私の幻想郷色が強くなっていくので、以降自己責任でお願いします。
episode 10
「咲夜、お前正気か?」
魔理沙は席について早々にそんなことを言った。
私が正気か正気でないかと問われれば勿論正気ではない。議論するまでもないことだ。しかし彼女が文字通りに私の正気如何を問うているのではないことも明らかだった。
「私は確かに臨機応変に対応できる魔理沙さんだし、器が大きいことでもよく知られている」
何言ってんだ、こいつ。
「だけどな、理にかなっていないことを認められる程、お人よしってわけじゃあないんだぜ」
失笑を禁じ得ない。理にかなっていないのは貴方の頭よ。
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれないかしら?時間の無駄よ」
魔理沙は眉をピクリと動かし、挑戦的な目つきで私を睨んだ。
「言わなきゃ分からないか?」
「言わなきゃ分からないわ」
彼女が何に不満を持っているかは当然理解している。しかしこちらに落ち度がない以上、彼女が話を切り出すのが筋というものだ。
魔理沙は大きなため息をついた。私の態度を見て、待っても無駄と理解したようだ。臨機応変に対応できる魔理沙さん(笑)、臨機応変に対応しろ。
「あのよ、咲夜。私の目の前にあるものはなんだ」
「かき揚げそばね」
「他には?」
ふむ…。
「十割のそば。湯で加減は最適。麺は伸びてなく、冷や水で晒したから腰もある。貴方の好みに合わせて少し固めね」
「それはありがとうだぜ」
「かき揚げは玉葱と人参、ゴボウ、紅ショウガを衣で和えてごま油で揚げたものよ。衣はサクサクで火は通っているけど焦げることはない。野菜の水分で衣がしなることもない」
「ほとんど完璧だな。あとは?」
あと?
「…料理人が完璧超絶美人、スーパー瀟洒な咲夜ちゃん」
多分、付加価値が最も高い。
「そうじゃあねえ!」
我慢の限界とでも言うように、魔理沙は声を張り上げた。
「じゃあなによ」
「これを見ろ!これを!」
彼女はどんぶりを持ち上げ、そばの上に乗ったかき揚げを指さした。
「かき揚げがそばの上に乗っているじゃあねえか!これはいけないぜ!全くもっていけないことだぜ!」
「…」
「いいか?咲夜。かき揚げってのは衣がサクサクなことに意味があるんだ。捨てられちまうような野菜の切れ端でも、熱々サクサクな衣を身にまとうことで人を満足せしめる一品になるんだよ」
目が血走るほどの力説。きもい。
「それなのによぉ。お前、そのサクサクな衣をつゆに浸しちまうってのはどういう了見だ!なんで態々揚げたものをつゆにつけちまうんだ!お前のやっている行為は、大枚はたいて綺麗な着物で着飾った若い娘に泥水をぶっかける行為に等しい。自分で作り上げた作品を自分で汚している!」
私に人差し指をむける。ビシッ!という効果音が聞こえた気がした。
「答えろ!その答えによってはお前を裸にひん剝かなくちゃあいけないぜ!」
彼女の荒い息がこだまする。
睨みつけるような目つきだが、その奥には勝算が薄く見え隠れしている。お前の衣もびちゃびちゃにしなければ気が済まないとでも言うのかしら。ふふふ。
「ふふふ」
私の笑みに彼女はうろたえる。
「な、何を笑ってる?私はマジだぜ」
「ええ。そうね。そうでしょうね。だからこうやって笑っているのよ」
「どういう意味だ」
これは笑わずにはいられない。
「確かに貴方の言うことには一理ある。かき揚げの強みはサクサクとした衣にある。これは否定できない事実よ」
「だったら…」
「でも魔理沙。貴方は一つ大事なことを忘れていないかしら」
「大事なこと…?」
「貴方は私に“かき揚げそばが食べたい”そう言ったのよ!」
私の言葉に彼女はハッとした。今更気づいたのか。馬鹿め。
「かき揚げそば。それはそばにかき揚げが乗せたものを定義する言葉よ。この場合、かき揚げの強みを消してでもそばの上に乗せることで、作品の完成度を高めなくちゃいけないんじゃないかしら?」
「で、でも!だったらかき揚げを別皿に分けたっていいはずだ!かき揚げのサクサク感を消すんじゃなく、別々の皿に乗せたものを同じお盆にのせればいいじゃないか⁉」
ふふふ。苦し紛れね。あなたの表情がそれを証明しているわ。
「それは“かき揚げそば”じゃないわ。“かき揚げとそば”よ。そばにかき揚げというオプションをつけたものであってかき揚げそばじゃないのよ」
「そんなものは詭弁だ!」
「詭弁を弄しているのは貴方よ。牛肉とご飯が別皿に分けられた牛丼があるかしら?納豆が乗っていないご飯を納豆ご飯というかしら?バンズとパティが分けられたハンバーガーが品物として出てくると?」
「そ、それは」
「つまり、かき揚げが乗っているからかき揚げそばである。これが正解よ。あなたはそれを頼んだにもかかわらず、自分の理想に反しているから難癖をつけた。自分の間違いを認められずに私の責任にしようとしている。勝負に負けてわめいているガキと変わらないわ。歳をとっている分だけより惨めね」
「くっ…」
彼女は悔しそうに表情をゆがめた。
ふふふ。哀れね。
「さてさて器の大きい魔理沙ちゃん」
「な、なんだよ」
「貴方言ったわよね?私を裸にひん剥くとかなんとか」
「…言ったぜ」
「人を裸にひん剥こうということは当然、貴方もひん剝かれる覚悟があるってことよね?」
「それは…」
「人に恥をかかせようとしていざ自分が、というときにやめてくださいなんて虫が良すぎると思わない?」
彼女は私の顔を睨んでいた。睨んでも自分の言った言葉は消えないわ。
「当然だぜ。責任感の強い魔理沙さんは曲がったことが嫌いなんだよ。やるならやれ。自分のケツぐらい自分でふく」
ふふふ。
「結構なことね。その威勢、むき出しのお尻が真っ赤になっても保っていられるか見物だわ」
「うるせえ!つべこべ言わずやりやがれ!」
「ええ。そうさせてもらうわ」
その無垢な表情が悲痛で歪む姿をぜひ楽しませてもらうとしましょうか。ふふふ。
「あの~、二人とも?」
「なんだ?」
「何でしょうか?」
「他所でやってくれない?」
私たちは二人そろって多々良先生にたたき出された。誠に遺憾。魔理沙はよそのお家でとるべき態度をもう少し学んだ方がいい。
§
「小傘のやつ、段々生意気になってきてるな」
「それ、幻想郷の誰もが貴方に言われたくないセリフだと思うわ」
多々良工房(仮)で納品の仕事が完了した後、全員が昼食をとっていなかったので多々良先生の工房の流しを借りて昼食を作ったのだが、魔理沙の難癖のせいで追い出されてしまった。私の早食い技術がなければそばを残してしまうところであった。魔理沙は十分反省してほしい。
「お前から図々しい思考がにじみ出てる気がするぜ」
「貴方が図々しいからそう思うのよ。日頃の行いを正しなさい」
工房から魔法店への帰り道。魔理沙の箒に乗せてもらい彼女の腰に手をまわして周りを見渡す。晴れた空、幻想郷を包む山々の緑、光を反射して輝く河川。どれをとっても美しい。今まで一度としてみることのなかった景色に感動する。距離もそれなりに離れているのに霧の湖や迷いの竹林、妖怪の山まで見える。凄いなぁと心底思う。この郷を見渡せるのはおそらくすごいことなのだ。霊夢も魔理沙もさも当然のように空を飛ぶが、普通、人は空を飛べない。彼女たちがそれをできるのは、ただ生きるだけではなくてこの幻想郷の全てを見ようとしているからなのかもしれない。
「どうした?咲夜」
「幻想郷って、綺麗なのね。初めて知ったわ」
「空から見るのは初めてか?」
「ええ」
「そうか」
何を思ったか魔理沙は高度を上げて、飛ぶ速度を遅くした。
「高いけど、大丈夫か?」
「怖いけど、感動していてそれどころではないわ」
魔理沙は笑みを浮かべた。とても明るい笑顔だ。
「綺麗だよな、幻想郷は」
「本当にね」
「あれ、見えるか?」
彼女が指をさす方向にはとても長い石段と小さな鳥居が見えた。
「あれ、博麗神社だぜ」
「ここから見ると小っちゃいわね」
「そうだな。というかあんなところに作ったって参拝者が来るわけないよな。人里から離れすぎだ」
「一応、往来ができるよう道は舗装されてるんでしょ?」
「しないよりはマシってくらいだぜ。あんな山の上に建てちゃ、妖怪を怖がって誰も来やしねえ」
博麗神社は本当に存在するのか、という噂は人里で度々あがる話題だ。気軽に行けるような距離ではないから博麗神社を見たことがないという人間はかなりの数いるらしい。幻想郷の要であるはずなのだけど、随分といい加減な話だ。
「守矢も山の上よね?神社は山の上に建てなきゃいけない決まりでもあるのかしら?」
「博麗神社は結界維持のためだろうけど、守矢神社はなんでなんだろうな?妖怪の山の上なんて神社に適さない地理ぶっちぎりだろ。あそこより酷い場所なんてそれこそ旧地獄くらいじゃないか?」
「そうよねぇ。神の神性を秘匿するって意味なら効果は高いのでしょうけど、信仰を得られなければ神性もなにもないし」
現人神の風祝は土地神として相性が良いうんたらと言っていたが、守矢はどいつもこいつも信用できない。実際のところ、多少痛めつけても問題ない妖怪の集うあの山で、信仰集めのさじ加減を調整したかったのではないかと睨んでいる。
魔理沙はやれやれといった感じで肩をすくめた。
「そういう意味じゃ、博麗神社に分社なんて建てても全く効果ないぜ」
「人里に建てれば一番効果的じゃない?」
「それが出来れば苦労しないってことだろ。神子の道場は人里にはないし、命蓮寺も郊外だしな。あくまでも人里は空白地帯にしておきたいんだろう」
嫌な勢力図が目に浮かぶ。
「意図的な時点で空白地帯とは呼べないわね」
「形式が大事なんだよ。っと、こんな話じゃせっかくの景色も台無しだな」
彼女は少し高度を下げて、進行方向の右手を指さした。
「今度、太陽の畑に行こうぜ。あそこの向日葵畑の上を飛ぶのは圧巻だ。綺麗なんて言葉じゃ表現しきれない」
花畑なんて見ようと思ったこともない。それを楽しむ心もなかった。今は少しだけ違う。彼女の言葉に少しだけ心を躍らせる自分がいる。
「それは楽しみね」
こう言える自分が少しだけ誇らしい。
「じゃ、帰るか」
「お願いね」
§
外で物音がした。反射的に身が強張る。
「ふぅ。帰ってきたぜ」
いつもの声がして安心した。立とうとした直後、別の声が聞こえてきた。
「乗せるものが増えればやっぱり辛くなるものなの?」
…⁉誰?知らない声だ。
「いや?飛んでる時点で負担はあまり変わらないな。料理するなら一人も二人も大して変わらんだろ?」
「なるほどね……いや、それで納得していいのかしら」
「いいんだよ。魔法も料理も単なる手段だろ」
「割り切ってるのね」
今までお客が来ることはあったけど、誰かと一緒に来ることはなかったのに。どういうことだろう。
彼女は困惑と焦燥の中で機械を操作した。次第に彼女の姿が周りに溶け込んでいった。
いちゃつくなら他所でやれ。