【対魔忍RPG】――若き疾風――秋山達郎 作:unko☆star
達郎はごろつき2人の首を処分すると、東京キングダムの湾岸地区、先ほど助けた少女の家からそう遠くはない場所にあるモーテル――もっとも、荒れ放題で宿泊客など訪れないが――に引き返した。
ドアを開けた途端、カビ臭い空気と木材の腐ったにおいが鼻をつく。
(電気もガスもなし、水は自分でろ過した雨水、メシは中心街から拾ってきた残飯…まったく、あの爺さんもよくこんなとこで1年も暮らしてるな…)
10日前、達郎が同居し始めてから老人の食生活は劇的に改善した。
達郎も料理ができるほうではないが、任務用に持ち込んだ数種類の調味料だけでも食卓を華やかにするには充分だった。
もっとも、それまでが酷すぎたからではあるが。
達郎は顔を洗い、朝食の支度をはじめた。
部屋の隅に置かれた雨水のタンクから汲んだ水をカセットコンロ(これは老人がどこかから持ってきた)で沸かし、野菜くずを放り込み、再び沸騰したところで味噌を多めに溶いて濃い味噌汁を作る。そしてこれを昨日の飯の残りの上にかけまわして食べる。
いわゆる「船頭飯」の要領だが、出汁がなく素材も悪いので達郎にとっては文字通り「なんとか食える」程度のものだ。
(そういや、これもアイツに教わったんだったな…)
飯をかきこみながら、達郎の脳裏に学園の同級生、ふうま
――(本で読んだんだがけっこう旨いんだよこれが。本当はカブで作るんだけど他の野菜にしてもいいし、腹も膨れるしでなかなかいいぞ)
――(忍用の携帯食料は便利だが、急な任務だと支給されないこともあるからな。そういうときは何でもいいから調味料のひとつやふたつ持ち込んだほうがいい。人間、素材が酷くても味付けさえできればなんとか食えるもんだ)
(癪だが、アイツの知識は実際すげえや…。何度も修羅場をくぐってるしな…)
――ふうま小太郎。
数多くの対魔忍を輩出したふうま宗家の現当主であり、五車学園の1年生。
名家の生まれでありながら忍法が使えず、“当主失格の目抜け”と称されていたが、その指揮能力を五車の長『井河アサギ』に見いだされ、現在は独立遊撃隊の隊長を任されている。
以降の活躍はめざましく、数多くの任務をこなし、既に裏社会でも影響力を持ち始めているとのこと。
(ゆきかぜも、独立遊撃隊の任務から帰ってくるといつも楽しそうにふうまの話をするんだよな)
ゆきかぜ、とはふうまや達郎と同じく五車学園1年生の『
達郎とは幼馴染で、小さいころは達郎の姉『
達郎にとっては思春期を過ぎたころから異性として意識し始めていた相手なのだが、最近はふうまと同じ任務に出ることが多く、授業以外では顔を合わせることも少なくなりつつある。
「……フン」
達郎は嫌な考えを振り払うように鼻を鳴らし、空になった茶碗を乱暴に洗った。
窓を開けてその側に腰を下ろし、目を閉じて深呼吸する。
(なにを考えているんだオレは…。ここに来た目的を思い出せ…クソ…)
徐々に呼吸を弱め、周囲の空気の流れを感じ、そこに自分が一体化するイメージで感覚を研ぎ澄ましていく。
同時に耳に神経を集中させ、小さな物音も聞き逃さないように意識する。
「――“
達郎が操る風遁の術のひとつ、風に自身の聴覚を乗せて遠方の盗聴を行う忍法だ。
極めれば空を飛んだり竜巻を起こすこともできる風遁の術だが、達郎にはそういった力は発現せず、今朝ごろつきの首をはねた「
(今日は風が弱い…。“耳”を伸ばすのにすこし時間がかかるな)
今盗聴しようとしているのは5kmほど離れた場所にある寂れた教会。
老人によると、1年ほど前からそこにごろつきの集団が住み着き、貧民窟の住人に狼藉をはたらいて時には中心街で略奪を行っているのだという。
昨夜教会から2人が抜けだしたことを察知した達郎は老人と共にこれを尾行し、謀らずして少女を救うことになったというわけだ。
(貧民窟の連中はまだ起きてこないな…。ガキが襲われてたってのに、のんきな連中だ……)
(ん?道端に誰か倒れて………なにっ)
ふいに、達郎が術を解いてドアから飛び出していった。
貧民窟の方向へ駆けていくと、今朝別れた老人がうつ伏せに倒れている。
「爺さん!おい!」
抱き起すと、老人は苦しそうに胸を抑えている。
達郎は老人の懐から薬の容器を取り出し、急いで口に押し込んだ。
「う…」
老人ののどが上下に動き、しばらくしてようやく息を吹き返した。
「なにが1人で行ってくるだ!もう自分で薬も飲めない状態なんじゃねえか!」
「いや、すまんな、達郎くん…。もう、だいじょうぶだ」
「どこがだよ!!」
達郎は老人を背負ってモーテルまで引き返したが、その体は肉が詰まっていないかのように軽かった。
老人は水を一杯と味噌汁を一口飲んでベッドに横たわった。
「まだ、死ねん…死ねんぞ……あと10…斬らねば………」
その寝顔には、先ほどまで死にかけていたのが嘘のように鬼気迫る表情が浮かんでいた。