真剣で私に恋しなさい!S ~無冠の弓聖~   作:霜焼雪

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赤銅

 

 

 

 東西交流戦当日。東の川神学園と西の天神館の全面対決が開始された。戦場となった舞台は九鬼財閥が管理する工場地帯。菜種湯色(なたねゆいろ)のパイプや貯水タンク、「KUKI」と大きく書かれた排煙塔が剥き出しになった、まるでアスレチックのような構造に子供心がくすぐられる、コアな観光地であるアーティスティックな近現代工業の象徴が、今回の戦場となった。

 

 漂う水蒸気や公害ガスの靄が生徒たちの視界と感覚を鈍らせる。武人の血を引いている者ならば、これに際した弊害は大きいものだろう。戦闘の臭いをかぎ分けることが困難になることを戦闘員は危惧していた。

 

 そんな近代的戦場において行われている東西交流戦は、両校から各学年代表二百名を選出し競い合うもので、行われた三戦の勝利数の多い方が勝利と見なわれる。勝利条件は極めて簡潔、敵大将を討ち取ればよい。実にシンプルであるが、それは武士の血が戦国の記憶をよみがえらせ滾ることにも起因していることだろう。

 

 織鶴の所属する川神学園の戦績は、一年生の完敗と三年生の圧勝により一勝一敗。織鶴からすれば、三戦目に回ってくることなくコールド勝ち、という結果が理想であったのだが、一年生の大将があっさりと討ち取られてしまいその夢は叶わなかった。

 

 加えて、その一年生の大将とは部活内における先輩後輩の仲であり、織鶴は極めて不機嫌であった。織鶴の伝説に触れて生き残った数少ない一年生と言うこともあり、織鶴に対する恐怖心も大きいはずだ。

 

 

 

 ――――あとでお仕置きっす。

 

 

 

 不敵な笑みを浮かべて、一年生の苦しむ姿を妄想し始めた織鶴。数日後、グラウンドで悲鳴を上げるプレミアムな一年生の姿が目撃されることとなるが、それはもう少し先のお話。

 

 さて、織鶴の予想通りに進まなかった東西交流戦も、織鶴が所属する二年生の決闘にて、東と西の完全な勝敗が決まる。

 

 互の威信をかけた大戦において、川神学園のどの年代でも危惧されていたのが、優等生の集団であるS組と、落ちこぼれの寄せ集めであるF組の確執による自滅に近い失敗だ。織鶴自身、落ちこぼれのF組に所属しているので、その溝の深さをよく理解しているつもりであった。何度も何度も啀み合って罵り合って、幾度となく決闘に持ち込まれたか、数えるのが億劫になるほどの因縁だ。

 

 しかし、織鶴はそれに対して気を巡らせてはいなかった。それも、好敵手に対する信用や信頼と言った汗臭い考えとは全く違う、極めて無関心とも言える態度で両者の対立を眺めていた。

 

 和解や協力の立役者など、自分の管轄外だと理解していたから。

 

 しかもそれだけではなく、任せろと豪語した軍師に責任が回っている以上、出番はないと察していたのだろう。織鶴はただ、F組とS組の作戦会議を遠巻きに見守るだけだ。

 

 結論から言えば、互の自尊心と誇りが共同戦線を強く結んだ。そもそも、協力的な態度を取る人間がいて、それが互の組の代表的存在であるのであれば、一試合程度は何とかなるであろうとの予想はたっていた。現に織鶴の目の前で、川神学園の三年生と一回生は仲間割れという内戦を引き起こさなかった。

 

 

 

 ――――ま、片や武神一興、片や瞬間敗北っすけどね。

 

 

 

 犬猿の仲とも言えるS組とF組が勝利という目的において、一度限りの共同戦線を組み立てることに成功している光景を見ながら、それが勝利に結びつくわけでは必ずしもないと客観視する織鶴は気だるそうに伸びをしていた。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

「一勝一敗、いい感じになってるじゃねぇか」

 

 

 

 戦場となっている九鬼の工場地帯から少し離れた高台の頂上、薄い雲で覆われた白昼の空を張り付けたような蕎麦切色(そばきりいろ)の帽子とスーツを身に纏った中年男性が腰をおろし、と目を細めて小さく笑っていた。加えた葉巻を上下させながら笑っており、いつ葉巻を落としてしまわないかと不安にさせられる。

 

 葉巻から出た煙が工場のパイプの熱で発生する蒸気に巻き込まれ溶け込んでいく様を眺めながら、その隣で同じように座して深い笑いを浮かべる老人がいた。眉毛や髭の長さが老人の生きてきた年数を物語っているようだが、それでも老人の歴史は語りきれない、そんな貫録を身に纏っている。

 

 

 

「三年生のあの合体技は凄かったのう。目を見張るもんがあった」

 

 

 

 その貫録に及ばないながらも立派な鬚を撫でるように梳かしつつ、現時点までの交流戦の評価をし始めた。

 

 

 

「積み木でも崩されるようにされた後に言われても嬉しかねぇけどよ」

 

 

 

 その評価を皮肉と受け取り、帽子の男は苛立ちの籠った声をぶつけて人差し指を老人に突き出した。僅かな敵意が籠っていながらも、その敵意には親しさが籠っている。年を取った親子の口喧嘩のように思える。

 

 そう感じるのは傍から見ただけでなく、当事者同士もそのように考えているようで、老人も帽子の男も数秒後には老獪に笑いだした。

 

 

 

 

「フォッフォッ、荒くれ者な孫ですまんのう」

 

「ふん、一年生の戦いでは勝ったから良しとしとく」

 

「あれはこちらが完全に未熟じゃった」

 

 

 

 完全な策略ミスじゃ、そう付け足して苦笑いを浮かべる老人。その表情に得も言われぬ優越感を得たのか、帽子の男に満面の笑みが現れる。

 

 

 

 

「全くだ。もったいねぇ、剣聖のお孫さんがいるんだろ?」

 

「実力は折り紙つきじゃが、如何せん他人を立てるタイプじゃし。大将も大将で少々難のある性格でな」

 

 

 

 老人の言い分に、帽子の男は妙に納得したように頷いた。一年生の敗北は大将の過信による防御の手薄さにあったと判断していた帽子の男は、老人に対して同情に近い感情を抱く。

 

 敵陣に切り込んできた剣士を防御に回していればあっさりと負けることはなかったであろう、帽子の男はそれほどまでに剣士を評価していた。だからこその同情であり、悔しさである。

 

 

 

 

「なるほどなぁ。個が優れていても統率力で勝ってる時点でうちの勝ちだったってことか。武神に及びそうな力だって嘯かれてるもんだから、どう出るか割と期待してたんだがよ」

 

 

 

 場合によっちゃ危なかったぜ、と付け足す。脅威を脅威として生かしきれなかった一年生大将には賛辞を送れずとも、脅威に成り得た一年生剣士には恐怖を感じることはできたようだ。

 

 

 

「なに、ここからじゃ」

 

「そうだな、これからだ」

 

 

 

 一年生の評価に近い検分を終え、二人は戦場へ視線を戻す。崩れて意識を失っていた天神館の三年生全員の撤去が終わり、戦場がようやく準備できたのを肌と鼻で感じ取ったのだろう。

 

 

 

「二年生の試合、わしは割と自信を持っておるぞ」

 

「こちとら負ける気はねぇぜ。天神館の歴史の中でも一二を争う世代だからな。キセキの世代なんて呼ばれていてな」

 

 

 

 ――――嘯いてる部分もあるがよ。

 

 

 

「十勇士、噂は聞いておるぞ」

 

「十人も張り合える人間がいるかな?」

 

「ふむ……。何とかなるじゃろ。基本スペック高いし」

 

 

 

 老人は少しだけ目を瞑り、川神学園二年生の顔ぶれを確かめてそう呟いた。

 

 独逸の騎士、努力の申し子、天賦の脚力、愛の弓兵等、実力のある者を思い起こすと両手の指では足りないと満足そうに微笑み、帽子の男にそのいやらしい表情を向けた。

 

 案の定、帽子の男は老人の意地悪な態度に眉間に皺を寄せる。

 

 

 

「うちの質が悪いみたいな物言いじゃねぇか」

 

「はてさて、そう言ったつもりはないんじゃがの」

 

 

 

 ――――確信犯の癖に、よくやるぜ。

 

 

 

「まあ言ってろ。この勝負、もらったぜ。十勇士にゃ部隊を率いる連中が少ない。これが何を意味するか分かるか?」

 

「十勇士一人一人が部隊と同等かそれ以上、そう言いたいのじゃろ?」

 

「流石師匠、察しが良くて助かるぜ」

 

 

 

 自分の言いたいこと、「自分の育てた生徒たちは強い」という暗示が通りニヤリとする帽子の男。しかし、その表情を見ることなく老人はおどけた様に反論する。

 

 

 

「しかし、そうなるとお主ら不利じゃぞ?」

 

「あん?」

 

 

 

 ぐっと腰を上げて工場の高台を指差し、部隊の脆弱性を示唆する。

 

 

 

「一個一個の部隊を指揮するのが十勇士でないのなら、頭を潰すのはより容易くなると言うことじゃ」

 

「そうは言うがな、十勇士以外の連中もしっかりと鍛えられてんだ。そうは問屋が卸さないって奴だ」

 

「そのあたりも、期待しておくこととしよう」

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 首脳陣の指揮を遠目で見詰めながら、水筒から湯呑に注いだ赤銅(しゃくどう)の液体をゆっくりと飲む織鶴の姿は、あたかも観戦者の態度だ。とても狙撃兵には見えない。

 

 加えて、未だに彼女は学園の制服のままだ。戦闘服とも正装とも一張羅とも言える道着は、風呂敷の中でまだ眠りこけているようだ。

 

 織鶴はもう一つの湯呑を取り出し、湯気の立つ液体を注いで隣にいた少年にそれを差し出した。

 

 

 

「どーぞ、よかったら」

 

「これは?」

 

「インスタントの紅茶っす。無糖で申し訳ねーっすけど」

 

「ありがとう」

 

 

 

 少年はそれを両手で受け取り、湯気を弾き飛ばすように息を吹きかけ、適温にしようと紅茶を冷まし、一口。口に含む瞬間に香りが鼻腔を突き抜け、それを飲み込むように紅茶を流し込む。

 

 飲み込んで息を吐くと、またしても特徴的な香りが内側から鼻腔を抉る。

 

 

 

「美味しいよ」

 

「そー言ってもらえると何よりっす」

 

 

 

 織鶴に賛辞を送りつつ、少年はまた紅茶を一口。同じものを飲んでいるはずなのに、二口目は何故か味が違う様に感じられた。苦味と言うべきか渋みと言うべきか、少年の舌の付け根がキュッと占められる。

 

 織鶴も吊られてまた一口。その姿を見ながら、舌を転がして締まりを解いた少年が呟く。

 

 

 

「戦闘員として出ることにしたんだ」

 

「残念ながら。椎名の上目遣いには勝てなかったっす」

 

 

 

 そんな親父臭い感想に、少年は妙に納得してしまっていた。思い当たる節があるのか、目を閉じてその光景を思い返しているのかもしれない。

 

 

 

「……なのにまだ着替えないの?」

 

「師岡くんと話してたいんすよ」

 

「ゴホッ」

 

 

 

 織鶴の言葉に、紅茶をもう一口と思いコップに口を付けていた少年がむせた。気管の方に紅茶が入り込んでしまったようだ。

 

 

 

「相変わらず初っすねー」

 

「ゲホッ! う、うるさいな……」

 

「からかい甲斐あって可愛いっす」

 

 

 

 にしし、と笑う織鶴をジト目で睨む少年、師岡卓也。彼が暫く睨んでいても織鶴の笑みは一向に消える気配を見せず、それどころかどんどんと増徴しているようにも見えたのか、卓也は諦めて紅茶を飲もうとコップに口を付けた。が、熱い液体は既にコップから失われていた。

 

 ふと、卓也が足下に視線を落とすと、紅茶であったであろう者が砂埃と混じった水溜りとなってしまっていた。

 

 

 

「あーあー、紅茶こぼしちゃった……」

 

「おっとっと、申し訳ねーっす。それじゃあお代わり、どーっすか?」

 

「……いただきます」

 

 

 

 卓也はそっぽを向いて湯呑をぐいっと差し出した。

 

 それをにやにやとほくそ笑みながら観察していた織鶴は、卓也のお代わりを注いだところで水筒をカバンに締まい、肩にかけてようやく重い腰を起こした。

 

 

 

「そろそろ準備するっすよ。師岡君に心配されちゃったらせざるを得ないっす」

 

「自分から動こうとしないのは、面倒事だから?」

 

 

 

 立ち上がった織鶴に卓也が疑問をぶつけた。

 

 しばし悩み、織鶴の口から卓也の耳に届かない程度の音量で答えが漏れる。

 

 

 

「………………初体験で緊張してるんす。こういう決闘事」

 

「え?」

 

「め、面倒だからっすよ! 最終戦まで引っ張られなきゃ出番がなくてラッキーだったんすからね!」

 

 

 

 聞かれなくて幸いだったと言わんばかりに声を張り上げた織鶴。

 

 突然声量を上げた織鶴に目を見開かせている卓也を見て織鶴は自分の行動を振り返り、ごほんと咳払いを一つ、緩和と言い訳のクッションとして挟む。

 

 

 

「…………まぁ、後がないのは向こうもこちらも同じ事っす。形振り構わずというか、全力に意地を掛け合わせた結果の、予測を越えた実力を出してくるんじゃないっすかね?」

 

「え? ああ……。なるほど、一筋縄ではいかないってこと?」

 

「そんな感じっす。それに……相手方、天神館には嫌な奴がいるので、生半可な対応してたら足下掬われるっす」

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

「美しい私が進言しよう。向こうの戦闘兵に参戦するはずのない人間がいる。そいつを侮ることはやめてもらおう」

 

 

 

 一方、天神館二年生の作戦会議。

 

 長髪の男が唐突に注意を喚起した。普段はおちゃらけたように「美しい」としか言わない彼ではあるが、彼が真剣な表情をした時の言葉には、天神館の首脳である十勇士の皆は耳を傾ける。

 

 

 

「いきなりどうした毛利。緊張で頭がやられたか?」

 

 

 

 しかし、様式美と言うものは外せない。長髪の男に対して極めて上からの物言いが発せられたが、誰もそれを咎めようとしない。刀を腰に差した黒髪の少年の偉そうな口調は今に始まったことではない。

 

 それを分かっている長髪の男、毛利元親は気に留めることはせず話を続ける。

 

 

 

「天下五弓の選抜試験があったのを知っているか?」

 

「お前が川神学園に招かれたというあれか」

 

「その選抜試験、美しい私は道場の美しさを確かめるべく、四時間前に到着した」

 

 

 

 その行動の速さと言うか、緊張のあまり時間間隔や睡眠が不安定になってしまったとしか思えない元親の告白に対し、褐色肌の細身で小柄な生徒が問いかける。

 

 

 

「かいしはなんじだったんだ?」

 

「午前八時だ」

 

 

 

 自信満々に宣言した元親だが、その開始時刻が確かであれば遅くとも午前四時には既に川神学園についていたということになる。しかも、その四時間前というのが集合時間の話であったのなら、さらに早く学園を訪れていた可能性が高まる。

 

 その愚かとしか言えない行動に、黒髪の少年は大きく溜め息を吐いた。

 

 

 

「……残念なことだが、やはり阿呆の話だったか。切り上げるぞ」

 

「まあまあ御大将。部下の言い分を聞く寛容な心もまた、人のため上に立つ者には必要なこと。将来のためと思い、ここは毛利を立ててやってくれませぬか」

 

 

 

 立ち上がってその場から去ろうとした黒髪の少年にを、大きな体格で彫りの深い隆々とした顔面を張り付けた中年のような生徒が静止する。

 

 服装を整えてしまえば、いったいどこの任侠映画のワンシーンだと言わんばかりの迫力である。

 

 

 

「島がそう言うのであればしかたあるまい、まあ聞いてやろう。続けろ」

 

「ほんま、石田の大将は島の言うことなら聞き入れんなー」

 

 

 

 生徒とは思えない風貌の島右近、大将と呼ばれた石田三郎、二人の芝居のようなやりとりを見ていたふくよかな体型の少女が苦笑して呟いた。声に出したのは少女だけだが、頷いた者や心の中で賛同する者しかこの場にはいない。

 

 

 

「続けるぞ。なんと美しいことに、そこには既に人がいたのだ」

 

「驚いたと言いたいのだろうが、何でも美しいと言えば通ると思うな」

 

 

 

 元親の奇妙な表現方法に、島以上にガタイの良い上半身剥き出しの男が糾弾する。しかし、元親はその責め立てに対して反駁する。

 

 

 

「違う。驚いたのも事実であるが、美しかったのもまた真実。念入りに整頓され、試験をするために道場は整備されていた。そこに鎮座していた眼鏡の少女、あの女は美しさの塊だ。弓を扱う熟れた者ならば、視界に入れた時点で分かるはずだ」

 

「美人さんなら、俺も匂いでわかる。こいつは臭ぇ、美女の匂いがプンプンするぜってな」

 

 

 

 薔薇の臭いを嗅ぎながら決めて魅せる少年の振る舞いに、先程元親に疑問をぶつけた小柄な生徒が小首を傾げる。

 

 

 

「りゅうぞうじ。くさかったら、びじんなのか?」

 

「化粧臭いのはNGだ。加齢臭は言わずもがな。美女ってのは花みたいにいい匂いがするもんなんだよ。尼子、お前もそれに近いぞ?」

 

「ひっかくぞ?」

 

「褒めてるんだぜ? そうかっかすんなよ」

 

 

 

 薔薇を差し出してきた少年、龍造寺隆正に対して己の武器である鉤爪を眼球に向ける生徒、尼子晴。このやりとりも恒例のようで、他の十勇士は大した関心を向けることなく元親の話に意識を戻す。

 

 

 

「まあ、容姿で言ったら中の中、とでも評しておこう。それでも美しかった」

 

「美しいから何だというのだ毛利。それだけのためにこの俺を留めたのか?」

 

 

 

 先程の立ち去りそうな気配とは違う、下らぬ話なら罰を与えるぞと言わんばかりの殺気に、十勇士が僅かに身震いする。

 

 しかし、その殺気に怖気づくことなく元親は言葉を紡ぎ続ける。

 

 

 

「まさか。その後、私はそいつを遠目で観察していた自分のコンディションのことなど二の次三の次、その女に魅入った」

 

「ふむ、毛利を熱中させただけの何かがあるようですな」

 

「それだけじゃない。あいつの放つ矢が私たちにとって驚異であった」

 

 

 

 ようやく元親が皆に伝えるべき注意、その内容に触れた。その危険度を確かめるべく三郎が元親に歩み寄り圧を与える。

 

 

 

「どのように、驚異だと言うのだ」

 

 

 

 

 

「あいつを中心とした半径七〇メートルにいる兵は、間違いなく一撃で沈む」

 

 

 

 

 

「……そんなばかな」

 

 

 

 呆れたように元親の言うことを弾こうとする晴だが、どうしても否定しきれない。毛利元親と言う人間は十勇士の中で一番「目」に優れている武将だ。ただ目が良いという訳ではない。戦況や相手の危険性、それら全てを感じ取ることに長けた、十勇士の分析担当とも言えるだろう。

 

 他にも十勇士には頭の回る武将、機転の利く臨機応変な武将はいるが、その場の流れを読むことに関しては元親が一番である。

 

 

 

「確かに条件はある。あいつの視界に入っていること、あいつより高い位置にいること、矢を放つ間隔には約十分必要、他にもまだまだある」

 

「それで、なぜ驚異だというのだ」

 

 

 

 島のもっともな疑問に、元親は至って真面目に答える。

 

 

 

「頭部に必中する。条件を満たし、一度ロックオンされたら確実に当たる」

 

 

 

 ばかげているような内容を、元親は真剣に答える。

 

 

 

「ほう、興味深いな」

 

 

 

 そこでようやく、三郎が笑顔を浮かべた。その笑顔は実に豪勇、不敵な笑みとも言われる笑顔を浮かべて士気を高めていることを表していた。

 

 その表情に、十勇士全員の将気が高まっていく。

 

 

 

「推測でしかない、と馬鹿にしてもらって構わんが、泣きを見たくなければ頭の片隅にでも留めておけ。恐らく、真っ先に狙われるのは私か尼子か宇喜多だ。お前らだけでも聞いておく価値がある」

 

「ウチ?」

 

「わたし?」

 

 

 

 ふくよかな体型の少女、宇喜多秀美と晴が自分自身を指さして疑問符を浮かべた。

 

 

 

「理由は後で言う。先に危険性と対策についてを皆に伝える。直に話したことのある美しい私の言葉はためになるぞ? 既に伝えて置いたもう一人の天下五弓に対する質問も、この際だから受け付けておこうか」

 

 

 

 元親の注意が、ようやく十勇士全員に伝わっていく。

 

 東西交流戦が最終戦、開幕は近い――――。

 

 

 

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