「結局、多々良先生に鍛えてもらったこの長物は何に使うのよ?」
私は先程工房で手渡された刀身の長い刀を掲げた。今回、多々良先生の工房にお邪魔した理由の一つは注文した品物を受け取ることだった。
「それは私が使うものじゃない。客に頼まれた物だ」
ずぼらな処置がされ、外見上隙間がいっぱい空いた魔法店の扉をあけながら魔理沙は言う。
「これ、受注品なの?それにしては随分と…」
私の握る刀には妙な力が感じられた。何かおどろおどろしい雰囲気がこの刀にはある。これが妖力というものだろうか。
「分かるか?大したもんだよ、お前は」
彼女は帽子を脱いで玄関先のフックに引っ掛けた。
「そいつは大分昔から使われてきた妖刀ってやつでな。少なくとも千年以上前に歴史をたどることが出来る」
「千年?そんなもの誰に頼まれたのよ?またあの古道具屋?」
無駄な知識ばかり披露する吝嗇家を思い浮かべる。あの男の営んでいる店は骨董品とは名ばかりのがらくたが山のように転がっている。本人曰く宝の山らしいが、こちらの足元見るばかりの取引ではその様子は伺い知れない。明らかにただのゴミ。
私の質問に対して魔理沙は首を振った。
「それは違う。こーりんならそんくらい持ってても驚かないけど」
魔理沙は机の上に積まれた書類の束に手をかけた。
「えーっと………あった。これだ」
束の中から何枚か取り出す。それをこちらに渡してきたので受け取った。
「これは……約款?」
手渡された書類には文化財修繕請負契約約款というタイトルと、長ったらしい契約条項が書き連ねてあった。
「それを作ったやつらだよ。私に刀の修繕を頼んできたのは」
書類を斜め読みする。まともな契約書であるが書体に少し見覚えがある。
「天狗ね」
「ご名答。仕事を発注するからこれを読めって渡された」
彼女が机に置いてあったコップを二つ持ってこちらを見る。私も何かを飲みたかったので頷く。
魔理沙は流しに向かいミニ八卦炉をサイフォンの下においてお湯を沸かし始めた。
「相変わらずの上から目線で、人間相手には契約書を作る手間さえ惜しいらしい」
ロートに上がったお湯を竹べらで撹拌し、コーヒー粉を全体に浸透させている。手慣れた手つきだ。サイフォン式とは随分と洒落たものを使う。
「貴方、河童だけじゃなく天狗とまで商売しているの?」
「そりゃあな。天狗と河童は妖怪の中でも珍しく社会を作って暮らす奴らだし、それなりの数がいる。数がいるってことはそこにはそれなりの市場があるってことだ。市場があるのに指をくわえて見てるだけってのはナンセンスだろ」
「それは商人の論理でしょ」
「私は商人だぜ」
「魔法使いは?」
「魔法使いでもある」
「どっちよ」
「どっちもだよ」
またいい加減なことを。
「おいおい。なんだその目は。私は法螺を吹いてるわけじゃあない。よく考えてみろよ」
「何をよ」
「私は凡人って言ったろ。凡人が一つのことに専念したってたかが知れてるんだよ。魔導の探求なんてのはパチュリーにでもやらせておけばいいし、商売繫盛なんてのは親父にでもやらせときゃあいいんだ」
意外だった。彼女は負けず嫌いだし、毎日熱心に魔法を学んでいるようだったから、てっきりパチュリー様に対抗心を燃やしているとばかり思っていた。
「なら貴女のアイデンティティって?」
魔理沙は胸を張って、自信満々で言った。
「魔法使いの商人」
「胡散臭いわね」
商品に妙な魔法をかけていそう、というクレームがきそう。
「そこがいい。こんな馬鹿は今までいなかっただろ?魔法使いは金の話が大嫌いだし、商人は金にならない学問が嫌いだからな」
「まあ、そうね。一流の魔法使いは大抵パトロンがついてるもの」
パチュリー様は言うまでもなく数世紀かけても底が見えないだろう財力をもつお嬢様がいる。人形使いのアリスは魔界と太いパイプがあるらしい。聖白蓮は信者という定期収入を持っている。
ある意味、意地の悪い言い方であったが魔理沙は特段気を悪くした風もなく笑った。
「だろ?あいつらは金に困らない。つまり私の周りには面倒な競合がいない」
確かに。そういう見方もできるか。
「今まで誰もやらなかった場所だから私は戦えるんだ。地力が限られてる分、戦う場所は考えなきゃな」
幻想郷を救うなんて理想論を唱えたと思ったらこれだ。あれだけ大きな目標を掲げているくせして彼女はあくまで現実主義だ。魔理沙は自分の無力を認めることが怖くないのだろうか。
言い終えてから少し恥ずかしくなったのか、流しの方へ向いた。耳が赤い。
「まあ、咲夜はどっちかというとあっち側だろうからな。私のは話半分で聞いとけばいい」
魔理沙はフラスコのスタンドを手につかみ、コーヒーを二つのカップに注いだ。
「砂糖とミルクは?」
「ブラックでいいわ」
「ほい」
「ありがとう」
お礼を言ってカップを受け取る。ほのかに漂う湯気が鼻腔を刺激する。サイフォンで淹れたコーヒーはやはり香り高い。
「私だって対して変わらないわよ」
自分が天才だと思いあがったことはない。そんな傲慢はいつも粉々に打ち砕かれてきた。あの館には一流しかいない。悪魔的な才能。極限まで磨かれた技術。緻密で体系だった論理。理不尽な力。そんな武器を振りかざす者たちの中で育っていれば自分の矮小さは否が応でも思い知る。結局のところ私も一歩一歩積み上げていくしかなかった。
「これもその一つね」
私はカップを机の上におき、首をひねりながら腰を落とす。魔理沙が私の奇行を見て、目を見開いた。その瞬間、今さっきまで私の頭があった位置に何かが通り過ぎた。はじけるような音と光、それから焦げたにおいがした。すぐさまその位置にあるものを抱え込み、捻る。
「うっ⁉」
悲鳴のような声が聞こえた。店に戻った時から妙な気配と視線を感じていたのだ。敵意が増したからそろそろ来るかと思っていたがドンピシャだ。
どうやら襲撃者は何らかの方法で姿を消しているらしい。能力かしら?小癪な。だが、この気配、触った手の感覚、悲鳴のような声。おそらく敵は人型であり、武器を所持している。その武器を手に持って私を不意打ちしようとした。私が掴んでいるのは敵の腕。敵の人数は音からして店内にいるのが一人。店外は不明。対してこちらは二人。これぐらいは分かる。そしてここまで分かれば、対処法は出来ている。
私は襲撃者の腕をひねりながら恐らく首があるであろう部位を両足で挟む。予想通りの感触であったから飛びついた勢いと自分の体重を利用して、襲撃者を床にたたきつけ、そのまま関節を固めた。
「い、痛い痛い痛い!」
いわゆる十字固めというやつだ。相手が妖怪であっても人型の場合、その構造は人間に似通っていることが多い。相手が痛みに慣れていなければ関節を固める技は有効だ。
平和ボケした幻想郷の住人が私を暗殺しようなんて、なめられたものだ。姿を隠そうが、動きも気配もまるで素人。この切り裂きジャックの首を取ろうなんて百年早い。
「いたい、いたいって!」
姿が見えない癖に喚く襲撃者を無視して、先ほどたたきつけたときに敵の手から落ちたものを見る。黒い立方体のようなものが転がっていた。先には金属の棒のようなものが二つ突き出ており、クワガタの顎のようである。
さっきの音、におい、それに光、どっかで見た覚えがある。どこだったか………そうだ。確か豊聡耳神子とかいう偉そうな仙人の腰巾着、ガラの悪い緑の亡霊と戦った時だ。あの亡霊は雷を操っていたが、あの空気が焦げるような臭い、空間を走るような光、割れるような音。とても似ている。
つまりあの黒い箱は雷を生み出せる、もしくは呼び寄せる力がある箱ということだろう。危険な武器だ。だが吉報でもある。危険な武器を使って襲ってくるということは、この襲撃者自体にはそれほどの力や能力はないということを意味している。武器は敵に奪われるリスクがあるし、使いこなすには技術がいる。本人に力があるならそんな面倒なことはしない。つまり姿を隠したこの敵は自由を封じてやれば無力化できる可能性が高い。
「は、離して!」
しかし隙を見せればまた危険な道具を使用してくる可能性が高いのも事実。現に痛めつけているのに敵は未だにその姿を見せていない。余計なリスクは抱えるべきじゃない。
「雷って当たったら高確率で人は死ぬらしいわ」
「い、たいよ!」
「お前は私を殺そうとした。それってつまり覚悟してるってことよね?」
「っ⁉︎」
「自分が殺される覚悟よ」
懐に忍ばせたナイフを逆手で左手に持つ。そして敵の首に振り下ろす…その直前で待ったがかかった。
「お、おい!待て!咲夜!」
刃をぴたりと止める。そして狼狽する魔理沙の顔を見た。いつの間にか眼鏡をしている。
「何かしら?」
「何も糞もない!とりあえずそいつを離せ!」
そいつ?見えてるような言い方だ。
「…お知り合い?」
「そうだ!知り合いだ!」
私が絞め技を弛めると姿を隠した襲撃者の身じろぎを感じた。あとすすり泣きも聞こえた。
「大丈夫か」
魔理沙は襲撃者の姿がまるで見えているかのように手を貸して、何度か宙で手を揺らした。…これは背中をさすっているのか。
「うっうっ…」
嗚咽が静かに響く。魔理沙は呆れた表情で襲撃者の背を(おそらく)さすり続けている。姿が見えていれば同情を覚えるよな光景なのだろうが、罪悪感は微塵も湧かない。
「あのなぁ。いい加減、初対面のやつに誰彼構わず襲い掛かるのはやめろ」
「うぅ…」
彼女の仕草からして魔理沙には襲撃者の姿が見えているようだ。私には依然として、彼女が何もない空間にしゃべりかけているようにしか見えない。……あの眼鏡か。
「姿くらいは見せてほしいのだけど」
「そりゃそうだ」
魔理沙はため息を吐いた。
「にとり、とりあえず姿隠し切れ」
「い、嫌だ、けど」
「嫌?なんでだよ」
「こ、怖いし、あいつ」
魔理沙がこちらを見る。なぜ微かに納得しているのかしら。殴るわよ。
「姿を隠した状態で背中から不意打ちかまそうとする貴方の方がよっぽど危ない部類に入ると思うわ」
「ひぃ」
「まあ、そうだよな」
魔理沙が手を幾らか動かした。すると妙な火花が走り、彼女の前の空間が徐々に色づいてきた。見えてきたのはポケットが大量についた水色の上着とスカート、胸元に固定された鍵、足に長靴、背中には大きなリュック、頭には緑のキャスケットを被り、その下には透き通るような青髪を流す人物。
「…河童?」
目の前に姿を現したのは先ほど話題にしていた天狗と同じく、妖怪の山を根城にする河童であった。
私の声に反応した河童は素早い動きで魔理沙の後ろに隠れた。
「ま、まりさぁ、あいつ、なに…?」
「十六夜咲夜。私の店の従業員第一号」
「え、えぇぇ」
河童は目尻に涙を浮かべた。
「い、十六夜咲夜って紅魔館のし、シリアルキラーじゃないかぁ」
は?
「なんだそりゃ」
「き、吸血鬼に命令されたら、ど、どんな妖怪でも、か、確実に、殺すって」
「聞いたことないぜ」
私もない。身に覚えも…多分ない。
「よ、妖怪の間じゃ、よく知られた話、だよ。でも、に、人間に、い、言っちゃ、ダメなんだ…。い、十六夜咲夜はう、噂の出処を掴むと、影のようにそいつをさ、攫うんだよ…。そ、それから誰も、知らない場所で、よ、妖怪の精神をゆ、ゆっくりと、じわじわと削って、殺すんだぁ」
生まれたての小鹿のように震える河童の話を聞いて、魔理沙と顔を見合わせる。
「お前、そこらの妖怪よりよっぽど妖怪らしくなってないか?」
「知らないわよ」
そのにやけ面は腹が立つからやめなさい。
「だ、だめだよぉ、こんなやつ。す、すぐに刃物抜くやつなんて、何するか、わ、分かんないよぉ」
…最大のブーメランを自分が投げていることに気づいているのだろうか、この河童。
「不意打ちでスタンガンぶっ放そうとするお前が言うな」
魔理沙が呆れ顔で河童の頭をはたく。
「お、追い出そう…?そ、その方がいいよぉ」
魔理沙に泣きついて肩を揺さぶる河童。腹立つわね。
…シリアルキラー、だったかしら。
「がおー」
「うひゃぁ⁉」
ムカついたので適当に脅かしたら、足をもつれさせて転がった。そのまま転がって魔理沙のスカートの中に逃げ込んでしまった。楽しい。
「おい」
「分かってるわよ」
反省はしない。
…とりあえず妙な噂は置いておきましょう。まず私が知るべきことは、この店においてこの河童どの立ち位置にいるかだ。
「ねえ、貴方」
「ひぃ」
「さっきから好き勝手に言ってくれるけど、貴方は誰なのかしら?私の紹介を聞いたのだから、次は貴方が名乗るべきではなくて?」
「ぃひぃい」
河童は魔理沙のスカートに顔を突っ込んで震えている。
話を聞けよ。そもそも何であちらが怯えるのだろうか。襲われたのはこちらだ。
河童の様子を見て、仕方なしと魔理沙が口を開く。
「あー、こいつの名前は河城にとり。妖怪の山の山沢を縄張りにしてる河童一味のお姫様」
河城にとり………お姫様?
「姫?」
「河童の族長の娘なんだと」
「へぇ」
これが姫なのか。……これで姫なのか。大丈夫か、河童。
「それで河城にとりとやらはこのお店の何なのよ?」
「何、というと…」
魔理沙は未だにスカートの中に身をかがめている河童を見下ろした。
「顧客兼顧問って言うのが一番近いか」
顧客と顧問?
「どういうこと?」
魔理沙は腕を組み、うーんと唸る。
「えっとな、私が小傘のところに玉鋼を卸してるのは前に話したよな?」
「ええ。最初に多々良先生の工房にお邪魔したときよね」
「その時に玉鋼はたたら製鉄っていうちょっと特別な作り方をするって話もしたと思うんだが、覚えてるか?」
「覚えてるわ。鉱石じゃなくて砂鉄を使うのよね。製鉄に三日かかるとか砂鉄の量に比べて採取できる量が少ないとも言ってたわね」
「それそれ。よく覚えてるな」
「数日前まで裏手の炉に掛かりきりだったじゃない、貴方。見てれば思い出すわよ」
私が人里で営業しているここ数日、魔理沙は裏手の炉の管理をほとんど休みなく行っていた。ミニ八卦炉のレプリカだと言う巨大な八卦炉は安定した火力と送風を続けることが出来るらしいが、製鉄の工程はほったらかしにして良いものではないようだ。木炭と砂鉄を交互に炉に投入したり、砂鉄の割合を徐々に変えたり、最後には炉を壊したりと繊細な感覚と体力をともに求められる作業のようで三日で随分とやつれた魔理沙を見て、早急に製鉄のいろはを学ばなければと感じたところだ。
「ははは。それでその砂鉄を持ってきてくれてるのがにとりだよ」
彼女のスカートの下でダンゴムシと化した河童を見下ろす。
「これが?砂鉄を?嘘でしょう?」
「本当だよ」
尻を突き出して震えているこれを信じろとは無理な話だ。そもそも初対面の人間を襲うような奴に商売ができるのだろうか?
魔理沙も苦笑いだ。
「良質な砂鉄を含んだ花崗岩はこの辺りにはあまりないからな。風化した母岩が一番多いのは妖怪の山なんだよ。でも人間は妖怪の山に入れないだろ?」
「……なるほど」
「妖怪の山の沢には流水で母岩が削られて、純度の高い砂鉄が川底に堆積してるからさ。それをちょいと持ってきてもらってるってわけだ」
それで顧客ね。
「じゃあ、顧問っていうのは?」
「そいつはさっきも見てもらったと思うんだが」
魔理沙が足元を見下ろす。
「………あれ?」
先ほどまで蹲っていたダンゴムシがいなくなっている。ついでに言うと私があの河童をたたきつけたときに床に転がったスタンガンとかいう武器もなくなっている。加えて妙な気配が先ほどから私の背後に回り込もうとしている。
学ばない。河童は頭に皿を載せているというが、その皿の分だけ脳の体積が小さくなっているのではなかろうか。
懐から再びナイフを取り出す。少し痛い目に合わせないと分からないらしい。
「く、くたばれ、この白髪おんなぁんぎゃ⁉」
あ?
間抜けな声が響いた。振り向くと先ほどの河童がうつぶせで倒れている。右手にはあの黒い箱を握っており、それを自分の右足に押し付けていた。
…まさか、転んで自分にその武器を使ったのか。
「ねえ魔理沙」
「…」
「この河童は馬鹿なの?」
苦々しい表情の魔理沙に問いかける。
「いや、一応天才、のはず…」
天才?
「これで…?」
自分で自分を攻撃して、白目向いて、涎垂れ流してるこれが天才?
「…馬鹿と天才は紙一重って言うだろ」
それはフォローになっていない。
だがしかし、紙一重の差しかないのなら、天才を馬鹿と誤認してしまう可能性もゼロではない。この白目ダンゴムシは明らかに後者だ。だとすればやることは一つしかない。
先ほど机に置いたカップをとる。そして私は気を失っている河童の股間の上から、カップに残ったコーヒーを全て垂らした。コーヒーはぼたぼたはねながらスカートに染み込んでいき、河童の臀部辺りの布地を茶色に変えた。
私の髪は銀髪であって白髪ではない。そんなことも分からないのか、このお漏らし河童め。
隣の魔理沙が驚き半分呆れ半分の表情でこちらを見る。
「なにやってんだ」
「間抜けな行動で気を失った挙句、敵前でおしっこをまき散らした河童の出来上がりよ。この河童は恐怖のあまりに漆黒の糞尿を垂れ流したという業を未来永劫背負っていくの。抜けないシミが股間についたこのスカートと共にね」
馬鹿と天才が紙一重の差しかないというのなら、馬鹿には分かりやすい印が必要だ。
だからドン引きする必要はないのよ、魔理沙。
「悪魔かよ」
「この河童が阿呆なのよ」
コーヒーは黒いので大を漏らしたように見える。悪魔。