天神館の弓兵部隊から獣の様な叫びが鳴り響いた。おおよそ狙撃部隊から発せられるようなものではない、互いを鼓舞し死地に赴く恐怖を塗り潰すような絶叫。最前線の集団に負けずとも劣らない膨大な声の渦だ。
学生身分でありながら、なんと立派な振る舞いであることか。
――――うるせーっすね。そんな大声出して場所を知らせてどうするんすか。
その賞賛の対象となり得るはずの行為に対し、嫌悪な視線と酷薄な冷笑を浮かべる人物が一人。
パイプとパイプの間から天神館の弓兵部隊を眺めつつ、自分に向けられているであろう殺気と敵意を全身で受け取り、大馬鹿だと嘲笑うは藤巴織鶴。彼女はできうる限り最高の狙撃ができる場所を吟味している最中だった。
何とか矢を通して狙撃できる隙間がないものかと、腕を組みながらしきりに辺りを見回す織鶴の姿は、タイトルだけしか知らない本を手当たり次第に探している文学少女のようだ。残念ながら、文学少女と呼べるだけの才覚や趣味を彼女は持ち合わせてはいないのだが、その立ち回りはまさしく文学少女のそれだ。
しかしながら、タイトルしか知らない本を膨大な数の蔵書の中から探すことは困難であるように、織鶴の身長と発射角度に合わせ、なおかつ広すぎず狭すぎないパイプの隙間など容易く見つかるものではない。発射角度の調整は足場を移動することにより多少なりにも改善できるものの、その調整の度に距離、方向を計算し直すのは非常に面倒だ。
何度も言うが、織鶴の頭は世辞でも良いものだとは言えない。いちいち角度や距離を計算するような事態を普段経験していないこともあり、状況は最悪とも言える。
「……………………ぬぁああああああ……」
遂には左手で頭を掻き毟りながらしゃがみこんでしまう。ああすればどうだ、こうすればどうだと、無数の提案が織鶴を圧迫してくる。更にはその提案に対する評価をしなくてはいけない義務までもがのしかかる。それに耐えきれなくなった彼女は膝を曲げて屈みこんでしまったのだ。
普段ならただ弓を引き的に中てるだけ。そこに付加されていく様々な要因全てが初体験、脳内は混乱の一途を辿る。
――――くうう、弓道場が恋しいっす。
他二戦を傍観していた時間を含めても約数時間しか経っていないのだが、既に
織鶴は弓道場との思い出を懐古する。春は弓の握り皮と共に自らを衣装を一新し、夏は道場の床や壁と共に肌を焦がし、秋は寒波に耐えるべく
ノスタルジックな思いに耽り、大きく息を吐いて顔を上げた。何かを考え大きく息を吐き出すと、ふと上空を仰ぎたくなってしまうのは本能的なものなのか。織鶴は何の意識もなしにパイプの天井を見上げた。
「はぁ…………ん?」
ふと、今この体勢になったことで一つの光明が差し込んだ。暗喩のようにも思える表現ではあるが、その光明とは全くの比喩という訳でもない。実際にパイプの隙間から零れてきた光は、蒸気や排煙で汚れた眼鏡を通してキラキラと乱反射する。無数のシャボン玉を彷彿とさせる玉ボケと呼ばれる光の反射は、菜種油色のパイプの色を薄く霞ませた
その光源を辿る様に視線を上げ、徐に膝立ちをして天神館の弓兵部隊の方向へ体を向けた。
すると、立っていた時では発射角度が大きすぎて断念させられたパイプの隙間が、しゃがみこんでいる織鶴に意地悪そうな表情を浮かべ口を開いていたではないか。
その体勢ならば、あの射法なら、ここに矢を通すことに何の問題は無いだろう? そう提案しているようにパイプの隙間が歪んで見える。織鶴の視野の狭さと弓道からはみ出そうとしなかった浅はかな経験不足を揶揄してくるようだ。
――――そんな、そんな荒業がやれるんすか?
「――――はははっ」
自ら思い浮かべた荒業ができるかどうかと疑問に思ったその瞬間、「できる」と思ってしまったこと自分に思わず笑い声が漏れた。
二本の矢を握る手に力がこもる。元々、戦場において弓道を持ち込むと言う愚かな行為で不安塗れだった織鶴に、「競技上でさえ使われない」射法を用いる発想はさらに不安を上塗りしてくる。不安という底なしの沼に沈み、既に首から下は脱出不可能なほど。
そんな状況に立たされているのにも関わらず、織鶴は「できる」と思ってしまった。普段は謙虚すぎる彼女の性格に隠れてしまう弓道に対する自信、自尊心は不安に飲み込まれていなかった。理性は不安に押しつぶされそうなのに、本能は一切物怖じしていない。彼女の中で矛盾が生じている。
遂に感覚がどうにかなってしまったか、と織鶴は震える体を抑えて自嘲する。
――――どーせ、これっきりの戦場っす。それなら――――
やりたい放題弓道をしてやろう、そう決意した。
――――それじゃあ、とりあえず釣られてもらうっす。
矢を一本だけ矢立箱に戻した瞬間から織鶴の無駄な思考は全て遮断され、不安により生じていた小刻みな体の震えが収まった。戦場にいるとは到底思えない美しく礼に富んだ射法を進めていき、立ったまま矢を弦に取り付けた。
暗闇に包まれたその空間を戦場と思いこまず、己の意識を映し出して一種の固有空間を作り出す。自分の世界を強調することで、織鶴は弓道を戦場に持ち込むことに成功している。
しかし、織鶴の意識から映し出された情景は道場ではない。
弓と矢を握る自分と、的とされた人間以外が全てかき消されてしまった真っ白な空間。五感全てを錯覚させる程の集中力で自らの身体を支配し、ようやく産み出される自分の世界。桁外れな集中力があってこそ生まれる世界だ。
スポーツのプロフェッショナルたちが競う遥か高みの世界では、「聖域」、「ゾーン」などと称されることの多いそれに近い。だが、「ゾーン」と織鶴の集中力から生み出された真っ白な空間は決して同一ではない。何故なら、彼女の精神力から生み出されたとされる世界は、「弓道の最終地点の再現」だからだ。
織鶴その世界を一度だけ、他人の力を借りて見たことがある。これはその模倣に過ぎないのだ。
その真っ白な空間において、弦を引いていた織鶴の右手が解き放たれ、矢が勢いよく放たれた。矢は空気を引き裂きぐんぐんと伸びていく。真っ白な世界では見られないパイプの隙間を潜り抜け、天神館のいる高台を目指して飛翔する。
しかし、織鶴のいる真っ白な世界には、的となる人影は一つもなかったが――――。
◇ ◆ ◇
「ぎゃっ――――」
天神館弓兵第一部隊に二人目の脱落者が出た。
被害者は、既に気絶してしまっている紗代を邪魔にならない位置に運んでいた女子生徒だった。紗代を敵狙撃兵がいると予測されていた方向と反対の位置に担いで移動し、隊員の荷物で紗代の顔や急所を覆い隠し終わり、額に滲んだ汗を拭っていたところを一撃。後頭部に東西交流戦規定の矢が突き刺さってしまった。
どうやっても死ぬことはないとされる摩訶不思議な矢ではあるものの、後頭部に矢が突き刺さり断末魔を上げる光景と言うのは、なかなかに異常性を孕んだ光景だ。
それを見た他の弓道部員たちは低い体勢を維持したまま何とかして敵影を探そうと苦しんでいた。特に弓術より弓道に思いを置いている人間は道具に対する愛着が人一倍強いため、道具を一々安全な場所に置いたりと面倒な手間が多い。
そんな道具に対する愛着が弓道家より欠落した、いざとなったら弓で人を殴ることも厭わない宇佐浩美。彼女は今の敵陣の狙撃に対して疑問を覚えた。
たった今やられた少女は、紗代を運び終えると言う大役を終えて安堵しきり、「思わず立ち上がってしまった」ことにより、頭部に狙撃を受けた。つまり、立ち上がりさえしなければ、少女の頭上を矢が飛び越え、犠牲は出なかったはずなのだ。
――――何の意図があって、敵方はあないな風に射たんや?
明らかにおかしい発射角度の矢の動きに疑問を覚えたのは浩美だけ。他の弓道部員は敵を探すことに一心不乱となっている。
敵影も見えないのに乱射をするのは明らかな威嚇か、動かないと分かっている敵に対する追撃の二種類。しかし、前者は五から一〇人近くの弓兵で組まれた編隊の話だ。星野紗代に対する追撃と仮定し考察する浩美だが、ここで問題点が浮上する。
紗代は今しがた移動させられたばかりだ。
倒れまま動かない人間に対する追撃ならば、既に移動させられているため誰にも被害は及ばないはずなのだ。しかし、敵は移動した先の紗代と、運んだ弓道部員目掛けて正確に矢を飛ばしてきた。
――――気配で位置を読み取って狙い撃ちしたとするやろ、ほんなら弓術使いで確定して良さげやな。
敵は正確に位置を把握した上で確実に一人一人を狙っていると断定した。今先程の犠牲も、綿密な計算と予測に基づくものならば得心がいった。
それならば、と浩美は屈んだ体勢で腰に取り付けた筒から矢をズパッ! と引き抜き、目にも止まらぬ速度で立ち上がり矢が飛んできた方向へ狙いを定めず一射、威嚇として放つ。
弓道においてはあり得ない、全くの礼を感じさせない技。弓兵と言うよりは最早狩人だ。
しっかりと敵影を確認せずに放った矢は、案の定敵に中らずパイプに激突したのか、ギィン! と金属と金属がぶつかり合った音が響き渡り浩美の鼓膜を
その衝撃に耐えきれず穴が空いてしまったのか、ブシュウウウウウウウウウウウッ! と音を立てて蒸気を排出するパイプ。矢に外壁を抉られ、遂には炸裂して穴を空けてしまったようだ。ドロリとした赤黒く錆びた
浩美の目に一瞬でも敵の姿は映らなかった。そこから彼女は、敵が暗闇にまぎれている可能性が高いと推測する。矢を放つ一瞬で目に焼き付けておいた記憶上の景色を辿り、敵が隠れているであろう暗闇を捜索し始める。
「でぇい!!」
すると突然、他の弓道部員たちが一斉に矢を放ち出した。どこかに敵影を見つけたのかと疑問に思いつつ、もう一本の矢を放つと同時に彼らの狙いを確かめようとする。
「どないした!」
「今さっき矢が暴発したのが見えた! 拠点はあそこじゃ!」
そう言って弓道部員が弓である工場地帯の一角を指し示す。そこには、パイプが雁字搦めになった一種の箱のような空間、今し方浩美が威嚇として放った矢が突き立っている場所だ。その編み込まれたパイプの隙間から矢が天高く飛翔した瞬間を、数人の弓道部員が目撃したと言う。
――――向こうが弓術に長けていたら、低い姿勢からの狙撃になれてると思わない?
ふと、浩美は遥から提示された仮定を思い出した。弓術、特に銃がまだ発達していない頃の戦場における段々式の射法には、「膝を地面に付けて弓を引く」現代では様々な要因から特異とされるものがある。
昭和期に残された古式戦場弓術の演武には、横二列に並び隊を組んで行うものがあった。まず前一列が左膝を地面に付け、蛙の様に股を開き右脚を立てて矢を射る。前一列が次発の矢を準備している最中に、「矢
このように素早く続けざまに矢を射る様子は、現代では素早い行動のことを指して「矢継ぎ早」などと表現する。
素早く力強く矢を射るために左膝を付けて体を安定させる。この膝を付けての射法を
言い替えれば、殺傷能力を高める要因が強い割膝という行為は、戦争に用いられていた弓術において多分に見られてもおかしくはないと言うことだ。
低い体勢からこの割膝という射法の利点には、先に挙げた力強さを出すということだけではなく、距離を伸ばし狙いを安定させると言ったものも含まれる。
距離については発射時の高さが下がるため短くなると思われがちだが、左膝を付いたことで変化する発射の仰角は距離を存分に伸ばしてくれる。立った状態でも仰角は当然の如く大きくすることはできるが、そうそう高く狙いを上げることは難しい。現代の脆弱な弓ならばまだしも、弓術に持ち込まれていた強弓では尚更だ。
これは安定性という利点にも繋がる。弓を引く上で大事な力は腕ではなく背中や下半身と言った体幹だ。立った状態では、体が若干前に倒れ込んでいるように見える程度に重心をずらす、弓を体に引き寄せるようにするような力の加減が必要とされる。それでいて強い弓を引くことでバランスを崩してしまう場合がある。しかし、左膝を付き体勢を低くすることで僅かに負担を減らし、強弓を引きやすくすることができる。
弓術において安定して素早く威力の高い矢を発せることは重要だった。平家物語にも、弓兵とは威力や素早さを重視するものだと説かれていた。
つまり、低い場所から矢を射たと言うことは、この割膝を用いた可能性があるということ。それは敵兵が弓術使いであるという可能性が高まったことに繋がる。
――――条件にはピッタリ。せやけどできるんか? そないな芸当が、天下五弓以外の学生に。
一つの疑問が浩美の脳内に浮かんだ。幾ら安定さが高まる割膝とは言え、パイプの隙間から人の頭部を狙って射ることは、テレビに出ればスーパーパフォーマンスなどと囃し立てられピックアップされるような技術だ。頭の上に乗った林檎を遠く離れた場所から射抜いて見せる、と言った芸当を披露して見せるものと何ら変わりはない。
それができるのだとしたら、天下五弓相当の技量の持ち主に限られると浩美は判断する。しかし、「川神学園が誇る天下五弓は高台からの支援が特徴的である」、と彼女たちは同じ部活の天下五弓から忠告を受けている。
他人を推し量る、こと弓の技量判断に関しては天神館随一とも言える男子からの忠告だ。浩美はその天下五弓に対して好意は抱いてはいないが、ボウガンを操って繰り出される技の数々や軍師とも成り得る頭脳には尊敬の念を示している。信じて当然のその情報に従うのならば、今自分たちを襲っているのはただの弓兵ということになる。
――――全てにおいてイレギュラーっちゅうことかい。おもろいやんけ。
僅か数秒で脳内の混雑を「面白い」に集約し、浩美は懐にしまっていた籠手を左腕に手早く取り付ける。花や樹枝をくわえて羽ばたく鳥の図柄、
本来の弓籠手は布や紐だけで作られているのだが、浩美のそれには無駄な甲冑のような硬い部分が取り付けられている。つまり、袖に当たることを危惧しているのではなく、腕自体に当たることを恐れているのだ。
今まで腕に対する保護は何もしていなかったのに、急にその保護装飾を付けた。そうすることで一切の気兼ねなく、実力を発揮できるから。
――――ほんならその面、拝ませんかい!
ズン! と浩美は立ち上がり大きく股を開いて足場を整える。無駄に大きく足音を響かせたのは、他の弓道部員に対する無言の忠告。
邪魔をするな、浩美はそう警告している。
その警告を受け取ったかどうかの確認はせず、浩美は素早く矢を弦に
本来の弓の扱いならば、左手の握り具合と弦が放たれた反動で弓を回転させ、弦による怪我を未然に防ぐことができる。この時の左手の握り具合を「手の内」と言うのだが、手の内がきいていないと弦音は嗚咽を上げるような汚い音になり、射自体の精度も格段に下がる。
しかし、弓返りさせずに射を成功させることで実現できる利点が一つ存在する。それは、弓道では考えられない連射の概念を現実化することだ。それを成し遂げるため、浩美は異常な行動を開始する。
矢を放ったことで体の後ろに回ったその手を使い、腰に付けられた矢筒から矢を取り出し、「弦を引くのと同時に矢を
一本目の矢を追随するように倍以上の初速で放たれた二本目の矢が追いかけ、二本の矢が同時にパイプの屋根に着弾するように計算されている。浩美が父親から弓術を学ぶことを認められたのと同時に伝授された、彼女の家に伝わる五つの奥義の内の一つ。距離が開いていなければ使えないが、今回はその条件をしっかりと満たしている。
「大和宇佐流、
紀伊派大和宇佐流次期党首、
二本の矢がパイプの牢に着弾し、ドン! と大きな音を立てて大きな風穴を空ける。爆弾の様に全ての屋根を破壊しつくすことはできなかったが、他の弓道部員が狙っていた矢が飛び出してきた位置にあるパイプの隙間は、マンホールの蓋よりも大きい穴を空けることに成功した。
すると一瞬だけ、敵の弓兵と思しき左膝を付いた敵兵の下半身が浩美の視界に映った。
しかし、その敵影が視界に移ったのも束の間、パイプが破壊されたことで噴出された蒸気が即座に蔓延し、まるで舞台の緞帳が閉じられたように浩美たちの視界を遮ってしまったのだ。視界を遮る直前まで弓を構えていた弓道部員が思わず矢を放ったが、相手の状況が全く窺えず、矢が当たったのかどうかさえも分からない。
その煙が晴れるまでは追撃に移ることはできない。相手が気配の読める弓術者である以上、無防備に体を晒すことはより危険となった。浩美たち天神館の弓兵部隊はそう考えて体勢を低くする。例え気配で位置が分かろうが、中らないようにすれば一切の問題は無かったからだ。
煙が晴れたら即座に射殺す、そう彼らは決意する。
その決意は、流星の如く落下してきた一本の矢によって打ち砕かれる。
ガシャン! と弓と矢が音を立てて縺れ込んだ音がした。矢の羽は弦に引っかかったまま逆なでされて酷く乱れてしまい、弓も折れんばかりの勢いでパイプがむき出しになった部分に叩きつけられた。
一体何が起こったんだと、弓道部員が一斉に金属音の発信源を見つめた。そこには、一人の男子生徒が転び、縺れた弓と矢を抱き込む様にうつ伏せになっていた。
――――なんや、ただ転んだだけかい。
「脅かすなや……ったく」
浩美の意識はその無様に転んでしまっている男子生徒から、未だにパイプの蒸気に覆われている敵の隠れ家に戻される。他の弓道部員も特に心配することなく視線を男子生徒から外した。
しかし、倒れたままの少年の様子がどこかおかしいことに、一人の男子生徒が気が付いてしまう。
「た、
傍にいた男子生徒がその違和感を確かめようと、貴虎と呼ばれた少年に近寄って呼びかけながら肩を揺する。
そこで、男子生徒はようやく異変に気が付いて腰を抜かした。
「や、やられてる!?」
「……あぁ?」
何を馬鹿なことを言っているんだ、そう言いたげな表情を顔に張り付けた天神館の弓道部員たちが意識を向けてやった。パイプに開けた穴から発せられた蒸気により、あの位置から矢が発せられれば誰でもすぐに気が付く。射抜かれて気絶していることはありえない筈だった。
頭に矢が刺さり気絶して、白目を向いて脱落している
「んなっ――――!?」
誰もが驚愕の声を上げるが、それはまともな文章になっていない。吃驚仰天、それ以外の意味など持ち合わせていない言葉の羅列なのだから、そうそう一つの文章とは成り得ないのは当然だ。しかし、それが逆に彼らの焦燥感を異常なまでに駆り立てる。
幾らその単語未満の言葉を重ねても文章にさせようとしない燃える何かが、彼らから潤いを奪い道着の上からでも掻き毟りたくなるむず痒さを与えた。
「た、貴虎くん!」
気絶してしまった貴虎に駆け寄ろうと、一人の女子生徒が立ち上がった。立ち上がってしまった。
「何さらしとんじゃボケェ!! 今立ち上がんなやアホンダラァ!!」
浩美の叱責も虚しく、女子生徒は立ち上がった瞬間に脳天を射抜かれた。
「あっ――――」
元々気絶していた貴虎の上から覆いかぶさるように、頭を射抜かれた女子生徒は気絶して倒れ込んでしまった。彼女のあまりの間抜けぶり、そしてそれを止めきれなかった自分自身の不甲斐なさに歯を軋ませる浩美。
焦燥に耐えきれなかった一人の女子生徒の脱落、彼女が抱えきれなかった焦りと言う負の遺産は生き残った戦士に再分配される。それは彼らを炙り焦がし、それでもなお生かそうと気味の悪い水分である冷や汗を滲ませようとする。
特に、彼らを取りまとめる浩美の気分はすこぶる最悪だ。
――――やってもうた……っ!!
遂には絶句。自分が矢を射て僅か一分足らずで二人の仲間が脱落させられ、浩美は口を動かすだけで声を発することさえしなくなった。
最早誰も注視していなかった煙の幕が開け放たれ、パイプの屋根に開いた大穴から中を覗くことができるようになったが、そこには既に誰もいない。完全なる勝ち逃げをやってのけられた天神館弓兵部隊。
しかし、憂慮すべきは敵兵を逃がしてしまったことではない。
今、弓兵第一部隊に残された弓兵は三名しかいないと言うことだと気付き、浩美は悔恨の念にかられて頭を抱え込んだ。