【対魔忍RPG】――若き疾風――秋山達郎 作:unko☆star
針が皮膚を突き破る痛みとともに、体内に薬液が流れ込むのを感じる。
みるみる五感が研ぎ澄まされていく――。
(あ…?)
目は薄暗い教会の明かりを何倍にも増幅して太陽を直接見たかのような光に変える。
耳は老人の刀が空を切る音を火山の噴火のような音量に拡大して脳内に響かせる。
皮膚は周囲の大気の流れを敏感にとらえ、強風が吹き荒れているかのような錯覚を抱かせる。
(なんだっ…これっ…は…?)
ちょうどそのとき、センセイが老人の振り下ろした刀を白刃取りし、両手に力をこめてへし折った。
金属が断裂する音が何倍にも増幅されて達郎の聴神経を揺らす。
刀を折られた老人が息をのむ音も、一瞬の隙を突いてセンセイの拳が老人の顔面を捉える音も、細胞が押しつぶされ、血管が断裂し、骨が砕かれる音も、全てが大音量で耳から入ってくる。
「うああああああああああああ!!」
思わず耳をふさいで絶叫するも、その声すらも増幅されて脳内で反響する。
達郎は脳を直接握り潰されるかのような痛みに耐えかねてのたうち回った。
「――ガキが。はじめから“フラッシュ・パンサー”が目当てやったんか」
(フラッシュ……パンサー……?)
センセイは動かなくなった老人を踏み越え、散らばった注射器を拾い集めた。
「ドアホ。鬼族の血を引いとるワシならまだしも、ただの人間が魔界のクスリを使って平気なわけがあるかい…。ま、人間の科学者が作ったっちゅーこっちなら良かったもしれんけどな」
そう言うとセンセイは達郎が使ったのとは別の、赤い注射器を取り出した。
這いつくばる達郎の髪の毛を掴んで自分の目の高さまで吊り上げ、ニヤニヤとそれを見せびらかす。
「ホンマは明日の仕事まで取っとくつもりやったんやけどな…。ここまでコケにされたら、お前らを普通に殺すだけでは気が済まんわっ!」
言うが早いか、センセイが赤い注射器を首筋に突き立る。
その顔にミミズのような血管が何本も浮かびあがり、全身の筋肉が肥大していく。
ここにきて達郎はようやく、薬は2種類あったこと、自分は目的とは違うものを投与してしまったことに気づいた。
そのとき、センセイの背後でなにかが動くのが見えた。
倒されたかに思えた老人が息を吹き返していたのだ。
折られた刀を拾い、左手でその刀身を直接握りしめ、右手で左手を覆うように掴んで固定する。
(爺さん…)
達郎は観念したように目を閉じた。
そろりそろりとセンセイの背後に近づく老人に気づかれるわけにはいかない。
どの道自分には反撃する力はなく、老人の奇襲に賭けるしかないのだ。
老人は狙いを定め、渾身の力を込めてセンセイの腰部に刀を突きいれた。
ガキッ!
「なにっ」
思わず老人の口から声が漏れる。
敵を貫くはずの刃は表皮で受け止められ、そこから響いてきたのは鉄板に斬りつけたかのような金属音。
見ると攻撃された箇所の背筋だけが異常に隆起し、刀の切っ先を受け止めているではないか。
「“マッスル・シールド”や。冥土の土産にええもん見れたやろ」
次の瞬間、センセイが振り向きざまに達郎を老人めがけて達郎を投げつけた。
ドゴッ!!!
2人は揃って教会の反対側まで吹き飛ばされ、壁に激突した。
達郎にとっては老人がクッションになったような形だが、老人の体が砕ける音がまたしても大音量で響く。
「しゃあっ!」
両足を肥大させて助走をつけたセンセイが跳躍し、ドロップキックの体勢で突っ込んでくる。
達郎に回避する力はないが、躱せば老人が死んでしまう。
(術をっ…)
なんとか応戦しようとしたが、その背中を老人が突き飛ばす。
「なっ!?」
ゴシャアッ!!!
頭上を砲弾が通り過ぎたかのような風が後頭部をかすめ――背後から、肉の潰れる音が響いた。
「ほー親切やん。わざわざお楽しみ用のサンドバッグを残してくれるとはのォ」
ドガッ!
振り返る間もなくセンセイが達郎を蹴飛ばして仰向けにさせ、その腹上にまたがってマウント・ポジションを取った。
「ぐうっ」
センセイの背中越しに――教会の壁に飛び散った、おびただしい血痕が見える。
「ほれ、さっきのヘンテコな技でも打ったらどうや」
「くっ…おおおおおおおおお!」
ガガガガガ!
達郎はやけくそで風の刃を乱射するも、硬化した筋肉の鎧に虚しく弾かれてしまう。
「まあ2対10でここまで善戦したのは褒めたるわ。なかなかおもろいで、お前のそれ」
「しゃあけど…残念ながら破壊力がないわっ!」
ゴッ!
センセイの拳が達郎の鼻骨を粉砕する。
「がっ…!」
「ゆ~っくり料理したるでぇ。カオス・アリーナじゃ“いかに上手く嬲り殺せるか”が人気ファイターの条件でなあ」
ゴッ!
「どや?まるで犯される女の気分やろ?」
ゴッ!!
「“もうどうなってもいい…早くイって!”ってなあ!」
ゴッ!!!
「恨むなら自分の非力さを恨めや!」
ゴッ!!ゴッ!!
徐々に自分が壊されていく恐怖。
今すぐにでも意識を失ってしまいたいとさえ思えるほどの痛み。
それでも、達郎は諦めなかった。
(非力…。そうだよ…その通りだよ…)
(だからオレはここに来たんだ…。変わるために…強くなるために…)
(死んで…たまるかよ…!まだ――)