【対魔忍RPG】――若き疾風――秋山達郎 作:unko☆star
『達郎、たしかに私たちは姉弟だが…お前に空遁は使えないだろう』
『でも、凜子姉…』
『忍法というのは生まれつきの資質で決まるものだ。親兄弟であっても別々の術が発現することはざらだし、後天的に習得できることもほとんどない』
『なによりこの術は危険だ。失敗すれば体の一部だけがワープしてしまう。戦時中に未熟な使い手が動員されたとき、敵陣に飛ぼうとして首だけがワープしてしまったこともあるそうだ』
そう言って達郎の姉“秋山凜子” は静かに茶をすすった。
凜子は空間跳躍――いわゆるワープを可能にする“空遁の術”の使い手で、達郎とは違って数々の任務で戦果をあげている。
『お前にはお前の忍法がある。確かに戦闘よりは諜報向きの術だが、それもまた立派な対魔忍の資質だ』
『ダメなんだよ、それじゃ…』
『ゆきかぜを守れる男になれない、か?』
『ああ』
姉の凜子、幼馴染のゆきかぜはともに戦闘向きの強力な忍法に目覚め、既に五車だけでなく裏社会でも名を知られる存在となっている。
一方、達郎の風遁は風の刃で攻撃することはできるものの、建物を一刀両断にしたり自在にレーザーを放ったりできる猛者がひしめく対魔忍のなかでは極めて地味であり、どちらかと言えば風聴を生かした諜報・サポート役に回されることが多い。
幼い頃から一緒に過ごしてきた3人の中で、自分だけが取り残されたような感情を達郎が抱くのは必然であった。
『…意外だな』
『え?』
『昔のお前なら、そんなふうに“ゆきかぜを守る”なんて言い切ることはなかったぞ。しどろもどろでごまかして、よくわからん言葉を発しながら部屋に逃げ帰っていただろう』
『からかわないでくれ。俺だってもう子供じゃないんだからな』
『ふふ…すまんすまん』
ニヤニヤと笑いを浮かべていた凜子の目が不意に細くなり、達郎を真っすぐに見据えた。
『…空遁とは違うが、昔とある武術の達人が使っていた“敵の体をすり抜ける技”がある』
『体をすり抜けるって…それも忍法じゃないのか』
『いや、忍法ではない。私はその達人の弟子から伝授されたんだが、生涯忍法に目覚めることはなく、生身の人間に備わった力のみで戦っていたそうだ』
『そんなことが…』
『ある。特別な力が無くても魔のモノたちと戦っている人間はいくらでもいるぞ。お前の同級生のふうま君もそうだろう』
ふうまの名前を聞いた途端、達郎の顔が少し曇ったが、凜子は気づかない。
『凜子姉。その技、教えてくれないか』
『うむ』
『悪いな、いつも忙しいのに…』
『なに、ゆきかぜは私にとっても妹同然だ。妹を守るため、弟に稽古をつけるというのも…姉の役目だからな』
――――――
――――
――
(そうだ…あの技…)
けっきょく、凜子との特訓では成功させられなかった、あの技。
(反射神経が強化された今なら…)
フラッシュ・パンサーであらゆる感覚が過剰に強化され、達郎の脳はオーバーヒートしている。
わずかに残った正常な脳細胞をフル稼働させ、必死で思考をめぐらせる。
(集中……よく見ろ…トドメを刺しにきたところを…)
腫れあがったまぶたの間から目をこらす。
痛覚と聴覚はもうほとんどない。
神経が焼き切れたのかもしれない。
「これで…終いやっ!!」
センセイが振りかぶった右腕を肥大化させ、致命的な拳を振り下ろす。
ゴッ!
――しかし、達郎の頭部を粉砕するはずだった拳がとらえたのは、教会の冷たい床のみだった。
かわりに、数秒前までそこにあったはずの顔はセンセイの拳、手首、腕をふわりとすり抜けて、眼前に現れたではないか。
「なにっ!?」
“
かつて『拳聖』と呼ばれた達人、
敵が攻撃を繰り出す瞬間に素早く体を左右にひねり、敵の視野の隅、“周辺視野”に身を隠してから一気に接近する。
急激に周辺視野を出入りすることにより、敵は相手が自分の体をすり抜けたかのように錯覚するという。
攻撃をかわすタイミングが少しでもズレると成功しないが、フラッシュ・パンサーによる一時的なドーピングがそれを可能にした。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
達郎は雄たけびをあげ、右手の指を2本、センセイの両目に突き入れた。
「ギャアッ!!」
たとえ筋肉の鎧をまとっていようと、眼球をガードすることはできない。
センセイは悲鳴をあげながらも達郎の右腕を掴み、一瞬で握り潰したが、既に達郎は指先にありったけの力を込めて術を放っている。
「風――刃・斬!」
体内で放たれた風の刃がセンセイの頭蓋骨を粉砕し、脳をズタズタに切り刻んだ。
「&□△◆£%#&~~ッ!!!!」
センセイの目、鼻、耳、口から鮮血がふき出し、両腕がだらりと垂れた。
支えを失った達郎はゆっくりと仰向けに倒れる。
もう体の感覚はほとんどなく、腹上でおびただしい血を流す相手の姿もぼやけて見える。
「…………あっ」
センセイの喉から掠れた声が漏れた瞬間、鼻からどろりとピンク色の脳漿が流れ出てきた。
2m近い巨体がぐらりと揺れ、達郎と同じように仰向けに倒れる。
(爺…さん…)
老人の姿を探そうとするも、急速に意識が遠のいていく。
(……ダメ…か…)
全てが闇に閉ざされる瞬間。
達郎は、駆け寄ってくる幼馴染の声を聞いたような気がした。