メイドをクビになりまして   作:蟹のふんどし

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episode 9

 

 

 

「これ持っていってね」

「はい!」

「拭き掃除は乾拭きまで。垢は残さないように」

「かしこまりました」

「お嬢様の配膳、お願いね」

「あ、あい!」

日が落ちるころ、私を含めた使用人はせわしなく動いていた。この時間帯はご主人様とその妹様のお食事、お着換え、テラス席を使うときのための庭の手入れ、彼女たちの動線を再度掃除、などなどやることは多い。時間は止まらないので手を速く動かすことが必要だった。

「厨房の片づけ、あとは任しても大丈夫?」

咲夜さんの後任らしいまとめ役の子に声をかける。

「はい。もう大丈夫です。助かりました、美鈴さん」

その子は他のメイドの子と比べると随分と物静かで、妖精らしさがなかった。

「いや、私もこの時間は中の仕事を仰せつかっているからさ。人手が足りなかったらいつでも言ってよ」

仕事は数えきれないほどあるが優先順位はまずお嬢様方だ。他の仕事はそっちが片付いた後でいい。

「頼りにしてます」

彼女ははにかみながら頭を下げた。頭を下げられるようなことではないと思う。彼女はああいうが他のメイドの子たちも使用人として大分動けている。私の手があったほうが余裕は作れるだろうけど、なくても何とかなる気もする。前とは大違いだ。

「メイド長が辛抱強く付き合ってくださったので」

顔に出ていたのか彼女は努めて明るくそう言った。ここまで変わってしまうならメイド長は偉大だ。

冗談は置いといて、辛抱強く教えるだけでこうなるものだろうか?いくらかの子は大分変質が進んでいるように感じたけど。

口を開きかけたけど、自覚している可能性もあったので何も言わずに閉じた。私が何か言うことでもないだろう。言う気力もない。

「じゃあ、私もフランちゃんのところに行こうかな」

「よろしくお願いします」

先ほど準備した配膳カートに目を向ける。……ん?あー。

「ごめんね。これお嬢様のところに持って行ってくれるかな?」

目の前の子は不思議そうに私を見つめる。

「え?お嬢様のお食事でしたらさっきビジィが持って行って…」

そして配膳カートを見つめて青ざめた。

「うん。あの子、フランちゃんのところに持って行っちゃったみたい」

残っているカートはお嬢様のお食事のものだった。後任ちゃんは手先まで真っ白になってしまっている。

うーん。やっぱり妖精は妖精なのかなぁ。

「あ、え………」

固まるっていうのは今の彼女みたいな状況を指すんだろうなぁ。他人事のようにそんなことを思いながら、私は彼女の頭を軽く撫でて、気力を少しだけ分け与えてあげる。

「大丈夫。そっちはわたしが行くから」

「あ、はい」

「それよりさ。そろそろお嬢様のお食事の時間になっちゃうからね。配膳、君にお願いしても大丈夫?」

「は、はい!お願いします!」

後任ちゃんは慌てて配膳カートを押して行った。

よし。これで二次災害は防げただろう。

「さてさて」

私は身に着けていたエプロンをそのままにして、地下室への道のりを歩きだした。足に気を込めて滑るように廊下を歩く。それなりに急がないと面倒なことになるが、急ぎすぎてもお嬢様にどやされるのでこれが最大限の妥協だ。

そして地下の目当ての扉の付近へ来ると、小さな悲鳴と大きな物音が聞こえてきた。

「あちゃー」

私は頭を抱えながら扉まで歩き、一切の物音を立てずに扉を開けた。

まず目に入ってきた光景は真っ二つに割れたベッド。それと縫いぐるみの中綿らしきものが床に散らばっていた。それだけならよかったのだが、メイドの子の肉片まで散らばってしまっているのは頂けない。その奥では縮こまって震えるメイドの子とその子に当たり散らす金髪の吸血鬼がいた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

謝罪を繰り返すメイドの子はひじから先がなかったが、そんなことはお構いなしに吸血鬼は蹴りを放った。

「お前はさぁ、何に謝ってんのよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「あのさぁ。私は今さぁ、お前に質問してんだよ」

「ひっ」

この館の主人の妹、フランドール・スカーレットは再度彼女に蹴りを放った。

「聞いてんだろうがッ!何に謝ってんだよッ!答えろよッ!」

もう一度蹴りを放とうとしたので、私は開いた扉を軽くたたいた。

血走っていた吸血鬼の目がこちらに向いた。

「おはようございます。フランちゃん」

待ち合わせをしている友達のように彼女に軽く手を振った。血が張り付いている彼女の頬は軽く上がって、目じりを下げた。ぱっと見、矛盾しかないが血走った目でフランちゃんは微笑んだ。

「あら、美鈴。おはよう」

そしてスカートを両手でつまんで恭しく礼をした。

「どうしたの?こんな夜早くに」

この状況でどうしたもこうしたもないんだよなぁ。

「ナプキン、忘れてしまったので。お召し物が汚れては大変でしょう?」

彼女はキョトンとして、自分の服をみた。そして軽くうなずいた。

「汚れたら大変ね。ありがとう」

まあ、すでに食事で汚すより大変なことになってしまっているが、品位は大切だ。私は入り口近く置いてあった無傷の配膳カートを押して、彼女の前に持ってきた。

「失礼」

一言添えて、彼女の首にナプキンをかける。これだけ服を汚す問題児なら膝ではなく、首にかけても文句は言われまい。むしろマナーとしては正しいだろう。

壁の傍に倒れている机といすを持ち上げて並べ、その上に料理を配膳する。

「さぁ、どうぞ。お召し上がりください」

フランちゃんは静かに椅子に座り、フォークとナイフで食事を始めた。

これで良し。私は滑るように椅子の後ろ側に回って、メイドの子の肩に手を当てた。

「め、めいりんさ…」

私は人差し指を口に当てて、ウィンクをした。ギャップが大事だ。正気に戻しては余計に状況が悪化する。私は彼女の二の腕を触り、気の巡りを少しだけ早くした。これで十分だろう。彼女は妖精だ。変質がそこまで進んでいなければ明日には左腕は問題なく回復しているだろう。

「ビジィちゃん、だっけ?」

「あ、あい」

「私が今から言う言葉を小さな声でフランちゃんに言ってね。そしたら部屋の外に出て後任ちゃんのもとに向かいなさい」

ボケッとしてるので軽く頭をたたく。

「ほら、返事は?」

「あ、あい!」

声が大きい。

私は彼女の耳元である言葉をささやいて、フランちゃんの元へ戻った。

「これ、お飲みになります?」

「なにそれ、ワイン?」

「トマトジュースです」

「なんで?」

「朝から血液はしつこいでしょう」

「だからってトマト?」

「起き掛けの飲酒は堕落の元ですよ。何事も使い分けてこそ優雅というものです」

「じゃあ、飲む」

「それがよろしいでしょう」

グラスを静かにおいてジュースを注ぐ。メイドの子がこちらを見ていたのでにこやかに頷いた。

「ふ、フランドール様…」

彼女はグラスに満たされる液面をじっと見ている。

「私は失礼いたします…」

メイドの子はゆっくりと頭を下げた。フランちゃんは反応しない。ビジィちゃんが戸惑っていたので私は頷いて、扉を目で見た。それに反応して彼女は逃げるように部屋を出て行った。トマトジュースを注ぐのをやめた。

「私は獣?」

彼女はグラスを手に取って赤い液体を口に含ませた後、口の端から零れたジュースを袖で拭った。ナプキン…。

「そう思うならもう少し控えていただかないと」

「だってあいつ、私のことを妹様って呼んだからさ。怒るしかないでしょ」

怒るしかないということはないし、仮に怒ったとしてメイドの肘から先が砕け散るのは明らかに常軌を逸しているが、彼女がそう言うのだから怒るしかないのだろう。

「だったら入室を禁止にすればよろしいじゃないですか」

「使用人が態々運んできたもの追い返すの?」

「ええ。まあ」

「あなたって非道ね」

怒りを振りまいて、腕をちょん切るよりかは人情ある選択だと思うけどなぁ。

「時には厳しくすることも優しさです」

「そうなんだ。じゃあそうする」

明らかに分かっていない声のトーンだった。別にいいか。

「美鈴」

「何でしょう?」

「今日のお食事、とってもまずい」

舌を出してフランちゃんは呟いた。

「うーん。そうですか」

「これ貴方が作ったの?」

「だとしたらどうでしょう?」

「それなりに美味しい」

「残念。私は作ってませんよ」

「じゃあ、やっぱり不味い。酷い味ね」

彼女は眉をしかめた。そうかな。私が味見したときはとても美味だった。咲夜さんには劣るがそれでも凄い美味しかったと思う。あれで不味いのなら私が作ったところで似たようなものになるだろうなあ。咲夜さんがすごかったのか、彼女の舌が肥えすぎているのか。

「まあ、そんなこと言わずに。メイドの子が作ったんですよ」

「いつもと同じじゃん」

「ああ、メイド長じゃない子です」

「なんで?」

彼女はまだ聞いてないのかな。それもそうか。お嬢様とフランちゃんが話す機会なんてほとんどないのだから。

「メイド長、出て行っちゃったんですよ」

フランちゃんの目がわずかに広がる。

「出て行ったの?お姉様にべったりだったじゃない」

あの犬っころとでも言いたげな目線だ。

「正確にはクビにされたらしいですけどね」

「ふーん。あんな犬っころじゃお姉様も飽きちゃうわね」

ほんとに言ってしまった。

「お姉様に影響されておいて誇りも自負も持てないなんて惨めよね。そう思わない?」

そう問いかけてきた彼女の目には尊敬と恍惚、軽蔑、そして自嘲が含まれていた。

どうだろうか。誇りと自負は遅咲きの花であるし、内側から咲いてないものを誇りと呼ぶのも滑稽な気がする。他人の主張を自分のものにすり替えて、それを自負するのならそれこそ惨めだ。咲夜さんはそういう意味では正しく己を理解して、焦っていたと思う。自分の中の空っぽを空だと分かっていた。それを嘲られるほど私は誇りある生き方をしてきていない。そしてお嬢様が如何に強大な誇りを持っていようとも、他人と意思疎通している以上、誰かから影響を受けるのだ。一方的に与えるだけではない。果たして自分が揺らいでしまったのはどっちか。

……なんて言う気力はない。言えば彼女の機嫌を損なうのは分かり切っていた。彼女の目に宿る恍惚を見て、過去の偉人はこうやって完璧な人間になっていくのだなと思った。

「そういえばフランちゃん」

「なに」

「そのお姉様から言伝を預かっていますよ」

彼女の目が険しくなった。面倒なので彼女が口を開く前に言ってしまう。

「“お前のことを世界一愛している”だそうです」

大分誇張した。私なりの意訳だ。私に丸投げしたのだからこれくらいの意地悪は許されるだろう。

ふっと笑った直後、私の左腕は吹っ飛んだ。ほらみろ。これだもんな。

「うるせえんだよなぁ」

彼女の顔には私の血がべったりと張り付いていた。鬱屈した表情の下には真っ赤になったナプキンがあった。やっぱりナプキンは必要だったかな。

彼女の目に含まれる自嘲はこれなのだとぼんやり思う。彼女は罰してほしいのだ。敬愛する姉にちっとも似ていない自分を。無条件に信愛する姉と似ても似つかぬ自分への葛藤でいっぱいいっぱいなのだ。そして姉の影響を受けて誇りに満ちてるやつが恨めしいのだろう。いい迷惑だ。

 

つくづく似たもの姉妹だと思う。力があるくせに自分が見えないところとか。目ん玉節穴かよ。いや、吸血鬼は鏡に映らないのだからそのせいかな。

なんて。どうでもいいか。

 

「フランちゃん。これ新しいナプキンです」

私は真っ赤に染まったエプロンから新しいナプキンを取り出した。そして彼女に手渡す。

「うん」

彼女は血に染まったナプキンの上からそれをかけた。そして食事を再開した。

何のために新しいものを渡したのか、と呆れたがしおらしいフランちゃんを見て、言うのもおっくうになった。彼女の首元から血に染まったナプキンだけを静かに取ってあげる。そしてそのナプキンで左肩を縛って止血した。

咲夜さん戻ってこないかな、なんて思った。

 

 

 




「…」
「…」
「…レミィ」
「…」
「…はぁ」
「何でしょう?パチュリー様」
「図書館で眠る馬鹿げた吸血鬼にかける毛布、持ってきてくれるかしら」
「かしこまりました」





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ということで小話でした。
本編に関係するけど入れるタイミングに迷う話を載せました。
周りのことが見れる人って意外と冷たいですよね。
美鈴は多分紅魔館で一番冷たいけど一番優しいと思います。

前回も告知しましたが、第二章は早ければ5月末にでも投稿するので興味がある方はぜひ訪ねていただけたら嬉しいです。
ここまで読んで頂いた方、本当にありがとうございます。
もし何かいいなって思うところがありましたら感想等で書いていただけると参考になって嬉しいです。
それでは。


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