あれはいつの頃でしたかね。
そう、私がまだ駆け出しの右も左も分からないなりに熱意に溢れていた時分。
当時出版社が抱える雑誌企画に携わってまして。
企画どころか取材や記事なんでもござれで。お陰で仕事は手早く覚えられましたが。
けどそれで楽になるなんてとんでもない。今度は先輩方への同行が始まりましてね。
前日通告の翌朝出発はまだ良い方。
場合によっては当日いきなり「おい、出るぞ」って引っ張られることもしばしばで。
ひどい話でしょう? びっくり箱みたいで楽しかったですけど。
えぇえぇ、分かってます。自分を基準に若い子に無茶振りなんでしませんとも。
どこまで話したかな?
そうそう。
そんな地方巡業もとい突撃取材を敢行していたある日。
社用車の助手席に座りこんだ先輩が「M県な」って私にハンドルを預けるんです。
えぇ、運転全部私ってことですね。
幸いと言いますか社用車は何故車検が通ったのか分からないほどのオンボロ。
多少ぶつけてもお咎めなし。
私も緊張なんてまるでなくラジオを点け鼻歌交じりにエンジンを吹かします。
先輩方から見ればふてぶてしい新人だったでしょうね。
で、目的地付近で先輩に細かい誘導をさせるんです。
いい加減? ごもっとも。でも運転全部私に丸投げするんです。
ならナビぐらいしろってのが私の言い分でして。さて話を戻しましょう。
M県のリアス式海岸沿いの道を通る絶好のドライブ日和。
先輩を起こすのも忘れ海を臨む絶景を暫し楽しんだものです。
後から「もっと早く起こせ」と小突かれたものですがそこはそれ。
そこから先輩の誘導に従い外れた方向に入ります。
途中まで私も楽しんでたわけですがすぐに後悔に早変わり。
いや、これがすごい凸凹の田舎道で。
冗談抜きでオンボロが寿命を迎えそうなくらい軋んでましたよ。
流石に事故は起こしたくないといつもより気を張って運転することに。
先輩には「がんばれー」なんて気の抜ける応援をされる始末。
こんにゃろう、ってなもんです。
更には電波も通ってないのかラジオまで途切れてしまって。
暗澹たる心持ちの中ハンドルを握ってる私の前に、けど、突然ある光景が飛んできました。
……あぁ、うん、なんか忘れ難い光景なんです。
言葉なんかで何処まで伝わるか分からないんですけど。
深い林がパッとひらけて、寄せては返す波の前にね。
大勢の子供達が楽しそうにはしゃいでて。海遊びっていうんですかね。
それがまるで一枚の絵画みたいで。
キラキラと輝いていてこれが命の煌めきかなんて陳腐なことを思ってしまう始末で。
で、子供達の何人か此方の車に気付いたのか一斉に手を振ってくれるんです。
私も楽しくなっちゃいまして。見えやしないでしょうけれど、車内から手を振り返して。
現金なもので、陰鬱な気持ちなんて何処かに吹き飛んでしまいまして。
あんな子らがいるならそう悪いことにはならないだろう。
なんて根拠の無い自信も手伝い張り切って目的地に向かい。
到着したのは鬱蒼とした山の中の小さな村。
ただ気の良い方々でみなさん口々に歓迎してくれます。
ここからは先輩の出番。
本来取材でのやり取りなんかも側で見聞きして仕事を覚えるべきですけどね。
運転疲れもあり先輩に丸投げです。
物臭なれど気難しい人でもなかったんでチラッと私を見るもそれだけ。
帰りも私が運転する羽目になりますから。
軽くお辞儀すればそれ以上追及されることもありませんでした。
先輩は村の方々と営林署で話をする間に私は一人楽しく村をほっつき歩くことに。
気分はワクワクです。なんせ進んで来るような場所じゃありません。
なら予想もつかない何かがあるかもって思いません?
変わってる? そうですかねぇ?
それでブラブラ歩いてると年代物の格好した女の子が目に付いたんです。
いや、向こうもジッと私を見てましたから目が合ったってのが正解かもしれません。
毬を持った着物っぽい姿の十歳前後の可愛らしい女の子でした。
今日び着物姿なんて珍しいですし良いとこのお嬢さんだったのかもですね。
私も第一村人発見とテンションあげながら間合いを詰めて。
愛想笑いとともに会話と洒落込んだわけです。
これも取材のため。ついつい仕事をしてしまう記者魂の発露ってやつですね。
はい、調子に乗りました。すみません。
ただその会話をあまり覚えていないんですよね。
いや都会の話をしたり、ポッケに入ってたお菓子を上げたりってことは薄っすらと。
……あはは、すみません。うろ覚えで記者失格です。
話し込んでたら時間はあっという間に過ぎて。
気難しくないとはいえ先輩を無駄に怒らせても後が怖いですから。
急いで戻ろうとすると、女の子が袖を引っ張ってきて。
上目遣いで私に毬を差し出してくるんです。その仕草がホントに可愛くて。
感謝のつもりだったのでしょうかね。
とはいえ女の子の大事な宝物を貰っちゃうのも気が引けて。
一言「大事なものなのでは」と尋ねれば案の定彼女は小さく頷いて。
なら貰うわけにはいきません。
だから私はその子の頭を撫で胸ポケットからあるモノを取り出したわけです。
会社の飲み会でウケた一発芸用の手品トランプです。
験担ぎに持ってたんですが、まぁこの子ならいいかなって。
普通のトランプとしても使えるものでしたしね。
使い方を教えて「みんなで遊んでね」ってもう一回だけ頭を撫でさせてもらって。
そこからは営林署にダッシュ。気分は走れメロスです。
先輩に「遅いぞ」って小突かれ平謝り。
昼過ぎに到着したはずなのに空は真っ赤に染まってて。そりゃあ怒るわけです。
村の方々にお礼を述べ急ぎ発車させました。いやぁ慌ててたなぁ。
帰り道であの子と会えたら重ねて礼を言おうと思う程度の冷静さはありましたが。
けれどもすれ違えず、若干落胆しつつ急いで帰り道を進みます。
ただ間が悪くて道に迷ってしまって。
なんせ舗装されてない半ば獣道のようなところ。
ここはさっき通った? いや違ったような? ってなもんで。
いつしかとっぷり暮れて辺りは真っ暗闇。
半ばパニックになってたところ先輩が助手席から声を発します。
「ここは左」
「あすこは右」
「この先はまっすぐ」
って。
もう先輩のナビ様々で大いに感謝したのも束の間。
行きに遭遇した雑木林の切り抜かれた先が見えてきます。
波打ち際で子供たちが遊んでいたあの場所です。
時刻が時刻なんでもう子供たちはいまいと思いつつ目を凝らすと。
……なんとそこには無数のお墓と卒塔婆が並んでて。
まるで手招きをするかのように数多の黒い影を天へと伸ばしているのでした。
呆然とする私の耳にラジオから音声が届きます。
「もう、こんなところにこないでね」
そこからは舗装道路に繋がったのでもう迷いません。
先輩はいつの間にか寝入っています。なにをのんきに熟睡してるのか。
そんな理不尽な感情を抱き途中のパーキングで先輩を起こして事の次第を確認しました。
食って掛かるわけにもいかず表向きはナビへのお礼ですが。
けど先輩は「すっかり寝てた、悪い」と謝りナビのことなど覚えがないと言うのです。
それどころか取材のことも朧気とのことで。
私と同じですね。……まぁ私はただ女の子と遊んでただけですが。
それからはお互い言葉少なに帰路につくことに。
ただ最後にボソリとつぶやいた先輩の言葉が忘れられません。
「おまえが墓場を見て笑いながら手を振ってたのはよく覚えてる」
……先輩、そういうのはその時に教えてください。
以上、ちょっと昔に私が体験した少し不思議な話でした。