真剣で私に恋しなさい!S ~無冠の弓聖~   作:霜焼雪

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臙脂

 

 

 

 日本の弓、こと高価な竹弓であればあるほど貧弱だ、などと言われることが稀にある。職人が古くから伝わる製造法を用いて大事に作り上げた一本の弓が、あろうことか弓として弱いと評されてしまう。

 

 勿論、使い心地などを考えれば一概にそのようなことは言えない。慣れれば竹弓、とも良く言われる。ここでの貧弱とは、武器としての殺傷能力に着目した意見である。確実に相手の甲冑を穿ち、肉を貫き臓物を引き裂く力を矢に与えることができるかどうかだ。

 

 素材が竹であるというだけで値段はワンランク上がることもある和弓。かの発明家、トーマス・エジソンが惚れ込んだ日本の竹、さぞかし上質で高級なことだろう。職人が一本一本丹精込めて作っているということも、恐らくその値段に関わってきているはずだ。

 

 

 

 だからと言って、それが武器として優秀になるかどうかは別物である。

 

 

 

 竹は古くから、それこそ千年近くも昔の平安時代頃から使い続けられている素材。製造方法には変化が生じているものの、竹は今に至るまで弓の重要な素材とされ、竹だけで作られた弓は非常に高価で愛されている。

 

 それほど前から使われていた竹で作られている弓が貧弱とはどういうことか。その答えは竹自体の性質にある。

 

 現代において製造されている和弓は固く作られている。それは竹の柔らかさと引き換えに、元に戻ろうとする反発力を強化したからだ。弓としての威力はこの反発力に左右される。

 

 竹はその反発力が弱い。現代弓道においてはカーボン板などを挟むことによって反発力を容易にあげているが、当時は焦がした竹を重ねただけのもの。反発力は現代に比べて大きく劣っていた。

 

 日本の弓は残念なことに、矢の威力を高めるためには弓の力を強く、つまりは相当な筋力と技量がなければ引けないような弓を作るしかなかったのだ。

 

 そんな弓が当たり前だったことから、現代の数倍の強さを持つじゃじゃ馬のような弓を、平安から戦国にかけた時代の弓兵は当たり前のように引いていた。数値化すれば現代は最高でも三〇キロに届かず、昔の弓兵は四〇から五〇キロもの強弓を軽々と引いていた者がいたとされる。現代の二倍三倍の固さ、総合格闘技を生業とする筋肉の塊のような男たちが右手に防具をはめてようやく引ける強さを、軽々と。

 

 弓そのものを固くしなければ威力を出せなかった竹弓に対し、西洋の弓は竹よりも柔らかい上に反発力のある優秀な素材を用いていた。ロングボウなどと呼ばれる弓にはその素材が用いられていたという。

 

 引く力が弱くとも威力が出る、西洋の弓は効率的な弓であったと言えるだろう。

 

 そして何より和弓が愚かであったのは、その優秀な素材の存在を知っていたのにも関わらず、竹に固執し続け竹を追求し続けたことだ。

 

 高級品だったから弓には使えなかった、と言えばそれまでだが、その当時よりもはるかに安価に入手できる現代になっても、それを弓に用いなかった。伝統、歴史、確かに結構だが、実に非効率的だと罵られて当然だ。

 

 この凝り固まった見方になったのには諸説あるが、一番の理由は武器としての弓の退廃と銃の台頭だ。簡単に人間を粉微塵にできる超長距離兵器があるのに、弓をわざわざ戦場に持ち込んだりはしない。こちらの速度差も数値で比較すれば一〇倍以上の差がある。

 

 弓は銃に居場所を奪われ淘汰され、明治維新が終わる頃には最早戦場に居場所はなくなっていた。弓というものが文化となり、この頃から形骸化が始まった。だからこそ、弓道が生まれたのだ。

 

 弓術が不必要となり、それでも残そうとした結果が弓道だ。文化やら歴史やらを重視していても問題はない。武術が武道と言われるようになったのは、先人に敬意を払ってそれを何とか後世に伝えようとする、文化へ移行させる苦肉の策だった。

 

 弓術を祖として、弓道は産み落とされた。

 

 

 

 さて、そんな凝り固まった弓道を携え、戦争に参加したるは川神学園二年F組、藤巴織鶴。

 

 彼女は今回の参戦を渋っていたものの、褒美を提示されたことによりほんの少しだけ意欲的な態度を見せた。その態度の表れか、彼女は戦場に弓を二本持ち込んだ。

 

 一本は普段から弓道場で用いている一八キロの弓。男子学生の平均が一五キロ超二〇キロ未満であることを考慮すると、女子学生が二〇キロに迫るというのは極めて異例のことだと思われる。しかし、織鶴からしてみれば強くもなく弱くもない、いうなれば適切な強さ。塞き止める石のない流水のような滑らかな動作ができる程度の強さだ。

 

 成人男性に匹敵する馬鹿力、と言ってしまえばそれまでだが。

 

 さて、では残り一本、もう一張の弓は何なのか。

 

 これは戦が始まる一時間ほど前、男子生徒二人の協力を得て弦を張ることができた弓である。もっと正確に言えば、二人の協力がなければ弓としての役割を果たすことができなかった、ということだ。

 

 一人は織鶴が揶揄い楽しんでいた内気な少年、師岡卓也。

 

 もう一人は、卓也の古くからの友人であり織鶴のクラスメイト、島津岳人。

 

 この二人でなければならないという条件ではないものの、この二人ならば確実だろうといった人選だ。

 

 弓は弦を張る際に、必ず弓自体を曲げる必要がある。そうしなければ弓の先端から末端までの全長が弦の長さより長いままで、どう足掻いても弦を取り付けられないからだ。そのため、弓を曲げなければならず、大体はそれを一人でやって見せなければならない。

 

 しかし、それができない場合がある。簡単に言えば、弓が硬過ぎる場合だ。

 

 硬い弓、つまりは強い弓は曲がりにくい。そのため一人で弓を付けるのは不可能、とまでは言わないが危険なのだ。それほど強い弓が反発で弾け飛び、人の腕に当たれば骨も容易く折れてしまう。鞭のようにしなり、鉄パイプのように対象を砕く。安全性を確保するために複数人で挑むのだ。

 

 三人の役割分担は、織鶴が弓を曲げ、岳人が弓の先端である末弭(うらはず)を両手で押さえ、卓也が素早く弓の末端である本弭(もとはず)に弦をかける、というものだ。

 

 岳人の担当が弓を曲げるということでもいいのだが、岳人の鍛え上げられた腕力を抑えきれる自信は織鶴にはない。男子生徒一人を引きずる程度の腕力があったところで、川神学園の男子の中で一二を争う力自慢である岳人の力を受け止めきれるとは思えない。

 

 

 

 島津岳人曰く、

 

 

 

 ――――まだまだ弱っちいけど、女にしちゃ頑張ってるんじゃねぇの?

 

 

 

 師岡卓也曰く、

 

 

 

 ――――身内が武士娘だから霞んで見えちゃうのはしょうがないのかな?

 

 

 

 彼ら二人の身内と呼ばれる学生集団の中には、力自慢という括りでは語り切れない強者の少女が数人いる。その少女たちと無意識に比べてしまう岳人と卓也からすれば、織鶴はか弱い乙女として認識してしまった。

 

 そもそも、弓道の影響で握力が五〇キロ超えて、競泳選手でもないのに三角筋や広背筋が発達し、陸上選手でもないのに太腿が隆々と盛り上がり、美しく均等なシックスパックを保持する織鶴が目立たない川神学園自体が異端であるのだが。

 

 閑話休題。その異常に硬い弓を持ち込んだ織鶴の狙いとは何か、という本題に主軸を戻す。

 

 それは、弓道を弓術に近づける禁断の技。

 

 正確には、弓道は弓術から派生した伝統文化であるため、遡る、と表現した方が正しい。威力、飛距離、精度、それら全てを戦国にまで近づけようとするものだ。

 

 ただし、それを完全に「戻す」ことはできない。

 

 織鶴が弓道という型からはみ出ることがないということと、織鶴自身の性能が脆弱であるということが奇妙に絡み合っているからだ。

 

 弓道では左手を伸ばしきったまま、右手は大きく広がり右肩まで弦を引く必要がある。しかし、弓術には多少なりの差があるとは言っても、右手で胸程度までしか引かない場合もある。矢を連射することを想定しているからだ。

 

 そのような引き方で体を傷つけないのかと問われれば、答えは「Yes」でもあり「No」でもある。当然そんな素早く矢を放っていたら丁寧さが失われ、左手が弦という鞭に打たれる。しかし、当時は篭手を付けることが当たり前とされてきた。当たったところで痛みのない、と言った方が正しい。

 

 また、弓道では発射態勢に入ってから五秒程度の静止時間が要求される。正確には静止するのではなく、力を入れ続けて美しさを維持する最も辛い試練の時だ。弓道を極めて行く際に必ず通る、自分との最大の戦い。ところが、弓道の前身であるところの弓術、こと戦が発展しながらも銃がない時代のそれは、試練などお構いなしにおざなりなタイミングで矢が放たれていた。自分との戦いなどよりも、目の前にいる敵軍を倒すことに集中していた。

 

 その程度の小さな引き方で甲冑を穿つほどに強い弓を、現代弓道最大の強さに一〇キロも及ばない弓を適切とする非力な織鶴が、弓道と同じように全力で引き切り五秒程度の静止時間を生み出そうとする。

 

 これから導き出される結果は、身体の崩壊。

 

 強弓を引くことに関するメリットは確かにある。無駄な力を抜いた状態で引くことを体に覚えさせ、射型を美しいものに近づけようとする。だが、それは程度がしれた強弓の話だ。

 

 織鶴が持ち込んだ弓の強さは、まだ銃が持ち込まれていない時代で強弓とされるもの。織鶴が「切り札」と称する、人殺しの弓。相手も自分も噛み殺す、諸刃の剣ならぬ痛み分の弓。

 

 織鶴はそれを、まだ手に取らない――――。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

「くそっ……! くそっ、くそっくそっ!! たった一人……たった一人にこの様かいな!! ああ!?」

 

 

 

 天神館弓兵部隊指揮者代理、宇佐浩美は荒れていた。配給された予備の矢が立てられた矢立箱を感情のままに蹴り倒し、木枠を踏み壊さん勢いで何度も何度も踏みつけていた。八つ当たりと言う言葉がこれ以上似合う光景はそうそうないだろう。ガンガン! と音を立てて悲鳴を上げる木枠は主に抵抗しようとしない。

 

 

 

「間隙を突いての奇襲、未来予知のような追駆、射流しを礎とした流星、感情すら利用する悪手……!! 異能を一切見せへんで、うちらのことは見透かしとるようなきっしょい手ばかり使いよって!! 舐めしくさっとんか!!」

 

 

 

 リタイアさせられた仲間全員を一点に集め終わり、仲間を気絶に陥れた怨敵の使用した矢を一本取り出し、力任せにバキリ! と折ってしまう。勢いよく羽もむしり取り、何より仲間を気絶に追い込んだ仕掛け入りの鏃をパイプにガンガン! と打ちつける。

 

 矢を殺して廃材にしている。もうこの矢の残骸はどう足掻いても矢には戻らないだろう。所詮矢は使い捨て、と考えていなければできない行為だ。

 

 

 

「見とれよ……!! 次見つけたらご自慢の弓ごとボッコボコに――――」

 

「待たんかい」

 

 

 

 収まらない怒りのままに矢を取り出して再び折ろうとした浩美の手を、彼女の二倍以上あろうかと思わせる巨大な隆々とした手が掴んで静止した。

 

 

 

「………………何や(おさむ)

 

「学長に頼まれたけぇの。物に当たる悪い癖は止めろと言われとる」

 

「やかましいわダァホ。なんやワレ、親父面気取りおって」

 

「安心せぇ。ただのお目付け役じゃ」

 

 

 

 ギリッ、と浩美の手が圧迫される。

 

 しかし、枯れ枝でもへし折る様に力を入れているのか、村上(むらかみ)(おさむ)の顔は穏やかなままだ。それにも関わらず、浩美の手は既に血液の循環を堰き止められ骨が軋んでいる。

 

 

 

 ――――馬鹿力めが。

 

 

 

「……放せや」

 

「そがあに反抗的な目ぇ向ける前に、矢を放せや。可哀想じゃろ」

 

 

 

 ギリリッ、と浩美の腕がさらに圧迫される。

 

 

 

「ちっ、これでええんやろ!」

 

 

 

 ガシャリ! と叩きつけるように矢を地に放り投げた。

 

 その態度に溜め息を吐き、修は浩美の腕を解放したその腕で浩美の頭に圧力をかける。ただ頭頂部に乗せているだけの行為だが、その隆々とした巨大な掌は漬物の上に乗る重しのようで、浩美の小さな身長がさらに縮んでしまいそうだった。

 

 

 

「ええい鬱陶しいわ! 人の頭を気安く触るんやない!」

 

「偉そげなことばかり言いよるのう。もうちぃと手加減してやらんかい。なぁ?」

 

 

 

 ググッ、と修の手に力がこもる。

 

 

 

 ――――無駄にゴツい体しおって。

 

 

 

「矢なんぞ所詮消耗品や。何が悪い」

 

「……こりゃ、館長が気に掛けるのも頷けるわ」

 

「ああ? なんのこと――――」

 

 

 

 浩美が修に問い質そうとした瞬間、ただ乗せられていた修の掌が指に力を入れて浩美の頭部をがっしりと掴んだ。まるでハンドボールでも握る様に容易く、それでいて力強く離れる気配の見えない程指が食い込んでいる。

 

 

 

「んがっ!?」

 

「まだまだガキじゃ言うとるんじゃ。秘伝受け継いどるんじゃけぇ、真面目に弓具に向き合え」

 

「え、ええい離せや!! これ以上身長低くする気かデカブツ!!」

 

 

 

 修の手を両手で引き剥がそうとするが、浩美の力では修に打ち勝てないようでびくともしない。暫く足掻いていたが、引き剥がすことを諦めて修の身体を殴ったり蹴ったりと訴えかけの方法を変えた。

 

 

 

「ほれ」

 

 

 

 殴られようが顔色一つ変えなかった修だったが、ほんの少し浩美が可哀想になったのか、一分としない内に浩美の頭を解放する。

 

 

 

「あつつ……!」

 

「矢はもっと痛い思いしとるぞ」

 

「……ホンマ、やかましわ」

 

 

 

 涙目になって頭部を摩る浩美。よく見ればこめかみの部分にくっきりと修の大きな指の後が残っている。

 

 

 

「……第一、お前にそないなこと注意する権利があると思っとるんか?」

 

「至極大事に扱っとるじゃろう。親父から受け継いだ年季の入った弓じゃが一向に壊れる気配を見せんぞ?」

 

 

 

 そう言って修は自身が担いでいる和弓を突き出した。落ち葉や枯れ枝の積もった山肌に置けば同化してしまいそうな路考茶(ろこうちゃ)の弓。使い古していることもあって人工感はより薄れ、自然との同一化も容易いことだろう。

 

 

 

「……あのなあ修、その弓見せても自慢にはならへんで?」

 

 

 

 その弓を見た浩美は呆れた様に溜め息を吐く。

 

 

 

「絞首、刺突、鞭打……。本来弓でやる領分でないものを無理やりやっておいて、何を自慢できると勘違いしとるんや」

 

「そこは争点がずれとるのう。ワシらはこの扱い方が正しいと思ってやっとるけぇの。八つ当たりと同一視されるのは甚だ不本意じゃ」

 

 

 

 そう言うと修は弓をぐるんぐるんと回し始める。まるで棒術使いのように軽やかで、それでいて槍使いの様にいつでも刺し殺せるような間合いを取っている。この場合、殺される相手は浩美となるのだが。

 

 

 

「大事にしとると言い張るか? 弦で首を絞め、弭で肉を穿ち、姫反で蚯蚓腫れを作る……そんなことをしておいてか?」

 

「当然じゃろ。ワシが言いたいのは手段と違うて目的じゃ。弓矢を武器として扱わんことが間違うとると言うとるんじゃ」

 

「はん、物は言い様か、「十勇士落ち」様?」

 

 

 

 ピクリ、と修の眉が動いた。

 

 

 

「毛利に抜かれた理由はそことちゃうんか? 弓矢に情が移り過ぎなんや。アイツやウチみたいに矢を消耗品程度に考えればまだ可能性あったやろ?」

 

「…………」

 

「矢を大事に? 笑わせるわ、戦場で一々自分の矢を拾いに行く弓兵なんぞ聞いたこともあらへん!」

 

「それだけやあらへんで、かの義経公は――――」

 

「――――おどりゃ少しは黙っとられんのか」

 

 

 

 ドスのきいた低音が響き、ビクッ! と浩美の体が大きく震える。

 

 

 

「何を偉そうに講釈垂れとるつもりじゃ、おお? 気が立っとるのは理解してやっとるつもりじゃが、そがあな態度とっていい訳にはならん」

 

「な、なんや急に……」

 

「「十勇士落ち」で一番悔やんどった弓兵様は誰じゃったかのう?」

 

 

 

 その言葉に、浩美の身体が反射的に動いた。手を伸ばして修の胸倉を掴み、見上げるように睨み付ける。大きな身長差がありながらも一切怯もうとしない。

 

 

 

「その八つ当たりする態度がようないと言うとるんじゃ戯けぇっ!!」

 

 

 

 がっしりと浩美の細い腕を掴み、先程までの温和な声とは打って変わった大声を張り上げた修。思わず浩美も体を震わせて目を瞑ってしまう。

 

 

 

「はぁ……。ええか浩美。悔しいのも苦しいのも辛いのも焦っとるのも、ワシかて痛い程理解しとる。じゃが、それをああに八つ当たりして解消するのは違うじゃろ」

 

「っ……!」

 

「…………こがあなくだらんことでいざこざ起こしても何の得にもならん。ちぃと頭冷やさんか」

 

 

 

 浩美の手を襟から引き剥がし、修は彼女の頭を軽く小突く。

 

 

 

「……やるならもう少し強めにぃっ!?」

 

 

 

 浩美の言葉を最後まで聞くことなく、修は握りしめた拳を再び彼女の頭部に落とした。コツン、というオノマトペでは効かないような勢いで殴られた頭は、彼女の首を折ったかと思うほど激しい衝撃に揺らされる。

 

 

 

「ど、ドアホ!! 舌噛み切るかと思うたわ!! 」

 

「要望通りじゃろ?」

 

「要望する前にやってなにをドヤ顔しとんねん!!」

 

 

 

 ふふんと鼻先に力を込めてしたり顔をする修の膝に、浩美は何度も何度も蹴りを打ち続ける。

 

 

 

「……どうじゃ、少しはいつも通りか?」

 

「っ……まあ、そこそこはな……っておい笑うなや!!」

 

 

 

 浩美は顔を真っ赤にしながら修の尻を蹴りつける。しかし、蹴られた修は姪っ子の悪戯を寛容に許す叔父の様に、豪快に笑いながら蹴りを受け続けていた。

 

 

 

「さて、どがあする」

 

「……逃げられた弓兵を追うんわ止めとこか。戻ってくる確証もあらへんしな」

 

 

 

 ――――推理小説の殺人犯とは違うしな。

 

 

 

「ふらふらしとったら狙撃兵として失格もんや」

 

「失格予備軍じゃがな」

 

「ええい、ちったぁその減らず口閉じとけ」

 

 

 

 本日何度目か分からない蹴りが修を襲う。

 

 

 

「狙いは当初の予定通り、突出しとる敵将や。特に十勇士を打ち取った連中は一人でも止めておいて損はあらへん」

 

「あやつら、何人やられたんかいのう。まだ爆音が聞こえる以上、大友ちゃんは生き残っとるんじゃろうが」

 

「……そのいかつい顔で大友ちゃんとか言うなや気色悪い」

 

「な……そりゃワシの勝手じゃろうが!」

 

「尼子も防戦一方、せやけど生き残っとるな」

 

「聞け!」

 

 

 

 浩美の頭をぐわしと掴み、アーケードゲームのレバーの様に乱暴にぐわんぐわんと揺らす修。しかし、浩美は叔父に悪戯が成功して逃げ回っている時の姪っ子のように明るい笑顔を振り撒いていた。

 

 

 

「あ、あの……」

 

 

 

 そんな二人の間に、恐る恐る手を挙げて割り込んできた一人の少女がいた。

 

 

 

「……おお、宮崎(みやざき)。何じゃ?」

 

 

 

 天神館弓兵部隊の残存兵力三人の内最後の一人、宮崎(みやざき)恵美(えみ)が何かに怯えるように二人の傍に駆け寄ってきた。その怯える様子とは裏腹に、彼女の抱える龍のような造形で電信柱並の大きさがある武器が今にも唸りそうに震えている。

 

 

 

「さ、さっきから、視線を感じませんか……?」

 

「視線?」

 

 

 

 そう言われて浩美は周囲を見渡す。しかし、浩美の納得のいく光景は見当たらない。

 

 先程自分が壊したばかりのパイプ群、弓兵第二部隊が駐屯しているはずの高台、爆炎爆音を繰り返し発生させる大友の陣、両軍が激突する広場、先程から何も変わらない光景しか浩美の目には映らなかった。

 

 

 

「修」

 

「……んにゃ、ワシにもさっぱりじゃ」

 

「こ、刳天吼(こてんぐ)が苛立ってるん、です……」

 

 

 

 恵美がよいしょっと背中に担いでいる武器を背負い直す。

 

 

 

 ――――えっちゃんの勘は無視しづらい……。

 

 

 

「ふ、ふひひ……。わたしがちんちくりんだから、わたしだけ目を付けられて……弱いのは事実、ですけど……ふふひひ……」

 

「おうおう宮崎、ちぃと落ち着け」

 

「ふひひひひ……」

 

 

 

 ――――もうちょい自信持ってくれればええのに……。

 

 

 

「おいえっちゃん。あんましネガティブにならんといてくれや。ただでさえ残り三人なんやし……」

 

「そ、そう言われても……」

 

「…………さっきの逃げた弓兵かのう。戻ってきおったか?」

 

「……えっちゃん。どう思う」

 

「ち、違うっ……! と、思い、ます……ふひひ……」

 

 

 

 ずいっ、と恵美が言葉尻のか弱さとは裏腹に身を乗りだした。

 

 

 

「あの時……みんな、やられちゃった時……何も感じなかった……。けど、これは、違う……。もっと、怖い……怖い、何か……」

 

「……そんな怯えんといてや? 頼むでえっちゃん……」

 

「……覚悟、しといた方が良さそうじゃ」

 

 

 

 恵美の怯え具合に苦笑いを浮かべていた浩美を横目に、修が弓を振り回して戦闘態勢に入ったことをアピールする。先程の演武のような行為とは違い、任侠映画に出ててもおかしくのないような強面の表情で行われるそれは、圧倒的な威圧としての効果を発揮していた。

 

 

 

「本物の弓兵に、目ぇ付けられたかもしれんけ……の」

 

「ほ、本物の――――」

 

 

 

 そう言いかけた浩美の背筋に悪寒が走った。思わず肩を狭めて身震いし、緩めていた(ゆがけ)と弓籠手の紐を一瞬で縛りつける。血管を通る血液量がゼロになることを厭わないように力強く、紐が千切れてしまいそうなほど縛り目をきつく。

 

 

 

 ――――な、なんやこの殺気……!!

 

 

 

 悪寒や身震いが収まる間もなく、浩美の耳に聞き覚えのない音がやってくる。不安と焦燥だけを駆り立てられて、己の武器を準備する手が動かない。

 

 

 

 それと同時に爆弾を抱えた四本の矢が、まるで鳥の様に旋回しながら襲いかかってきていたことに、三人全員気が付くのが遅れてしまった――――。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

「で、どうよ? 残党狩りできそうか?」

 

「――――」

 

 

 

 ところ変わってパイプの檻。眼鏡の上から双眼鏡を覗き込んでいる織鶴の横で目を凝らしていた岳人が問いかけた。

 

 

 

「もう移動しちまったんじゃねぇの? 高台は他にもあったんだろ?」

 

 

 

 ゆさゆさ。織鶴の肩を掴んで返答を求める。

 

 

 

「そんなジッとしてないって。ほぼ壊滅してるんだろ? だったらお前みたいに単独行動してるかもしれないじゃねぇか」

 

 

 

 ゆさゆさゆさ。

 

 

 

「なーなー、鶴ってばよー」

 

 

 

 ゆさゆさゆさゆさがつん!

 

 あまりにも揺らされたせいで、織鶴の眼鏡と双眼鏡が勢いよく衝突する。それだけでなく、蝶番がぐりっと彼女の眼頭に食い込んだ。

 

 

 

「痛ぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 

「うおっ!?」

 

「だぁー!! 何すんすか筋肉馬鹿!!」

 

「い、いきなり褒めんなよ……」

 

「褒めてねーっす!!」

 

 

 

 胸倉を掴んでお返しとばかりに頭を揺する織鶴。

 

 

 

「ったく、落ち着きのない奴っすね……。そんな有様じゃ筋肉が泣くっすよ?」

 

「わ、悪かったな……。で、どうなんだよ、残党狩り」

 

「え? あー……」

 

 

 

 岳人を罵倒したばかりの織鶴だったが途端に口ごもってしまう。

 

 

 

「……自分より優秀な弓兵に、お尻拭いてもらっちゃったっす」

 

「はぁ?」

 

 

 

 彼女の眼球には、絵に描いたような揺らめく明るい炎のような臙脂(えんじ)に染まった爆炎を挙げた、天神館弓兵第一部隊が駐屯していたはずの高台が焼き付いていた。

 

 

 

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