少し不思議な話   作:(๑╹◡╹)ノ

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蛇の足 -続・鬼の嫁-

「……で? なんの成果もあげられないままスゴスゴと我が家(マイホーム)にご帰還ってか?」

 

 報告を終えた狭い編集室。

 その最奥のデスクの上で長い足を組みながらチーフが鋭い視線で()めつけてくる。

 

 年齢不詳ながら外見二十代後半程度の整った顔立ち。

 そんな女性が後れ毛を払いつつ眼鏡の奥の眼光を(はし)らせ凄んでくると妙な迫力があるものだ。

 

 修羅場慣れしているとしか思えないドスの利いた低音も伴えば尚更である。

 

 趣味でやっているような三文雑誌の編集室だ。

 社員どもも三食を食える程度の稼ぎがあれば充分と好んでここに居座ってる変人揃い。

 

 そんな社会不適合者が揃って自分らしくいられるのはこの名物チーフの手腕に他ならない。

 彼女がいなければ、果たして俺を含めた連中は一体どう生きていたのやら。

 

 そんな取り留めのない考えを余所(よそ)に現在進行系でチーフからの圧は強まっているわけで。

 

「あぁ、いや。その、流石に取り調べを受けた直後に∪ターンって訳にも… ねぇ?」

 

 似合わぬ愛想笑いを浮かべつつ、俺はチーフに向けて辿々(たどたど)しい弁明を行う。

 

 現地を再調査なんて、そんなことをすれば怪しまれることこの上ない。

 警察だって何処まで本腰を入れるかは定かじゃないが、ある程度の実地検分も行うはずだ。

 

 そんな現場で再び顔合わせなど気不味(きまず)いことこの上ない。

 

 だが、そんな俺の保身じみた安っぽい考えはチーフにはお見通しのようであった。

 

「ざけんなっつーの。おまえさんのメルヘン満載のポエムで『記事(モノ)』になるかよ、あん?」

 

 あっさり一蹴されてしまう。……返す言葉もない。

 

「なんかねーのか。『鬼』の写真とか、なんなら話に出てきた『気味悪い爺さん』のでもよ」

 

 鋭い眼光に対して、俺は必死に愛想笑いを貼り付けることしか出来ない。

 要は彼女は客観証拠を求めている。『俺が踏み込めなかったその先』を求めているのだ。

 

 痛くなるほどの長い沈黙。

 

 自然、見詰め合う形となってしまったが先に根負けしたのはチーフのようであった。

 

「……あぁ、もういい。ゴッテゴテに女子高生みたいに(ばく)()りして適当に記事書いとけ」

 

 折れてくれた。

 

 逆さに振っても出てこないと見切ったのだろう、額に手を当て逆の手をヒラヒラと振った。

 めでたく詰問から解放されたようだ。

 

 その見切りの速さが彼女の良いところであり、時に困ったところでもあるのだが。

 

「うっす」

 

 言葉少なに自分のデスクに向かおうとしたところで、背中に声がかけられる。

 

「『記事(モノ)』の件はまぁ、それでいいとするさ。……こっからは『物語(ユメ)』の話と洒落(しゃれ)()もうや」

 

 ……解放はされていなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「といっても報告したこと以外にはなにも… ここの連中以外じゃ与太話にもなりませんし」

 

 好きでこんな三文雑誌編集部に所属している物好きどもだ。

 俺のこんな話でも、連中なら酒の(さかな)程度には聞き流してくれることだろう。

 

 とはいえ、それが記事になるかというと別問題だ。

 

 チーフの指示通り、盛りに盛ってようやく記事にできるかどうかレベルの与太話である。

 そう告げれば「んなこたぁ百も承知だっての」と快活に笑い飛ばされた。

 

 やれやれ、そいつはそいつで複雑な気持ちになるってモンなのだが。

 思わず内心で肩をすくめてしまう。

 

 そんな俺に向かって、いつの間に取り出したのか煙管(きせる)を吹かしてチーフはニヤリと笑った。

 

「ま、アタシの心地良い睡眠… もとい納得を得るための質問タイムってトコさ」

「……質問タイム、ですか」

 

「あぁ、付き合わせて悪いがそこは赤点記事を認めてやる賄賂だとでも思って諦めてくれ」

 

 そう言われては是非もないのが宮仕えの悲しいところ。

 降参の意を込めて両手を上げると、俺は自分のデスクに腰掛けて頬杖をついた。

 

 些か悪い態度かもしれないが、仕事が妨害されて不貞(ふて)(くさ)れる気持ちも少なからずある。

 そんな俺の態度を(とが)めることなくチーフは「どれから聞くかなぁ」と指折り数える。

 

 やがて考えがまとまったのだろう、彼女は楽しげに声を発してきた。

 

「なぁ、おまえさんが通された屋敷はどんな感じだった?」

「……どんな、とは?」

 

「知ってて(とぼ)けんなって。戸建(こだ)てとかマンションとか色々とあるだろ?」

 

 ワクワクを隠せないその様子に若干イラッとしながらも俺は正直に答える。

 

「へぇ… 『立派な漆喰(しっくい)()りの塀のある、古いがしっかりした造りの日本(にほん)屋敷(やしき)』ねぇ?」

 

 ありきたり過ぎる舞台だな、とは我が事ながら思ってしまう。

 探偵モノなら事件が始まってもおかしくはない。……実際事件が始まったわけだが。

 

 そのありきたりさがツボにハマったのだろう、チーフが腹を抱えて笑う。

 

「なるほど、なるほど。そんな立派な屋敷の持ち主が一夜でふっと姿を消しましたってか」

 

「……まぁ、事件性を疑うのが警察の本分ですからね。結構拘束されましたよ」

「そりゃそうだ! 綺麗に『いなくなった』ってなら第一発見者に(ナシ)聞かねぇとな!」

 

 事情聴取という名の取り調べの時間を思い出し、思わずうんざりとしてしまう。

 警察の職務は理解しているものの、付き合わされる身としては勘弁して欲しいのが本音だ。

 

 こんなだったらチーフの言う通り『鬼』の写真でも…──

 

(というか事件性をでっちあげられれば、警察の矛先はこの出版社にも向くんだけどな?)

 

 果たしてこのチーフは分かっているのだろうか? 

 ……いや、この人のことだ。恐らく分かってて腹を抱えてバカ笑いをしているのだろう。

 

「で、光差さぬ地下の座敷牢の中で朝日を浴びて目が醒めて? 朽ちた屋敷を脱出?」

「……それは質問ですか? 自分でも箇条書きされれば支離滅裂っぷりに辟易(へきえき)するんですがね」

 

「ハハッ、怒るな怒るな! 悪かったって。単なる相槌半分、確認半分の独り言だっての」

 

 ニマニマ笑いながら、そう言ってご機嫌に煙管(きせる)を吹かすチーフ。

 煙の輪っかをポン、ポン、ポンと3つ浮かべている。人をからかう時の合図のようなものだ。

 

 イライラした心を(しず)めるため、俺もお気に入りの銘柄に火を入れ紫煙をそっと吹かす。

 ……このご時世、喫煙自由のこの職場を今日ほどありがたいと思ったことはない。

 

 問題は喫煙自由化を推し進めてくれたチーフその人こそがストレスの元凶である点だが。

 

「そういや、座敷牢入ったんだよな? どんな感じだった? 格子(こうし)の幅とか」

 

 そんな俺の心中など我関せずとばかりに、のんきに質問を重ねてくる。

 この人相手に怒ったり拗ねたりするだけ無駄だというのは分かり切っている。

 

 気持ちを切り替えて、両手で覚えている範囲での格子(こうし)の幅を再現してみる。

 

「そっすね。床は石造りで、格子(こうし)は木製で、隙間(すきま)は… 大体こんくらいでしたかね」

「ほーん… おおよそ30cm少々ってトコかねぇ? ま、多少は前後するだろうけど」

 

「……なんですか? またなんかしょうもないことでも考えてるんですか?」

 

 俺のその発言のなにがツボにハマったのか、チーフは煙管(きせる)を持ち上げ呵々(かか)大笑(たいしょう)した。

 続けて威勢よく口にする。

 

「考えてねぇって! 『その格子(こうし)、乳児や子供なら通れそうだな』なんて全然考えてねぇさ!」

 

 大爆笑しながら話す内容がソレかい、と思わず大きなため息を吐く。

 

「……ていうか、それほぼ答えなんじゃないですかね」

「あん? ンなワケねーだろ。アタシを悪趣味なポエマーにでもする気か」

 

 鼻で笑って斬って捨てられる。このチーフの返しは俺には少々意外だった。

 そんな俺の態度が気に喰わなかったのだろう、眉根を寄せて彼女は再度口を開いた。

 

「いいか? まず前提として、この世に『真相』なんてモンはねぇ」

「はい? そんなことは…」

 

「まぁ、聞きな。どんだけ調査しようが、事前に記録を残そうが、科学が進歩しようが、だ」

「………」

 

「その瞬間の『事実』の精度なんて、99.9%の下にどんだけ9を加えられるかでしかねぇ」

 

 チーフの言葉には思わず聞き入ってしまうような静かな寂寥感(せきりょうかん)が含まれていた。

 

「……ははっ、俺らの仕事全否定じゃないですか」

「今頃気付いたか? ライターなんて誰かの『物語(ユメ)』に相乗りして蛇の足を付けるのが精々さ」

 

「ひっでぇ」

 

 思わず苦笑いしてしまう。

 

 独善的で独断的な彼女だけの考え、彼女だけの価値観。

 しかし、それは彼女の胸に宿る『真実』なのだろう。

 

 チーフは彼女自身、(ガラ)にもない事を言っている自覚はあったのかもしれない。

 煙管(きせる)仕舞(しま)い、頭を()きながら「……まぁ、なんだ」と決まりが悪そうに言葉を続けた。

 

「コレはおまえさんの与太話から広げたアタシだけの『物語(ユメ)』さ。他のナニモンでもねぇ」

「………」

 

「今日はもう帰ンな。仕事になんねーだろ? あんがとな、お陰でいい(ユメ)見れそうだわ」

 

 視線を細めて、所謂(いわゆる)『流し目』で俺を静かに見詰めてくる。

 

 ……手にしていた煙草はとっくに燃え尽きていた。

 やりきれない思いを誤魔化すように灰皿にソレを押し込み俺は静かに荷物をまとめ始める。

 

 こういう時のチーフは譲らない。そのことを良く知っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞かないんですね」

 

 ふと、俺の口から俺自身思ってもみなかった言葉が漏れ出た。

 まるで他人事のように思考を巡らせ…──

 

(……そうか、【願い】のことか)

 

 と、思い至った。

 そんな夢心地の思考回路を、チーフの何処かはすっぱな声が容易(たやす)く一刀両断する。

 

「……聞かねーよ。そりゃおまえさんの、おまえさんだけの『物語(ユメ)』だ」

 

 どこまでも素っ気無い、しかし、温かい回答。

 その時、チーフがどんな顔をしていたのか背を向けていた俺には分からない。

 

 そんな俺の背に、チーフは言葉を続ける。

 

「だが、時にテメェ自身の『物語(ユメ)』だって切り売りするのがライターの宿痾(しゅくあ)なんだがね」

「………」

 

「ま、おまえさんにゃまだ早い。……大事にするんだな。体験に勝る学習はないさ」

 

 ペコリと小さく会釈をして、俺は編集室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カツカツと雑居ビルの階段を降りてからふと視線を上にやる。

 空に瞬く星を見上げながら最後に投げかけられたチーフの言葉を反芻(はんすう)していた。

 

 そう、体験に勝る学習はない。

 

 色も。

 

 形も。

 

 熱も。

 

 想いも。

 

 

 

 ポケットからスマホを取り出し、そっと『ある画像』を表示する。

 

『その娘は得も言われぬ美しさであった』

 

 闇の中に仄かに浮かび上がるような艷やかな黒髪を持つ一人の少女。

 まるで紅玉(ルビー)のような透き通った赤い瞳を持つ一人の少女。

 

 白地の薄衣をほっそりした体躯に巻き付け、こちらに向かって淡く微笑む一人の少女。

 

 そして…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして額に二本の角を生やした、鬼の、少女。

 

 ……魅入(みい)られているのかもしれない。

 

 ……(いざな)われているのかもしれない。

 

 

 

 

 夏が終わり、夜の肌寒さに秋の訪れを実感する帰り道。

 

 一陣の風とともに【ナニカ】の吐息が首筋にかかった気がした。

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