最近はAIというのが発展してますでしょう?
えぇ、はい。……いえいえ、そんな。
詳しくはまるで存じ上げませんで、はい。
私ってのはいつもそうでしてね。
ビットコインというのもあったでしょう?
ああいうのも流行り始めの頃はどうにも二の足を踏んでしまうような性質でして。
そうこうしているうちに時期を逸してしまいましてね。
そういうのが常なんですよ。
だからNISAとやらも口座だけ開設してそのまま手付かずなんて始末。
性分なんでしょうね。新しいことに思い切って踏み込めないってのは。
だってのに妙なところで騙されやすくてね。
小さな詐欺に遭うなんざしょっちゅうですよ。
身内に騙されたことだってありますとも。
老後の資金の積み立てってんで三桁万円を持ってかれた、なんて今じゃ笑い話ですが。
お陰で今じゃ携帯やパソコンには詐欺メールが毎日わんさと届きます。
ようやっと最近は見ずに捨てることを覚え始めたんで、ま、人生の手数料と思っとります。
ただね、そんな人生でもまぁまぁ悪くないとも思ってはいるんですよね。
確かに小さな失敗にはちょくちょく見舞われました。
けれども、大きな失敗やだいそれた悪事なんてのも縁がなかったわけでして。
まぁいかにも小心者らしい痩せ犬みたいな慎ましやかな人生を送ってきたわけですよ。
無論、多少の後ろめたいことの一つは二つ心当たりはあります。
私自身、自分のことを清廉潔白な人間だなんて到底言えやしません。
そもそも多少の欲があるから騙されるわけですしね。
へっへっへっ、これは私の持論ですが詐欺に遭う側にも悪い部分はあるんです。
それは『安易に人を信じたからだ』とか、そういう道徳論じゃなくてですね。
もっと、こう、上手く言えねぇんですが『自分だけ得しよう』ってスケベ心ゆえですかね?
自分だけ得しようと思ってたら、コソコソとしちまうモンです。
私の時ゃtotoのクジでしたかね? ホラ、あのサッカーのアレですよ。
アレをこっそり当たりくじ教えてやる、一枚噛ませてやるってね。
だーれにも相談できねぇモンだし、視野が狭まってるもんです。
だからまんまと騙されちまうわけですな。
いや、ホントに集合知ってのは侮れないもんですよ。
三人寄ればなんとやら、身を任せるに足る名案だって浮かんできたかも知れません。
勿論、昨今のネットってのは足を踏み外したモンにゃ厳しい場所です。
叩ける存在は遠慮会釈なしに棒きれで叩いてこられるでしょうとも。
だから、後ろめたさのなさってのはそれだけで武器なんです。アドバンテージなんです。
はい?
詐欺に遭った私がそれからどうなったかって?
……へっへっへっ。
まぁ、そりゃ知らない方が良いでしょう。
連中、親切なもんで消費者金融での借り方とか手取り足取り教えてくれるんで。
まぁ私も存在しない会社名で契約してから住んでる場所引き払って高跳びしたんですがね。
どうにもこうにもキナくさい匂いがしたんで逃げるが勝ちってね。
こういう時の嗅覚ってのはバカにならねぇと思ってるんですよ。
ま、勘違いだったとしてもそれはそれでいいじゃないですか。
どっちにしろ「自分の判断は正しかったんだ」って気持ち良くなれるわけですし。
よしてくださいや。真偽の程なんて確かめる勇気はありゃしませんよ。
へっへっへっ。
相手方も、まさか私みたいな斜め下の存在は想定外だったのかも知れませんね。
向こうさんがクズを騙して金を巻き上げるならこっちも騙したってまぁ構わんでしょう。
なに、トータルじゃこっちが損してるんです。クズ同士のお似合いの顛末ですよ。
でもまぁ、クレジットカードは作れますしキチンと働ける身分であるのは確かです。
住み家だってちゃんとありますしね。今はそれで良いじゃありませんか。
で、そうそう。AIの話です。
あなた、お若いから私より色々とご存知なんじゃないですかね?
実は私は最近父を亡くしましてね。
……あぁ、いえいえ。
年齢的にも大往生ですしお悔やみなんてそんな。
はい、ありがとうございます。
ただまぁ、父は気難しい人でね。
生前からあんま笑わない人だったんで遺影選びにも難儀したものですよ。
アルバム眺めてもしかめっ面ばっかりで。
えーと… あったあった。
これが父の写真です。ね? 見事なしかめっ面でしょう?
あまり私と似てませんか?
良く言われます。表情の印象とかもあるんでしょうね。
しかしまぁ、しかめっ面ばかりというのも味気ないモンです。
どうせ原本は取ってあるんです。
ものは試しとデータをデジタル化してからAIに読み込ませてみたんです。
ま、ちょっとした悪戯心ってヤツですね。
流行りのAIってヤツに私自身の手で触れてみたい気持ち半分のね。
そこで私がAIにどんな命令を出したと思います?
そう、父の表情を満面の笑顔にしてみたんです。
へっへっへっ、分かりやす過ぎましたかね?
そんなこんなで試してみたら見事大成功。
親父はついぞ見たこともないような満面の笑みを私に見せてくれましたよ。
……嬉しかったかって?
まぁ、嬉しい気持ちはそりゃ無きにしも非ずですが、複雑な気分もありましたね。
喉に小骨が引っ掛かったような気がしてどうもスッキリしねぇ感覚っていうか。
本心じゃ気付いていたんでしょうね。
コレはあくまでAIであって本当の父なんかじゃないって。
……なんでなんでしょうね。
騙され通しの安い人生歩んできたってのに肝心な部分で騙されてくれねぇってのは。
だからまぁ、片っ端からアルバム引っ張り出しましてね。
ありったけのデータ食わせたんでさぁ。
へっへっへっ、開き直ったって言い換えても良いんですかね?
自棄になったのかも知れません。
んでまぁ、私の手を離してランダム生成の指示だけ出して放ったらかしです。
そしたら面白いことにね。
画像の中で親父が色んな格好、色んな表情で、色んな場所に出向いているんですわ。
まるで生きてるみたいにね。
言い方は悪いかも知れませんが、生きていた頃以上に生き生きとした姿形でね。
……勿論、こんなのただのごっこ遊びです。
かつて生きてた本当の親父に失礼極まりないことだって分かっちゃいるつもりなんですよ。
けれどまぁ、他に身寄りもねぇ天涯孤独の男の一人遊び。
他に誰にも迷惑をかけるでもねぇと開き直ってる次第です。
っと、延々と話を聞かされたあなたには良い迷惑だったでしょうね。申し訳ない。
そんで…
──っと、呼ばれたみたいですね。
私ばっかり喋っちまって重ねて申し訳ありませんでした。
お陰様で普段は退屈な診察までの待ち時間があっという間でした。
また縁がありましたら、どうか一杯御馳走させてくださいな。
その後ろ姿を見送ってからふと気付いた。
先ほどまで中年が腰掛けていた場所に年代物のガラケーが置かれていた。
彼が操作していたことを覚えている。忘れ物だろう。
なんとなしに手を取った。
画像フォルダには先程しかめっ面で写っていた老人が満面の笑みを浮かべていた。
後で受付に届けよう。
あるいは男が診察を終えるまで預かっておき渡してやっても良いだろう。
そんなことを考えていた時、唐突に老人は動き出した。
AI生成が作動したのだろうか。
驚きながらも注視する。
老人はこちらにゆっくり近付いてくる… ように、見える。
そんなはずないのに。
老人は満面の笑みを浮かべながら。
徐々に、徐々に、粗さを伴う画像が鮮明になってくる。
そして老人はゆっくりとこちらに手を伸ばし…──
ガラケーを思わず席に向けて伏せた。
粗い息を吐く。
呼吸をすることも置き去りにしていたような感覚。
……偶然だ。
そう自分に言い聞かせながら席を立った。
診察の予定をキャンセルしながら。
ガラケーはあの席に残してきたままだ。
受付に届けるために再度アレに触れるのも、男の診察を待つのも気が進まなかった。
あのガラケーの中で、老人は今も手を伸ばしているのだろうか。
あの満面の笑みで。