少し不思議な話   作:(๑╹◡╹)ノ

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 外は吹雪に見舞われており帰ろうにも難渋するであろう深夜帯。

「……確か、こんな吹雪の夜だったよ」

 仕事が一段落して暇を持て余していたそんな時に、ふと先輩がつぶやいた。

(ノンフィクション体験談風創作小説、ちょっぴりホラーテイストかも?)


氷桜

 かつて勤めていた会社で先輩から聞いた話です。

 

 徹夜で片付けねばならない仕事が思ったより早く終わり、退屈を持て余していたところ。

 

 

「ありゃあ何年前の話だったかなぁ。……確か、こんな吹雪の夜だったよ」

 

 

 無精髭の生えた顎を擦りながら、四十絡みの先輩が遠くを見るような目付きで呟いた。

 外は吹雪に見舞われた深夜帯。今から車を飛ばして帰ろうにも難渋するだろう。

 

 本当か嘘か分からないような与太話をしばしば口にする先輩だが、暇つぶしにはありがたい。

 私は立ち上がるとコーヒードリッパーでホットを作り、先輩に差し出す。

 

 聞かせてくださいよ、という無言の催促だ。

 

 大のコーヒー党の先輩にはこの程度の賄賂が十分通用する。

 案の定相好を崩し、いかにも嬉しそうな表情ながら「しょうがねぇなぁ…」と語りだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今から十数年前、先輩も勤続数年という若手で駆け出しだった頃のこと。

 

 まだこの会社にも勢いがあり、地方進出もしばしば狙っていた時期があったようだ。

 今のうらぶれたブン屋ぶりからは想像もつかない眉唾ものの話である。

 

 先輩は地産地消を謳い文句に、地方の名所や名産品をピックアップする仕事を担っていた。

 文句も言わず精力的に働き(美化し過ぎではなかろうか?)、地方を飛び回っていたそうだ。

 

 今で言う『ふるさと納税ブーム』の火付け役の一人だな、というのが先輩の弁。

 ちょくちょく挟まれる自慢話に若干うんざりしつつ、当たり障りない程度に相槌を打つ。

 

 そんなある日、後先考えずに冬の雪国に突撃取材を敢行してしまったそうだ。

 名前は伏せさせてもらうがA県としておこう。

 

 A県においては、雪とは時として一軒家より高く積もることもある立派な自然災害。

 (とのことである。私としてはあまり馴染みがないのでピンとこないが)

 

 当時、車をローンで買っていたこともあり先輩も調子に乗っていた時期だったそうだ。

 地方取材は任せろとばかりに飛び出していったが、早くも大後悔をしてしまったらしい。

 

 結局申し分程度に取材を終わらせて、足早に帰ろうということに相成った。

 

 

「でさぁ… すげぇ吹雪でさ。旅館の人が止めるわけよ、しきりに」

 

 

 そりゃ止めるでしょ。事故したらどうするんですか。

 そう指摘したら、先輩も「いや、全くそのとおりだよな」と頭を掻いて苦笑いとくる。

 

 

「……当時は若かったし。ローンの残った車を見捨てられるかって気持ちも強くてさ」

 

 

 冗談抜きで、一晩放置したら車が雪に埋まるんじゃないかという危機感を抱いたらしい。

 ……ということだが、旅館に一泊する費用をケチっただけじゃないかと私は見ている。

 

 閑話休題。

 

 先輩の意志が固くどうやっても止められないと知った旅館の人は、そこである忠告をした。

 

 

「『帰る途中で何か店を見付けても入るな。入っても何も飲み食いするな』って言われてさ」

 

 

 呆れたことに、礼は述べたものの詳しくは聞く気がなく軽く流して飛び出てきたらしい。

 いや、そこは詳しく聞いておけよと思ってしまうのは私だけだろうか。

 

 なんだか、よくある昔話みたいですねぇ。

 

 内心をおくびにも出さないままに、そう言って続きを促す。

 

 

「うんうん、だよな。で、車を走らせてると、古い作りの居酒屋みたいのが見えてきてさ」

 

 

 ……まさか、入ったんですか? 

 

 

「うん」

 

 

 アホですか。完全になんかあるフラグじゃないですか。

 で、どうなったんですか? 

 

 

「合掌造りっていうの? そんな感じの家でさ。中も薄暗いけど古風でいい感じで」

 

 

 へぇ、今じゃ岐阜県の白川郷くらいにしかないって聞きますけれどね。それで? 

 

 

「すっげぇ美人な女将さんが一人で迎えてくれたのよ。いや、A県の女ってホント美人」

 

 

 肌が雪のように白かっただの、黒髪が絹のように艷やかだっただのの先輩の語りは割愛。

 

 調子に乗ってあれこれ注文すると女将さんは奥に入って誰かとボソボソ話す。

 で、「料理ができあがるまでしばしお待ち下さい」と言われたそうな。

 

 先輩としても夜分に一人駆け込んだ客の立場だ、否やがあるわけでもない。

 むしろこの美人女将と話ができるなら調理を待つ時間も悪いものじゃないと感じたらしい。

 

 女将さんは、取材巡りをしていると格好つけた先輩の話を愛想よく聞いてくれたそうだ。

 

 

「聞き上手っていうのかな? ペラペラと喋ってしまうんだ」

 

 

 いや、先輩って結構口軽いですからね? 聞かれてないことも喋るタイプですし。

 話が一段落すると、今度は女将さんの方から話を振られたらしい。

 

 なんでもこの地方に伝わる古い話があるけれど、それは知っているかとのこと。

 

 手抜き取材の帰り道だ。当然そんなものを知る由もない。

 先輩は良ければ是非聞かせて欲しい、と女将さんに頭を下げて頼んだ。

 

 所詮は居酒屋の与太話と思いつつも、早めに取材を切り上げた後ろめたさもあったらしい。

 話のネタになるならばよし。ならなくても料理を待つ間の時間つぶしになるだろう。

 

 そんな考えを抱きつつ耳を傾けたそうだ。

 

 

「A県の中でもあの地方は他と変わってて、雪男が出てくる昔話が多いんだとか」

 

 

 雪女はよく聞きますけれど、雪男ですか。あまり聞きませんね。

 確か雪女の旦那さん、でしたよね? 曖昧な知識で申し訳ないですけど。

 

 

「いやいや、俺もさ。だから興味を惹かれて詳しく話を聞いてみたんだよ」

 

 

 なんでもこの地方は昔から雪男の被害にしばしば遭遇していたらしい。

 その被害とは具体的に言うと『嫁取り』なんだとか。

 

 まるで神隠しのように女性が攫われてしまうことが多かったようだ。

 人形遊びの最中に、田植えの途中に、或いは隣の家に向かうと言い残して姿を消す。

 

 だからなのかは分からないが、あの辺りの女性は男性っぽい名前が多いのだとか。

 昔だったら太郎丸とか、今であればマコトとか。

 

 攫われないための苦心の策なのかもな、と先輩は小さくつぶやいた。

 

 ともあれ、そんなこんなで雪男による被害は一向に収まらない。

 村人たちが困り果てていたところ、旅の法師がやってきて雪男を懲らしめてくれたのだ。

 

 よくある話だ。なんだ拍子抜けだ、と肩を落とす。

 

 

「で、そこで終わりじゃないんだな。これが」

 

 

 手元のちょっとぬるくなったコーヒーをすすりながら先輩が続けた。

 

 

「雪男も嫁が取れないと困るわけで、約束事を持ちかけることになる」

 

 

 約束事? 

 

 

「嫁となる娘の願いを一つ叶えて雪男は嫁を取る。雪男は代わりに村に富をもたらす」

 

 

 へぇ、災いをもたらす神が転じて福の神になったんですかね。

 あるいは荒御魂と和御魂の関係でしょうか。民俗学的見地からは面白い変遷を感じますね。

 

 

「ったく、おまえは可愛げのない分析をしやがる」

 

 

 呆れて鼻を鳴らす先輩に話の続きを促す。

 

 

「途中までは互いの約束は上手いこと守られてたらしいが…」

 

 

 永遠に続いたわけではなかった、と。

 

 

「うん、ある時の村娘がこう言ったらしい。『嫁入りの証として花をくれ』と」

 

 

 花、ねぇ。

 

 

「雪男が出るのは決まって真冬。豪雪地帯の冬に花なんて咲いているはずもない」

 

 

 探せば結構あると思いますけど、まぁ、ない設定なんですね。

 嫁入りの証が立てられなければ嫁ぐことは出来ないわけだ。村娘さんはソレを狙ってたと? 

 

 

「よく分かったな。……そのまま嫁に取られることもなく春が来ると思っていた矢先」

 

 

 ………。

 

 

「娘は、忽然と姿を消した」

 

 

 どういうことです? 

 

 

「俺もあの居酒屋で同じ質問をしたよ。……女将さんは静かに微笑んで一升枡を置いた」

 

 

 先輩の前に置かれたその升には、惹き込まれそうな透き通る液体が注がれていた。

 ……そしてその上には、氷で出来た美しい桜の花弁が一つ浮かんでいたらしい。

 

 

「『“氷桜(ひょうおう)”でございます』ってな。普通に考えりゃ地酒の一つなんだろうが」

 

 

 いつしか奥の厨房と思しき場所から聞こえていた音は止んでいた、らしい。

 

 

「『料理ができあがったようですね。しばしお待ちを』って女将さんが奥に入ったその瞬間、俺は財布から万札取り出して机に叩き付けて店を飛び出した」

 

 

 ………。

 

 

「後は夢中だ。車のエンジンが中々かからなくて泣きそうになったが、ようやっと点いてからは無我夢中で逃げ出してなんとか帰ってきたよ」

 

 

 ……は、ははは。

 いや、女将さんに上手いこと担がれましたね? 一万円は高い授業料だったんでは。

 

 私は乾いた口調でなんとかそう返した。

 

 

「だろ? そう思うよな? 俺もそうだ。だから後から何回か足を運んでみたが…」

 

 

 みたが? 

 

 

「そんな店は影も形もありゃしねぇ。当然万札も返ってこねぇ」

 

 

 地元民にもしつこく聞き回ったが、そんな居酒屋なんて心当たりがないとのことらしい。

 最後に残ったコーヒーをすすりながら感慨深げに先輩はため息を吐いた。

 

 

「せめてあの酒だけでも飲んでりゃ良かった。ありゃあ本当に旨そうだった。まるで…――」

 

 

 ――『まるで』、なんだろう?

 

 その執念がちょっとばかり怖かったので、私は曖昧な顔をしてしまっていたと思う。

 けれど先輩の口からその先の言葉が紡がれることはなく、空気が切り替わる。

 

 それが、思わず口走りそうになったなにかの言葉を自制したかのように私の目には映った。

 

 

「……この話をおまえにしたのは、さ」

 

 

 そんな私の内心を知ってか知らずか、先輩は言葉を続ける。

 

 

「もしもおまえがあの店を見付けることがあれば、あの酒だけでも俺への土産にして欲しいと思ったからなんだよ」

 

 

 もし見付けることがあれば、とだけ返して後はお互い無言のまま朝を待った。

 

 その先輩とも転職をして以来、ろくに連絡を取り合ってもいないけれど。

 こんな吹雪の夜での話だったなと思い出して、筆の走るままに報告してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて勤めていた会社の先輩から聞いた話です。

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