イリヤ ハッピーエンド   作:ゼステリア

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クリスマスの奇蹟

 第五次聖杯戦争から10ヵ月が経ち、冬木市の遠坂邸の部屋で一人の少女が目覚めた。

 

「あ、やっと起きたか」

 

 少女は首を回して自分に声を掛ける女性、遠坂凛を眺める。

 

「どう?イリヤ。 何か不便な点とかあるの?」

 

 凛はベッドで目覚めた少女、イリヤに聞いた。

 イリヤは手を動かした次のベッドで起きて手足を動かしてみた。

 

「……いや、ぜんぜん。何の違和感もない」

「そう……よかった。正直、何か間違っているのではないかと思ったから」

 

 何の異常もないイリヤを見て凛は安心する。

 

 

 

 

 2ヶ月前、イリヤがいきなり倒れた。

 

 本人の言葉によると、寿命があまり残ってないからだという。

 当然のことだった。

 そもそもイリヤの体は聖杯戦争が終わった後、イリヤが生存するという可能性を全く考慮せず、無理に聖杯の器として改造したのだった。

 凛が周期的に体を見ていたが、ここまで堪えたことだけでも奇蹟だった。

 

「……長くても2ヶ月ぐらいかな」

 

 その事実を知った時、イリヤは淡々と受け入れた。

 

「……まあ。今まで本当に楽しかったし。残った2ヵ月もこれまでのように楽しく過ごせば悪くないのかな」

「「……」」

 

 笑いながら言う少女に士郞と凛は何も言えなかった。

 

「そんな顔しないで……知っていたでしょ? いつかこうなるて。それに……わたし、もう十分過ぎるくらい幸せだったから。残った2ヵ月もこうやって過ごしたら、楽に行くことが出来るから」

 

 小聖杯になった時点でイリヤは自分が長く生きられないという事実は以前から知っていた。既に達観していた。

 これが自分の運命であり、変えられない事実だ。

 仕方がなかった。これが自分の限界だった。

 

 でも、大丈夫。

 元々は自分は聖杯戦争が終わった時死んだ筈だ。それでも数ヵ月を生き延びたのだ。

 これ以上甘えてはいけないだろう。

 

それに――

 

(あの人の心も分かったから)

 

 士郞とタイガから聞いた“あの人”のこと。

 何度も外国に行って誰かに会いに行ったようだという言葉の真実を悟った時、イリヤの心の中にいたあの人――衛宮切嗣に対する憎悪はすっかり治った。

 それだけでも、イリヤは救われたような気がした。

 

 だから、自分はこれでいいと諦めてたけど――

 

「あきらめるなっ!」

 

 彼は、士郞は言った。

 

「あきらめるな。聖杯戦争が終わって、やっと普通の女の子として生きていくことができるようになったのに、こんなに早く……こんな……こんな……きっと何か方法があるはずだっ!」

 

 士郞は後悔した。自分の魔術の実力では何の役に立たないからイリヤのことはまず凛に任せて、卒業後凛と一緒に外国を回りながら、イリヤの寿命を増やす方法を探すことにした。

 なのに、こんなに早く別れが訪れとするなんて……

 何もしなかった愚かな自分に腹が立つことと同時に目前に少女に何もしてあげられない自分に無力さを感じた。

 

「シロウ……」

 

 頭を絞るように解決策を考え出そうとする士郞を見ながらイリヤは切ない感情を抱く。

 そんな方法があるはずがなかった。 あったならとっくに実行していただろう。

 

「シロウ、もういいよ。 そんな方法はない。わたしは……」

「でも……!でも……」

 

 でも、この人は簡単にあきらめないだろう。

 目の前にいる家族が、小さな少女がこんなに早く死んでしまうという事実を受け入れられないだろう。

 救うことができるなら、自分ができる範囲で無理をする。

 それが、衛宮士郞という男だから。

 

「…………ちょっと待って、今の体ではだめなら……」

 

 瞬間、士郞は何かを思い出した。

 

「他の体で意識や魂を移す魔術はないのか?」

「え?」

 

 イリヤは目が丸くなった。

 

「いや、だから……イリヤの今の体が限界だったら、他の体を使用すればいいじゃないかな?」

 

 それを聞いた瞬間、イリヤは士郞が何をするつもりなのか気がついた。

 士郞に言ったことはないが、以前に士郞を拉致した時城を自分のものにするために士郞の意識を人形に移す方法も考えていた。

 士郞は自分が思ったのと似たような手法を教えなかったのに一人で考えたのだ。

 ある意味、これも姉弟らしいと言えるかも知れない。

 

 だが――

 

「もしそういう魔術があれば、新しいホムンクルスの肉体を作ってそこに……!」

「作れるの?」

「っ……それは……」

 

 口をつぐんだ士郞を見ながらイリヤは苦笑した。

 それに、士郞は分からないが、そもそも不可能だ。

 確かに自分ならそのような魔術を使えるが、それは意識だけを移すことができる。最も重要な“魂”は肉体に残り、その肉体が死ぬ瞬間、自分も死ぬ。

 

 そうだとして“魂”も移せばならないかと思えばそれもだめだ。

 “魂”は肉体から離れることができない。いや、離ればいけない。

 第三魔法、あるいはそれに近い特別な方法を使わずに魂を肉体から取り出したら、その瞬間、魂はバラバラになる。

 

 肉体も同じだ。自分と同じ体ではなく、他の体に魂を移植すると、魂が自分が違うということを認識して肉体が崩壊しながら消滅する。

 さらに自分は他のホムンクルスと違って人間とホムンクルスの混血であり、同時に一段階上の高次元生命体である。

 たとえドイツのアインツベルン本家にある資料と技術を使用しても、今の自分の肉体と全く同じホムンクルスを作ることは不可能だろう。

 そもそも、もし聖杯戦争が終わった後すぐに本家に帰って作り始まったとしても時間に合わせることができなかったのを今から作り出すのは無理だ。

 

 だからイリヤはここで、切嗣が死んだこの地で最期を迎えるために、ここに残ると決めたんだ。

 ここなら、もっと早く切嗣とお母様と会いに行くことができるかもしれないから。

 

 その事実を士郞に語るために、イリヤは口を開いて――

 

「いや、ちょっと…… 意識を移す……新たな肉体……」

 

 士郞の隣にいた凛が士郞が言った言葉を呟きながら何かを考えた。

 

「…………そう、どうしてそれを考えなかったのかな? いや、でも……」

「リン?」

 

 一人でつぶやく凛を見てイリヤは首をかしげた。

 

「士郞、しばらくイリヤの看病は任せるわ。 イリヤ、まだ2ヵ月残ってるから諦めないでくれて"

「え?」

「遠坂……何か方法があるのか!?」

 

 何かを思い出したような凛に士郞は問う。

 

「…………確証はない。成功率も保障できないし…… けど、できることは全部やってみようか」

 

 

 

 

 2時間ぐらい経って、戻ってきた凛はイリヤを生き延びるためにタイガをはじめとする周りの人に病気を治すためにしばらく外国に行ったと暗示をかけて、イリヤを遠坂邸へ連れて行った。

 そして凛はイリヤをベッドに寝かせて、イリヤと付いて来た士郞に自分の考えを話した。

 

「蒼崎……橙子……?」

 

 初めて聞いてみる名に士郞は首をかしげる。

 

「そう。冠位の人形師、蒼崎橙子。対象と完全に同じ人形を作ることができる人よ。DNA検査さえ通過できるほどに」

「……マジかよ?」

「マジみたいよ。そしてその実力で自分と全く同じ人形を作って体を変えながら生きてるみたい」

「え? ちょっと、それは――」

 

 凛は自分の言葉を聞いて何かを気づいた士郞を見てうなずいた。

 

「士郞の推測通りだよ。その蒼崎橙子が作った人形を手に入れば、何とかなるかも知れない。 できれば直接イリヤを見てほしいけど、封印指定状態だから追われているからそれは無理だろうし……」

「ちょ、ちょっと待ってリン!」

 

 黙って聞いていたイリヤが凛に話した。

 

「何を言ってるの。貴女なら分かっているんじゃない、それが無駄というのわ……!」

「イリヤ?」

 

 急に凛に叫ぶイリヤを見て理由を知らない士郞は首をかしげた。

 

「人形に意識を移すことはわたしでもできる。でもそれだけ。 魂を移すのは不可能よ。体に魂が残っている限り、結局肉体が限界を迎えたら、わたしは死ぬ。その人形師の話もただのうわさに過ぎないでしょ!? もし事実だとしても、それはその人がとても非正常的であること、わたしに該当する話じゃない。いくらうっかりな貴女でもそれは分かるんでしょ!?」

「……」

 

 凛はイリヤの言葉を聞いてしばらく目を閉じた後、イリヤに自分の考えを話した。

 

「……魂が残っているイリヤの肉体は魔術で冷凍保存させるわ。そうすれば、普通の人間のように数十年は生きられるでしょ。それができなくても少なくとも時間は稼げることができるよ」

「でも――!」

「ええ、成功確率は著しく低い。 けど、これしか方法がないの」

 

 凛もイリヤが考えている憂慮はすでに知っている。

 でも、わずかしかない可能性でもこの少女を救うことができるなら、たとえ本人が止めたとしても譲歩するつもりはない。

 

「っ――低い程度じゃなんでしょ! 不可能よ! リン、魔術師なのに何でそんな無駄骨をするの!?」

「それは――」

「もういい! わたしが死ぬということは変わらない。何があっても変わらない。だから無駄なことはやめて。わたしはもういいから……どうしてそこまでするの!?」

 

 イリヤは凛の考えを理解できなかった。

 いや、正確に言えば、凛が自分をどうにかして救おうとするのは知っている。

 しかし、凛が思った方法は奇蹟が起きない限り成功しない。そんな方法で解決することができたならとっくに実行しただろう。

 何の意味もない行動、ないも同然である可能性。

 失敗すればさらに辛いだけだ。そんなことを士郞と凛与えたくなかった。

 なのに、どうして――。

 

「イリヤと一緒に住みたいからだよ」

「………………え……?」

 

 イリヤはその音を聞いて隣を、士郞を見る。

 

「俺も遠坂も、藤ねえに桜も、みんなイリヤが俺たちと一緒に長い間生きてほしいと望んでいるからだよ。それに……」

 

 士郞はイリヤの頭をなでた。

 

「俺はイリヤのお兄ちゃんだから。妹が死んでいくのを放っておくはずがないだろ?」

「……」

 

 イリヤはうつむいたまま何も言わなかった。

 

「……」

「……」

「…………はあ、本当に、シロウもリンも仕方ないね」

 

 こんなの、うまくいくわけがない。結果は見える。

 

 でも――

 

(そこまで言ってくれると……もっと生きたくなるじゃない……)

「どうせ死ぬ身だし。最後の賭けぐらいかけてみてもいいかしら」

 

 

 

 

 イリヤが承諾した以上、二人のやることは決まった。

 イリヤの看病に関しては、アインツベルン城から降りてきたセラとリーゼリットに任せて、凛は時計塔を含め自分の伝手を動員して蒼崎橙子、あるいは彼女が作った人形の情報を収集して、學園を休むことにした士郞とともに外国を歩き回った。

 たまには遠坂邸に戻ってイリヤの状態を確認したり、遠坂の魔術とアインツベルンの魔術を組み合わせて意識を人形に移して固定させる魔術を研究したりもした。

 

 ――そして。

 

「これがその蒼崎橙子の人形なの?」

 

 2ヶ月後、午前1時50分。 遠坂邸にある地下洞窟。

 その洞窟の底に描かれた魔術陣の上には何の特徴もない人形が横になっていた。

 

「ええ。間違いない。本当、見つけるのに大変だったわ」

「探してる途中に危険なやつらと会って、事件に巻き込まれて、やっと手がかりを見つけてもほとんどが徒労に終わり。時間に合わせられるのか不安だったからな」

「お金はなんとか手に入れることができたけど」

「イリヤの城にいるものと俺の家や遠坂の家のものを処分して、イリヤの手術費だと藤ねえの家にお金を借りてやっと買ったのだからな」

 

 この人形を一つ手に入れるために経験した苦労を回想する凛と士郞の目はどこか遠い所を眺めているようだった。

 

「それじゃ、準備はいい? イリヤ」

 

 魔術陣の上に複数の宝石を載せて凛は後ろにいるイリヤを見る。

 顔だけ見ても2ヵ月間でかなり衰えたことが見え、もう本当に時間があまり残ってないということを見せてくれるようだった。

 

「……うん。いつでもいいよ」

「そう……じゃあ士郞は外に出ていて。この魔術は術士以外の魔術師が近くにいるだけで問題が起きるかもしれないから」

「……ああ。わかった」

 

 できればそばで見守ってあげたかったが、ここにいても邪魔だけだから、士郞は外で待つことにした。

 

「じゃ、外で待ってるねイリヤ。 頑張れよ。きっとうまくいくから」

 

 士郞はイリヤの頭を撫でながらイリヤを激励した。

 

「……」

 

 だが、イリヤは視線を下に向けたままじっとしていた。

 

「イリヤ?」

「…………シロウ」

 

 士郞がイリヤの頭から手を引くと、イリヤは士郞の胸に抱きついた。

 

「……シロウ」

 

 イリヤは精一杯士郞を抱きしめようとした。が、限界に近いその体では力がうまく入らなかった。

 

「イリヤ……」

 

 自分を精一杯抱きたいが、それができないイリヤの行動に気付き、士郞はイリヤを強く抱きしめる。

 抱き締めた瞬間、自分の腕の中の少女は、なんだか少し震えているようだった。

 そんな少女に一体何を話せばいいか悩む時――

 

「……ケーキ」

「え?」

 

 士郞の胸に顔を埋めたままイリヤは話した。

 

「今日、クリスマスだよね?」

「え、あ、ああ」

 

 士郞の返事を聞いて、イリヤは士郞を見上げた。

 

「わたし、シロウが作ったクリスマスケーキが食べたい」

「……ああ!」

 

 必ず帰る。そう言ったイリヤに士郞は笑顔で答える。

 

「最高のケーキを作ってあげる。それに藤ねえと桜、セラとリズも呼んでクリスマスとイリヤの歓迎パーティーをするから期待してよ」

「……うん!」

 

 イリヤは笑顔で力強く答えた。

 その笑顔を見た後、士郞はイリヤの後ろに立っている凛を見た。

 

「賴む、遠坂」

「ええ、任せなさい」

 

 凛は自信に満ちた顔でうなずいた。

 士郞が外に出た後、イリヤは人形の隣に横になった。

 

「始めるわ。目が覚めたら元気な体で目が覚めて気分が良くなるから楽しみにしてね」

「うん。 よろしくね。リン」

 

 凛は成功するのが当たり前だというような口ぶりで魔術を発動させ始めた。

 魔術陣が輝いた瞬間、イリヤは目を閉じて意識が闇の中に落ちた。

 

 

 

 

「……ここは」

 

 目を覚めた瞬間、イリヤの目の前に広がっているのは何もない真っ白な空間だった。

 さっきまでいた遠坂邸の洞窟も部屋もない、何もない場所。

 

「…………そうか。やはり失敗してしまったか」

 

 意識はあるが、体の感覚がない。さらに、周辺には何もない。

 結局、失敗したのだとイリヤは考える。

 

「まあ、成功するわけないって分かってたけど…… 魔法もなく魔術だけでこんなことができるはずがないし」

 

 失敗するのが当然だった。と、イリヤは諦める。

 

「……シロウとリンには悪い事をしたね。あんなに苦労してくれたのに…… そしてクリスマスパーティー、  結局行けなくなったね……」

 

 心の中にある不安を隠して自分を激励してあげようとするのが見え透いていた二人の姿を思い浮かべながら、イリヤはすまない感情を抱く。

 

「……わたし、死んだのか」

 

 生きていた時には知らなかった感覚。

 これが死か、とイリヤは不思議だと思う。

 

 そして――

 

「…………何だろう、この感じ……」

 

 もう一度、もう終わりだと自覚すると、イリヤはいままで感じたことのない不思議な気分になり始めた。

 肉体がないのに、なぜか胸の鼓動が速くなるような気がした。

 

「別に、胸がどきどきするほど良い事ではないのに……」

 

 理由は分からない。 だが、この感じは止まる気配が全くないようだ。

 それに、なんだか自分が震えているような気もした。

 

「別に震える理由はないのに…… もう、十分なのに……」

 

 この10ヶ月、とても充実に生きたと自慢できる。

 決して自分には来ないと思っていた日常は本当に楽しかった。

 今まで自分が知らなかったことがこの世には多くて、不可能だと分かっても自分を生かすために精一杯努力してくれた優しい人達がいた。

 諦めていたからこそ、考えてもみなかったらこそ、この10ヶ月の“人としての生”は本当に眩しく、甘く、美しかった。

 

(けど……)

 

 幸せだった。 楽しかった。

 切嗣とお母様と一緒に住んでた時に戻ったような気がした。

 ずっと自分が求めてきた、一時は諦めた望み。

 だから、もうこの幸せが終わるという事実が――

 

「あれ? どうして今、こんな思いをするのかな……」

 

 さっきまであきらめていた自分としてはとても考えられないことを考えていたという事実に、イリヤは驚く。

 

 どうしてこんなことを考えるのか。 と、イリヤは思う。

 

 その理由を考えるたびに、士郞と凛、大河と桜にセラとリーゼリットの顔、そして今まで過ごした日常を思い出した。

 

 そこから出た答えは――

 

「ああ……そうなんだ」

 

 本当に、簡単なものだった。

 

「これが……死ぬのが怖い。という感情なんだ」

 

 人間なら、誰もが抱く感情。

 死に対する恐れ。それが今自分の中にある感情の正体だということをイリヤは気付く。

 

 もっと生きたかった。 もっと士郞の、みんなのそばにいたかった。

 自分のせいで悲しむ士郞を思うとつらかった。

 クリスマスケーキが食べたいと、帰ると言ったのに、このように失敗してしまって士郞をさらに傷つけてしまったという事実が悲しかった。

 

「変だね……ホムンクルスであるわたしがこんな感情を……」

 

 もっと生きたい。 士郞との約束を守りたい。

 ずっとその場所にいたい。

 何度もそう思ってしまう。

 

(……たくない)

 

「どうして…………今さら……」

 

(死にたくない)

 

「もう、遅いんたのに……」

 

 

 

 

「――大丈夫よ」

 

「……………………え?」

 

 死ぬという事実に恐怖に震えていたイリヤに、温かい声が聞こえてくる。

 

「イリヤは死なないよ。イリヤはまだここに来ることはちょっと早いから」

「え…………あ……」

 

 聞き覚えのある声。

 とても安らかな、優しい声。

 それが誰の声なのかイリヤは知っている。

 

「さあ、イリヤ。早く帰りなさい。 大切な人が待っているでしょ?」

「待て…………お……」

 

 その瞬間、あたたかい何かが自分をかばっているようだとイリヤは感じた。

 

 

 

 

「……なによ、これ」

 

 凛は今自分の目の前で起こっている現象に当惑を隠せなかった。

 

「人形の姿が... イリヤの姿に変わっている?」

 

 今自分が使っている魔術はイリヤの意識を人形に固定させるだけ。

 人形の姿をイリヤの姿に合わせて変化させるのはこの魔術が終わった後にする予定だった。

 なのに人形の姿が勝手にイリヤの体に変わっている。

 

「いったい、何が起こっているの?」

 

 

 

 

「へぇ――、かなりよくわたしの姿を再現したと思ったら、そうだったんだ」

「ええ、でもまさか16時間も寝るなんて…… まったく、まさか今回も時間を勘違いしたのかと驚いたよ」

 

 凛に体の検査を受けながら、イリヤは自分の寝ている間のことを聞いていた。

 

「それはそうとして、一体何?これ」

 

 自分たちが思った魔術とは違う効果を見せた結果に凛は顔をしかめる。

 

 正確には、もともと凛とイリヤが思っていた魔術よりもさらに効果がよかった。

 最初に魔術を作ったときは、体をうまく動かすのはもう少し時間がかかると想定していた。

 なのに、今はまるで本当の自分の体のように動くことができた。

 さらに、意識も完全に人形に固定された。

 この肉体が完全に壊れない限り、意識が本体に戻ることはないだろう。

 

 だからといって、これが第三魔法のようなものかと思えば、それはない。

 イリヤの魂は今も本体にある。

 まあ、今は氷の中に封印されて肉体の時間が止まっているから大丈夫だろう。

 

「ねえイリヤ、何か思い当たることはないの?」

「うㅡん……さあ、どうかな」

 

 検査を終えて、着替えながらイリヤは凛の質問に大雑把に答える。

 

「まあ、結果はいいから、今はどうなってもいいんじゃない?」

「それはそうだけど……ううむ……」

 

 確かに今は喜ぶべき時だけど、いったい何がどうなっているのかずっと気になっている凛は頭を抱える。

 そんな凛を見ながら、イリヤは静かに笑う。

 

(わたし、本当に普通の人間のように生きれるようになったんだ)

 

 イリヤは鏡を見ながら手足を動かす。

 鏡の中にはもうすぐ死にそうだった自分はなかった。

 

(まさか、こういうのが成功するなんて……)

 

 本来なら成功できなかったはずだ。

 なのに、成功した。

 

 これはかつて小聖杯として吸収した英霊たちの魂の残骸が残した力による最後の奇蹟なのか、それともただ運が良かっただけだろうか。

 

(…………ううん、あれは、きっと……)

 

 その可能性を含めて、イリヤは一つの可能性を思い出した。

 あの時、言峰によって大聖杯の穴を開けた瞬間、胸の中に温かい何かが入ってきたような気がした。

 懐かしさを感じさせる温もり。

 

 そして、あの時の温かい声。

 

 あれは、きっと……

 

(……ありがとう、お母様)

 

 イリヤは自分の胸に手を置いて、今はもういない、自分にもう一度命をくれた温かい奇蹟に感謝を伝える。

 

 

 

 

 遠坂邸から出て、イリヤと凛は衛宮邸に向かう。

 時間はもう夕方を過ぎて、しだいに暗くなっていた

 

「あら」

 

 道を歩いている途中、空から降ってきた真っ白な何かが凛とイリヤの目の前を通り過ぎた。

 

「雪か。今年はホワイトクリスマスね」

 

 空を見上げながらどんどん降り続ける雪を見て、凛は奇麗だという感想を抱いて道を歩く。

 

「……ねえ、リン」

「何?」

「わたし、一度ドイツのアインツベルン本家に帰ろうかと思う」

「え……」

 

 意外な言葉に凛は隣にあるイリヤを見る。

 

「わたしはもう大丈夫だろうけど、リズの寿命の問題はまだ解決されていない。わたしがこんなに元気になったからしばらくの間は大丈夫だけど、このまま捨て置くわけにもいかないわ」

 

 自分と同じように、寿命の短いまま生まれた自分のメイドのことを考えてイリヤは話す。

 肉体が自分と同調しているだけに、自分が死ぬと彼女も死ぬ。

 逆に自分が死ななかったからもっと生きられるようになったが、それもそう長いとは言えない。

 

「だから、今度はわたしがリズを助けてくれるの。シロウとリンがわたしをあきらめなかったように、わたしもあきらめない」

 

 そう言って笑うイリヤの顔には、不安はなかった。

 あるのは必ずリズの寿命の問題を解決するという決意と成功するという自信だけだった。

 

「そう……」

 

 その顔を見て凛は助けてもらったから、今度は自分が誰かを助けるというどこかの誰さんのことを考えた。

 だが、止めるつもりはない。

 この子が誰かのために努力すると言ったのだ。 それを自分が止める理由はない。

 

「じゃあ、私も手伝ってあげる。 一度成功したから、役に立つと保障するわ」

「ふふっ…… ありがとう。 よろしくね」

 

 今後の方針を決めで、イリヤと凛は歩き続けた。

 そしてついに、目的の場所が目に入った。

 

「あ……」

 

 門の前には自分の大切な人が待っていた。

 ずっと待っていたのだろうか。

 頭と肩には雪が少し積もっていた。

 

(まだ、ここにいてもいいんだ)

 

 一歩、一歩、大切な人に向かって一歩を踏み出す。

 

(キリツグ。わたし、まだそちらに行けない。会いに行くのは少し延ばしておくね)

 

 たとえあの人が自分を女として見ていないとしても構わない。

 彼の心の奥底にある“彼女”に勝てないというのはすでに知っている。

 でも、妹として、姉として、見守らなければならない。

 目の前の大切な人がかつてバーサーカーに倒れた“彼”のようにならないように。

 

 そう思いながら少女は少年の前に近づいていく。

 

 少年も自分に近づいてくる少女を見た。

 その顔には喜びの色が溢れていた。

 

「おかえり。イリヤ」

 

 少年は笑って少女を迎える。

 

 少女は涙ぐんで少年を向けて笑った。

 

「……うん! ただいま。シロウ!」

 

 

 

 

 

 こうして、少女の人生は続く。

 

 

 

 

 

 これは数を数え切れないさまざまな可能性の一つである世界の話なのか、

 それともどこにもない夢想の話なのか、

 知る者はない。

 

 

 だが、これだけは確実に言える。

 

 

 家族のぬくもりと当然な日常を願って、

 短い寿命を持って、

 誰かを愛した少女に――

 

 

 

 

 

 救いがあることを願った誰かがいたのだと。

 

 

 

 

 

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