぃ!?」

 

「じゃあ自分、ジョー○ン・ルーデス」

 

「…………どちら様?」

 

「…………アメリカ人かしら?」

 

「…………ジョー○・ルーカスの間違いじゃないか?」

 

「えっ、あれっ、誰も知らないっすか?」

 

 

 

 ――――しかし、これは怪我の功名、災い転じて福となすって奴っすね。これで話は完全に○ョーダン・ルーデスが誰かという話へ移るはず……!

 

 

 

「そんなことより、ガクトについてだよ鶴ちゃん」

 

「京ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 図らずしも言及を避けることができそうな流れを、友人の手によって叩き斬られた織鶴は叫ばずにはいられなかった。

 

 気が付けば、恋慕している相手がいないことを咎められたクリスや一子までも、缶詰を開ける音にそわそわする猫のように、織鶴の口から紡がれるであろう恋愛トークを待ち侘びている。

 

 

「……べ、別に、大したことじゃないっすよ……。まだ二年とちょっとくらいのあれっすから……」

 

「「二年!?」」

 

 

 

 クリスと一子の反応に、織鶴は思わずびくり、と肩を震わせる。

 

 

 

「な、なんすか……!? 少女漫画なんかじゃ四年や五年の恋があるんすからこの程度……」

 

「いやいや! 確かにそうだが!」

 

「相手が相手だし……ねぇ?」

 

「あまり褒められた恋じゃないことは重々承知してるっす……。節操のない助平ってのに惚れてるんすからね。だからこう、有須川せ○らちゃんほど積極的じゃないんすよ」

 

「鶴ちゃん、それは引き合いに出したら瀬○くんに失礼」

 

「それに自分、世が言うイケメンってのも得意じゃなくて……。あのイケメン四天王(エレガンテ・クアットロ)レベルが彼氏になることを妄想すると……お腹いっぱいというか、胸焼けが……」

 

 

 

 うぷ、と口を押さえて苦しそうに体を丸める。ブッフェ式のランチで油ものばかりを食べてしまって業務に支障をきたしている女性社員のようだ。

 

 その苦しそうな姿を見て、クリスが納得したように頷く。

 

 

 

「羽黒に聞かせてやりたいな、それ。外見で人を選ぶものじゃないと!」

 

「いや、ある意味外見で選んでない?」

 

「…………や、やっぱりこういう話はやめ、やめにするっす。まだその、落ち着いて話せるようなものじゃないんで……」

 

「お鶴、覚悟を決めた方がいいんじゃないか?」

 

「そうよ鶴! 全部ゲロっちゃった方が楽になるってテレビで言ってたわよ?」

 

「け、刑事ドラマの見すぎじゃないっすか?」

 

 

 

 ぐいぐいと押してくる二人に、織鶴は顔を真っ赤にしながらなんとか抵抗しようともがいている。城門が丸太で何度も何度もぶつけられてひしゃげ始めたように、織鶴にも限界が訪れようとしていた、そんな時だった。

 

 ピリリリリ、と誰かの携帯電話が通話を告げる。

 

 

 

「ごめん、私の――――ワン子、クリス、今キャップが基地にケーキ持ってきてるらしいよ?」

 

「えっ!?」

 

「金曜集会だから何か持ってくるつもりだったらしいけど、いいケーキだから早く食べたくて持ってきたんだって。バイトの余りとかじゃなくて」

 

「で、でも……」

 

 

 

 先ほどまでの勢いはどこへやら、クリスも一子も意識がケーキに傾いてしまったようだ。

 

 

 

「あー、気にしなくていいっすよ。むしろ行ってほしいっす。話すにしろ、自分ももう少し落ち着いた方がスムーズにいく気がするんで」

 

「鶴ちゃんもこう言ってくれてるし、行こうか。早くしないとモモ先輩が全部食べちゃうかもよ?」

 

「ううう、お姉さまに食べられちゃうのが否定できない……」

 

「は、早く行こう!」

 

 

 

 ――――あれ、そういえば二人ともさっきまでシュークリーム食べて……いや、よそう。

 

 

 

 甘いものを食べてまた更に甘いものを求めることができる武士娘たちの驚異的な女子力から目を逸らし、織鶴は砂糖を入れずにほんの少しミルクを入れた深支子(こきくちなし)に染まっている紅茶をぐっと飲み干した。

 

 手早く会計を済ませ、織鶴のクラスメイトである風間翔一を中心としたグループに属している三人は、多馬川に面した秘密基地という名の廃ビル向かう。毎週金曜日に集会を行っていることを知っている織鶴は仲間外れにされているとも特に思わず、運動会終わりのお風呂上がりのようなどこか清々しい顔で送り出した。

 

 別れ際、「今日はこれくらいにしたけど、次は洗いざらいだよ。しっかりと気持ちの整理と話の構成をしてきてね。私も知らないことがあるだろうし」と釘を刺して行った京に対しては恨みのこもった視線を送っていたが、クリスと一子はそれに気が付いていない様子のままチッタを後にした。

 

 

 

 ――――さて、恋バナなる慣れないものはとりあえず置いておいて……。

 

 

 

「暇になったっすねー」

 

 

 

 一人になった後、噴水の傍のベンチに腰を下ろし、ぽつりと漏らした言葉を噛みしめて本当にやることがないのを強く実感したのか、その原因ともいえる自分の肘の具合を確かめる。

 

 

 

 ――――うん、そろそろ的前に立ってもいいかな。鈍痛もしないし。

 

 

 

 ぐっと両腕を伸ばし、座りっぱなしで固まっていた体をほぐすように体を動かす織鶴。

 

 

 

「んっ…………ふぅ…………。替えの弦と的でも作っておくと――――あ」

 

 

 

 ピタリ、と体を伸ばした状態で動きが止まった織鶴。

 

 

 

 

 

 その視線の先には、彼女がよく知るブルマ姿の少女がいた。

 

 

 

 

 

 ふむ、とほんの数秒間思案し、何かを閃いたようにベンチから立ち上がる。

 

 

 

 ――――どれ、少し先輩面してやるっすかね。

 

 

 

 とても綺麗な笑顔とは褒められたものではない不敵な笑みを浮かべ、こっそりとブルマ姿の少女に近づく織鶴であった。

 

 

 

 





 始めましての方は始めまして、お久しぶりの方はお待たせいたしました、霜焼です。

 五月に投稿できるといっておきながら六月は折り返しの頃になってしまい、大変申し訳ありませんでした。ちょっとトラブルが発生してしまいまして……(言い訳フェイズ)。

 時間が空いたのが五月の下旬頃、途中まで書きあがっていたものを手直しして投稿すれば感覚的に先月の終わりには投稿ができたと思います。

 まさか、書きあがっていたものもろともHDDが臨終するとは思わず……(絶望)。

 それで修理に出しまして、結局データはおしゃか。さらには液晶、バッテリ、DVDドライバまでもいかれ、加えて向こうの業者が一発で修理できないものだから出荷に出すこと二回……。帰ってきたのが二日前、ということであります。

 流石の私も半月遅らせてしまったことに罪悪感があり、腰痛を耐えつつ書き上げました。こんな速度でこの量を書けることはもうないでしょう(白目)。

 と、ここまで言い訳で染めてしまいましたが、またしばらくは執筆の時間がとれそうです。今度は何か月も待っていただくことはないとは思いますので、今しばらくお待ちください……。

 愛用していたフリーソフトの入れ替えとか、大好きな音楽の再取り込とか、色々と整理しないといけないので……(白目)。
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