少し不思議な話   作:(๑╹◡╹)ノ

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鬼の嫁

「その娘は得も言われぬ美しさであった」

 

 屋敷の奥で俺の持つお猪口に酒を注ぎながら眼前の老人が語り始める。

 取材でもなければ訪れないような辺鄙な地に居を構える変わり者だ。

 

 ……今どきオカルトライターなんぞやってる俺も人のことなど言えないが。

 

「はぁ…」

 

 お猪口を空にしながら生返事をする。

 二度三度頷きながら爺さんは再度口を開く。

 

「今からうんと昔、この辺りの山も草木ばかりであった」

 

 今もあまり変わらない気もするが。

 なんて言ったら失礼にあたるか。

 

 しかしそれくらいのド田舎だ。

 ここまでバイクで来るのにもかなり難儀したものだ。

 

 俺は曖昧な笑みのままやんわり首肯する。

 ぞんざいな反応にも気を悪くしたふうもなく爺さんは言葉を続けた。

 

「都の助けも当てにできないそんな地に、ある『災い』があった」

「『災い』?」

 

 俺が聞き返すと我が意を得たりと欠けた歯を見せてニンマリ笑う。

 そしてニュッと首を伸ばし、声を潜めるようにして囁いてきた。

 

「鬼よ」

 

 俺は思わず身を離し眼を丸くして爺さんを見詰めてしまう。

 

 鬼という存在に驚いたわけではない。

 いい歳こいて何言ってんだ、という思いからである。

 

 いかに田舎の老人が迷信深いとはいえ元号が変わって暫し経つこの御時世だ。

 昭和の息吹も遥か彼方。今更、鬼や妖怪もあったもんじゃない。

 

 とはいえ、この爺さんがこんなだってのは重々承知の上でここを訪れたはずだ。

 

「なるほど、鬼ね。……で、そいつは一体なにをして、どう退治されなすったんです?」

 

 いつの間にかまた酒が注がれていたお猪口をグイッとあおり尋ねる。

 

「この地の散々に荒らしまわり、人々を襲い、喰らい、貢ぎ物を要求したそうな」

「なるほど、なるほど。そいつぁ…」

 

 また、随分と『ありきたり』過ぎる。

 俺は言葉には出さず、静かにお猪口を傾けた。

 

 鬼。

 

 頭に牛のような角を持ち、怪力で人を喰らうなど悪事を働く妖怪だ。

 凶兆の方角、丑寅(北東)に因んで牛の角と虎の腰巻きを付ける『不吉の象徴』だ。

 

 こういうしっかりしたメカニズムで生み出された妖怪に『本物』は滅多にいない。

 

 なんせ(オニ)という名すら陰陽思想の(オン)より生まれている。

 大抵は被差別民の虐げられた歴史や落ち武者狩りの隠語で胸糞悪い事実に行き当たるだけだ。

 

 そんな取り留めないことを考えつつ、俺は口を開く。

 

「……それで?」

「ん?」

 

「それだけじゃあ話半分です。その鬼が『どうなった』か、あなたは意図的に伏せている」

 

 その言葉に爺さんは頭を一掻きすると話を続けてくれた。

 

「……そう、旅の法師様がありがたい読経で鬼を懲らしめてくだすってな」

「ほう、旅の法師様が」

 

 そいつもまた、なんとも『ありきたり』で都合が良すぎる。

 とはいえ、爺さんの語るそれを鼻で笑う気にはならなかった。

 

 伝承にはほんの1ミリ程度は『事実』が含まれている。

 俺はそう信じたくて今日まで生きてきたからだ。

 

 こんな所まで自腹で足を運んだ理由も、つまるところそこに集約する。

 

「鬼は法師様のありがたい説法で心を改め里のために働き出した」

「それはまた…」

 

「事実よ。ここに来る途中でため池やら大岩やら見なすったろう?」

「えぇ、まぁ。……まさか、それが?」

 

「うむ」

 

 なるほど、それが本当ならば作業機械要らずだ。

 さぞや重宝されたことだろう。

 

 それは先人の土木工事の結果もしくは単なる自然現象では? 

 と思う心もないでもないが、わざわざ人の夢を壊すほどに野暮でもない。

 

 しかし、まだ分からないことが一つある。

 

「その鬼は今ろうひへ…」

 

 呂律が回らない。……呑み過ぎたか。

 ガシャン、と食器が落ちる音を遠くに聞きながら視界が暗転する。

 

 ……鼻の奥でツンと痺れるような感覚が走る。

 

「ようやっと回ったか」

 

 爺さんのそんな言葉を耳に残しながら、恐らく俺は無様に床にぶっ倒れたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衣擦れの音とともに俺は目を覚ます。

 そこは真っ暗な場所だった。

 

「……あの爺、()りやがったか」

 

 拘束はされていないようだ。

 首を左右に振り重い眠気を払いつつ額に手を当て毒づく。

 

 多少目が慣れても暗さは変わらないので、もともと光ささぬ場所なのだろう。

 お陰で今が昼とも夜とも知れない。

 

 床を叩くと軽い音がする。畳でないことは確かだが、さて。

 

「………」

 

 依然として『なにか』の衣擦れの音が聞こえてくるが今更慌てても仕方ない。

 

 ポケットを探る… あった。

 スマホは取り上げられていなかったようだ。

 

 雑な仕事にもほどがある。

 

 おぼつかない操作でライトを点け周囲を確認する。

 石造りの床、そして無数の御札が貼られている木の格子。

 

 いかにも曰く付きの座敷牢、といった風情。

 

 目の届く範囲には俺のリュックは置かれてない。

 流石にそこまで親切ではなかったらしい。少し残念だ。

 

 そこに、また、衣擦れの音がする。

 

 いよいよ以って観念するしかないだろう。

 

「……はぁ」

 

 俺は意を決し『それ』に光を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……そこには、鬼がいた。

 

『その娘は得も言われぬ美しさであった』

 

 あの爺の言葉が脳にリフレインしてくる。

 

 年の頃は14,5かあるいはもっと下。

 闇にぼんやり浮かぶ、陽の光を浴びたこともないような白雪の如き肌。

 

 襦袢(じゅばん)、というのだろうか? 

 白地の薄衣をほっそりした体躯に巻き付けている。

 

 思わず見入ってしまうような赤い瞳。

 夜を梳かしたような長く艷やかな黒髪。

 

 だが何より目を引くのは瞳の上、額にある二本の角。

 牛というよりガゼルに近い、やや湾曲気味ながら美しく伸びた螺旋状の紋様のソレ。

 

 そこには、お伽噺の中から飛び出してきたような鬼がいた。

 それも目を奪うような美しい姿で。

 

 ……自然、無言で見詰め合う形となる。

 

「あなたは、なぁに?」

 

 先に口を開いたのは娘の方だった。

 

「哀れな旅人さ。ここの主人に一服盛られてね」

 

 肩をすくめて状況を精一杯皮肉ったが返ってきたのは「そう」という薄い反応のみ。

 

「お嬢さん、君は?」

 

 気まずい空気の中で過ごすのも御免なので、逆に尋ねてみる。

 

「わたし? わたしは鬼よ。人間さんが大好きなの」

「そうかい」

 

「えぇ。だからね、色々とお手伝いしたの。岩を運んだり水を引いたり」

 

 意外と饒舌なタイプらしい。

 

「それはここに閉じ込められてから?」

「ううん、ここに入る前」

 

 やはり、か。

 

 鬼のやった悪行、旅の法師様などの下りは『ありきたり』な話ばかり。

 それでいて、鬼の容姿や事績については妙に詳細に熱を篭め語ってくれた。

 

 分かりきった答え合わせに内心で息を吐く。

 

「人間さん、あなたのお願いはなぁに?」

 

 そこでまるでタイミングを図ったかのように彼女が声を掛けてくる。

 俺の返事は当然…──

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、陽の光を感じて瞼を開ける。

 

 俺は伸びをしてからひしゃげた格子を開け、座敷牢の外に出る。

 爺さんはいなくなっていたが、リュックは見つかった。

 

 回収し屋敷の外に停めていたバイクの元に向かう。

 振り返ると、屋敷はボロボロに崩れ朽ち果てていた。

 

 鬼は人間が好きだった。

 バケモノが好きな存在をどうするかなんて分かり切っている。

 

「………」

 

 俺は無言のままエンジンを吹かしバイクを走らせた。

 ……適当なところで屋敷のことを通報しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから面倒な取り調べやらを終え無事解放されて今に至るわけだが…

 

 ただ、今でも一つだけ引っ掛かっている点がある。

 

 鬼をあそこに閉じ込めて人間たちは『どうしていた』んだろうか、ということだ。

 あの集落では身体能力に優れた人間がしばしば生まれていたらしいが。

 

 こればかりは幾ら俺といえど、あの娘に尋ねるには憚られた。

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