真剣で私に恋しなさい!S ~無冠の弓聖~   作:霜焼雪

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薄香

 

 

 

 天下五弓の候補生の審査が終わり時は流れ、藤巴織鶴は何とか二年生になった。

 

 何とかという表現には様々な原因があるが、一番の要因は学力不足であろう。控えめで大人しい眼鏡の少女という第一印象だけで彼女は「文学少女」というレッテルを張られがちである。

 

 その実態は、美術と体育の二科目だけ特化した劣等生である。文学少女というイメージからすれば落第もいいところだ。美術は感覚で描いているだけ、体育は弓道を行うための基礎訓練で十分に賄えていることもあり好成績を収めている。しかし、高等教育で培うべき肝心な教養はからっきしである。そのせいで彼女は落第クラスのF組に所属することになってしまう。

 

 小説を読んで作者の心情を理解することができた例はなく、複雑な関数のグラフを正確に書けないと直ぐに諦めたり、英語で構成された会話文を子守唄とする。やる気がないと一蹴してしまえばそれまでだが、織鶴は勉学への導入時は常に全力であると自負している。その失速具合が竜頭蛇尾と揶揄しても足りない程に早すぎるのだ。竜頭蛇腹(りゅうとうじゃばら)でもまだ甘い、竜頭蛇首(りゅうとうだしゅ)とでも表すべきか。

 

 そんな成績不順だった彼女が二年生に上がるための努力は目を見張るものであった。何とか竜頭蛇腹程度まで持ち返し、感情移入を多段に行い、グラフに拘ることを止め、子守唄を跳ね除けた。その結果手にしたのが新学年である。

 

 天下五弓の候補生に選ばれていれば多少の免除があったという事実を後から聞いた織鶴は、ほんのわずかだが候補生の推薦を蹴ったことに後悔を覚えたという。しかし、その免除を受けずに進級するための教養を予め身に着けていれば問題はなかったと顧問に叱られることになった。

 

 そもそも、織鶴は熱意だけは一人前だ。ただ、その熱意の配分を弓道に九割強向けていることが問題なのだ。残りの一割弱は、評価という荒れる川を飛び越え進級と言う向こう岸へ何とか辿り着くための最低限の努力とも言い替えられるため、実質熱意は十割弓道に向けられている。

 

 弓道部に入部して約一年と少しの間、平日でも休日でも毎日欠かさずに弓道場に一番乗りで現れ清掃と準備をすることが彼女の日課である。これが熱意の証でなくて何と言えよう。

 

 その弓道場のための献身ぶりは、年末年始になると衰えるどころかより顕著となった。年末は一年間ご苦労様と弓道場を隅から隅まで清掃し、新年のカウントダウンをお茶の間でも神社でもなく道場と共に迎えた。二年参りとはまた違った二年射とでもいうべき行為なのだろうか。

 

 そんな弓道場を何よりも愛する熱意の塊である織鶴に、弓道場が最も雑に扱われ汚される試練の日が訪れた。

 

 それは、新入部員の射場デビューの日である。

 

 弓道部も三年生の最後の大会を控えつつ新入部員を取り入れる、これはどの部活でもどの教育機関でも必ず通るであろう行事の一つである。武の街、川神市に設立されている川神学園において、武道関係の部活は特に人気を集める。勿論弓道部も例外ではない。

 

 その多すぎる新入部員が道場に集合した結果、彼女の神域はひどく穢されてしまった。

 

 弓は汚されてしまった体を織鶴から隠すように体を横に向け、床は土や泥で熱い化粧を施されていた。矢の羽は強姦された処女のはだけた服のように荒らされ、練習のために使う藁は何度も何度も弄られ続けて体を壊していた。

 

 急な出張で県外に飛んでいる厳しい女顧問と、練習試合に臨んでいた三年生、さらには織鶴が唯一認める同学年の部員である少女の不在により、新一年生をまとめきれなかった結果だと聞かされていながらも、織鶴の目の前の光景は地獄絵図に他ならなかった。

 

 

 

 ぶちり、と織鶴の中の何かが一瞬にして切れた。

 

 

 

 翌日、二年生たちは厳しいトレーニングを課し、耐え切れた者を部員とする「振り落とし」と呼ばれる伝統が行われた。しかし、織鶴にとってその伝統の目的が違う。織鶴にとってこの「振り落とし」は、神聖なる弓道場を穢した愚か者たちに対する裁きであった。

 

 織鶴は他の二年生を弓の練習に向かわせ、たった一人で新一年生を扱き始めた。

 

 織鶴が普段こなしているハードワークを新一年生全員に振り分け、真面目で弓道に熱意のある一年生だろうがただ面白そうという理由だけでやってきた一年生だろうがお構いなし、必要以上のトレーニングを強要した。勿論、織鶴ができる範囲のトレーニングだ。

 

 必要なのは、弓道場が汚されたことに関する新一年生の体を張った償いだ。それも、織鶴の怒りが収まるまで何十分も、何時間も。

 

 全てのトレーニングを終わらせ、死屍累々と化した新一年生たちだった物に向けて、織鶴は眼鏡を外し目を見開いた状態で殺気に近い何かを向けた。その気迫に押し負けた生徒はトレーニングの精神疲労も相まって失神し、耐え切れた一年生も立ち上がることはできなかった。

 

 

 

 その結果、三十人以上いた新入部員は六人にまで減り、過去最低の新入部員数を記録した伝説を、「鬼鶴(おにつる)事件」と語り継がれることとなった。

 

 

 

 その伝説を経験したとある一年生は、「プレミアムな私が満足するに十分なトレーニングだったわ」と言い残し、口を押さえてトイレに駆け込んでいったらしい。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 一年生との確執を一か月以上かけて解くことに成功した織鶴は、学園の敷地内の廃材置き場に大量の木の残骸を放り投げた後に手を合わせていた。人肌に近い色の薄香(うすこう)の木目が哀愁を誘う。

 

 目を閉じ、小さな声で「ありがとう」と織鶴が感謝の言葉を向けた木の残骸の正体は、弓道に使われる的の枠。何度も何度も弓に貫かれ、原型を留めなくなってしまったものは廃棄する他ない。

 

 一分ほどの黙祷を終え、新しい的枠を買いに学園外へ出るため正門へ向かう。新しい一年生が弓を握ったことで的の消耗速度が上がり、的枠だけでなく的に張る的紙も切れてしまいそうなことを懸念した織鶴は、自ら七浜にある弓具店までの買い出しを買って出たのだ。

 

 弓袋と風呂敷を持ち、教科書類の詰まった鞄を肩に下げて正門に差し掛かったところ、織鶴は思いがけない人物から声をかけられる。

 

 

 

「やあ、藤巴さん」

 

「やや、直江くんじゃないっすか」

 

 

 

 川神学園の正門で携帯電話を弄りながら佇んでいた少年は織鶴の前にゆっくりと立ち塞がった。織鶴と同じクラスに所属している少年、直江大和は携帯電話をポケットにしまって確りと織鶴に向き合った。

 

 同じクラスなのに声をかけられることが思いがけなかったと言うのは、あくまで織鶴の主観である。大和とは同じクラスであるだけで特に親しい訳でもなく、織鶴はまともに話をしたことがなかった。

 

 「クラス全体に万遍なく気を配る優等生」を装った策士、という印象が大和にあるため、織鶴はどうしても大和と親しくなれそうにない苦手意識を持っていた。

 

 そのイメージが固められた理由は、彼の交友関係にある。

 

 

 

「椎名はいないんすか?」

 

「京にも君を探してもらってたんだ。連絡先を知らないって言うから、こうやって待ち伏せする形になってしまったけど」

 

「へー。直江くんって彼女にパシリさせるタイプなんすね」

 

「あらぬ誤解が生まれたようだけど……。京は彼女じゃないし、俺も大分足を使った結果の待ち伏せだから」

 

 

 

 大和が偏っていると判断された交友関係とは、椎名京という少女が彼に懐いているということにある。椎名京は織鶴と同じ弓道部であり、織鶴が唯一認める同学年の弓兵。先輩も後輩も関係なく一定以上の距離を必ず置く彼女の孤高さに、織鶴は尊敬に近い念を抱いていたのだ。

 

 京は誰彼構わず人に懐くような軽忽(きょうこつ)性格でもなければ、誰彼構わず敵意を振り向く冷淡な性格でもない。人見知りを凌駕した一人鎖国状態の少女と、一年間の付き合いで京をそう判断していた。

 

 近頃は少し殻に籠る行為を抑えてきたところのようだが、授業の合間に京は一人で本を読んでいることが多いことを目にしていることもあり、まだまだ京という少女が独り立ちできていないことを理解していた。

 

 しかしその分、殻の中身の京は遠慮をしない。あるグループにいる人間に対しては心を開き、特に直江大和という人間にだけは全てを曝け出し愛情を押し付けている。

 

 織鶴が認める孤独の弓兵の恋心が向けられる唯一の人物が、老若男女万人を平等に扱うはずがない。椎名京が心の拠り所とし依存する時点で、直江大和の振る舞いは決して平等ではないと証明されている。

 

 

 

「椎名は一途っす。直江君のことだから付け込んでいるってことはなさそうっすけど、椎名にも気を遣ってやってほしいっす」

 

「ご忠告、痛み入るよ」

 

 

 

 肩を竦ませ、織鶴の言葉を真剣に受け取ろうとしない大和。

 

 大和がその類の言葉を言われ慣れているからかは知らないが、十分気を遣っているから心配するなと言う意味化は知らないが、説明の足りないその発言は織鶴にとっては気に入らなかった。

 

 

 

 ――――ホント、椎名はこんな優男のどこに惚れたんすかねー。

 

 

 

 心の中で大和に悪態をついた。

 

 

 

「それで、何の用っすか? 自分、これからななはまにたそがれなきゃいけないんすよ。ほてるのーこべやー♪」

 

「時間は取らせない。お願い事を聞いてほしいんだ」

 

 

 

 織鶴はふらふらと大和の脇をすり抜けて弓具店に向かおうとすると、大和が退路を塞ぐようにそれを阻止する。横によけようとしてもそれに合わせて動く大和に対し、呆れたように大きく溜め息を吐いて話を聞こうと立ち止まる織鶴。

 

 

 

「お願い事っすか」

 

「今度の東西交流戦、京と一緒に全力を尽くしてほしい」

 

「お断りっす。そんじゃ」

 

 

 

 軽く頭を下げて大和の脇をふらふらと抜けようとする。

 

 

 

「ちょ、待った待った! もっと考えて!」

 

「面倒っす。無理っす。自分救護班の委員長と仲良くあやとりして七段梯子作ってるっす」

 

「お願い待って!」

 

 

 

 織鶴の歩みを止めるように再び立ちふさがったが、それでも織鶴はふらふらと歩き続ける。けんもほろろと言った具合に聞く耳を持たない。一切歩みを止める素振りを見せない織鶴の肩を仕方なく掴んだ大和。

 

 しかし、それでも織鶴は歩みを止めようとせず、大和の力でも止まらない。大和は織鶴に完全に力負けしてしまっている。

 

 

 

「うおお!? な、なんだこの力!? す、ストップ! タンマ! お待ちになって!」

 

「良いではないか良いではないかー」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお止まんねええええええええええええええええ!?」

 

 

 

 ずるずると、大和は織鶴に押されてどんどん後退していってしまう。周囲の視線など全く気にせず、大和もろとも川神駅までずんずん進んでいく織鶴。

 

 しかし、背後からかけられた声で織鶴の動きは急停止する。

 

 

 

「あ、大和見つけたんだ」

 

「京っ! 藤巴さん止めて止めて!」

 

 

 

 ブルドーザーのような歩みを止め、滑りの悪い捻子のようにギギギ、と首だけを後方に向けると、そこには織鶴の見慣れた勿忘草色(わすれなぐさいろ)の髪に髪留めを二つ付けた少女が駆け寄ってくる姿があった。

 

 織鶴はハッとなって大和の手を両肩から引き剥がし、近づいてくる少女に対して申し訳なさそうにあわあわと慌て始める。

 

 

 

「ち、違うんすよ椎名! 別にこれは直江くんを誘惑していたとかそんなんじゃなくて、そんなんじゃないんすよ!」

 

「……流石の私も、今のだけで鶴ちゃんを頭ごなしに怒らないよ」

 

 

 

 京と呼ばれた少女は織鶴に立ち向かい、ほんの少しだけ頬を緩ませて小首を傾げた。その温和な対応にほんの少し胸をなでおろした織鶴。

 

 

 

「……そ、それもそうっすね……」

 

「だから、どういう訳かきっちり説明してもらってから怒る」

 

「やっぱり怒ってるじゃないっすかぁ!」

 

 

 

 織鶴の両肩を掴み、京は冷え切った表情を織鶴の眼前に差し込んだ。この他人を寄せ付けようとしない眼光に、織鶴は恐怖と同時に一種の感動を覚えてしまう。その奇妙な感情の嵐に体が硬直してしまう。

 

 その二人のやり取りを遮るように、大和が京を固まってしまった織鶴から引き剥がす。

 

 

 

「止めてとは言ったが、脅せとは頼んでないぞ?」

 

「大和を誘惑した可能性がある以上、追求はしなくてはいけない。ククク」

 

 

 

 京の冷たい視線の楔から解き放たれた織鶴はほっと一息つき、京に対する言い訳をこう口走った。

 

 

 

「し、椎名の旦那を誘惑するほど自分は馬鹿じゃねーっすよ」

 

「ごめんね鶴ちゃん。誤解してたよ」

 

「手のひら返すの早すぎだろ!」

 

 

 

 京は織鶴の両肩から手を離し、織鶴の肩をポンポン、と二回軽く叩いた。

 

 織鶴は京に責められることがなくて安心したのか、緊張で固まっていた肩の力を抜いて大きく息を吐いた。京と敵対すること自体を恐れているのか、安堵の息と共に体に溜まった重い空気も体外に排出した。

 

 

 

「それで、鶴ちゃんは出てくれるの?」

 

「あ、結局話はそこに戻るんすね」

 

 

 

 態度を豹変させた京もまた、織鶴の意思を確認するべく問いただした。織鶴の態度はと言うと、大和が質問した時より明らかに真面目に聞いており、真剣に京に向き合って言葉を紡ごうとしている。

 

 それを見た大和はやれやれといった具合に京に後を任せ、傍観に徹すると言わんばかりに一歩下がって京にその場を任せた。

 

 

 

「東西交流線の狙撃なんて、椎名一人で間に合うっすよ。自分の出る幕は無いっす」

 

「そんなことないよ。 鶴ちゃんがいてくれるとすごい助かる」

 

「またまたー。冗談はヨシ子さんっすよ?」

 

 

 

 椎名の言葉に若干の気恥ずかしさを覚えながらも、織鶴は椎名の褒め言葉を世辞として受け取るように自身の能力の評価を自ら下げた。

 

 その対応に、椎名は不機嫌そうに織鶴を睨む。

 

 

 

「冗談は言わない、弓に関してはなおさら」

 

 

 

 京の機嫌の悪さに少し対応を間違えたかも知れないと焦りつつも、織鶴は更に自分と京を比較し優劣を明確にしようとする。

 

 

 

「天下五弓様には敵わないっす。自分、一般人っすからねー」

 

「聞いたよ。天下五弓の候補生への推薦を蹴ったって」

 

 

 

 その言葉に、織鶴のへらへらとしていた表情が消えた。

 

 

 

「……誰から聞いたっすか?」

 

「学長」

 

「あのじいさん、プライバシーって言葉知ってんすかね?」

 

 

 

 大きく溜め息を吐き、織鶴は後頭部をガシガシと掻き毟って苛立ちを顕にする。しかし、京は構わずに言葉を紡いでいく。

 

 

 

「最強の武人たちが集うと言い伝えられている伝説の地、梁山泊の花栄。西の武道教育機関、天神館の毛利。後の枠は決まってるみたいだけど発表されてなくて、そこには絶対に鶴ちゃんがいると思ってた」

 

「いやいや、過大評価っすよ」

 

「謙遜も行き過ぎれば醜いよ?」

 

「うっ……。それには、言い返せないっすねー」

 

 

 

 自身を卑下する癖のあることに多少の自覚はあったのだろうか、京の指摘に苦笑いを浮かべる織鶴。自身を低く見せる謙虚さは、相手を嘲笑う侮辱と薄氷一枚で隣り合う関係だ。

 

 織鶴の行き過ぎた謙遜が抑えられてしまったのをいいことに、京は畳みかける。

 

 

 

「私は弓道部だけど、異質な弓術使いだから比べられない。でも、鶴ちゃんは弓道の枠組みに収まったまま、異質な私と同格に見られてるんだよ? 鶴ちゃんが驚異だってことくらい、分かり切ったことだよ」

 

「じ、自分に限らず、弓兵とか言われてる連中は弓道の枠組みを超えた驚異を持ってるじゃないっすか。そいつらから優先すればいいんす」

 

「鶴ちゃん、自分もその括りってことは自覚してる?」

 

 

 

 京のその言葉に、織鶴の視線に失われた熱がこもる。目を見開き、京に一歩近づいて視線を激しくぶつけて火花を散らし始める。次に不機嫌に傾いたのは織鶴の方だ。

 

 

 

「自分は弓兵じゃねーっす」

 

 

 

 京の言葉を全身全霊で拒絶し、自身の芯を貫き通す。

 

 

 

「ただの弓使いっす。美しい自然体な射を追求する一般人す。そこんところは譲れねーっす」

 

 

 

 何よりも硬い志と目標が、織鶴を弓兵という枠組みの中に捕えさせようとしない。織鶴の確固たる信念は、諦めない目標は、少女を探弓者として固定していた。

 

 

 

「どうしても、弓兵としては参加してくれない?」

 

「しないっす」

 

 

 

 織鶴の意思は揺るがない。これほどまでに頑なに自身を揺るがせない態度に、京はほとほと呆れたように溜め息を吐く。

 

 しかし、謙遜を装った差別を測る織鶴を打破する秘策が京には存在する。

 

 

 

「じゃあここからは、依頼抜きのお話」

 

「?」

 

 

 

 

 

「私一人じゃ何かあった時に対処できないかもしれない。大和を優先して他が疎かになるかもしれない。友達として、私をサポートして?」

 

 

 

 

 

「ぐはっ!?」

 

 

 

 拳銃で撃たれたような衝撃が織鶴を襲った。その衝撃に耐えきれなくなった織鶴は膝を突き、胸元を力強く握り息を荒立ててしまう。

 

 織鶴の視力を補助する眼鏡さえも持ち主の感情に左右され、レンズが打ち抜かれたように粉々になるのを必死に耐えて軋んでいる。

 

 

 

「こ、この小悪魔……! 私からの友達宣言(アプローチ)は何度も断ってるじゃないっすか!」

 

 

 

 どうやらこの弓道少女は、友情という剣を振りかざされてしまうと、あっさりと断ち切れてしまうらしい。それも、幾度も断られている友情締結が樹立しかけていることもあり、そのダメージは極めて深刻だ。

 

 既に腰砕けな織鶴に向かい、京は不敵な笑みを浮かべながら追撃を開始する。

 

 

 

「鶴ちゃんは弓道部で一番親しいと思ってる。この一年で大和を狙ってるようでもないのは分かったし、今なら友達になれるんじゃないかな? 元々、弓に付いての話は何度もしていたし」

 

 

 

 ばたり、と遂に織鶴は倒れ込んだ。

 

 砂利や砂を含んだ羊羹色(ようかんいろ)のアスファルトに躊躇なく顔を密着させたまま、織鶴は数秒の間動けなくなってしまった。色は羊羹のようでも、その硬さには天と地ほどの差がある。織鶴の頭部はアスファルトに打ち付けたことで真っ赤になっていることだろう。

 

 呼吸音や心臓の鼓動すら覚知させないほど屍に近い状態で硬直し、辺りの空気すらも数秒の間停止してしまったと錯覚するほどに静かになってしまう。

 

 やりすぎたかな、そう呟いた京が軽く肩を叩き「起きて?」と呼びかけたことで、ようやく織鶴は片手を立てて顔を上げることに成功する。

 

 

 

「………………椎名、丸くなったっすか?」

 

「十分棘棘してる。少しだけ本数が減ったかもだけど」

 

 

 

 一体何本の棘が張り巡らされているのかを思わず口に出して聞きそうになってしまった織鶴だったが、それを大量の唾と一緒に飲み込んでしまう。それを聞いてしまうと、折角接近した京との距離が離れてしまうような気がしたから。

 

 しかし、それは織鶴の思い込みに過ぎない。

 

 

 

「元から鶴ちゃんへの棘は小さかったんだけどね」

 

「っ……! はぁ……。卑怯っす。そんな断れないような言い方……」

 

「くくく」

 

 

 

 ――――しかし、椎名と連絡先交換できる可能性があるならば、面倒事でも引き受ける価値はありありっすね。

 

 

 

 感動の余韻を十分に噛み締めた後、直ぐに頭を切り替えて等と損益を比べて利益が十分であることも再確認し、現金な自分に呆れながらも決断を下す。

 

 

 

「いいっすよ。その面倒な交流戦で戦ってやるっす」

 

「ぶい」

 

 

 

 織鶴が諦めたように装いながら京に対して返答した直後、褒めて褒めてと言わんばかりに、大和に対して二本の指を立てた右手を突きつける京。

 

 感謝するよと言わんばかりに笑顔を浮かべる大和。

 

 

 

「ありがとう。いや、俺の出る幕はなかったな……」

 

「直江くんだけならオーケーを出さなかった自信があるっす」

 

「あら」

 

 

 

 結果は見えているっす、そう皮肉に付け足した織鶴。織鶴の表情には大和への口撃を楽しんでいるような実に悪い顔が浮かんでいる。

 

 

 

「自分は椎名に靡いたっす。けど、発案者の直江くんにちゃんと条件を提示するっす」

 

「?」

 

 

 

 澄まし顔でいた大和に織鶴は二本の指を突き出した。友愛と妥協。形は全く同じでも、勝利のVサインと条件提示には天と地ほどの差が存在する。

 

 

 

「椎名以上の活躍は期待しないこと。椎名とは別の場所に配置して移動させないこと。以上二つっす」

 

「別の場所?」

 

 

 

 大和はその提案に首を傾げる。

 

 

 

「椎名の邪魔になるっす。椎名に限らず、自分の周囲に人はいらねーっす」

 

「弓使いなんだから、他の弓道部とかとは一緒じゃなくていいのか? 多少の希望は聞くつもりだったんだが」

 

 

 

 その譲歩するような物言いに、織鶴は一切の価値を見出さなかった。

 

 

 

「一般的、そもそも現代弓道に戦場を任せることはが異常なんすけど、まあそれでも固まって矢を発するのは確かに戦術としては有りっす。長篠の織田は鉄砲っすけど、あれと大体似たような感じで考えてくれればいいす。矢の壁は死の壁、三段まで構えれば一個中隊壊滅必死っす」

 

 

 

 弓を持っているかのように両手を構えた織鶴の表情は、まるでその時代を生きてきたかのような物知り顔で語る。その瞳に、硝煙弾雨(しょうえんだんう)焙烙火矢(ほうらくひや)の嵐を映しているかのように。

 

 

 

「けど、自分はそれができないす。人に合わせて弓を引けないす。私の射のせいで、他の皆が失敗してしまうっす。それを避けて、自分は孤軍奮闘する道を選択するっす」

 

 

 

 自分のせいで他人が失敗するという理由が、弓をまともに握ったこともない大和には分からなかった。

 

 弓道はほぼ個人技であり、今回に限っては的に当たる当たらないという概念を消し去るほどの大戦となる以上、そんな理屈が通るとは思っても見なかったのだ。

 

 

 

「大和、私もそうした方がいいと思う」

 

 

 

 しかし、それが分かってしまう京は織鶴の独立に賛成する。

 

 

 

「私はただ単に狙撃手として弓道と言えない技があるから別行動をとらせてもらうけど、鶴ちゃんは弓道としか言えない技の持ち主でありながら私と張り合える。尚更他の弓道部とは扱いが別じゃないと意味が無いよ。私たちイレギュラーは弾いた方が――――」

 

「――――比肩出来ないっす。これだけは何があっても譲れない真実っす」

 

 

 

 その賛成意見すらも、重箱の隅を突く様に指摘し否定する。織鶴はどうしても京と同等の実力者と見られることを忌み嫌う。いや、正確にはそう見られることにより京に対して失礼だと述べている方が近いと、大和はここにきてようやく理解する。

 

 藤巴織鶴という人間は全くぶれない。

 

 

 

「……もう、それでいいよ」

 

 

 

 京も普段から多く溜め息を吐いているが、今日は織鶴の性格に当てられたせいか、いつも以上に溜め息の回数が多い。しかし、最後の溜め息はほんの少しだけ微笑み交じりだった。

 

 

 

「それで、直江くん。この条件は飲んでくれるっすか?」

 

「お?あ、ああ。京と配置をどうするか悩んでいたからな。またS組の葵と話し合って待機場所の候補を提案するよ」

 

 

 

 突然織鶴の意識が向けられたこともあり、大和はほんの少したじろぎながらもしっかりと返答した。

 

 その内容に、織鶴は少しだけ興味をしめす。

 

 

 

「へぇ、S組との共闘はなんとかなりそうと判断していいんすかね?」

 

「完璧とは言えないが、九鬼や葵は割と友好的だ。末端まで心の底から納得させるのはムリだろう」

 

 

 

 申し訳なさそうに大和は肩を竦めるが、織鶴はそのことに関しては決して責めない。

 

 やれることはやる、その姿勢に織鶴は好意を示す。

 

 

 

「うちとの確執は相当なもんっすからねー。その中で一回きりの共闘を成功させたってだけでも功労賞すな」

 

「何とかして見せるさ。それこそ俺の土俵だから。責任は持つよ」

 

 

 

 軍師は自身の胸を叩き、任せろ、と告げた。

 

 

 




第一話の終わりに「続かない」と書いたな。

あれは嘘だ。

こんなネタで大変申し訳ありませんでした。
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