東西交流戦が開始されて十数分が経過した。どちらの陣営も前情報だけでは測りきれなかった、肌で感じとれる敵の
脱落した自軍兵士、討取った敵軍兵士の総数を大まかながらに算出しては戦局を掴み、将棋の盤上の駒を動かす様に頭脳専門の人間は頭を悩ませる。予め目を付けていた敵兵の動き、予想していなかった実力を持つ伏兵の存在、伝聞や憶測の域を出なかった敵兵士の正確な戦力を叩き出し、戦力の傾きを理解する。参謀の判断材料を増やす重要な作業が始まった。
織鶴の所属する川神学園の参謀部隊、と言うより参謀担当の二人は現在の局面を数値化して把握し、違和感を覚えた。
様々な情報が書き込まれた戦場の地図を座り込んでは何度も何度も見返し、ガシガシと後頭部を掻き毟っては唸り悩む少年が立ちっぱなしのもう一人の参謀に問いかける。
「…………どう見るよ、葵」
「…………ふむ」
問いを投げかけられた、意見を求められた色黒の少年は右手で口を押さえて地図を見つめる。まだまとまり切っていない自身の中途半端な考えが相手に伝わることを恐れて口に手を当てているのか、決して右手は退けることのないまま何かに憑りつかれた様にぼそぼそと呟き続けている。
「…………この違和感、推測しかできませんが」
右手を口元から離して両腕を組み、色黒の少年は何とか形作られた自身の考えを言葉としてまとめ上げる。
「
「向こうもこの状況を理解できていない、やっぱりそう考えるか?」
「でなければ、あまりにも不穏すぎます」
そう言って、色黒の少年は地図の中央、最も書き込みが多くなされている部分を指さした。そこに記されているのは「凸」で模された
「あまりにも被害が出ていません」
「喜ばしいこととも取れないことはないんだが、時間がそれなりに立っているのに向こうにも大きな被害がないのはある意味不自然だ。言い替えりゃ、戦果が思うように上がってないってことになるからな」
各部隊に書かれた数字は三つ、その内の二つは近似していて、残りの一つは数値が軒並み小さい。一番小さい数字と言うのが、彼ら二人が頭を捻らせて弾きだした予測値であり、理想値であるのだろう。
「私たちが弾きだした予測被害、思い切り外れてしまいましたね」
苦労が無駄になってしまったと言わんばかりに、やれやれと苦笑する色黒の少年、葵冬馬。その振る舞いに同調したのか、溜め息交じりにもう一人の少年、直江大和も苦笑した。
天才ばかりが集められたSクラスの頂点である葵冬馬と、問題児ばかりが集められたFクラスをまとめ上げる軍師である直江大和。彼らは川神学園二年生が誇る知将である。
しかし、自他共に認める知将とはされているものの、他人から認められている要因には「頭を動かすことしかできない」という考えも少なからずある。
戦闘力は蚊蜻蛉と自称する冬馬に、殴られ慣れていて回避力が身に付いたと自慢する大和。作戦を立てる段階で自らを戦力として考えることはなく、あくまで参謀であることを理解している頭脳労働担当だ。
自分たちが活躍できる場を見出し、戦闘員を動かせるほどの実績を得て、彼らは参謀としてここに立っている。
「一から考え直すか……?」
トントン、と持っている鉛筆で地図を叩きながら気怠そうに呟いた大和。その鉛筆は中央から色が二分され、
「それも手段の一つですが、見落としていることはありませんか? 今ならまだそれだけで修正が効きます」
冬馬も腰を落とし、地図を触りながら大和に問いかける。
「そういうお前はどうなんだ」
「少なくとも私の管轄内ではないですね。どちらかというと地下で乱闘している人間に発破を掛けたくらいですので」
「発破、ねぇ……」
「女の子は特にやる気を出してくれましたね」
「あ、そう」
笑みを決して崩すことなく言い退けた冬馬に、大和は呆れた様に溜め息を吐く。
「それで、大和くんにはありませんか? 不確定事項」
「うーん…………。いや、あるにはあるんだが、それにしちゃあな……」
「おや」
大和が不確定事項を野放しにしていることが意外だったのだろうか、僅かに目を見開き声を漏らした。
そんな機微な変化には気づいた素振りを見せず、鉛筆をくるくると回しながら説明を始める。
「一人な、弓兵を追加した」
「弓兵ですか……。お名前は?」
「藤巴織鶴」
「ああ、天下五弓に「なれなかった」弓道部の女の子ですか」
ピクリ、と大和の机を叩く動きが一瞬停止したが、何事もなかったように再び手を動かし始めて話を続ける。
「割と自由に動いてもらっててな。一定以上の戦果を上げるとは言ってたが……」
「……ひょっとすると、その藤巴さんが何かやらかしているかもしれませんね」
冬馬は何の気なしに放った言葉だったのだろう。彼はそれ以上の追及をすることなく地図に視線を落としたのだが、大和はその言葉をぶつけられてさらに深く考え込む様に腰を曲げて地図を凝視している。
「何か、か……。向こうに何か威圧をかけたりしてるのか……? 意識的にか無意識的にかはともかくだが……」
「藤巴さんを恐れて隊が後退していたり、ですか?」
「ああ。被害を抑えるように移動を制限していたり――――」
「ある程度の戦力が藤巴さんの討伐に向けられていたり――――」
瞬間、深く考えもせず言葉を漏らした二人の脳内に眩い稲妻が走る。
明るく放たれた彼らの脳内は無防備に放置されていたパズルの全体図を映し出し、彼らの頭を埋め尽くしていた靄のような違和感を一瞬にして拭い取ってしまった。
「――――おい、おい」
ガシガシと後頭部を掻き毟る大和。しかし、その表情は先程の様に曇ってはいない。目を見開き、口角は僅かに上がり歯を大気に晒している。興奮冷めやらぬと言った具合に息も荒くなっていく。
「――――ふ、ふふ、これはこれは」
同様に、冬馬もまた腕を組んだまま自身の二の腕を音を立てて引っ掻いていた。その肌は僅かに粟立ち、痺れているように産毛を揺らしている。
「弓兵による抑止力、それも天下五弓相当の腕前……」
「しかも向こうには、天下五弓が一人いる。恐ろしさを理解していても何ら不思議じゃない」
「その天下五弓、毛利元親が今回の作戦の参謀に加担していて、且つ――――」
「――――藤巴さんのことを事前に知っていたとしたら……?」
互いの顔を見合わせ、普段以上に大きく目を見開きながら笑顔を向け合った。二人の導き出した解答は酷似、ほぼ合致して互いの仮説を確証付ける。その笑顔を向け合う行為の真意は、自身の仮説が証明されたことへの嬉しさか、好敵手とも言える存在と意見があったことによる安心感か。
「余計な突出は控えるように進言するでしょうね」
「京から事前に聞いておいたんだがな? 飛距離に関しては明らかに劣るが、弓道の距離においての藤巴さんの命中精度は京に迫るものがあるらしい」
大和は親指と人差し指で何かを掴むような形を作って二人の弓兵の戦力的優劣を示唆する。ビー玉一つ程度の隙間は、織鶴の精密性が天下五弓である京に肉薄していることを指し示しているのか。
「……確か、六〇メートル位でしたか?現代の最高飛距離は」
「京都の……三十三間堂だったな。京が教えてくれた」
冬馬の言葉に、大和は必要な知識を引き出す様に目を閉じて頭を悩ませた。
通し矢。京都市東山区に位置する妙法院蓮華王院本堂、通称三十三間堂にて行われていた弓術の一種。三十三間堂の全長約一二〇メートルの端から端までを限界まで活用し、はるか遠くにある的を狙って一日中弓を引き続ける過酷な競技である。
ある者は一日で一〇〇〇〇本を超える矢を引き放ち、ある者は飲まず食わずで倒れるまで引き続け、ある者は腕が折れても添え木で堪えたとされる、数多の逸話が内包される伝説の競技だ。
明治時代以降、全くと言っていいほど超長距離の競技は行われなくなった。現代においてはその約半分の距離、六〇メートル先の的を狙う大的全国大会が成人式の頃に行われているが、正式な通し矢をは全くの別物である。この現代における三十三間堂の競技、六〇メートルがほとんどの長距離用弓道場の基準となっている。
「あれはそんなもんらしいが、実際の種目的には五〇から九〇メートルするところまであるらしい」
「間をとって七〇としましょうか。藤巴さんの初期位置はどこですか?」
「ここだ」
大和が地図で指差した一点を中心として、冬馬は製図器具に頼ることなく大まかに円を描く。正円とは程遠い歪曲した円ではあるが、ぐるりと描かれたその円だけで新たな確証を得るには十分だった。
「……こりゃ迂回してるな」
情報班から寄せられた敵兵の動きを記した兵棋は、冬馬が大雑把に描いた円に沿うようにして行動していた。円の内側に兵棋がない訳ではないが、中心に近づくに従ってその数は減っている。
冬馬が目算で出した織鶴との距離が四〇を切ると、敵兵はそこを通ろうとしない。
「ここまで来ると露骨ですね」
「…………今できたばかりのこの仮定が正しいとしよう。が、それにしたってこっちの被害が少ない。誤差の範疇って言われればそれくらいだが、こっちが弓兵入れてんだ。向こうだって一〇人位用意しといたって何ら不思議は――――」
織鶴の射程距離を描いた円と、敵兵の動きを示す兵棋の分布を見つめながら次なる疑問を解決しようと問題定義しようとした大和の喉が詰まった。その表情は目を大きく開き、開いた口はそのままに顔を硬直させてしまっていた。
「……どうしました大和君?」
「……こことここ、それにここ。弓兵が使えそうな高台で敵がいる可能性が高いから、記憶の片隅に入れておいてくれって藤巴さんに一応提示しておいたところでな」
数秒の停止を経て、大和はゆっくりと地図の中の三点を指し示した。そこは織鶴の射程距離の中にきっちりと納まっている。
「入ってますね、彼女の射程距離に」
「……この高台に敵の弓兵がいて、それを藤巴さんが迎撃したっていう確固たる証拠はない、けど――――」
いっちょ乗ってみるかぁ? と大和は少しばかり大きな声量で言い放つ。心が宙に浮いているようにそわそわとした感覚に身もだえ、気炎を上げんばかりに血が波打っていた。
「違和感が解消されますし、そういうギャンブルもたまにはいいでしょう。医療班からの連絡では、我々が討伐した十勇士はまだ三人しかいません。その中に毛利元親はいないのもまたある意味判断材料になるでしょう」
冬馬もまた楽しそうに微笑んでいた。
しかし、二人の意見が合致し、違和感の払拭にようやく辿り着いたところで、大和はこの状況に恐怖とも取れる感心を覚え始める。
「……弓兵の恐ろしさがここまで戦局を動かすか……」
「――――嘉応二年」
なんとも知れない恐怖のような感覚に襲われ興奮を冷ましてしまった大和に、冬馬が目を閉じてある奇譚を物語る。
「「伊藤・北条・宇佐美平太・同平次・加藤太・同加藤次・最六郎・新田四郎・藤内遠景をはじめとして五百余騎、兵船廿余艘にて、嘉應二年四月下旬に、大嶋の館へをしよせたり。」――――お分かりですか?」
「……………………待て待て待て、前に麻呂がやってた。今思い出す」
どうやら大和はその物語に聞き覚えがあるようで、彼の脳の奥底に置かれたその記憶が仕舞われた木箱を開くため、細い細い糸で雁字搦めになった糸を必死に解いていく。爪を立てて縛り目を解し、少しずつその紐をほどいていくが、一向にその木箱は開けられそうにない。
その努力が待ちきれなくなった冬馬は、その木箱と糸の間にキラリと光る鋭利な刃物を差し込んだ。
「「保元のいにしへは、矢一すぢにて二人の武者を射ころしき。嘉應のいまは一矢におほくの兵をころし畢。南無阿弥陀仏。」――――これで、いかがですか」
じょきり。冬馬の鋏が大和の記憶を封じる糸の檻を断ち切った。
零れる記憶、溢れる知識が大和の脳内に溜まっていた不純物を洪水と共に洗い流し、同時に彼の眼の奥の圧迫感を取り払った。
「……………………お前、よくもまあそんな長い文章覚えたな。確かに内容は有名だけど」
「S組は不死川さんがいるおかげで、あの歴史の授業がさらに盛り上がっているんですよ」
どうせ授業は進みませんしね、そう付け足して冬馬は呆れた様に笑いを零した。
「……為朝だって言いたいのか?」
「その実力に恐れをなし、通常ではありえないと思われる行動を取ってしまう。これは一〇〇〇年も昔から変わらない事実です」
たった一人の弓兵に一城を落とす戦力を注いだ逸話が、彼らの頭にこびりつく。面を広げて根を張り、小さなカビが大きなカビになっていくように。
「……現代のバランスブレイカーってか?」
「とは言え、我々以上に藤巴さんのことを知っている人間がいることが前提になりますけど。今回はそれが毛利くん、ですかね?」
「……毛利と藤巴さんか……。面識でもあるのかね」
彼らの疑問を完全に晴らす答えは、彼らの脳内からは生まれなかった。
パズルは未完成のまま戦争は終盤戦へと向かう。
◇ ◆ ◇
「――――ぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!! こっ、ここでいいっすここで止めてストップしてぇええええええええええええええええええええええ!!」
声帯を乱暴に揺すって弾かれた停止の合図。肉弾列車の脚が工場のパイプで作られた床に鋭く打ちこまれる。
ギュギュギュウッ!! と靴底のゴムと工場の蒸気により若干の湿り気を帯びたパイプ床が擦れ合い、あまりの熱さに堪らなくなって悲鳴を上げてしまう。パイプから漏れ出る蒸気が摩擦熱による煙ではないかと錯覚させるほど、鼓膜を劈く激しい音を立ててパイプを滑り急停止に成功した。
「おうよ」
ずるり、と岳人の背中から疲弊した織鶴がパイプ床に落ちる。
「…………た、助かったっすよ島津くん」
――――助かったんすけど、腰が抜けそーっす。いや、もう七割方抜けて……?
「気にすんなって」
当然のことをしたまでだ、とでも言いたげに虫でも払う様に片手を軽く振った。
「親しき仲にも礼儀あり、っすよ? お礼はきっちりしなくちゃいけねーっす」
こちらも当然のことをしているまでだと言わんばかりに、ふんと鼻先に力と愚直さを込めて笑った。
「いや、そのワードは仲間内でも聞くんだがな……。それ言った後、直ぐにモモ先輩やワン子に殴られるは蹴られるはで、寧ろ礼儀がないのは向こうなんじゃねーかって思う訳よ」
「……多分っすけど、それは自業自得ってやつだと思うんす。いや、実際の場面に出くわしてないんで断言はしたくねーっすけど」
――――大方、礼儀を欠いた余計なことを言って殴られたんじゃねーんすかね。
島津岳人という人間についてだけでなく、川神学園における日常的光景を想起しながら織鶴はそう判断した。彼女のクラスで目立つ男子の半数はデリカシーに欠ける言動が多い、彼女の認識は僅か一ヶ月と少しの付き合いでそう認識していたこともあり、彼が乙女心という複雑怪奇な代物を理解できるとは思えなかったのだろう。
――――乙女心は自分にもよく分からんものっすけどね。誰も彼も乙女らしさが欠けてるんじゃねーっすか、我がクラスは特に。
そしてまた織鶴は、彼女のクラスで目立つ女子もまた一癖二癖難のある、柔らかな表現をするのであれば個性が若干強い少女が多いとの認識を持っていた。
ある少女は女を捨てた肉食獣という言葉では語りきれない猛獣で、ある者は酷く固く閉鎖的な殻に籠ったままの愛の戦士で、ある者は背伸びをしていることで逆に小さく見えてしまう矛盾を孕んだ自称お姉さん。
――――人のこと、言えねーっすけど。
「……ん? 何だこれ?」
織鶴が自分自身を一般的、普遍的乙女からかけ離れている難癖ある存在だと思わぬ形で再認識していると、岳人がパイプの隙間から何かを発見したようだ。屈んでそれを見つめる岳人の大きな背中からひょっこりと首を出して、件の何かを確認する。
「……木箱っすね」
「ああ、木箱だな」
木樽に取り付けられている箍のような封で厳重に閉じられている木箱。開けるには専用の器具がないと開けられそうにない堅牢な作りである。観念しろ、と物取りに対して開封を諦めるように迫ってくるようだ。
その木箱には織鶴が両手を広げても隠し切れない大きな赤い札が、どこから見ても分かる様にきっちりと貼られていた。
「……「火気厳禁!」……?」
ドォン!! 突然の炸裂音と地鳴り、いやパイプ鳴り。鉄骨鳴り。
その禁を破ればどうなるかを示唆してくれたかのような悪戯に、岳人も織鶴も咄嗟に身を縮こまらせてしまう。
「きゃっ!?」
「でっけぇ音だなオイ……」
まるで夜中に雷でも落ちたような対応を見せる二人だが、片や怯えて片や音を聞いて状況を確りと理解している。図体や度胸の差と言えばそれまでだが、男女の平均的な差とも取れる状況を織鶴が打破しようと声を絞り出す。
「…………び、びびったっすねー……!」
「爆弾か何かか? そんなん九鬼の連中でも滅多に使うもんじゃねぇぞ?」
「……んー……。あれじゃないっすか? ほら、十勇士の大筒使い」
「あー、そんな奴いたっけか?」
織鶴の言葉に首を傾げる。
「……島津くん。十勇士のメンバー何人覚えてるっすか?」
「長宗我部だろ? ほんで島。あとは石田……。それから、えーっと……」
「あ、もう結構っす」
――――大将より先に筋肉とは……。こりゃもう筋金入りっすね。
「まあ、いるんすよ。火薬をドカドカ使う娘さんが」
「んじゃあさっきのもそいつか?」
「まあ、川神学園ウチの生徒にそんな爆弾使いはいないはず……ですし」
いないと断言できない織鶴。彼女の頭には岳人の発した「九鬼」という言葉が引っかかっている。
九鬼はいつも想像の遥か上を越えていく、織鶴は一年と少しの経験から規格外な行動に対して備えるようになっていた。それが無駄であったとしても、ほんの少しだけでも心構えをしておこうと。
「じゃあこれはそいつのか。ていうか、何でこんなところに火薬置きっぱなんだ?」
「そこまでは流石に分からんす。単なる運び忘れっすかね? それとも、取りに来る予定でもあるかもしれねーっすけど、見なかったことにするのが一番だと思うっす。火薬は遠くで見る花火か線香花火に限るっす。それ以外は極めてノーサンキューっす」
「それでもまあ一応隠しとくか。奥まったところに置いておきゃ向こうも多少なりに困るだろうしな」
そう言って岳人は教卓よりも大きくぎっちり中身が詰まった木箱を軽々持ち上げた。同じ大きさの発砲スチロールならば同じことができるだろうか、と織鶴は余計な想像をしてしまう。
「か、軽々っすねー。流石の力自慢っす」
「ハッハッハ! こんくらい余裕です、鍛えてますから!!」
織鶴の素直な感心に上機嫌になったのか、岳人は気味が悪い程に声高々に笑いだした。しかし笑いが続いたのも僅か数秒、折角持ち上げた木箱をゆっくりと下ろしてしまった。
「……どしたんすか?」
「お鶴、これ矢の先につけて使えねぇか?」
「――――はいぃ?」
唐突な岳人の提案に、織鶴は数秒の溝を生じさせて聞き返した。眉間に皺を寄せて片側の口角だけを引っ攣らせて不可解だとアピールする。不可解と言うより、不快なのかもしれない。
「いや、火矢とかあんじゃん? ゲームでよく――――」
「――――いいっすか!?」
将来の夢を語る少年の様に、憧れの先輩に思い馳せる少女の様に、純粋と理想で固まった世界を口にしようとした岳人の胸倉を掴み、織鶴は僅かに苛立った様子で反駁する。
「ゲームでやっていることか現実でできると思うんじゃねーっすよ!? 特にこの街じゃ火矢だとかが見られても受け入れるそーっすけど? そのせいでできないこと強要されて「なんだできないのかよ」って溜め息吐かれるこっちの身にもなってみろっす!!」
「ぃ……! ぐ、ぐるじいぐるじい!」
「「同時に三本撃てるよね? 人差し指と中指と薬指と小指の隙間って三つあるじゃん?」とか「え? 矢の軌道曲げられないの? ホーミングアローだよ?」とか、お前ら自分を何だと思ってるんすか!! そんなファンタジー現実に求めてんじゃねーっすよ!! 大体ホーミングってなんすか銃でもできないこと原始的な弓に求めんなっす!!」
「わが、っだがら……!! わるがっだ!! だのむばなじでぇ!!」
血が多く頭に溜まり血色がよくなり過ぎた結果、顔面が熟した桃の皮のような
「で、割と無理?」
数分間の休憩でようやく元の顔色に戻ったのにも拘らず、自ら地雷原に飛び込んでいく岳人。
一度首を絞められたのにも拘らず疑問を解消しようとする姿勢に織鶴が諦めた様に溜め息を吐いた。一々説明しなければどうやっても理解できないんだと自分に言い聞かせ、律儀に応えられるように体勢を整える。
「まともに飛ばねーわ中らねーわで厄介なもんす。火薬を括りつけて撃つ相当数の経験と全く同じ動きができる技術が要求されるっす」
似たようなことをやっていた奴を見たことがあるだけ、と捕捉して話を続ける。
「それこそゲームみたいに広範囲に爆発するもの使えばなんとかなりそーっすけど、それだけじゃどうにもなんねーっすね。距離、風向、角度以外に爆心地や重量変化も計算しなきゃいけないんで、使ってる奴はよっぽどの天才か馬鹿のどっちかっす。断言してやるっす」
◇
「くしっ! ……誰かが噂してる。この感覚は大和じゃないことは確か」